聖なる剣を持つ者・第二部 R-15

第2章

第13話 宰相活躍

 その後、このレギーネ川で見つかった砂金は工務省本省まで届けられ最終的に工務大臣から宰相へともたらされた。
 工務大臣と共に宰相に報告のため同行した鉱山専門の技官は新たな金鉱脈の可能性を示唆したが、詳しく調査してみないことには正確なことは言えないとも言った。
 そこで宰相フラコシアス公爵はしばし思案した後、クレリオルの元を訪ねたのである。

 クレリオルは国王の居間の隣の、物置代わりだった小部屋を片付けて己の執務室とすることを許されていた。これが王国情報室長官の正式な執務の場とされたのであった。
 元々王室参謀長には専用の執務室が与えられていなかった。何故なら肩書こそ御大層なものだが基本的には令外の官、部下がいる訳でもない。それ故執務室など必要ないとされたからである。
 だが新設された王国情報室はイステラ政府の正式な一部門として稼働している。五十あまりとはいえ専属の職員もいる。それ故のことである。


 フラコシアス公爵を出迎えたクレリオルは驚きを隠せなかった。宰相が自ら足を運んでなど一体何の要件か想像がつかなかったのである。

「手間を取らせて済まんな、王国情報室長官殿」

 フラコシアス公爵の言葉は至極固いものだった。

「いいえ。狭いところですがどうぞお掛け下さい」

 そう言ってクレリオルは宰相に席を勧める。確かに部屋はとても広いとは言えないもので、クレリオルの執務机に応接用の長椅子以外には壁際に長机が一つ。そこに職員が二名ほど腰掛けて何やら書類を整理しているが、それだけで最早手狭といった感がある。
 王宮に他に部屋が無い訳ではないが、かつて商務省が設置され最近では教務省も置かれるようになりそれぞれが各省大臣控室が用意された。そこも書類が増えて手狭となってきており、新たな広い部屋を求めて各省が牽制しあっているのが実情である。したがって他に適当な部屋がなかったのである。
 王国情報室は国王直属。そうしていつ何時急な王の命令にも対処出来るように求められる。したがって国王執務室と続きの居間に隣接しているこの部屋は位置的には非常に都合のいい部屋であることは確かである。


「ところでわざわざのお運び、どういったご用件でしょうか?」

 宰相が着席するのを待ってクレリオルが口を開いた。

「そのことだが、御身の配下を何人かお貸し願いたい」

 宰相は平然と言った。

「配下と言うと、情報室の職員をですか? それはまた……」

 その言葉にクレリオルは驚きを隠せない。王国情報室の構成員は全員が元暗部。新任とはいえ宰相がそれを知らないはずはない。その上で職員を貸せということは何らかの諜報活動のためということに違いない。そうしてそれは間違いなく隠密裏にということだろう。
 一体どのような用件なのか。

「内密に調べてほしいことがあるのだ」

 そう言ってフラコシアス公爵は懐から小さく折り畳んだ羊皮紙を取り出した。開くと中からはあの砂金の粒が現れる。

「これは?」

 クレリオルが目を瞠り、宰相の顔をじっと見つめた。宰相は動ずることなく言う。

「ディステニアに架ける橋の工事現場で見つかったそうだ」

「橋の工事現場で……」

「左様」

「とすると、その調査のために?」

「如何にも。以前ならこういう時は工務省の専門家か、あるいは人数を揃えて人海戦術で、ということなら国軍の出番であったろう。他に適当な組織がないからな……。
 だが今では王国情報室がある。これであれば少人数でもかなり詳しく正確に調べられるだろう。これを使わぬ手はない」

 そう言ったフラコシアス公爵である。その実態を詳しく知らないとはいえ、暗部の実力を認めているということであろう。
 ところで確かに工務省の専門家が一番適任だろうが人数が少ないので調査に時間が掛かる。一方国軍兵士が国境付近に多数集まって何かすれば徒にディステニアを刺激することにもなるだろう。

 クレリオルは間髪を入れずに言った。

「わかりました。早速陛下の……」

「許可を得ましょう」と言おうとするのを遮ってフラコシアス公爵は言った。

「いや。この件を陛下のお耳に入れるのはまだ早い」

「ですが……」

 クレリオルが異を唱える。
 王国情報室は国王直属。それは各省も同じと言えば同じだが、特に隠密裏に業務を行う王国情報室だけに、レイナートへの報告・許可が不可欠とクレリオルは考えていた。
 だが宰相も譲らなかった。

