聖なる剣を持つ者・第二部 R-15

序章

第6話 領地の様子

「まずは領地の状態を聞かせてほしい」

 家臣とサイラが揃ったことで、レイナートは領内の状態を確認すべく皆を食堂に集めた。

「クレリオル、主城支配地から頼む」

「畏まりました。
 その前にまずは領内全域においてですが、今回の地震による軽傷を除くと深刻な怪我人および死亡はありません」

 クレリオルは居住まいを正して報告を始めた。

「次いでカリエンセス、トシュレビエ両郡とも果樹に対する被害はほとんどなく順調な収穫が出来ました。特に今年は寒くならないこともあって収穫期間が長く収量は二割増し近いということです」

「そうか、それはありがたいことだな」

「はい。ただ村長らの話では、その分、木に負担がかかっているだろから、来年は少し剪定や摘果を慎重にしないとならないだろうということです」

「なるほど、木も生き物だからな……」

「はい。それと今年多く収穫できた分、乾燥果実やぶどう酒、果実酒の製造量を増やしました。生食用でも良かったのでしょうが、このような状況下では輸送に不安がありましたので」

「それは仕方ないだろうな」

「それとリューメールからの移民達ですが、このような状況下ではさらに帰国は難しいであろうということで半ば諦めからでしょうが、果実の収穫や酒の仕込みを黙々と手伝っております」

「そうか、彼らも故郷の様子は気になるだろうな」

「はい。その点についてはシュレスタル、コーチノシスの両名がイーデルシア殿の元から帰り詳細を伝えました」

 クレリオルがリンデンマルス公爵家に留まっている現リューメール王の二人の家臣の名を挙げた。
 彼らは祖国リューメールと主君であるイーデルシア国王の様子を調べるべく、大地震後直ぐに祖国へ向かい、苦難の末にイステラに戻ってきていたのであった。

「それで?」

「その話によりますと、リューメール国内は地震の被害そのものはさほど大きくはないようです。ですが途中のアレルトメイアは水害が想像以上に酷く、思うような移動はかなり難しいということなので……」

「そうらしいな……」

 レイナートがつぶやく。
 リューメールに派遣されていたイステラ国軍第二軍。その司令官であったシュラーヴィ侯爵も帰国の際、アレルトメイア通過には相当難儀したと聞いているレイナートである。


 国王アレンデルを飲み込んだレギーネ川の大水。これはその下流であるアレルトメイアにかなり被害を及ぼした。
 それともう一つの大河ノテル川。これがエメスタ高原の崩落で堰き止められ、その水が国内に侵入したのであった。
 エメスタ高原はかなり標高が高く、その絶壁とも言える断崖から地下水が溢れだして川に注いでいる。一方のアレルトメイアはさして標高は高くなくノテル川の浸水を許してしまったのである。
 それ故アレルトメイアの北部及び西部でかなりの地域が水害を被るという事態に陥っていたのである。


「ですから帰りたいとは思うものの、途中の状態を考えれば不可能。しかも今年は、我々イステラ人には異常なまでに暖かく、それが彼らにとっては過ごし易くまったく苦痛にならない、ということも影響しているのだと思います」

「なるほど……」

「それにリューメールは今まで以上に落ち着いていないようなので……」

「何かあるのか?」

「はい。あの国の内部的な対立、リューメール貴族とアレルトメイアから移ってきた貴族の反目はかなり激しくなってしまったようです。イーデルシア殿はその解消のため、ホッジロント、ギラニトル両国に対し、旧リューメール領の返還を要求。これが受け入れられなかったため出兵したそうです」

「何だって!」

「とにかく矛先を外に向ける、ということだったようです。それに国としては旧領全てを回復したいというのは悲願でしょうから」

「それはそうだが、随分と思い切ったことを……」

「ええ、一歩間違えば国を失いかねない無謀な真似とも言えたでしょう」

「だろうな。それで結果は?」

「はい、アレルトメイアの援軍もあって旧領土を全て取り戻したそうです」

「そうか……。だがまたアレルトメイアに借りを作ったことになるな……」

 レイナートの顔が曇る。イーデルシア殿はまたやりにくくなるだろう、と……。

「はい。しかしながら、まさかリューメール一国でホッジロント、ギラニトルを相手には出来ないし、それに乗じてネスティーバが再びちょっかいを出してきたら大事ですからね」

「それはそうだろうな」

「とにかくアレルトメイアの協力もあってあの地震までにかなり戦局を有利に進めていたようです。国境はイステラ軍も守ってましたから。
 その後は、ネスティーバは川が堰き止められたことによって農業用水の取水が難しくなり、リューメールに関わっているどころでなくなったようです。ですがこれはリューメールも同じこと。したがって旧国境線まで土地を取り返さないと、自分達も干上がってしまうので死に物狂いだったようです。
 とにかく『敵を殲滅するつもりで掛かれ』と命じたそうです」

