聖なる剣を持つ者・第二部 R-15

第1章

第1話 新イステラ国王誕生

 イステラ王国の王城トニエスティエ城謁見の間。そこに全イステラ貴族を集めての新国王の即位式が行われていた。

「汝、イステラ王国リンデンマルス公爵レイナートよ。金の剣の主人たることを望むや?」

「はい」

 式務卿の問いかけにレイナートは俯いたまま答える。
 俯いているために表情は余人には全く見えない。だが声からするとそこに緊張は感じられない。

「汝、イステラ王国リンデンマルス公爵レイナートよ。汝、金の剣の主人たることに相応しきや?」

「それはどうかな……」

「なに?」

 レイナートの予期せぬ言葉に式務卿がたじろいだ。

「私以外に玉座に相応しいと思う人物があるのなら名乗り出ていただきたい。私は喜んでその人にその機会を譲り臣下の礼を尽くそう」

 レイナートはそう言って顔をあげた。そうして立ち上がると背後を振り返った。そうして一堂に会する全イステラ貴族に向かって言った。

「今一度申し上げる。
 確かに私は偉大なる先の王アレンデル陛下の血を引いている。だが私は庶子である。したがって本来ならば玉座には就けぬ。
 されば私は卿らに問う。それでも私を王として戴く気持ちが卿らにあるのか?」

「リンデンマルス公、何を今さら……」

 シュラーヴィ宰相兼内務卿が焦って言う。摂政ドリアン大公とともに今まで国論をまとめあげるのに苦労したのである。それを当のレイナート本人に覆されたのでは堪ったものではない。
 だがその故にレイナートは不安でもあった。自分が即位して王となることはいい。何も絶対者となって権力を振るいたい訳ではないが、この未曾有の国難の時、持てる力を全て発揮して国と人々のために働きたい。
 しかしながら貴族の中には自分の出自の故に即位することを本心では面白く思っていない者もいるかもしれない。それに面従腹背でもされたら何事も思うようには成し得なくなる。その懸念の故からである。

 そこへ若い、というよりも幼い声が響いた。

「リンデンマルス公爵様、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 その声にレイナートは跪いて頭を下げた。

「何でございましょう、リディアン大公殿下?」

 だがレイナートに頭を下げられた十一歳の少年、リディアン大公は驚きたじろいだ。

「あの、お直り下さい、リンデンマルス公爵様……。私はまだ子供です」

「ですが貴方様は栄えある五大公家のご当主のお一人」

「でも子供です」

 それでもリディアン大公は必死に訴えた。

「それにリンデンマルス公爵様は先の王様のお子様です。ですから頭を上げて下さい」

 少年にそこまで言われてレイナートは立ち上がった。そうして促した。

「して、私にお聞きになりたいこととは何でございましょう、リディアン大公殿下?」

 そこでリディアン大公は意を決したように口を開いた。

「あの……、リンデンマルス公爵様は、例えば私が即位するとしたらどう思われますか?」

 これはレイナートには随分と予想外の質問であった。だが少年とはいえ相手は五大公家の当主。本来であれば自分よりも玉座に近いはずの立場である。

「されば、殿下はまだご幼少。従いまして有能な臣下を周囲に配されることが必要かと……」

「ですよね? でもそれで国がうまくいくと思われますか?」

 少年とは言いながらリディアン大公の言葉は中々侮れないものを皆に感じさせた。

「それはうまくいくように努めるのが臣下の務めにございます」

「でもそれなら私でなくてもいいですよね? だって私には皆さんの策がいいのか悪いのかなんてわかりません。『良きに図らえ』としか言えませんもの」

 緊張がとれたのか少年の表情が柔らかくなった。

「それは……」

 確かにリディアン大公の言う通りかもしれないとレイナートは思う。

「それってまったくのお飾りではありませんか? それでもいいのでしょうか?」

「ですが、それはいいか悪いかではなく、筋の上から言えば殿下が即位される方が正しいかと……」

「でも私は曽祖父《ひいおじい》様、お祖父《じい》様、父上が急にお亡くなりになったからリディアン大公家を継ぎました。でも元服もしてませんでした。だから急いで元服してリディアン大公家を継いだんです。でもこれは本来はいけないことだと聞きました。違いますか?」