「まだ、周辺に金鉱山が見つかった訳ではない。偶々何かの破片が落ちていた、ということも否定は出来ん。焦ってお耳に入れて実は違った、などと陛下をぬか喜びさせたくない」

 フラコシアス公爵はそう言ったのであった。

「確かにそのおそれもありますね。わかりました。おい、ゴロッソを呼んでくれ」

 クレリオルは宰相に頷き、室内の職員にそう声を掛けたのである。

 こうして設置されたばかりの王国情報室の最初の業務は、何と国内の鉱山調査であったのである。


 その後、レイナートが行幸に出るわずか数日前、出立前の様々な案件の最終確認が主目的の御前会議において、フラコシアス公爵からレギーネ川で見つかった砂金の調査報告がなされたのである。

「折り入って陛下に報告したき義がございます」

 フラコシアス公爵はそう切り出した。

「何かな、宰相殿?」

 内心多少驚きつつ、レイナートが促す。

「さればレギーネ川の、ディステニアへの橋の工事現場にて砂金が見つかりました」

「何、砂金が?」

 レイナートが目を瞠る。大臣らも同様であるが、事前に知っていた工務大臣だけは平然と構えていた。
 宰相が続ける。

「御意。王国情報室の者を用い調べさせたところ、上流より流れ着いたものと判明いたしました」

「上流から? ということは?」

 レイナートの問にフラコシアス公爵は頷いた。

「はい、新たな金鉱脈と思われます」

「なんと!」

 レイナートを始め大臣達の顔が一斉に喜色に染まった。


 命令を受けた王国情報室のゴロッソを始めとする元暗部の腕利き十数名は漁師を装い周辺の調査を行った。魚を捕る罠を仕掛けるふりをしつつ行った調査の結果、レギーネ川の川底から地下水の湧く一つに砂金を巻き上げるものを見つけたのである。
 だが砂金はその地下から出てきているのではなく、それは偶々上流から流れてきたものが湧き水に巻き上げられていたに過ぎなかった。そこで上流へ遡り詳しく調査した結果、新たな金鉱脈と思しき痕跡を見つけたのであった。
 そこで今度は工務省の専門家が出張り詳しく調べ、それが確かに金鉱脈であることを確認したのである。

 因みにこの時、工務卿は人員の派遣を渋った。まずは陛下にお伺いを立ててから、というのである。
 このようなことまで一々国王の許可を得るなど考えられないことである。そこで宰相は「自分が責任を取る」として工務卿を納得させ、調査を行わせたのであった。


 レギーネ川はイステラの北西部山岳地帯を源とする。山の岩肌や地面から湧く清水、雪解け水といった小さな流れが集まりつつ次第に川を形成し流れていく。段々水量を増しながら南へ流れていくがその後大きく西に向きを変え、途中の小川からの水を集めつつイステラとビューデトニアとの国境となる険しい山脈からの湧き水も取り込んで、水量をさらに増し川幅を大きく広げる。その後さらに周辺の小川や地下から湧水が流れ込んで大河となるのである。
 そうしてイステラ、ビューデトニアさらにディステニア三国の国境付近で今度は東に大きく進路を変え、各国との国境を形成しつつ東へと流れていくのである。
 そのちょうど三国の国境が交わる辺りに砂金の沈殿が著しく、近くの山肌に金鉱脈を見つけたということであった。

 これはイステラにとってまたとない朗報であった。
 現状、国内各鉱山での採掘作業が滞り、その結果貨幣鋳造が出来なくなっている。それが紙幣の発行へとつながっているのであるが、これは単に作業人員の確保が出来ないための苦肉の策であった。したがっていずれは金属貨幣に戻すことが念頭に置かれての措置である。
 だが鉱山というものは無尽蔵にいつまでも掘り出せる訳ではない。それぞれの鉱山の埋蔵量の正確なところは誰にもわからない。したがって産出量の低下が起こってから新規鉱山を探していては間に合わなくなるおそれがある。故に、将来のために常に新規鉱山の発見が望まれているのである。


