聖なる剣を持つ者・第二部 R-15

第3章

第21話 推理

 エレノアを見送ったクレリオルは直ぐにゴロッソを王国情報室長官執務室に呼んだ。改めて犯人捜査の方針を話し合うためである。

「さて、具体的に、だが……」

「具体的には、まず厨房料理人全員と御毒見役の改めての身元調査だと存じます」

 クレリオルの問にゴロッソは淀みなくそう言った。

 今回の事件、正式には警察機能を持つ衛士隊が表向き捜査に当たる。とは言っても、あまり事を表立てずに、という注釈が付く。したがってその捜査は難航することが予想される。
 ところで王国情報室もその名に「情報」という語を戴く以上、指を咥えて黙って見ているなどということはない。どころか、こちらが本家本元と言わんばかりの捜査体制を構築しつつあった。具体的には、一旦は各省の官吏になった者達を緊急非常呼集したのである。その数およそ二百名。元々の、解散以前の暗部の総人員数の三分の二に当たるのだから、集まってきた元の暗部の者達は「まさか暗部の復活か!?」と思ったほどである。
 但し、日頃の業務を放り出して、ということではない。業務時間中すなわち、日の出から日の入りまでは本来の ― そのほとんどは各省官吏として ― 職務に精励しつつ陰で捜査を行うというのであるから、まさに「暗部による情報収集」と言えなくもないものであった。

「やはりそれしかないか……」

 だが、ゴロッソの言葉に幾分落胆気味のクレリオルである。それは今までの聞き込みでは目ぼしい成果が上がっていないからである。
 だがゴロッソは動ずることなく言う。

「いいえ、これは基本であり、また有効な手立てでございましょう」

「その理由は?」

 ゴロッソの自信に満ちた言葉にクレリオルの表情が引き締まった。

「手前も改めて今回の事件の下手人について思いを至らせましたが、おそらくは厨房料理人と御毒見役の共謀かと存じます」

「何だと! 厨房料理人と御毒見役の複数犯による犯行か!」

「はい、そう考えるのが妥当かと」

「何故に?」

「厨房料理人が毒を入れるというのもさほど簡単ではないでしょうが、絶対不可能ということはないでしょう。別段近衛兵が間近で監視しているということもないのですから……。したがってこれが一番怪しいと存じます」

「なるほど。その可能性は高いな」

「ですがこの場合、御毒見役を何らかの方法で抱き込んでおく、もしくは初めから味方でなければなりません。そうでなければそこで計画がバレてしまいます」

「それはそうだな」

「では一方、その御毒見役が毒を入れることが出来るかというと……」

「そうか。こちらはほぼ不可能だな」

「御意……」

 毒見役が毒味をする際、近衛兵二人が立ち会い、その監視の下で行われる。
 毒見役はまさに毒味をするだけ。実際絶対に有り得ないことだが一味足りないからと塩をひとつまみ料理に入れることさえ禁じられている。とにかく出されたものを出されたまま毒味するのが役目である。したがって毒見役が毒を入れるなど、まかり間違っても出来ないのである。

「では、料理を運ぶ女官・侍女はどうかといえば、こちらもありえないでしょう。こちらにはノニエ殿、ネイリ殿がいらっしゃいましたから……」

「確かに。あの二人が妃陛下に毒を盛るなどありえんだろうからな」

 ゴロッソの言葉にクレリオルが頷く。

 配膳に携わる女官や侍女は、毒味の済んだ料理を受け取るところから実際に貴人の前に並べるところまで行う。今回担当した女官と侍女は四人。内二人が身内ともいうべきリンデンマルス公爵家出身である。
 ノニエはレイナートがリンデンマルス公爵家を継いですぐ、ネイリは答礼使節の旅でアレルトメイア訪問中からサイラの庇護下にあった。すなわちどちらも早い段階からレイナートに仕えており、エレノアに対しても忠節を示している。この二人がエレノアに毒を盛るなどありえない、というのが共通認識である。
 そうしてこの二人がそれぞれパンの入ったカゴとスープ鍋の載ったワゴンを押して厨房から北宮食堂まで運んだのである。残る二人はサラダの入った大皿、手布を載せたワゴンをそれぞれ押してきた。特別監視し合っている訳ではないが、不審な動きを見せれば否が応でも気づく。したがって、当然ながら途中でスープ鍋に毒を入れることなど不可能なのである。

