聖なる剣を持つ者・第二部 R-15

第1章

第17話 国葬

 季節は晩秋。木々の色づきも真っ盛りとなった。
 晴天ながらも雲が増え、風も涼しいというよりも冷たく、冬の訪れが近いことを如実に実感出来る或る日、イステラ王都において先王アレンデルと先王太后セーリアの国葬が営まれた。
 レイナートが即位演説で宣言した通り、演説よりちょうどひと月後のことである。


 宗教の存在しないイステラにおいて、冠婚葬祭もしたがって宗教とは無縁の行事となる。
 そうして葬儀といえば設けられた祭壇の前に棺を据え、弔問に訪れた人々が頭を垂れるのみである。その後、軍の行軍を模した葬列が王都外側の墓地まで進み埋葬する。墓は切り出した石版に名前と生没年が刻まれているものを据えるだけ。これがイステラの葬儀の全てである。

 これが曲がりなりにも宗教のある国だと、死者の霊魂を慰撫するということが葬儀の大きな目的であるが、イステラにはそういうことがない。結局故人との別れ、いわば生者にとって踏ん切りをつけるための文字通りの通過儀礼でしかないのである。
 これは先代リンデンマルス公爵リュクレルシスの時も同様で、イステラにおいては至極普通のことなのである。

 ところでレイナートの父アレンデルはレギーネ川の渡河中に地震による大水で流され、結局遺体は見つかっていない。したがって国葬とはいえ棺は空である。
 一方、レイナートの養母セーリアは西宮で崩落してきた天井に押しつぶされての圧迫死である。こちらの方は遺体は清められて石棺に収められ、トニエスティエ城地下の大広間の一つに、歴代イステラ王の棺の末に安置されている。この棺を地下から引っ張り出して二の郭の大広場に設けられた祭壇に据えたのである。

 またイステラでは故人の墓参りということ自体があまり行われない。墓はあくまで亡骸を葬るためのものという意識のためである。したがって、国王であっても廟が作られるということが必ずしも行われる訳ではなく、城内地下に石棺を安置して終わりということが多々あった。
 夏は高温となるイステラもさすがに城の地下ともなれば気温はかなり低くなる。したがって一時的な安置所としても恒久的なものとしても棺を置くにはうってつけの所である。なので新たな墓を作らずにそこに棺をおいて終わりとするのも珍しいことではなかった。

 第一イステラでは「廟」と呼べるほど大掛かりなものが作られたことがない。せいぜい物置小屋程度の大きさの墓 ― それでも通常のイステラからすればかなりの大きさである ― が関の山である。
 これらですら初代イステラ王やイステラ王国中興の祖と言われたレイナート王 ― 因みにレイナートの名はこの王に因んで名付けられている ― 他、いくつかあるだけである。まして王妃や王太后の墓など質素なもので、いかにイステラ人が生ある者だけを重視していたかを窺い知ることが出来るのである。

 もっとも国土全体が丘陵地であるイステラは自由になる土地に乏しい。したがって巨大な廟など作ったらただでさえ狭い土地が更に狭くなり、耕作地や放牧のための土地の確保に難儀する。それ故宗教観念のなさと相まって死後のことには至極あっさりとしていてそのようになっているということもある。
 いずれにせよ、したがってレイナートが父王と王太后の廟を作ると宣言した時人々は少なからず驚いた。だが出来上がってみればそれはやはり廟と呼べるほど大掛かりなものではなく大きな墓でしかなかった。それ故、建造に時間が掛ることもなくひと月で準備は全て整ったのである。

 もっともこれは廟、というか墓に限っての話。

 レイナートの演説の前に御前会議で様々な打ち合わせを行っている。教育や恩赦に関してももちろんだが国葬に関してもである。
 そうして国葬については当然ながら周辺国にも通知が出されている。それは五カ国連合の取り決めからということである。即位演説の半月ほど前に使者が各国に向かっているが、この時はレイナートの家臣ではなく他の貴族が拝命している。
 そうして各国とも復興の途上であり、したがって弔問使節の派遣に関してはお気遣いなく、というのがレイナートからの申し出であった。

 一方、イステラの使者から国王アレンデルと王太后セーリアの国葬を行うと聞いて各国の王も重臣も驚いた。
 それはそうだろう。国葬までわずかに一ヶ月余りしかない。だが通知があった以上、お気遣いなくと言われても国葬に参列しないという訳にはいかない。それはイステラとの関係から出席しないという事はありえないのである。