「それはそうですが、今回の場合は仕方ないのでは?」

 庶子の存在を認めぬイステラ。したがって家督を継ぐべき男子は直系であらねばならない。そうしてイステラ貴族の中でも特に五大公家はその由緒と特殊性から、家督相続に関してはうるさい決まりがある。それは五大公家当主は王となる可能性があるからである。
 まず元服していない男子には絶対に王位継承権が与えられない。元服を済ませれば自動的に王位継承権が割り当てられることにはなっているが、元服前には絶対ありえない。そうして十三歳未満での元服も好ましくないとされていて、これは王家も同様である。
 レイナートの弟アレグザンドの元服が十四歳だったのも、元服が済むまでは正式な皇太子とされていなかったのもそれ故である。
 したがって家督を継がせるため、十三歳にも満たぬ者を元服させて家督を相続させるのは身勝手も甚だしい、五大公家にあるまじき行為とされている。そのような必要が出来た場合には他の五大公家から養子を迎えるべし、というのである。
 だが現状五大公家男子は、摂政ドリアン大公を除けば、リディアン大公家を継いだエネオアシスが最も年長で十一歳である。したがって本来の決まりにこだわっていたら五大公家が存在し得なくなる。五大公家は五大公家以外、他の貴族家から養子を取ることはないからである。
 それ故非常時ということで、レイナートが已むを得ないと言う通り、本来なら許されないことが行われているのである。

「でも、本来の国の決まりからしたら私だって即位するのはおかしいことですよね? 違うでしょうか?」

「ですが……」

 リディアン大公に言われてレイナートは言葉が接げなくなる。庶子が家督を継ぐのが認められていないと同様に、十三歳に満たない男子が元服して五大公家を継ぐことも許されていないのである。

「もしそれを許すならリンデンマルス公爵様が即位されても問題ありませんよね?
 それにもし私が即位してもいいなら、逆に私が各省の大臣になってもいい訳ですよね?」

「いえ、さすがにそれは……」

「ほら、やっぱり無理でしょう? だって子供が大臣じゃ何も出来ませんもの。だったら王様だって同じではありませんか?」

 十一歳ながらも五大公家当主。さすがに筋の通った物言いである。

「それに曽祖父《ひいおじい》様は常々言ってらっしゃいました。『レイナート様は庶子で終わらせるには惜しい人物であった』と。『だから先の王様に協力してリンデンマルス公爵家相続を成し遂げた』と」

 それを聞いてレイナートの身体が熱くなった。
 先代リディアン大公エネオシアス。レイナートの養母セーリア王太后の父。影に日向にレイナートの力になってくれた人物である。
 レイナート育成のための教師雇入れに、王太后の少ない予算ではまかないきれなかった分をリディアン大公家が補ってくれたのである。
 そういう意味ではレイナートが今あるのは父王アレンデルはもちろん五大公家、特にリディアン大公の力が最も大きかった。言うならば大恩人である。

「ですから、リンデンマルス公爵様、お願いします。この国の立て直しのため即位して下さい」

 少年ははっきりとそう言った。
 その言葉に居並ぶ貴族達も頷いている。とは言うもののその貴族達自身が皆年若い。ドリアン大公やシュラーヴィ侯爵、シュピトゥルス男爵等ごく一部を除いたら皆精々二十代、レイナートと同世代か、もしくはリディアン大公のような子供ばかりである。酷いのになるとシュズリエリ男爵家は当主が四歳、ドストレスト子爵家などは三歳である。したがってお付の者がこの重苦しい場で当主が騒ぎ出さないようにあやしている始末である。

「わかりました。仰せに従いましょう」

 レイナートは力強くそう言って再び玉座のある壇上に立つ式務卿に向かって跪き頭を垂れた。

 黙ってやりとりを聞いていた式務卿は、ヤレヤレという表情を見せながら式の継続を図った。

「されば汝、イステラ王国リンデンマルス公爵レイナートよ、改めて問う。汝、金の剣の主人たることに相応しきや?」

「はい」

 レイナートが今度はしっかりと答えた。

「なれば、剣を受け取るべし。
『人が剣を選ぶにあらず。剣が人を選ぶものなり』
 汝、金の剣に相応しからざれば、その手に剣を得ることは叶わぬ」

 侍従長が差し出す緋色の布を被せられた銀盆の上に、イステラ王国国王の象徴「金の剣」載っている。レイナートが それを掴むと高々と頭上に捧げた。
 それを見て式務卿が高々と宣言する。