「ビューデトニアとディステニアとの国境近くか……」

 だがレイナートが呟いた。これは難しい問題になりそうだと思いつつ……。

 かつてイステラとディステニアが終わりの見えない戦争に突入したのも、このレギーネ川流域の鉱山 ― この時は石炭と鉄鉱石だが ― の領有権問題に端を発している。

 イステラの夏は暖かい乾いた南風が北上してくるため高温乾燥である。ところが北部山岳地帯を越えて冷たい湿気を帯びた風も流れ込んでくる。この両者が上空でぶつかるため大気の状態が不安定となり、落雷を伴う激しい夕立に見舞われることが多い。時にそれは夕立などという言葉では済まないほどの豪雨となる。その結果、北部では山崩れ・地すべりなどの土砂災害、またレギーネ川が増水・氾濫し周辺流域では水害となることもあり、これは深刻な問題の一つである。
 だがそれ以上の問題は、その水が引いた時にレギーネ川の川筋が変わっていることがあるということである。このことは両国の国境をレギーネ川としているため、両国の国境問題に発展するのである。

 川筋が自国側にずれると土地が減るだけでは済まない。そこに鉱山があればそれすらも相手のものとされてしまう。それは逆も同じこと。したがって双方己の権利を主張しつつ相手の言い分を認めない。それが昂じて戦争に突入したのである。
 以来百年の長きに亘って戦い続け、先々代ガラヴァリの治世でようやく停戦合意し、先代アレンデルの治世で和平協定調印に漕ぎ着けたのである。
 そこへ新たな鉱山、しかも国境となる川の直ぐ側での金鉱脈の発見となると、これはもう揉めない方がおかしいだろう。

―― せっかく金鉱脈が見つかったというのに、同じことが起きなければいいが……。

 レイナートが懸念に顔をしかめているところにフラコシアス公爵が続けた。

「これに関して腹案がございます」

「何だろう、宰相殿?」

 レイナートが尋ねる。

「この新たな金鉱脈の開発をディステニアと共同で行ってはいかがでしょうか?」

「何?」

「そんなバカな! みすみす……」

 諸大臣らが驚きの声を上げた。
 まだディステニアに知られていない新たな鉱山をあえてわざわざ教えた上に共同で掘るなど、せっかくの富を捨てるようなものではないか! というのである。

 興奮する大臣らを抑えレイナートがフラコシアス公爵に尋ねた。

「理由が聞きたい。説明をお願いしたい」

「御意」

 フラコシアス公爵は頷き説明を始めたのである。


 現状、主に人的被害の面から各鉱山での採掘が止まっている。したがって新たに発見された鉱山も直ぐには手を着けられない。だがそこはディステニアとの国境近く。したがってグズグズしていてはディステニアの知るところとなり、その所有権を主張されると面倒なことになる。ならば先手を打ってしまえ、ということである。
 そうしてディステニアと共同開発とすることで、足りない人足はディステニア側に提供させ直ぐにも開発に取り掛かる一方、掘り出したものの分配はきちんと行う。すなわち体よくディステニアを利用するという恐ろしく身勝手とも言える案である。
 だがこれが上手く行けば、砂金は金鉱石から金を取り出すよりも簡単に純化できるので、金貨の鋳造が直ぐにも再開出来るようになるかもしれない。
 宰相はそのように説明したのである。


「だがそうなると双方の取り分はどうなるのでしょうな? まさか八対二とか七対三とかいう訳にはいくまいと存ずるが……」

 軍務卿シュピトゥルス男爵が宰相に尋ねた。もちろん数字の大きい方がイステラの取り分を意味している。

「いや、それは五分五分と考えておる」

 だが宰相の言葉は大臣らの予想を超えていた。

「まさか! そんなバカな!」

「そうです。どうして我がイステラがそこまで譲歩せねばならんのです。あり得んでしょう!」

 ディステニアの労働力を当てにした案にもかかわらず、大臣らは宰相の考えには納得出来なかったのである。


 ディステニアとは長らく戦火を交えたイステラである。国民の多くにディステニアに対するわだかまりがいまだ残っているのが現状である。
 事実、今この場にいる諸大臣らも出征しディステニアと戦った経験を持つ。特にシュラーヴィ侯爵とシュピトゥルス男爵は元々職業軍人である。この中では従軍期間が最も長く、対ディステニア戦役で上官・同期・部下が多く死ぬのをいやというほど見てきたということがある。
 現在のディステニアとの和平・協調体制を苦々しく思うということはさすがにない。だが、さりとて感情的には全く穏やかでもいられない、というところがあるのは否定出来ないのである。

