オッパイはげに素晴らしき魔力の源 R-15

 オッパイ。それは気高き女性の象徴、 のはずだがこの国ではちょっと違う。
 その国の王立魔法・騎士学院の落第生、クレフトンはランク上げの天才と呼ばれていた。
 何故なら彼とともに魔物退治に行くと魔法科の生徒は必ずランクが上がる、すなわちオッパイが大きくなるからである。
 そこには一体どんな秘密が? 何故魔法とオッパイは関係があるのか?
 これは、身分の上下・老若男女を問わず巨乳をありがたがるこの国で、唯一の貧乳好きのクレフトンの、悲しくもせつない、剣と魔法とオッパイの物語である。

『君たちはオッパイは好きかー?』

 オレは下級生たちに問いかけた。

『おおーっ!』

 下級生たちが力強く返事をした。

『大きいのが好きかー?』

 オレは再び下級生たちに問いかけた。

『おおーっ!』

 下級生たちは拳を突き上げて返事をした。

『でも小さいのもいいぞ?』

 オレがそう言うと下級生たちは不満気な声を上げた。

『ええー』
 だが全部が全部、そうではなかったようだ。

『誰だ! ツルペタがいいと言ったのは?
 それは趣旨が違うし、犯罪だぞ!』

『兄様! 何馬鹿なことを言ってるのですか!』

 そう妹のアイリの声がしたと思ったら頭を強く殴られた……。

 そこでクレフトンは目を覚ました。

「何だ、夢か……」

 クレフトンがそう呟いて目を開けると、呆れたように自分を見下ろす三人の少女の顔が見えた。

「この人、バカ?」

「いえ、ヘンタイじゃないの?」

「あら、両方でしょ?」

 三人は呆れたような顔をして口々にそう言った。
 クレフトンは苦笑しながら身体を起こす。倒れた時に打ったのか後頭部が痛かった。

「痛たた、君たち酷い言い草だね」

 クレフトンがそう言うと少女達は後退りする。

「君たちは怪我はなかったかい?」

 クレフトンの問いかけに少女達はさらに後退りしながら頷いた。顔をしかめ汚いものでも見るかのようにその表情はゆがんでいる。

 だがクレフトンは気にしなかった。自分をそのように見る生徒の目に慣れているからである。

「そうかそれは何より……。とにかく学院に戻ろうか。無事に魔物退治も済んだことだし」

 そう言うとクレフトンは立ち上がり、ボロボロの身体を引きずるようにして荷馬車へと歩き出した。少女達が恐々とその後ろからついてくる。

 この大陸の東に位置する王国。その人々は貴賎、老若、男女を問わず巨乳をありがたがる。生活の隅々にまで魔法が活かされる王国においては、巨乳であることは不可欠であるとすらされている。
 それは何故か? この国の人々はどういう理由か、魔力は男女問わず胸=乳房に蓄積される。したがって胸が大きければ大きいほどその人物は大きな魔力を持っているということになる。それこそ日常の煮炊きから病気や怪我の治癒まで魔法によって行われるこの国においては、だからまず何よりも巨乳であることが求められるのだ。
 したがってこの国の人々にとって乳房は性的な興味の対象と言うよりも素晴らしき魔力の源として見られている。
 だが、王立魔法・騎士学院の落第生、クレフトン・ファビュル・コモドアのみは唯一例外といってもいいかもしれない。
 学院の五回生、すなわち最高学年を今年で三回目というクレフトンは貧乳好きである。「貧乳こそ正義」と公言して憚らない。
 したがって彼は非常識でバカなヘンタイだと多くの学院生から思われている。
 だがもちろん例外もある。彼を高く評価する者もいるのだ。

 その彼を高く評価する人物の内、最も有名な三人が学院の正門でクレフトンを待っていた。三人共ゆったりしたローブ型の魔法科の制服を着ている。
 クレフトンたちが乗った荷馬車が正門に近づくと、その三人の一人が待ち構えていたようにクレフトンに声を掛けた。

「お帰りなさいクレフトン。魔物退治実習ご苦労様。
 今回もボロボロね。私がすぐに治してあげるわ」

 ゆるやかに波打つブロンドの女生徒はそう言うと、短く呪文を唱え掌をクレフトンに向けた。少女の掌は金色に光り治癒の力をクレフトンに降り注ぐ。クレフトンの顔と体から何もなかったかのように擦り傷、切り傷が消えていく。ただし切り裂かれた制服はそのままである。

