遥かなる星々の彼方で
R-15

第29話 格納庫



艦載戦闘機 F118(右)とF119

 コスタンティアはシャスターニスに指摘されてたじろいだもののそれは僅かであるし、恋愛感情といった浮ついた興味からではない。自分の上司であり指揮官であるレイナートの過去。それを知っていると思われるエメネリアに質問したいと思うことは不思議ではないだろう。
 ただ、この手の事はすぐに尾ひれがついて広がるもの。コスタンティアがレイナートとエメネリアのことについて詳しく質問しているなどと知られたら、たちまち好奇の目で見られてしまうに違いないし理由を詮索されるだろう。そうしてそれは絶対に恋愛絡みだとみなされるに違いない。どれほど否定してもそう受け取られるに決まっているし、否定すればするほど余計にややこしい話になりかねない。
 それでなくとも食堂の士官スペースは密室ではないから、少し大きな声で話をしていると周囲に丸聞こえなのである。

―― だからって人気のないところに呼び出すのも……。

 コスタンティアは。さては次はどうしようかと考えながら部署に戻ったのである。


 一方の、食事を終えたエメネリアは今度は戦術部航空科長のアロンの案内で艦載機部隊の視察へと向かうことになった。シフトの前半で砲雷科の視察が終わってしまったからである。
 まさか砲塔を全部ではないにしても、いくつも回っても意味は無い。基本的に全て同じ構造で砲塔内部に入る方法が違うだけだからである。一応CICで射撃管制を見ても構わないと言われたのだが、こちらは何時発射するかわからない。ただそれを待っていても意味は無い。時間の無駄である。
 第一種配備中の発射準備は緊急時に備えてのものである。これは、例えばワープ前には予測出来なかった大型の物体 ― デブリとか天体 ― が飛来ししかも回避が不可能である場合や、これまたまずありえないが、正体不明の艦艇 ― イステラは現在他国とは交戦状態にないので明確に『敵』と呼べる存在がいない ― との突然の遭遇に対処するためである。つまり滅多にないが、あった時に手遅れになっては困るからそのための準備である。なのでエメネリアに見せるためだけに主砲を発射するというのもありえない。
 大体、何を標的にするかというのは非常に重要な問題である。安易に天体に砲撃を加えると、その付近の重力バランスを崩すことにもつながりかねない。それが廻り回って他にどういう影響を及ぼすか。一応それは全て計算ではじき出すことも可能だが、そのために要する人員と時間を考えれば絶対に「なし」である。

 ということで艦載機の視察、具体的には戦闘機部隊と雷撃機部隊の空戦部隊の見学となったのである。実際には航空科にはもう一つ部署があって、それは多目的シャトル「ドルフィン」の運用と、警備基地の外装ユニット着脱機「スティングレイ」の運用する部門である。だが、こちらの方はいずれも他部、すなわちドルフィン1が船務部、ドルフィン2が医監部、ドルフィン3は陸戦科、スティングレイは管理部が主体の運用なので、そちらの方の視察の時に回されたのだった。


「さてと『お嬢ちゃん』達……」

 口の悪さではエネシエルと双璧をなすかそれ以上のアロンの言葉にネイリが目を釣り上げた。
 だがアロンはそれを無視して続けた。

「お前さん達は艦載機に乗った経験は? もちろんイステラのはないだろうから、本国での話だが」

「私はあります」

 エメネリアが言った。

「毎年の実動訓練で」

「実動訓練?」

「はい。参謀本部付き士官であっても、艦艇での外宇宙航行と艦載機での出撃演習に参加が義務付けられているんです」

「毎年なんて、そいつはまた随分とご苦労さんな話だな」

 アロンが言った。

「もっとも、イステラ軍(うち) も一応『宇宙軍』と名乗ってるが、兵員の中には一度も宇宙船に乗ったこともない、なんていう奴もいるからな。それに比べりゃ遥かにマシだ」

「そんな人がいるんですか?」

 エメネリアが唖然として聞いた。ずっとネイリも険しい顔をしていたがアロンの言葉に表情が変わった。

「ああ。人間は地べたで動きまわる生き物だ、とか何とか言ってる奴がいるのさ。それで志願兵だってんだから恐れ入る。だったら宇宙軍になんぞ入るなって言いたいね」

 アレルトメイアではあり得ないことではないかとエメネリアは考えていた。


 さて、案内されて格納庫に到着したアロン、エメネリア、ネイリに、相変わらず陸戦科の警護兵2名が同行している。

「上部甲板のフライトデッキの真下はドルフィンとスティングレイの第1格納庫。両舷の発進バレル付近に左右の格納庫があって、こっちは戦闘機と雷撃機が格納されてる」

 アロンの説明は至極簡潔である。

「格納庫はその3箇所でここは第2格納庫だ。どの格納庫も内部では常時宇宙服着用が義務付けられている訳じゃない。だが 緊急発進(スクランブル)があるから気をつけてくれ」