「剣はリンデンマルス公爵レイナートを主と選んだ。よって我、式務大臣たるシャンテス伯爵は、リンデンマルス公爵レイナートをイステラ王国第四十一代国王と認め、ここにその誕生を宣言する!」

「国王陛下バンザイ!」

「新国王バンザイ!」

 その声が謁見の間に響き渡る。

 レイナートはたった今手にしたばかりの剣を腰に提げ、玉座の壇上にすっくと立って一同に向かって言った。

「私は諸卿らに問う。国が、領民達が、己に何をしてくれるかではなく、己が、国に対し、領民に対し何が出来るか、を。
 道は与えられるものではなく、己が切り拓くものなのだ。
 共に手を携え、新たなるイステラ繁栄の道を切り拓こうではないか!」

 レイナートがそう言うと再び謁見の間にレイナートを称える声がした。

「国王陛下、バンザイ!」

「レーナート陛下、バンザイ!」

 かつてのイステラ王国、その中興の祖と言われた王と同じ名を持つ新国王。それは人々に明るい希望をもたらすものであった。
 この時レイナート二十四歳。リンデンマルス公爵家を継いで七年。誰もが予想もし得ないレイナートの即位であった。

 この後、レイナートの正室としてエレノアが、そうしてその二人の娘としてアニスが紹介された。これによってエレノアは王妃、アニスは王女であると併せて宣言されたのである。
 玉座に並んで座るレイナートとエレノア。そうしてイェーシャに抱かれたアニス。その三人の前に全家臣が順に頭を垂れて忠誠を誓った。その一番最初は先王アレンデルの后エーレネとその長子であり皇太子であるアレグザンドである。

「国王陛下、王妃陛下、また王女殿下にはご機嫌麗しく、此度のこと心よりお祝い申し上げます。また私めを王太后の地位に上げて下さりましたこと、心より御礼申し上げます」

 そう言ってエーレネが頭を下げる。

「ありがとうございます陛下」

 レイナートはそう言って立ち上がる。
 だがその表情は複雑である。それはエーレネの脇のアレグザンドはポカンとしたままで、よく状況が飲み込めていないからであった。
 アレグザンドの症状は好転するどころか、悪化の一方で、もうまともな会話が一切成り立たないほどであった。本来であればこの場に姿を表すべきではないと思えるほどに酷くなっていたのである。
 だがエーレネはアレグザンドをあえて衆目に晒すことで、アレグザンドが皇太子に相応しくないことを周知させたのである。それは母親としてどれほどつらいことであったか。だが先の王妃として、新たな王太后としてそれは避けて通れないことであった。アレグザンドの廃太子が既に決定されていた。それを皆に納得させるためである。
 だが一方でエーレネ、アレグザンド母子は東宮で生活することがレイナートによって決定されていた。西宮は被害が酷く直ぐに人が住める状態ではない。かと言って王太后を実家とはいえ、臣下に当たるエオリアン大公家に戻す訳にもいかない。それ故のことであった。

 そうして次々と貴族達がレイナートの前に進み祝いの言葉を述べていく。その中にはクレリオルを始めとするレイナートの家臣達の姿もあった。彼らは皆準直臣としてである。
 本来であれば直臣としての方が彼らも動きやすい。直臣と準直臣ではやはり立場の重みが違う。だが今国には余計な出費を抑えたいという事情があった。そこで彼らの扶持は国とリンデンマルス公爵家で分担したのである。

 レイナートが即位してもリンデンマルス公爵のままというのも、実はそこに大きな狙いがあった。
 借金であえいでいたリンデンマルス公爵家。だがアレモネル商会事件で借金はなくなり、その後は色々と苦労しながらも着実に家を建て直し、現在ではリンデンマルス公爵家なしでは食糧事情もままならないイステラである。
 そのリンデンマルス公爵家がかなりの部分で国家財政を補っている。それはレイナートが当主であるから出来ることである。これで家督を誰かに譲ってしまったら、譲られた方はレイナートと同じことをしろと言われても出来ないだろう。

 今のイステラはそれほどまでに、レイナートにおんぶにだっこの状態で、その双肩に全てがかかっている、と言っていい状態なのであった。

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