「スゴイ! さすがライラ先輩!」

 荷馬車の上の三人の少女が嘆声を漏らした。

「ありがとう、ライラ。相変わらず凄いね」

 クレフトンが言う。

「痛みも何もかもさっぱりだ」

「あら、当然でしょう? 学院一の魔力持ちよ、私は」

 ライラと呼ばれた、十代にしては随分と大人びた雰囲気の女生徒はそう言って胸を張る。制服を大きく押し上げる胸。学院魔法科最高位、ただ一人のIランクすなわちIサイズの胸が大きく揺れる。

「おっと、オレにだってそれぐらいは出来るぜ?」

 ライラの隣、顔も体もごつい大男がそう言った。

「わかってるわよ、ジャノン」

 ライラにジャノンと呼ばれた大男は自慢気に胸を張った。彼の胸も大きかった。そのサイズはH。つまりHランクの学院魔法科二位の実力者である。ただし、筋肉隆々のいかつい大男が巨乳と言うのはクレフトンにはあまり美しいものには思えない。

「私も忘れないのじゃー」
 そのジャノンの隣、ライラの反対側に立っている黒髪の小柄な少女がそう言った。

「わかってるよ、マーニャ」

 クレフトンが笑顔を見せてそう言うとマーニャは嬉しそうに小さく頷いた。それだけでやはりHサイズの胸が揺れる。
 四回生ながら精々二回生ぐらいにしか見えないマーニャだが、その実力はその胸の大きさを見てもわかる通り、やはり学院魔法科二位である。

 そこでライラは荷台の少女たち、下級生である魔法科の二回生に声を掛けた。

「よかったわね、あなたたち。これで確実にDになれるわよ」

 だが荷馬車の二回生たちは不審げな声を上げた。

「えー、ホントですか?」

「ええ、本当よ。だってクレフトンはランク上げの天才だもの」

「えー、信じられない。だってこの人落第生ですよ?」

「ええ、不運なね。でもランク上げの天才というのは本当よ。だって私もクレフトンのおかげで進級できたんだもの」

 学院では二回生から三回生に進級する際に、胸の正確な測定が行われる。この時もしサイズが少なくともDに満たなければ進級できない。のみならず魔力が足りないとして魔法使いへの道を諦め学院をやめなければならない。
 それはサイズD、すなわちDランクにも満たない魔法使いでは、この国では「兵力」としてあてにならないとみなされているからである。  そうしてライラもジャノンもマーニャも落第確実と言われていたところをクレフトンとの実習で劇的に変化し、魔力増大が著しくなって今では学院のトップ・スリーである。

 この国は東に海を臨み美しい山並みと森を持っている。それだけなら何も問題はないが、この国には多くの魔物も存在していた。そうして日頃魔物は自分たちのテリトリーからは出てこない。したがって人間と魔物の住み分けが一応はできている。
 だが魔物は繁殖が進み個体数が増えると、自分たちのテリトリーから出てきて人間を襲う。そのため王国軍が出動し魔物退治を行う。
 王国軍は騎士と魔法使いとによって構成されている。騎士だけでも、魔法使いだけでも魔物に勝つのは難しいからである。
 そうしてクレフトンが通う王立魔法・騎士学院は、将来の魔法使い、騎士を育成する兵士養成機関である。

 魔法が日常生活の隅々にまで活かされているこの国では、魔法が使えないと生きていくのに不便である。そこでまず 初等学校の間に火、水、土の三大魔法の一番の基礎が教え込まれる。とりあえずこれだけ使えれば生活には困らないからである。
 その時に誰もが少なくともBサイズの胸を得ている。つまりある程度の魔力持ちである。

 ところが中にはBランクどころかAランクにもなれない者がいる。要するに全くの魔力なしである。
 この国ではこういう人間は役立たず、と思われるところだが、魔力なしは逆に誰もが騎士としての高い可能性を有していた。下手な魔力持ちより余程優秀な騎士になれるのである。
 したがって学院の騎士科は魔力なしの集まりでクレフトンもその一人である。

 一方の魔法科はひたすら生徒の魔力を大きくすることが重視されている。大きな魔力を持てばそれだけ強い魔法が使えるからである。
 したがって入学したら二年間でDランクまで上がることが魔法科の絶対条件である。
 もし入学した時既にDであったら、その場合はEになるのが必須である。これは二年掛けてひとつもランクアップしないのは、やはりそれ以上魔法使いとして成長しないとみなされるからである。