 各国において王族に死亡した者はなく、したがって王の代替わりということもなかった。よって五カ国連合内で王が替わったのはイステラにおいてのみである。
 ただしディステニアでは国王スピルレアモスが重症を負い、現在も寝たきりの状態が続いている。医師の話では背骨が折れている可能性があるとのことであり、長くは保たないのではと噂されていたスピルレアモスであるが、確かに寝台に寝たきりではあるものの奇跡的にもいまだ存命である。
 だが国政を見ること能わざる故、王妃コスタンティアが摂政となっている。スピルレアモスは自分に何かあった場合にはコスタンティアをその後釜にと考えており、それが実行された形である。
 ただしこれもかなり揉めに揉めてすんなりとは決まらなかった。
 女性が低く見られている時代であるからお飾りの女王ならまだしも、摂政という国政に対する実権を握る役職につくということに反対が強かったのである。だがスピルレアモスが存命であったからこそ、逆に王の威光によって実現したとも言えることであった。

 いずれにせよディステニア、ル・エメスタ、アレルトメイア、エベンス各国、さらにレイナートとイーデルシアの関係からリューメールでは、国葬に参列する弔問使節を整えイステラに派遣することにしたのである。
 ただしイステラからの通知がギリギリだったこともあり、その可否を確認する余裕はなかった。そこで各国もイステラに対し弔問使節団の派遣を通達するのみに留まったのである。


 ところが各国から弔問使節がやってくるという使者が訪れ今度はイステラの方で慌てた。
 未だ各国とも復興が覚束ない状況であるし、弔問に来ずとも構わないとわざわざ伝えたのである。したがって国葬に弔問使節が来るなどとは考えていなかったのであった。故に受け入れ体制をどうするかに頭を悩ませたのである。
 各貴族家の王都屋敷は少なからず被害を受けており、未だ完全な復旧には至っていない。したがって現状では訪れた使節の受け入れ先がないのである。

「いかがしますか、陛下?」

「いかがします、と言われてもな……」

 摂政ドリアン大公に尋ねられたレイナートもどうすればいいのか妙案がない。

「わずか半月でどうにかしろと言われましても、どうにもなりませんぞ?」

 工務卿がきっぱりと言う。

「無理に来なくてもいいと告げたのですがな」

 外務卿もぼやいている。

「しかし今更来るなとも言えんでしょうな」

 内務卿も困り顔である。

「それはそうですな。そんなことを言えば各国との関係に亀裂が入りかねませんぞ?」

 外務卿も同意する。

「と言ってどうするのです? 貴族家に宿を提供しろと言っても無理でしょう。まさか郭内に天幕を張れとでも言いますか?」

 今度は式務卿である。

「そんなことを言えばそれこそ戦になりかねんぞ! 弔問使節は各国元首の名代として我が国を訪れるのだからな!」

 軍務卿が声高に言う。

「各国使節は最小限度の随員ということだが、それでも一カ国数十人にも及ぶ。現況でそれだけ受け入れられる貴族家はあるまい?」

 レイナートが再度確認する。

「ありませんな」

 だが財務卿の返事はにべもない。

「だが何とかせねばならんでしょう。
 いかがかな、工務卿。工務省の人員をつぎ込んで必要な貴族屋敷を修理するというのは?」

 内務卿が尋ねる。

「国費を使ってですかな?」

 財務卿が反駁する。

「それはあまりに不公平ではありませんかな?」

「だがそうも言ってはおれんだろう」

 軍務卿が言う。

「各国との関係を悪化させないというのであれば……」

「しかし……」

 財務卿が食い下がろうとする。外務卿がそれを遮って言う。

「ならば、その費用は貴族に対し貸しにしておけばどうですかな? どこもいずれは修理するでしょう。それを国が手助けするということで……」

「それは……、貴族にすれば恩着せがましい話ですな。無理矢理屋敷を修理させられた上に、しかも費用は国に対する借金となる」

「だが屋敷の修理のみならず、国賓の饗応を受け持つ栄誉も併せて仰せつかるのだ。そう悪い話ではあるまい?」

「だが結局は強制されることに違いはない。
 第一、工務省にそれが可能なのですかな? 受け入れのために必要な屋敷は五つ。それを修理するとなると……」

 財務卿がもっともな質問をする。

「それが不可能であれば、そもそもこの話自体が無駄ですからな」

「いや、屋敷は四つ。リューメールからの使者は我がカストニウス公爵家の家人が来ることになっている。この者達は我が屋敷に逗留させるから心配はない」

 レイナートが口を挟んだ。

 リューメール国王イーデルシアの直臣身分を持ちつつ、レイナートのカストニウス公爵家との連絡要員としてイステラ~リューメール間を行き来しているシュレスタル、コーチノシス、ルクゼンヴィスの三名。
 この内ルクゼンヴィスが現在リューメールにおり、これがリューメール王国を代表する弔問使節としてイステラを訪れるということが伝えられてきていたのである。