「気をつけてくれ」と言われてもどうすればいいのか。アロンはエネシエルよりも説明が簡潔というより大雑把すぎる、とエメネリアには思えた。
 だがそれよりも、聞き慣れない言葉にエメネリアが首を傾げた。

「発進バレル?」

「艦載機の発射口さ。回転式拳銃(リボルバー)回転式弾倉(シリンダー)薬室(バレル)に似てるからこの名がある。
 こいつに主翼を折りたたんだ艦載機を装填し、回転させて次々と圧縮ガス式カタパルトで機体を射出するのさ。
 まあ、艦体の外からじゃないと見られんし、話だけではよくわからんだろうがね」

 リンデンマルス号自慢の艦載機発進装置をアロンはそのように説明したのである。

「回転させて次々と……」

 エメネリアが独り言のように呟いた。
 現在は格納庫の、その発進バレルの装填口附近にいるのだが、これだけを見ていると確かにアロンの言う通りよくわからない。それこそ対艦弾道ミサイルの装填口と何が違うのか、と思ってしまっても不思議ではない。もっともミサイルの装填口に比べれば遥かに直径は大きいが。

「そうさ。この発進バレルには6機入る。要するに6連発の回転式拳銃のようなもんだ。そうしてこのバレルは80秒で一回転する」

「80秒! そんなに早いんですか!?」

「ああ。ただしまあ、ただ回転させるだけならって話だが。実際には1機ごとの射出には20秒近く掛かる。ロケットエンジン、もしくはイオンスラスタに点火、それからカタパルトを射出させるからな」

「それでもたったの20秒!」

 エメネリアが驚きに目を瞠る
 両舷にこの発進バレルがあるということは、わずか1分で6機は出撃させられるというのだから驚くのも当然である。

「機体のバレル装填が済むと、回転中にカタパルトに圧縮ガスを注入する。そうやって時間を稼いでいるのさ。だから次々に発進させることが出来るって言う寸法だ」

 アロンの説明に半ば唖然としつつ聞き入るエメネリアである。ちなみに格納庫内にはネイリも同行が許されたので直ぐ背後に控えている。

「この発進方式にはもう一つメリットがある。いや、二つかな。
 一つはバレルへの装填の仕方で前後どちらへでも発進出来る。もう一つはエンジントラブルなどで発進出来なくても慌てる必要が無い。バレルを回転させれば次の機体の発進が出来るからな」

「なるほど……、それにしても艦載機は見事に『航空機』なのですね」

 エメネリアが興味深そうに聞いた。

「まあな。胴体があって、主翼があって補助翼がついてる。飛行機以外の何物でもないな」

「どうして何ですか? 宇宙空間では球体の方が有利と聞いていますが」

 エメネリアの問は、一般的に宇宙を飛行する小型の有人攻撃兵器は空気抵抗や重力の影響を考慮せずに済むので、球形に近い方がいいとされているということに基づいている。

「色々と理由はあるが大きなものとしては2つ。イステラ軍の宇宙艦艇の艦載機は宇宙空間だけじゃなく、惑星大気圏内の飛行も想定されている。それともう一つは『慣れ』だな」

「慣れ?」

 エメネリアが聞き返した。

「そうだ。艦載機のパイロットはシミュレータでの訓練の後、実機で飛行訓練を受けるがいきなり宇宙空間じゃなく、それこそ惑星大気圏内を飛びまくるのさ。急旋回、急上昇、急降下。その時に発生するGを体に覚え込ませるのさ。そうやって飛行経験を積むから、機体は航空機に似ている方が違和感を感じずに済む」