「とにかくライラ、ありがとう。学院長に報告しなければならないからこれで失礼するよ」

「ええ」

 クレフトンがそう言うとライラはニッコリと微笑んだ。魔力に満ちた巨大な胸はちょっとの身体の動きに合わせて大きく揺れる。いつもいつもタップンタップン揺れる胸はさぞや煩わしいだろうな、そう思いながらクレフトンは荷馬車を門内へと進めた。

 その後姿を見つめながらジャノンが言った。

「クレフトンはまた今年も落第させられるのかな?」

「あらジャノン、滅多なことは言わない方がいいわよ。目をつけられたら大変よ?」

 ライラがジャノンをたしなめた。

「そりゃそうだけどさ……」

「クレフトンの落第は本人の責任ということになってるのじゃー。クレフトンもそれを認めてるのじゃー。余計なことは言わないのじゃー」

 マーニャもジャノンに言う。

「わかったよ。もう言わないよ。
 それよりマーニャ、お前、のじゃー、のじゃー、うるさいよ」

「そうよ。どうしたの急に? この前までは『にゃ』だったじゃない?」

 ライラもマーニャに聞いた。

「今は『のじゃー』が流行ってるのじゃー。時代は『のじゃー』なのじゃー」

 だがマーニャは澄ました顔でそう言った。

「変な子」

「まったくだ」

 ライラとジャノンは呆れ顔でそう言った。

 クレフトンと三人の下級生は学院長室で魔物退治実習の報告をした。
 魔物退治実習は学院の直ぐ近くに現れる低ランクの魔物を討ち取る実習である。魔物は定期的に現れるわけではないから、いつ何時行えるかわからない。したがって近くに魔物が現れたと知らされると、学院長自らが実習に向かう生徒を厳選していた。

 三人の下級生を先に下がらせた学院長はクレフトンに改めて礼を言った。

「ありがとう、クレフトン君。これであの三人、タリーさん、クレアさん、シェリさんも落第しないで済むでしょう」

 学院長はたった今まで一緒に学院長室にいた三人の名を挙げてそう言った。
 だが学院長の言葉にクレフトンは謙遜でもなく本心から言った。

「そうでしょうか? 必ずしもそうだとは言えないのでは?」

「いえいえ、そんなことはありませんわ。クレフトン君との実習後、必ずみんなランク上昇が目覚ましい結果になってます」

 学院長の秘書、ミス・アマルドがそう言った。

「そうです、クレフトン君。謙遜する必要はありませんよ」

 学院長が秘書の言葉に頷いてそう言う。
 白髪頭にしわくちゃの顔の学院長だが、胸は魔力で満たされているから垂れ下がるということが決してない。したがって大きく盛り上がった胸は、どうにもいつもそれだけ違和感をクレフトンに与える。

「いえ、謙遜などでは……」

「ですが現在学院のトップ・スリー、ライラさん、ジャノン君、マーニャさんもそうですし、ドーラさん、ミラノさん、サリエさんもそうです。特にドーラさんは入学以来全然ランクが上がらずBのままだったのが、君との実習の後ぐんぐん成長して今ではGランクです。他にもそういう生徒はいっぱいいます。
 君はもっと自分を誇っていいですよ」

「でも自分は落第生です」

「それは……、不運としか言いようがないですが……。申し訳ありません、規則なのでね」

 学院の卒業は、日頃の成績もさることながら卒業試験にかかっている。どれほど優秀な成績であっても、試験に落ちれば卒業できない。
 そうしてクレフトンは過去二回卒業試験に落ちている。いや、正確に言うならば、二回とも試験を受けられなかった。
 最初の時は学院内に紛れ込んだ老人を助けるべく、背負って老人の目的地まで連れて行った。そのため試験に遅れて試験を受けさせてもらえなかった。
 二回目の時は突然王国軍から呼び出され、いきなり事情聴取された。だがその理由がなんだかよくわからなかった。よくよく聞いてみると、なんと人違いで、呼び出されたのが学院から遠く離れた王国軍司令部だったから、試験日のうちに学院に戻ることすらできなかったのである。
 そうしてこの学院では最終試験も卒業試験も一回勝負。追試もなければ、いかなる理由があろうとも別の日に受け直すということが許されていない。