「仰せの通り、あの二人はありえないでしょう。そうして残る二人に不審な動きはなかったということです。
 となると……」

「そういうことか……」

 事の重大さ及びその対応に気を取られ過ぎていた。それでこのような簡単なことを見落としていたのか。自分もヤキが回ったなと、内心反省すること頻りのクレリオルである。

「さようにございます。どう考えてもこの事件、一人の人間で実行するのは不可能と思われ、また他国の間諜・工作員の侵入の形跡も今のところ見つかっておりません。
 となればやはり料理人と御毒見役が怪しいと言わざるを得ません」

「わかった。早速身元調査を再度行わせよ。言わずともわかっていようが、どのような些細な事も見逃すな!」

「御意」

 今回毒味をした毒見役は急遽抜擢された新顔である。それがこの事件と関係があるかないかといえば、大いに関係があるに違いない。どころか毒見役が変わった事で実行された計画なのでは、とさえ思われてきた。
 となるとロッセルテでの薬屋の老婆の事件もつながっているかもしれない。そのようにも思えてきたクレリオルである。

「いかな警察機能を持ち実績があるとはいえ衛士隊ではこの一件、解決を見るのは難しかろうと思う。なんとしても王国情報室の威信にかけて容疑者を見つけ出すようにしたい」

 クレリオルは一気にそう言ったのである。

 新設されたばかりの王国情報室。「暗部の人間を陽の当たる場所に」というのがレイナートの意向であり、まさにその目的のために設けられたのだが未だ目立った実績には乏しい。これが暗部のままであったなら、その功績も表舞台に現れることはなく、いわば闇から闇で済んでしまうが、正式な国家の一組織となった以上、予算の明確化と共に実績を上げることが求められる。そうでなければ他への示しが付かない。そこでクレリオルはこの一件を利用して、「王国情報室」をイステラ国内における確固たる存在にしたいと考えたのである。

 一方のゴロッソにそこまでの考えはない。組織運営は自分の責任範疇ではなく、己はあくまでも実行部隊の一員。その思いがあるからである。したがって与えられた命令を確実に遂行するためであれば、考え得るあらゆる手段を講じ実行するのが己の役目だと考えている。それが各省に配されたかつての暗部員を最大限招集したことにも現れている。

「ところで妃陛下の方だが……」

 クレリオルがもう一つの懸念を口にする。
 現在主だった家臣が皆レイナートともにディステニアに向かっている。したがってフォスタニア館の警護が手薄となっていることは否めない。

「こちらはご命令通り、侍女に扮した手練を五十、フォスタニア館に警護役として送り込んでおります。残り百四十余名にて料理人と御毒見役の調査を行います」

「左様か。それならばどうにかなるだろう。
 ところで捜査の見込みは?」

「これは存外簡単かもしれませんね」

「何?」

 クレリオルが目をむいた。

「これが単独犯であれば身元を調べ上げてもその背後全てを調査せねばならず、そこから黒幕をたどっていくのですから、おそらくはかなりの時間を要することになるでしょう。ですが複数犯ということであれば、共通する背後を有する者に範囲が狭まるのではないでしょうか」

「だがそれが絶対という保証はないぞ?」

「確かに。油断や見込み違いということもございますから気は抜けません。ですが可能性は高いと存じます」

「そうか」

「それと、特に今回使われた毒。
 これはやはりロッセルテで命を断った謎の老婆が何らかの関わり持っていたのではないでしょうか」

「貴様もそう思うか?」

「御意」

 ゴロッソが頷く。

 五里霧中の状況が少し改善され、行く手に明かりが見え始めた。そんな気がしたクレリオルであった。

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