遥かなる星々の彼方で
R-18

第10話 緊急第4種配備

 コスタンティアは時の経つのも忘れて情報端末の画面を食い入る様に見つめていた。
 現在はCシフトの真っ只中、〇三〇〇(マルサンマルマル)(3時)を過ぎたところ。作戦部長代行士官としてMB(主艦橋)の作戦部長席に座っている。

 コスタンティアは新任艦長レイナートの士官学校での情報に衝撃を受けていた。
 予備校経由の一般科卒。本来なら同じ士官学校出でも出世・昇進は相当遅い方になるはずである。にも関わらずレイナートの階級は大佐でリンデンマルス号の艦長。どう考えても理由がわからないし納得出来るものでもない。

 コスタンティア自身、自慢する訳ではないが自らを優秀な士官だと自認している。
 士官学校の中でも第一士官学校と並ぶ難関、第四士官学校を首席で卒業した。同期の全士官候補生の中でも最優秀の成績だった。士官学校卒業後4年で大尉というのは同期の中だけでなく、過去においても最速の部類に入る。
 ところが艦長はどうだ。自分と同期にもかかわらず、しかも予備校出なのに既に大佐。自分よりも3階級も上なのである。それを信じろ、事実として受け入れろという方が無理だろう。

 同じ士官学校の候補生は700人、同期全体なら4000人を超える。その全ての名を記憶している候補生などいるはずはない。コスタンティアもレイナート・フォージュなどという名前はそれまでは聞いたこともなかった。

 どの士官学校でも各期の定員の成績最下位グループは一般科候補生というのが普通である。
 一般科の候補生が専修科の候補生を上回るということは奇跡に近い。専修科はエキスパートとなるべくカリュキュラムが組まれそれを主体に学ぶのである。一方の一般科はとにかく広く浅くで、専修科の専門科目もひと通りは学ぶ。
 例えば天体観測による自分の位置の確認や難しい航路計算、戦術シュミレータで艦隊戦の模擬戦も行えば、艦載機の飛行訓練もあるし格闘技も習う。だがそれはあくまで通り一遍で、高度に専門的な事になればカリキュラムそのものが無くなる。
 それ故専門分野で一般科候補生が専修科候補生に勝てるはずがない。それが成績に現れるのである。したがって一般科候補生に遅れを取ることは専修科候補生最大の恥辱でもある。
 しかしながらレイナートは第七士官学校の同期の全候補生の中で300番台上位の成績だった。ということは下に専修科の候補生が200名以上もいるということで、普通なら絶対にありえないことだった。
 もちろん不正行為を疑う者もいたが、では戦術シュミレータのプログラムにどのように不正を施すと言うのか。それが出来たら天才プログラマーで一財産作れるだろう。
 屈強な教官に金でも払って投げ飛ばされてもらうとでも言うのか。そんなことは候補生同士で戦えばすぐにでも結果はわかる。わざわざライバルに負けてやる必要はないからである。
 ならば座学の成績は? カンニングしたのか? それが本当に出来るならいきなり情報部の第1級エージェントにでもなれるに違いない。
 だがレイナートはまさに己の実力で、全てにおいて一般科の首席、全体でも十分立派な成績を収めたのである。それを疑うことは誰にも出来なかった。
 したがって第七士官学校内では相当話題にはなった。特に同じ一般科の候補生は横柄な態度で自分達を見下す専修科候補生に対し溜飲を下げることが出来てご満悦だった。
 しかしながらそれは専修科候補生の更なる怒りを買い、一般科候補生に対する風当たりは益々強くなった。それに所詮は多勢に無勢。6対1では話にならなかった。

 だが実際のところ、第七士官学校始まって以来のこの珍事に、指導教官はレイナートに対し戦術作戦科もしくは航法科への転籍を促した。一般科で終えさせるのは惜しいと考えたからである。だが当人は至ってクソ真面目に「一般科の方がいい。今のままで十分です」と言って断ったのである。

 だがそれは結局そこだけでの話で全士官学校内でも大きく取り沙汰されることはなかった。
 第七士官学校一般科の候補生がどれほど喧伝しても専修科の候補生は無視した。自分達の汚点を認める訳がないからである。一方、他の士官学校の候補生にすれば所詮は他校の一般科候補生のこと。嘘だろうが本当だろうが自分に直接影響がなければどうでもいいこと。「大方、第七の奴らは相当デキが悪いのが集まってるのだろう」くらいに思われただけであった。
 ましてそういうくだらない噂話めいたことには興味のないコスタンティアである。それ故レイナートの名を聞いたことはなかったのである。