 そのためクレフトンは今三度目の最上級生五回生をしている。したがって他の生徒に比べ大人びているクレフトンである。

「それはともかく、今回のタリーさん、クレアさん、シェリさんもきっと落第せずに済みます」

 学院長はそう明るい顔で言ってクレフトンを下がらせたのだった。

 クレフトンが去った後、学院長はしみじみと言った。

「今年も何か手を考えなければなりませんね」

「そうですね。ですが不自然でなく、しかも強制力のあるものというとなかなか難しいですね」

 秘書のミス・アマルドも難しい顔をして考えている。

「彼には申し訳ないけれど」

「そうですね。まったく、騎士科を卒業したら魔法科の生徒を教えてはならないなんて、何て馬鹿げた決まりなのでしょう」

「これこれ、ミス・アマルド、滅多なことを口にしてはなりませんよ。
 私が結界を張っているから滅多なことでは、それこそ猫の子一匹、この学院に紛れ込むことさえできませんが、壁に耳ありといいますからね」

「申し訳ありません」

 そう言って頭を下げたミス・アマルドである。

 ところで学院長室を後にしたクレフトンは道場へ向かっていた。騎士科の授業もあるが卒業に必要な単位はすでに全部取ってしまっている。したがって授業に出る意味がそもそもない。生徒としてのクレフトンに必要なのは卒業試験を受けることだけだった。
 そのクレフトンに途中の廊下で声を掛けた者がいた。

「よお、クレフトン!」

「ガッシールか! どうした? 王国軍のエリート騎士が学院に何の用だ?」

 クレフトンと同期入学、主席の座を争い無事に卒業し、今では王国軍の若きエリート騎士のガッシール・クレアモンドであった。

「なあに、スカウトだよ」

 笑顔を見せてガッシールが言う。

「スカウト?」
 クレフトンが訝しむ。

「ああ、そうさ。めぼしい新人につばをつけに来たのさ」

「何でまた?」

「最近北部じゃ魔物の発生が多くてな。出動する機会が増えている。そこで見どころのありそうな学院生に、卒業後うちの部隊を志願してもらうように説得に来たのさ。危険は多いがやりがいのある部隊だ。逆に使えねえのに来られても足手まといだし、無駄死が増えるだけだし」

「そんなにか?」

「ああ。だからお前が来てくれりゃあ、百人力なんだけどな」

「よしてくれ、オレは落第生だよ」

 クレフトンが肩をすくめてそう言うとガッシールの顔が険しくなった。そうして声を潜めてクレフトンに聞く。

「お前が卒業できないのは学院長始め教師連中の陰謀って噂があるが本当なのか?」

「何をバカなことを言ってる。そんなことがある訳ないだろう?」

「でも最初の、オレと一緒の時も、二回目もありえないだろう? あんなの」

「不運な事故さ」

「お前はそれでいいのかよ?」

「仕方ないさ」

「お前って奴は……。まあいい。それより今度こそ卒業しろよ! そうしてオレのいる部隊を希望しろ! いいな?」

「ああ、そうするよ」

 ガッシールと別れたクレフトンは、道場に行く気にならなくなり、そのまま寮へと戻った。学院は全寮制で、今は授業中。したがって寮はしんと静まり返っていた。

 自室のベッドの上に寝転んだクレフトンは妹、アイリのことを思い出していた。
 三歳年下のアイリは生きていれば十七歳。だが七年前、クレフトンが学院に入学する時に魔物に襲われて死んだ。

 この国の女性も第二次性徴とともに胸が膨らみ始める。それはちょうど初等学校で魔力開発の基礎を受けている時だから、生物的に胸が膨らんでいるのか、魔力の増量によって膨らんでいるのかが見分けにくい。
 そうしてアイリは成長の早い子だった。それに魔力量も大きかったようで十歳にしてCサイズになっていた。

 そうしてクレフトンたちが住む村に魔物が襲ってきた時、王国軍の到着が遅れた。したがって村の者達は必死になって魔物と戦った。その中にアイリもいたのである。魔力を振り絞り火炎攻撃を繰り出したアイリ。だが襲ってきた大型の猿の魔物・狒狒は、アイリの攻撃などものともしなかった。そのような魔物を仕留めるには刃物による物理攻撃と併せて、最低でもEランクの魔法使いの魔法攻撃とでようやくであったからである。