 これがレイナートとなると生まれた時には既に講和が成立していたし、クレリオルの場合も講和成立時には五歳でしかも庶子。したがって二人共、対ディステニア戦役など歴史上の知識としてしか知らないのである。それ故自分の親と同年代の大臣らの激昂するのを一面では理解出来なくもないが、やはりどこか他人事のように捉えているところがある。

「大臣諸君、ここは今少し宰相の話を聞こうではないか」

 レイナートはあえてそういう言い方で大臣らを押し留めた。上からの物言いだが、そうでもしないと自分は若造故に従軍経験を持つ諸大臣を抑えることが出来ないから仕方がない。
 レイナートにそう言われ、面白くない大臣達だが国王の命には逆らえない。大臣らは苦虫を噛み潰したような顔で押し黙った。

「確かにディステニアと五分五分での共同開発は、譲歩が過ぎると思われても仕方はあるまい。だがこれは将来を見据えてのことである」

 フラコシアス公爵はそのように再開した。

「では、その将来とは何かというと、現在のディステニア王以降のことである」

 それは当然スピルレアモスのことを指しての発言であった。


 大陸諸国の中で最も親レイナートの国王といえばリューメールのイーデルシアとディステニアのスピルレアモスが二大双璧である。どちらも己の即位にレイナートの手助けがあったからこそのことである。
 だがその両者の背景となるところはかなり異なっている。

 イーデルシアの即位にはリューメールの再独立が絡んでいる。そこにはレイナートの多大な働きがあった。その後アレルトメイアからの貴族の受け入れ、そうして彼らと元からのリューメール貴族らとの確執という問題はあったにせよ、彼らとて自分がリューメールで貴族でいられるのはレイナートのお陰、という考えが根底にある。したがってリューメールという国はレイナートに対して好意的なのである。

 だが一方のディステニアの場合、暴君で独裁者だった先王を手に掛けたのは実子であるスピルレアモス本人である。確かにそのきっかけはレイナートであったが、ではそのレイナートが何をしたかと言えば、ディステニアの王城の天井を吹き飛ばしただけである。否、それ以外にも作物の減収があり、その被害は決して小さいものではなかった。いかなそれがスピルレアモスの即位のきっかけとはいえ、自国の王城を吹き飛ばし多くの被害をもたらした人物に好感を持てというのは無理がある。
 ましてレイナートは憎き仇敵のイステラ人である。したがって多くのディステニア貴族のレイナートに対する感情は、リューメール貴族のそれとは雲泥の差があるのである。
 それでも今は、重症を負いながらも親レイナートのスピルレアモスが国王で何とか国内を掌握しているからいいが、スピルレアモス亡き後ディステニアとの関係はどう転ぶかわからない。

「だから今のうちにディステニアに売れる恩は売っておけ、貸しを作っておけということだ」

 宰相の言葉に一応は納得したものの、いまだ大臣らは釈然としてはいない。

「宰相殿はそう仰るが、奴らがそれを恩としなければどうなさる? 貸しと思わなければ我らがただ損をするだけで終わってしまう……」

 現フラコシアス公爵の父の跡を受けて就任した、現在の外務大臣の独り事のような呟きにフラコシアス公爵は言った。

「利益を完全に折半してもらいながらそれでもまだ文句を言う。恩義を感じない。もしそのような恥知らずな真似をして来た時には、恐れながら陛下にお出ましを願う」

 そう言われてレイナートがきょとんとする。

「私に? 一体何をせよと?」

「陛下のお腰のものは古イシュテリアの聖剣。これに物言わせていただきます」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

 レイナートが慌てる。
 かつての答礼使の際に剣を用い様々なことをしたレイナートである。その様子は後に、同行した当時のアトニエッリ侯爵によって全イステラ貴族の知るところとなった。だが今はその時の力は失われている。しかもそれを知るのはエレノア始めレイナートの側近中の側近七騎士他若干名である。
 したがって宰相がそれを知らないのは致し方ないが、逆にその故に破邪の剣の力を当てにされては困るのである。