「どうしてそこまでするのですか? それは確かにある程度は大気圏内の飛行訓練は必要でしょうけど、宇宙での戦闘なら……」

「だから言ったろ? 惑星大気圏内を飛行することも想定されてるって。つまり惑星の制圧・占領に航空兵力を導入することが作戦に組み込まれているのさ」

「惑星の制圧・占領……」

「そうだ。惑星大気圏外から艦砲で攻撃したってピンポイントの精密射撃なんぞ無理だ。下手すりゃ目標に当てるために数を打ちすぎて惑星そのものを破壊しちまうぜ。
 かといっていきなり陸戦部隊を降下させられん。そんなことをすりゃ、降下途中で攻撃を食らって下手すりゃ途中で燃え尽きちまうか、よくて地上に降りる頃にはみんな死体になっちまってるよ。
 だから最初に航空兵力で地上兵器を叩く。そのために宇宙艦艇の艦載機は惑星大気圏内を飛行出来るように作られているのさ。もっともジェットエンジンを別途搭載するなんてのはナンセンスだから、当然推進装置はロケットエンジンだ。そのためにバカデカイ、ロケット燃料の増槽タンクを抱えなきゃならんがね。
 だから当然機体は飛行機の形をしているし、パイロットも元々それに慣れているから扱いやすいってことさ。
 もちろん機体によっては宇宙専用機もある。だがそれも何らかの理由で大気圏内に突入する事がないとは言えない、とされてるんで、少なくともグライダーのように滑空して地面に着陸出来るように設計されてるのさ。
 納得出来たかい?」

 アロンの長い説明を聞きながら目の前に並んでいる機体を眺めるエメネリアである。

「なるほど……。機体が何種類かありますけど、そういう理由からなのですね?」

「そうだよ。
 そもそも戦闘機と雷撃機は用途が違うから機体も違えば装備も違う。そうしてそれぞれ宇宙専用と大気圏内飛行可能機体とあるんで、この艦に搭載されている機体は4種類あるってことになる」

 確かに目の前には4種類の機体があった。

「それと、ヌエンティ少佐に艦載機の数が少ないとお聞きしましたけど……」

 エメネリアは次の疑問を口にする。

「そうだな。我が軍の航空部隊の基本編成は2機でチームを構成する。6チーム計12機で1個小隊、4個小隊計48機で1個中隊になる。
 そうして戦闘機部隊と雷撃機部隊を併せて4個中隊、合計192機というのが空母の1個大隊の基本編成だ」

 アロンが掻い摘んで説明する。

「ところがうちは戦闘機も雷撃機も4個小隊ずつの計96機しか載ってない。それでも普通の巡航艦なんかよりはずっと多いが、空母よりは遥かに少ないっていう、中途半端な数なのさ」

「格納庫が小さいからとお聞きしましたが」

「その通りだ。200機近い機体を収容するにはかなりのスペースが必要になる。しかもただ入れときゃいいって訳じゃない。緊急時、直ぐに発進で出来なきゃ意味が無いからな」

「そうですね」

「とにかくこの艦は図体がデカイためにワープエンジンから何から皆大型なんでな、格納庫のスペースが随分と削られちまったのさ。
 そこへ持ってきて、対空防御システムがお粗末だからな、この艦は……」

「すると、出撃の機会は結構多いのですか?」

「まあな。
 艦載機による哨戒活動の場合はドルフィン1という専用機があるからウチの出番はない。
 主砲や対艦弾道ミサイルでなきゃ破壊出来ないような超大型の物体が飛来した場合もそうだ」

 そういったものでは確かに艦載機の手に余るだろう。

「大体、そういうのは事前に察知出来ることが多いから回避行動が可能で、必ずしも砲撃を加える訳でもないがな」

 エメネリアが頷く。

「ウチの出番はもっと小型のもの、隕石とか破壊された艦艇の破片の場合だ。こういったものはかなり高速で飛来することが多いし、飛んで来る方向によっては対空ミサイルでは対処出来ない。だからって小さな隕石1個のために艦を回頭させるとなると厄介だ。何しろ図体がデカイからな」

「でしょうね」

 二言目には「図体がデカイ」とアロンが言うので、おかしくなってエネメリアが笑う。

「この艦の外壁は宇宙線を取り込むためのパネルがびっしりと隙間なく設置されてる。一応保護膜が被せてあるが、何かがぶつかって破損するなんてことはない方がいいに決まってる。交換が大変だからな」

「それは確かにそうでしょうね」

「そこで戦闘機部隊と雷撃機部隊、それぞれ1個小隊が各シフト中緊急発進に備えるのさ。そうして飛来する物体の大きさ、速度などから戦闘機を出すか、雷撃機を出すかを決める」

 そこでアロンは手近な雷撃機に顔を向けた。

「見ての通り、雷撃機には対艦ミサイルが2基しか搭載出来ない。一方の戦闘機には対空ミサイルが12基積める。破壊力は対艦ミサイルの方が遥かに大きいが、なにせ数が積めない」

 エメネリアも頷きながら雷撃機を見た。

「ただし、雷撃機の対艦ミサイルはオプションで核弾頭が搭載出来る」

 アロンの言葉にエメネリアの顔が一気に険しくなったのだった。
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