 狒狒の振り回す棍棒の一撃を受けてしまったアイリはグッタリとなり、そのまま二度と目を開けなかった。クレフトンは牧草刈りに使う大鎌で魔物に立ち向かった。魔力なしの者が使う刃物には人の魔力とは違う、大自然の力が作用すると言われている。したがってクレフトンの振るった大鎌で少しずつ魔物は傷ついていった。そうしてようやく現れた王国軍によって魔物は仕留められた。

 クレフトンは自分の手で妹の仇が取れなかったことと、王国軍兵士がアイリの行動を無謀と吐き捨てたことに激怒した。
 だが言われたことは間違ってはいなかった。アイリの胸はCサイズだったが、それがすぐに魔力のCランクであったかどうかはまだわかっていなかったのである。
 中途半端な胸の膨らみに過信して、無謀な戦いをして死んでしまった妹。もし妹が人並にまだ小さい胸だったら。そう思うクレフトンは、だから貧乳好きを公言して憚らない。
 中途半端な胸なら小さい方がいい。そうすれば魔物と戦わずに済み、それが自分の命を守ることになる。誰がなんと言おうとここはそういう世界なのだ。そう考えるクレフトンである。

 学院の騎士科に入学したクレフトンは誰よりも己に厳しく鍛錬を重ね、常に騎士科の学年トップ、四回生ですでに騎士科の学院トップになっていた。それを常に脅かしたのがガッシール。二人は良きライバルとして磨き合い、そうしてガッシールは無事に卒業して騎士となった。だがクレフトンは落第していまだに学院生である。大きく水を開けられてしまった。だが三度目の五回生をしている今はそれもあまり気にならなくなった。

 学院近くに出現する低ランクの魔物。これを退治するのに何時も自分が選ばれる。魔物の種類によっては騎士の数が多かったり、今回のように自分以外は全員魔法使いということもある。
 だがとにかく魔物を倒し下級生を守る。クレフトンが考えているのはそれだけである。
 だから何故、自分と一緒に戦う下級生の胸が、その後どうして見違えるように大きくなるのかはクレフトンにはわからなかった。
 だが理由がわからずともそれは厳然たる事実であり、クレフトンが密かに「ランク上げの天才」と呼ばれている所以であった。

 そうして日は過ぎ、再びその年の最終試験の日がやって来た。それは五回生にとっては卒業試験である。
 朝から万全の体調で臨んだクレフトンは、だが直ぐに学院長に呼び出された。

「クレフトン君、南の森の近くにオークが大量に出現したという連絡がありました」

「なんですって? オークが大量に? どうしてそんなものが?」

 オークはそれほど高ランクな魔物ではないが、数が多いとなると厄介な相手である。

「理由はわかりませんが、とにかくこちらに向かっているようです。王国軍に魔法通信を送りましたが、到着するにはしばらく時間がかかります。そこでクレフトン君、君にお願いがあります」

「しかしいくらオークでも数が多いと……」

「ええ、もちろんです。だから魔法科の教師半数とGランク以上の生徒、それと騎士科の教師に五回生全員で向かってもらいます」

「じゃあ試験は?」

「試験は延期とします。オークとはいえ魔物ですからもちろん危険があります。Gランク以上ですから問題ないでしょうが、成績のことなど考えながら相手をしたりでもしたら危険極まります」

「そうですか、では早速……」

「いいえ、君には学院に残ってもらいます」

「えっ!? 何で……」

「ランクの低い生徒ばかりしか学院に残りません。万が一に備え彼らを守る者が必要です」

「ですが……、わかりました」

「申し訳ありませんがそうして下さい。もちろん私も学院長として残り、不測の事態に備えます」

 そうしてクレフトンは学院に残った。
 高位ランクのものがまったくいないという状況は未だかつてなかったことである。こういう時に何かあっては困るのは確かである。
 だがこういう時だからこそ問題は起きるものである。