「そこまでか!?」

「はい。地震でとにかく人心が落ち着かないというのを利用して一気に攻め込んだそうです」

「イーデルシア殿がそのような真似を……」

 レイナートの顔が険しくなった。窮鼠猫を噛むというが、最早やけくそだとも思えるレイナートである。
 だが国内が分裂に近い状態で内戦一歩手前であったならそうも言っておれないだろうし、さらに水まで確保出来ないとなったらそれこそ背に腹は代えられないだろう。

「ええ、実際には殲滅などということはなかったようですが……。
 もっとも後のアレルトメイアの援助はまったく当てにならなくなってしまったのですから一気に決着をつけるしかなかったのでしょう。
 とにかくそういう訳でイーデルシア殿はあの大地震を利用して旧領土を全部取り戻したようです。しかも現状ではアレルトメイアは自国の復旧に汲々という有り様なので干渉してこない。故に論功行賞によって国内の不満を解決しまとめあげようとしているとのことです」

「そうか……。それにしても綱渡りのような施策だな。それで国内が上手く収まってくれればいいが」

「はい、仰る通りだと思います」

「心配は尽きないが、とにかくこちらにだって他所を助けている余裕はない。自分達で何とかしてもらうしかないだろう。
 次にギャヌース、ゲステロムの状況を」

 レイナートは次いでギャヌースに質問した。

「御意。
 こちらは現在、国からの要請で大量の木材の切り出し及び石炭、鉄鉱石の掘り出しに全力で掛かっております。やはり雪が降らないという状況が幸いし作業は順調です。逆に労働力不足が否めません」

「それは嬉しい悲鳴ということかな」

「御意。ただこれらに対する国の支払いの目処がどうなっているのか。もし踏み倒されてしまうと領民達に支払いが出来なくなります」

「それはマズイ問題だな」

「御意。したがいまして殿下のご即位にはその踏み倒しも眼中にあってのことか、と穿ったことさえ考えておる者もいるようです」

「いや、それは認められんぞ! 私が即位してもリンデンマルス公爵家は存続するのだ。そんなことをされたらそれこそ領民がみんな逃げ出して家が潰れてしまうぞ」

「御意」

「これは、早速各大臣達と協議しなければならんな。国の立て直しには貴族の協力だけでなくその領民、市民らの協力も必要なのだ。自分らだけが潤えばいい、などと考えていたらそれこそ内戦でも起きかねない」

 レイナートが思わず腕を組んだ。その姿を見て家臣らが「やっぱりレイナート殿下だ」と思って我知らず頬を緩める。

「まあ、とにかくその件はあとで別に考えよう。今は領地の状況を確認するほうが先だ」

 レイナートが言う。即位することになったとはいえそれはいまだ実現に至っていない。もしかしたら覆されるということも、あるいはあるかもしれない。であれば今はリンデンマルス公爵としてのことを優先させようと思うレイナートである。

「次にアロン、シュナルトワの状況を頼む」

「はいよ。こっちも順調だな。やはり牧草がよく育ってるんで牛も羊もまるまる肥えている。相変わらず数は中々増えないがね」

「こればかりはどうにもならないか……」

 牛や羊は少産故、数が増やしにくい家畜であるから仕方がない。

「ああ。まさか奴らに向かって『もっと子作りに励め』って言う訳にいかねぇしよ」

 そう言ってアロンはニヤリと笑う。

「まあエネシエルやヴェーアの方のギュリアジムで豚や鶏を大量に育ててるから、それで肉は何とかなってるがね」

「ふむ、それで、そのギュリアジムはどのような状況か?」

 レイナートはそのままエネシエルに尋ねる。

「はい、こちらも順調ですね。マメ類とイモ類を中心に栽培を増やしてます。」

「水の方は?」

「問題ありません。揚水風車も井戸も地震の影響がなかったので十分な水が汲み上げられています」

「それはありがたいな」

「はい。ただいくら暖かいとはいえ、さすがに夏とは違いますからトウモロコシは無理のようです」

「なるほど、それは残念だな」

 積算温度を必要とするトウモロコシは最低気温が高い方が早く生育する。いくら雪が降らない暖かい日が続いているとはいえ真夏とはやはり違うのであった。

「ええ。それから東部の砂漠を開梱した地域についてはヴェーアから……。
 おいヴェーア、後は任せた」

「わかった。
 ではご報告させていただきます」

 ヴェーアが後を受け口を開いた。

「アロンが言う通り豚と鶏は順調に数が増やせています。砂漠化したところを開墾して麦やイモ、マメを播いてますが、エサとしては十分な出来です。
 ただエサじゃなくて人間用に回したらどうかというほど増産の指示が出てましたが、そうなるとエサが足りなくなるのでさすがに無理でしたが……」

「それはそうだ。家畜だって人間だって食わなければ生きていけないんだから」

 レイナートがそう言うとヴェーアは頷きつつ続け得た。

「植林に関してはまだ何とも言えません。実はどこもかしこも手一杯になってしまっていて試験的に植えようという苗木も植え替えるヒマがありません。ゲステロムで育てている苗木がまだ十分な大きさではないので切羽詰まっていないということもありますが」