 いつまでも画面を見つめていたコスタンティアだがMB後方のエレベーターから声がして我に返った。

「艦長が艦橋に」

 警備兵が艦長の出現を告げたのである。
 その場の全スタッフが起立し敬礼した。

「ご苦労様です」

 敬礼を返しレイナートはそう言って艦長席に座った。

「艦長、何か御用がおありですか?」

 その場の最高位だった戦術部長、ギャヌース・トァニー中佐がレイナートに尋ねた。艦長は基本的にAシフト(8時から16時)。Cシフトのこのような時間にMBに姿を現す理由がわからないから当然のことだろう。

「いえ、特には何も。
 作戦部長、現在の進捗状況は?」

 問われてコスタンティアが報告する。内心動揺していたがそれをおくびにも出さない。

「はい。現在、行動計画F-158を遂行中。進捗は72%。遅れはありません」

「結構です。
 船務部長」

「はい」

 今度は船務部長席のクローデラ・フラコシアス中尉が返事をする。今週のシフトではクローデラが船務部長代行だった。この2人が並んで座っているとそれだけでMB内は華やか、圧巻でもある。

「艦内に第4種配備を発令して下さい。また発令時より配備完了までの時間も計測して下さい」

「はい?」

 穏やかな顔で第4種配備を命じたレイナートにクローデラは目を丸くした。第4種配備とは総員24時間戦闘配備体制である。リンデンマルス号では滅多に発令されないものだった。
 唖然としているクローデラに対し、レイナートは責めるでもなく怒るでもなく、再び穏やかに命じた。

「総員に第4種配備発令。対艦隊戦用意」

 それでも押し黙っていたクローデラにギャヌースが言った。

「クロ……、船務部長、第4種配備発令だ」

「あ、はい」

 そこでクローデラはようやく船務部長席のコンソールに向き直り、大きな赤い丸ボタンを掌で押し込んだ。緊急警報のボタンは誤操作を防ぐため大型で、指では簡単に押せないようになっている。

 クローデラがボタンを押すと間髪を入れず艦内に警報が鳴り響いた。
 クローデラがコンソールの集音器に向かって声を張り上げる。

「総員、第4種配備! 対艦隊戦用意! 繰り返す。総員第4種配備! 対艦隊戦用意!」


 艦内が一気に騒然となった。
 寝ていた者、食事をしていた者、ジムでトレーニングをしていた者、デジタルコンテンツを楽しんでいた者、定期検診を受けていた者、中には展望室で愛を語らっていた者達など、警報と共に流れる音声に色めき立った。

『総員、第4種配備! 対艦隊戦用意! 繰り返す。総員第4種配備! 対艦隊戦用意!』


「何事だ!」

「急げ!」

 口々に叫びながら己の持ち場へ急ぐ。


 リンデンマルス号は基本的に正八面体を横倒しにして前後に引き伸ばした形をしている。したがって正面から見ても、上から見ても横から見ても基本的には菱型(艦尾側は切り取られて頂点部分はないが)である。
 そうして両舷の最も幅の広いところを結んだ線、これを基準に前側を艦首、後ろ側を艦尾と呼ぶ。艦首側はおよそ600m、艦尾側は400mの長さである。
 また艦首から艦尾への中心線。この線を艦の左右のみならず上下の基準ともしており「レベル0」と呼ぶ。要するに0階ということである。
 リンデンマルス号の艦内配置はこの2本の線が基準になっている。そうしてMBは最も高いレベル12(12階層)にある。

 MBの真下は多目的シャトルや艦載機の発着口でその左右と下が格納庫となっている。さらにその下部、最下層には重力制御装置(人工重力発生装置とワープエンジン ― 重力場形成装置)がある。
 他方その艦首側に艦内工場と倉庫、さらに前方に病院やジムなどの福利厚生施設がある。一方格納庫の後方は主コンピュータルーム、最後尾には通常空間航行用の主エンジンルームがある。

 これら重要施設の周囲と隙間を縫うように乗組員の56にも及ぶ居住区が配されている。したがってMB下層周辺区域は通路も狭く複雑に入り組んでいるところも多い。それ故転属で乗艦したばかりの者だと確実に迷子になる。そういう意味でも情報端末は手放せない。
 レイナートも着任してからの1ヶ月間、勤務時間外に情報端末のナビシステムを利用して艦内を歩いた。管理部の兵士が道案内を買って出たが「こういうのは自分で苦労した方が覚えます」と言って歩いたのである。おかげで艦長護衛の兵士は一緒に歩かされていい面の皮だったが。