「中庭に土泥人《ダートマン》が!」

「何!?」

 学院長室で待機していたクレフトン。血相を変えて飛び込んできたミス・アマルドに学院長とクレフトンは顔色を変えた。

「すぐに行きます!」

 クレフトンは学院長室を飛び出し、一気に階段を駆け下りて中庭に出た。すると地面からにょきにょきと盛り上がった土がヒト型に変化しているところだった。

「くそ! こんな時に!」

 クレフトンが唇を噛む。

 ダートマンは土の魔物である。多くの場合ヒト型となって現れる。それ故ゴーレムに近いとも言えるが、ゴーレムがヒト型泥人形で魔法使いの使う兵器であるのに対し、ダートマンは土の中に住んでいる魔物で土の中から現れては人を襲うものである。
 人間を飲み込み分解し栄養とする。しかも質の悪いことに魔法攻撃では倒せない。魔法を受けても元の土に還り地中に潜んでしまう。
 したがって形になって現れたどこかにある、生命の核《コア》を刃物などで物理的に攻撃しないと息の根を止められないのである。
 そうしてこの近辺では一度も現れなかった魔物でもあった。

 ダートマンは地面に脚を生やしているように見えるが、そのままクレフトンに向かってきた。
 クレフトンは腰の剣を抜く。

 騎士科の生徒は剣術、槍術、弓術、馬術を習う。その中でもクレフトンは剣術を一番得意としていた。
 一回生は短剣程度しか扱えないが五回生ともなれば長剣を自由自在に操れる。まして五回生三度目のクレフトンは、王国軍正規兵の長剣をさえ己のものとして扱えるほどの腕前である。

 ダートマンがその腕を伸ばしてクレフトンに襲いかかる。それを躱しつつクレフトンは一気に飛び込みダートマンの頭を横殴りに斬り飛ばす。だがダートマンはまったく意に介した風もなく迫ってきた。

「くそ! やはり核《コア》を破壊しないとダメか!」

 クレフトンは歯噛みしてダートマンから距離を取る。
 ダートマンの核は大人の両手にすっぽりと収まる程度の大きさ。それで高さ二メートル近いヒト型と化す。その体内の何処にあるかわからない核を一撃で破壊するのは至難である。

「となれば! 刹那百烈斬!」

 クレフトンはそう叫びながらダートマンを切り刻む。
 己の剣撃を限界まで高速化して。文字通り一瞬のうちに敵に叩き込み切り刻む刹那百烈斬。
 これによって腰の当りにあったダートマンの核《コア》を破壊したクレフトン。崩れ落ちるダートマンを肩で息をしながらもしてやったりとほくそ笑んだ。
 だがそれも束の間、新たなダートマンが二体現れた。

「冗談じゃない! 今度は二体……」

 いや、それだけではなかった。さらに別に四体。合計六体にクレフトンは囲まれてしまったのである。

 ダートマンの動きは意外に早い。一体を相手している間に攻撃を仕掛けられたら躱すのも難しいし、第一、最初の一体を倒すのも困難である。
 ところがもっと悪いことが起きたそれまで二本だった腕がそれぞれ四本になったのである。併せて二十四本。その腕がウネウネと触手のようにうごめいた。

「嘘だろ?」

 嘘ではなかった。そのうごめく二十四本の腕が一瞬にして鋭くクレフトンに襲いかかった。

 剣を振りそれを切り飛ばすクレフトン。だが避けきれずクレフトンの身体を傷つけるものが幾つもあった。その先端は鋭く尖り石のように硬くなっていたのである。

「ダメだ! これでは埒が明かない!」

 そうクレフトンが唇を噛んだ時、中庭に大きな声が響いた。

「先輩! ワタシたちも戦います!」

 そこには四回生の騎士科生徒ととDランク以上の魔法科生徒がいた。
 その真中には、クレフトンのお陰で見事BからDにランクアップしたタリー、クレア、シェリ三人の姿があった。

 だがクレフトンが叫ぶ。

「ダメだ! 四回生じゃ刹那百裂斬を習ってないし、魔法じゃダートマンは倒せない!」

「でも先輩、このままじゃ先輩が!」

「いいから下がってろ!」

 クレフトンは敵の攻撃を躱しながら下級生に怒鳴る。だがその体はどんどん傷ついていた。

「ワタシやるわよ!」

 そう言うとタリーが呪文を唱える。

『あまねく大地の息吹を集め、ここにその力を顕現させん。いでよゴーレム!』

 タリーの呪文とともに土が盛り上がりゴーレムができた。

「さあ、ゴーレム。ダートマンたちをやっちゃいなさい!」

 タリーが命じるとゴーレムがダートマンに襲いかかった。だがダートマンはゴーレムに腕を絡めそれを自分に取り込んでしまった。
 さらにゴーレムを取り込んだダートマンは巨大化してしまったのである。