「そういうことであれば不可能とは申しませんが、それでも全直轄地の復旧作業や各貴族家への出張も全て取りやめなければなりませんぞ?」

 工務卿の言葉に皆が押し黙る。

 工務省は直轄地における国の建造物および主要街道の整備が主な業務である。更に今では深井戸や揚水風車の維持管理も行っている。それは直轄地のみならず貴族領のものもである。それを全て中止するとなると貴族の反発を招くことになるだろう。

「じゃが、事は先の国王陛下、王太后陛下の国葬に関するものじゃ。それに対して文句を言うというのは不敬であろう?」

 摂政が静かに言う。言われてみれば確かにその通りのことである。

「わしは五大公家の一人として、この件は五大公家に率先して当たらせようと思う。両陛下は五大公家とは縁浅からぬ、いわば身内じゃ。五大公家にその責があるのは論を俟たぬ」

 ドリアン大公がそう言って皆を見回した。

 だが五大公家は家格こそイステラ貴族最高位であるがその領地は狭く、したがって決して裕福とはいえないところがある。否、だからこそ壊れた屋敷の修理にも難儀しているのである。それを一気に解消しようという目論見もあるのだろう。
 ただし五大公家当主は摂政であるドリアン大公を除けば皆、年端もいかぬ子供ばかりである。外国からの賓客をきちんと饗応が出来るかどうかは怪しい物がある。

「それに関しては家臣らもおるのだからきちんとやらせる。決して陛下の顔に泥を塗るような真似はさせん」

 ドリアン大公の言葉は力強い。五大公家は準王族ともいう家柄。その矜持のなせる技なのだろう。

「わかりました。ではこの件はドリアン大公殿にお任せしましょう。
 工務卿、協力をよろしく頼みます」

 レイナートが言った。

「御意」

「畏まりました」

 ドリアン大公と工務卿が頷いた。

「この件は国賓を受け入れるために必要な措置である。したがって五大公家にはその責務を存分に果たしてもらいたい。そのために必要な援助は国が責任を持って行う。
 もしもこの決定に異論があるというのであれば、私は国王としていつでもその言葉に耳を傾けよう。
 以上である」

 レイナートは姿勢を正し、威厳に満ちた口調で皆に告げたのである。


 そうなると国内はまた騒然とした。
 とにかくわずか半月で貴族屋敷 ― しかも五大公家の ― を四つも復旧させなければならないのである。したがって工務省は他の業務を全て中断しそれに取り掛かったのである。


 元々イステラ人はせっかちだと言われている。それは長い冬の間雪に閉ざされ何も出来ないから、雪の降る前になすべきことを全て終わらせてしまおうということから来ているという。確かにのんびりしていて準備を怠れば冬の間に凍死したり餓死したりしかねないのである。したがって冬の備えは十分にする癖が付いている。

 そうして今は晩秋。冬を目前にその備えをしなければならない時である。なのに五大公家の屋敷の修理を再優先せよという。人々からすれば「なんでこの時期に」という思いが出てくるのは当然である。
 だがそれが国葬に外国から弔問使節団が来るからだと聞いては納得せざるを得ない。どころか下手なことを言えば不敬罪で処罰されかねない。
 となると逆に「さっさと終わらせてしまえ!」という気分になるようで木の伐り出し、砂や土の用意、さらには人足に至るまで、およそ家の修理に必要な物が最優先で集められ瞬く間に作業を進めたのである。
 結果せっかちなイステラ人らしくあれよあれよという間に ― もちろん細かい隅々とまではいかなかったが ― 粗方修理を終えたのである。

 喜んだのは五大公家の人々である。
 五大公家は、その高い家格、強い権力の故に高潔、公正、誠実であることが求められている。一方で領地は狭く、その生活はほとんど国からの扶持と役料とで賄っている。
 そうして国が歳入難になった時、五大公家は率先して扶持の一部を国に返納している。しかもドリアン大公以外は諸役にも着いていない。したがって役料も入ってこない。
 そのような状況下では当然壊れた家の修理はおろか、家臣・使用人に満足に禄も払えない。
 それでも我慢を続け、いわば清貧に甘んじていたのであるから当然であろう。


 いずれにせよ、施設団が訪れるまでにとにかくなんとか格好をつけることが出来、受け入れ体制が整ったのである。

 そうして各国からの弔問施設団の列席のもと、国葬がしめやかに執り行われたのである。

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