 故に例えば艦首に近いところから艦尾までの移動は距離があるだけでなく、迷路のような通路を行かなくてはならない事にもなる。
 そこで大抵の場合はレベルマイナス2の中央通路 ― と言っても両舷にそれぞれあるが ― を利用する。
 中央通路は幅12m、高さ6mの四角いトンネルのような通路で、4人乗りの4輪電動車や資材運搬用6輪電動トラックが走行出来る。それぞれ双方向2車線ずつの4車線で外側の車線は駐車レーン、内側2車線が走行レーンとなっている。
 また途中6箇所に左右をつなぐ連絡通路があり、その連絡通路ホールに昇降用エレベーターとシステムダウン時でも移動出来るように階段が設けられている。


 そうして通路は今、持ち場へ急ぐ乗組員で溢れている。

「どいて!」

「邪魔だ!」

 総員が大急ぎで持ち場に到着し宇宙服を装着する。
 格納庫では艦載機(戦闘機及び雷撃機)の発進準備が急ピッチで進む。
 20基ある主砲塔の2連荷電粒子砲用粒子加速器が作動を開始する。
 ミサイル発射管に対艦弾道ミサイルが装填される。
 陸戦部隊は強化外装甲を着用する。
 索敵レーダーが出力を上げ全方位索敵を行う。
 防御シールドの展開準備が進められる。
 軍医及び看護師が携帯用救急セットを用意していつでも飛び出せる準備をする。


 MBには各部から準備完了の報が続々と入り始める。そうして第4種配備発令の8分17秒後に準備完了となった。

「艦長、第4種配備完了しました」

「わかりました。皆さん、ご苦労様。艦内配備を第1種配備に戻して下さい」

 レイナートは落ち着いた声で言った。だが表情は決して穏やかという感じではなかった。

「各部長は今回の報告書を提出して下さい。以上です」

 レイナートはそう言うと立ち上がった。
 MBスタッフ全員が立ち上がって敬礼する。敬礼を返すとレイナートはエレベーターに向かった。

「艦長は艦長室へ」

 警備兵と共にエレベーター内に姿を消した。

「一体何だったんだ?」

 口の悪いことで有名な戦術部航空科長アロン・シャーキン少佐である。

「突然第4種配備なんか発令して」

「さあね。やってみたかったんじゃないのか、艦長らしいことがさ」

 これまたぶっきら棒で無愛想、辛辣な物言いで有名な戦術部砲雷科長のエネシエル・ヌエンティ少佐であった。


 突然の第4種配備発令から1週間、各部からの報告書が艦長に提出された。それから暫くの間、レイナートには特に目立って変わったこともなく、いつも通り穏やかに艦長席に座っていた。

 突然第4種配備が発令されため、微々たるものだが計画が一部予定より遅れてもいた。一体艦長は何の目的で第4種配備を発令したのか? 誰もが疑問に思っていたが艦長からは一切説明はなかった。
 結局エネシエルの言うように、「艦長らしいことがしたかっただけ」という結論に落ち着き始めていた。


 ところがその数日後、レイナートは再び突然第4種配備を発令した。計画の遅れをようやく取り戻したところだったので作戦部としてはかなり不愉快なものを感じていた。
 そうして再度の報告書提出命令。本当に一体艦長は何がしたいのか誰にもわからなかった。

 そうして再度の報告書が提出された後、レイナートは主要スタッフ全員によるブリーフィングを招集した。
 艦内体制は第1種配備のまま、各部長及び次席が全員ブリーフィングルームに集められたのである。したがってMBの各部長席やCIC(戦闘指揮所)OC3(作戦室)IAC(情報解析室)の士官席には、普段は絶対に座ることの出来ない士官や下士官達が緊張の面持ちで座っていたのである。


「皆さんご苦労さまです。早速ですが報告書は読ませていただきました。内容としては、事実はよく捉えてありますが、私が求めていたものとはちょっと違いました」

 レイナートはそう切り出した。階段式ブリーフィングルームの席に着いていた士官達は真剣な顔で聞いている。

「これから皆さんに幾つか質問をさせていただきますので答えて下さい。その際一々起立したり敬礼する必要はありません」

 レイナートの言葉に全員が無言で頷いた。

 コスタンティア始め集められたスタッフ一同は一体これから何が始まるのか興味津々だった。
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