「ダメだ……、ワタシの土魔法じゃ逆効果だ!」

「アンタ、敵を助けてどうするのよ!? ワタシがやるわ!」

 シェリが言う。

『あまねく世界の水気を集め、ここにその力を顕現させん。水撃砲』

 シェリは呪文とともに両手をダートマンに向けて伸ばした。するとその掌から凄まじい勢いの水柱が放たれダートマンの土を洗い流す。だがダートマンの身体はみるみる再生されてしまう。

「ダメだ、魔力が……」

 シェリの手から放たれる水柱が弱々しくなっていた。魔力を使い果たしたシェリの胸もすでにぺたんこ、Aサイズまでしぼんでいた。
 しかもさらに悪いことにはシェリの放った水によって足場が悪くなり、クレフトンは足を取られてよろめき、余計にダートマンの攻撃を受けてしまっていた。

「バカね、何やってんのよ!」

 今度はセイラがシェリに向かって叫んだ。

「今度は私が!」

「Dランクは引っ込んでなさい!」

 そこでミラノが割って入った。彼女もクレフトンのお陰で大幅にランクアップした一人である。制服の下のFサイズが激しく揺れている。

『あまねく世界の光を集め、ここにその灼熱の炎を巻き起こせ。火炎弾!』

 呪文を唱えて腕を伸ばし掌をダートマンに向けたミラノ。その掌から炎の玉がダートマンに向けて発射される。
 その光の玉はダートマンの身体の土を燃やしてボロボロと崩した。やがて穴だらけになったダートマンの残った土の部分にクレフトンが剣を突き入れた。

「そこだっ!」

 するとそこにクレフトンの読み通り核《コア》があり、ダートマンが一体消えた。

「やったー!」

 生徒たちが歓声を上げた。

「みんな、火炎系よ! それも燃焼系じゃなくて破壊系の! それを奴らにぶち込んでやりなさい!」

「はい!」

 ミラノの号令に生徒たちが一斉にそれぞれ呪文を唱え火炎攻撃を繰り出した。
 ダートマンの身体がどんどん崩れていく。そこへ四回生が殺到した。

「今だ! 突撃ーっ!」

 四回生たちは剣を手に、まるでタコ殴りにするかのようにダートマンに襲いかかった。
 そうして残りの五体全てが破壊されて土に還った。

「やったぞー!」

 勝ドキをあげる四回生たち。
 クレフトンはそれを地面に横たわって聞いていた。魔法科生徒たちの放った火炎攻撃の煽りを食って、体中に火傷を負っていたのである。

「先輩、大丈夫ですか!?」

 駆け寄る魔法科生徒たち。
 あらん限りの魔力を放出し、すっかりとぺたんこになってしまっていた彼女たちの胸を見てクレフトンはつぶやいた。

「やっぱり、貧乳って最高……」

 そう言い残してクレフトンは気を失った。
 それはそれまでの全てを台無しにしたクレフトンの一言だった。

 その一週間後、延期されていた最終試験、卒業試験が行われることになった日、クレフトンは寮から学院へ向かう途中。迷い猫を追い回していた。

「こら、そっちへ行くんじゃない!」

 だが猫はまるでクレフトンをあざ笑うかのように身をかわし、しかももうあと一歩で手が届く、という距離を保ちながら逃げ回っていた。

「待て、この野郎!」

―― もうそろそろ試験は始まってるよな……。

 そう思いながらもクレフトンは猫を追いかけ続けていた。

 因みにクレフトンと共に戦った魔法科の生徒たちは全員ランクが二つ上がっていた。  したがってオーク退治に向かった生徒たちの中には、クレフトンと一緒に残りたかったと言う者もいる始末だった。
 この事件によって「ランク上げの天才」というクレフトンの異名はよりいっそう輝き、そうして同時にその非常識な貧乳好きのヘンタイの名も上がっていたのだった。

 だがクレフトンは気にしなかった。
 この学院で魔法科の生徒たちのランク上げに貢献する。何故自分にそれが可能なのかはわからなかったが、そうすることによって、第二のアイリを生み出さないで済むような気がするからだった。

―― でもさすがに四回目の五回生は恥ずかしいかな……。
―― まっ、いられるだけ居続けるさ……。

 そう考えながら猫と戯れるクレフトンだった。
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