「いいえ、何も直接剣を振るって下されというのではありませぬ。ただ陛下が背後に控えておられれば済みます。
 いかな陛下の剣に尋常ならざる力があるからといって、それを当てにしていてばかりでは我らの面目が立ち申さん。そうして奴らめに貸しと思わせるのは我らの交渉次第でありましょう」

 フラコシアス公爵はそう締めくくった。
 言っていることは矛盾しているように聞こえなくもないが、要するに「こちらには古イシュテリアの聖剣という切り札があるぞ」といういわば脅しに使うだけということである。
 それに切り札というものは最後の手段。したがって使わないで済めばそれに越したことはない。
 理想的なのは、「五分五分とするのを有難く思え」と、交渉によってディステニアを納得させることである。その駆け引きで有利に話を進める。それが出来るように大臣達は知恵を働かせろ、否が応でも恩に着させろ、ということをフラコシアス公爵は言いたいのである。


 レイナートはフラコシアス公爵を「紛うことなく政治家だ」という認識を強くした。だがその一方、ディステニアと新鉱脈の利益を等しく共有するという考えには賛成であった。それは己一人が利益を享受して肥え太ることを嫌う「何事も皆と共に」というレイナートの、いわばお人好しな考えからである。
 だがこのことは後々のディステニアとの関係において様々な面で有利に働いた事は確かである。それはレイナート王はイステラ人でありながらイステラの利益だけを考えてはいない。ディステニアのことも考えている人物だ、として……。

 その後レイナートが行幸に出ている間、宰相は徹底的に各省の事務のあり方を改善させた。とにかく一々書面にすることを止めさせ、また何もかも国王の指示を仰ぐのではなく、まずは自分で考え周囲と相談し決定するということを徹底させたのである。
 官僚化が進むと責任の所在が明確化するが逆に、えてして「自分で責任を取りたくない」と理由をつけては他に押し付けることが多々ある。現状それで割りを食っているのが誰あろう国王のレイナートであった。
 だがフラコシアス公爵からすれば、国王は国の頂点、でんと構えて座って居さえすればいい。自ら率先して動きまわる国王など軽薄に過ぎるし、何もかも国王に集中し過ぎると今度は王権が強まり過ぎて独裁が進み手に負えなくなるという考えである。

 このフラコシアス公爵の考えは、専制君主である国王の権威を認めつつも独裁させ過ぎてはならないという、ある意味で「国王は一種の機関である」という考えである。この当時の大陸諸国は「家産国家主義」が一般的であったことを考えると、これはかなり危険な思想と言えなくもないことである。
 だが現実のイステラは法が整備され、官僚化も進んでいた。またイステラには宗教が存在しないから「王権神授」という考えもなかった。したがって王の「絶対性」を根拠に「全ては王の思いのまま」という考え自体が他国に比べると薄いということもあった。

 そうして何よりも「臣下が踏ん張らないと国王が苦労する。国王陛下に苦労をかけて何の臣下であるか!」という、これまた極めて封建的な考えも根底にあった。
 それ故フラコシアス公爵の叱咤は、至極当然のこととして受け入れられたのである。


―― こういう、とんでもない変わり種の国王を戴いた以上、それ以上に柔軟な発想で当たらんと振り回されるだけだ。先手を打って国王を唸らせるような政策を思いつかんとなるまい……。

 現状大臣らが今ひとつ物足りないがためこういう事態になっているが、これは早急に改めるべし、と思ったのである。

―― とは言っても直ぐには中々変わらんだろう。となると各省の新人共に気張ってもらわなければなるまい。頭の硬い古株ではムリだろうからな。


 フラコシアス公爵が後に名宰相と呼ばれるに至ったのは、そのお人好しのレイナートのお人好しの政策を実施するにおいて、全てが丸く収まるべく「三方良し」を実現させ、それでいて結局最終的にはイステラが一番利益を享受した、ということを達成させたことが大きい。
 このことは震災後の混乱もさることながら、レイナートの即位による変化に継ぐ変化で、さらに混乱しかねなかったイステラを上手く掌握し、震災以前よりもイステラの発展を成し遂げたのみならず、レイナートが意図せず進めた「イステラの近代化」を支える下地を作ったからである。

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