「そうか……。まあ仕方ないだろう。木が育つには何年もかかるし、明日の食べ物の方が心配な時だ。これは将来の課題ということで一旦は保留とするしかないだろうな」

「ええ、その通りですね」

 エネシエルはレイナートの言葉に頷きつつ再び口を開いた。

「それと旧ウォーデュン伯の委託統治領のことですが……」

「そちらも広い分大変だろう?」

「ええ、そうです。こちらに関してはトウモロコシの後マメとイモ、それに麦に切り替えてます。やはりトウモロコシは無理だというので……」

「そういうことであればそれでいいだろう」

「はい。ただトウモロコシに比べると除草とか土寄せといった色々な作業が増えるようで、これがなかなか捗らず思ったほどの収量は得られていません」

「それは残念だな」

「ええ。まあこればかりは人手が足りないので何ともしようがありません」

エネシエルはそう言って口を閉じた。

「人手不足か……。常にこの問題で悩まされるな」

 レイナートが溜息をこぼす。

「王都内も多くの人々が亡くなり、あらゆる面が滞っている。これも何とかしなければならないのだが……。
 さてキャニアン、シャトリュニエの街に関してはどうだろうか?」

 聞かれたキャニアンが徐ろに口を開く。

「街は特に問題はありません。大きく崩れた家などもなく、まあ多少傾いたものはあるようですが、商会の馬車も今まで以上にひっきりなしに行き来しています」

「そうか、それは重畳……」

「ただ途中の街道筋は道が荒れたり、家を壊された者などが宿泊小屋に居着いたりで、治安という面ではあまり面白く無い様子ですな」

「それも困った問題だな」

「ええ。まあ、食料欲しさにいきなり襲いかかってくるということはないようですが、早く彼らの救済も行わないとならないでしょう。もっともこれはリンデンマルス公爵家ではなく国の問題ですが」

「ああ、確かにそれはあるな。王都へ登ってくる途中、所々で大分薄汚れた連中を見たな。
 あれは確かに放っといちゃならんと思うね」

 アロンが真面目な顔をして同意した。

「そうか……」

 レイナートの顔が曇る。


 破邪の剣を振るってライトネル王子と戦った結果が招いた状況である。イステラへ戻る途中、道々に見た無残な様子。それを見るにつけどれほど心が傷んだことか。
 だがあの時ライトネルは言った「この地上を悪一色に染め、阿鼻叫喚の地獄を築いてやろう」と。ならばレイナートは戦わざるを得なかった。人々の幸福のために剣を振るうと誓って破邪を得たのである。そのようなことをどうして見過ごすことが出来よう。だから己は間違ってはいなかった。
 そう思うからこそ大きな被害を出したあの大地震を引き起こした戦いをしたことも受け止めきれたのである。そうでなければ今頃は己の所業に慄き押しつぶされてしまっていたかもしれないし、また、だからこそ一旦は驚き断ったものの、人々のために働きたいと即位を受け入れたのである。

 だから一々思い悩んでいてはならない。そう思ってレイナートは顔をあげた。


「ところで他に領内においてなにか報告すべきと思われることはあるだろうか?」

 そう言われて皆が顔を見合わす。そうして「何もない」といった風に一様に首を横に振った。

 自分の不在の間、領民達には色々と難儀させたこともあるだろう。そう思うからレーナートとしては一度領地に下って自分の目で様子を見てみたい。だが現在の状況ではそれも無理だと思えた。なので人伝ではあっても出来る限り詳細に領地の状態を知りたかったレイナートである。


「旦那様、よろしいでしょうか?」

 そこで今まで黙って聞いていたサイラが発言を求めた。

「何だろうか、サイラ?」

 レイナートは一瞬たじろぎながらも聞き返した。来る早々雷を落とされてまた一段と苦手意識が強くなっているレイナートである。

「ご領地の侍女に関してですが、とりあえず後のことは一応ライリエル殿にお願いしてきました。
 ですがライリエル殿は元々イーデルシア様のカストニウス公爵家に侍女頭として派遣されております。当人もそのことがあり、一応大旦那様レイナート様の正式な決定があるまでは仮のものとして捉えております」

 そう言われてレイナートは頭を掻く。

「そうか、これは失念していたな。早速領地に正式な文書で配置転換を申し付けるとしよう」

「是非そうして頂きたく……」

 そこでレイナートはその場の全員に向かっていった。

「とにかく王都内は王宮も含め、根本的に人手が不足しているのは事実だ。これを何とかしないことには復興など覚束ないだろう。
 これはエレノアとも話したのだが、足りない人材は広く一般から、すなわち平民からも集めたいと考えている。そこで当リンデンマルス公爵家としても率先して人材の提供をしたいと考えている。
 ついては領地から有望と思える者を挙げてほしい。もちろん領内の全てを犠牲にせよとまでは言わないが、可能な限り多くの者を国土復興に当てたいと考えている」

 レイナートは真剣な面持ちそう言った。

 この時から、他国をして一様に瞠目させる、イステラの驚異的な復興が始まったと言っても過言ではないのであった。

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