遥かなる星々の彼方で
R-15

第11話 ブリーフィング

「まず、船務部。本艦の最大索敵能力は?」

 レイナートは静かな口調で尋ねた。

 ブリーフィングルームに集められたのは各部長とその次席級の佐官と尉官である。したがって、尉官以上全てという訳ではないので、全部で40人ほどでのブリーフィングである。

 レイナートの質問に船務部長以下船務部の士官が顔を見合わせたが、クローデラが答えた。

「周辺宙域の状況にもよりますが、基本的には半径5000万kmの範囲です」

 光学望遠鏡、電波望遠鏡などを使えばかなり遠方、それこそ数百万、数千万光年先の物体も捉えることが出来る。その代わり範囲が極端に狭まってくる。しかもそれは過去の姿で「現在」の姿ではない。したがって望遠鏡での遠距離索敵というのは非現実的である。
 一方レーダーや重力波検知器を使えばかなり広範囲の物体を検知出来る。
 レーダーは電波を対象物に向けて発射、反射波を測定することで対象物までの距離や方向を測る装置である。そうしてレーダー波照射の出力を上げれば測定範囲を広げられる。
 ところで距離5000万kmの場合、レーダー波は光速でしか飛ばないから帰ってくるのはおよそ5分半後である。つまり5000万km以上離れた敵を捉えても、それは5分以上前の存在地点の情報でしかない。だがそこからは連続的に相手を捉え続けられるから、十分に対処出来る時間的余裕があるとされている。
 一方の重力波検知器は重力波を発生させる物体そのものではなく、その物体が発した重力波を捉え、そこから逆算して物体の大きさや位置を特定するので間接的な手法である。いずれにせよ、様々な装置を併用して索敵を行っているのである。

「結構です。では本艦の最大有効攻撃範囲は? 戦術部」

 戦術部砲雷科のエネシエルが口を開いた。

「主砲の場合、目標が停止していれば1500km程度。それ以上の距離だと空間の状況の影響が大きいし、移動中の場合だと速度と方向によるので何とも言えませんね。
 対艦弾道ミサイルの方はうまくすれば1光年先の目標にだって当たりますよ」

 士官学校で習う最も基礎的なことである。答えられない方がおかしいから、エネシエルの言い方はぶっきら棒なものだった。


 リンデンマルス号の主砲は他の宇宙戦闘艦と同様、現在の主力兵器である荷電粒子砲である。
 これは荷電粒子(電子、陽子、重イオンなど)を粒子加速器によって「亜光速」まで加速し発射する兵器である。弾丸となる荷電粒子の速度が早いため回避行動はほぼ不可能に近い。
 宇宙開発の初期、すなわち惑星上空の実験棟での滞在が1年を超えた、1000日を超えたというのがニュースになるような大昔から物理学や医学の分野では利用されてきた。

 だが荷電粒子を加速する加速器の小型化が難しかったため宇宙艦艇用兵器としての実用化が遅れていた。兵器として利用出来るほど加速するためには直径数kmもの大きさの加速器が必要で、艦艇に搭載することが不可能だったのである。だが技術の進歩によって粒子加速器の小型化に成功、艦艇に搭載されるようになった比較的新しい兵器である。

 その荷電粒子砲が実用化されるまでの主力兵器はレールガンであった。これは物体を砲身内のレールの電磁誘導により加速して撃ち出す兵器で、それこそ宇宙開発初期から実用化されていたものである。電気伝導体の弾丸内部に炸裂弾頭を有し、遅延信管を使って敵艦に突き刺さった状態で爆発させるという、ある意味、先進的なんだか古典的なんだかわからない武器であった。
 ただこれは弾丸の射出速度が遅いという致命的な欠点があった。
 この兵器の特徴はレールが長く、長時間加速し続けることが出来れば弾丸の速度をあげられるというところにある。だが艦艇には装備出来る砲身の長さに物理的な限界がある。また火薬を使って目標を内部から破壊するというものであるため弾丸が非常に重い。したがって兵器として十分な速度に上げにくいのである。そのため遠方から発射しても回避や迎撃の時間を与えるだけであった。したがって初期のレールガン主体の戦闘では双方の艦艇の距離が非常に近いものだったのである。
 それを改善するため弾丸内にロケット燃料を持ち、レールガンで発射してロケット推進で加速するというミサイル兵器に変わってきている。それがイステラ軍では対艦弾道ミサイルと呼ばれているものである。これによって射出速度はさらに下がったが巡航速度は逆に上がり、今でも主力兵器のひとつである。

 その点、荷電粒子砲は元々弾丸が亜光速という超高速で飛ぶため遠距離から発射しても着弾までの時間が驚くほど短い。だがこの兵器にも致命的な欠点があり、磁場や恒星風などの影響を受けやすく、命中精度がその空間の状況によって著しく変わるというものである。
 そこで現行の艦艇ではこの2つの兵器を共に備え、状況に応じて使い分けているのが普通である。

「ありがとうございます。
 ところでディステニア軍の主力戦艦、スピルレアモス級の主砲の有効射程距離は?」

 まるで士官学校の授業で指導教官が候補生に質問しているかのような光景である。否、質問内容もそのものである。それ故集められた士官達は早くもうんざりし始めていた。


 レイナートはスタッフらとしばらくそういった会話を続けていたが突然質問を変えた。

「……ところで第1回目の第4種配備の時、防御シールドの展開準備に3分以上も掛かってますが理由は何ですか? 防御シールドは第4種配備発令と同時に展開準備されることとなっているはずですが?」

 防御シールドとは荷電粒子砲から発射された荷電粒子の弾丸を、艦体の外側に強力な磁場を形成・展開させ、偏向(進行方向を変え)させて無効化する防御機能である。
 荷電粒子砲の弾丸の速度はとにかく早いので、艦体そのものの回避運動では間に合わない。そこで開発された防御システムである。但し荷電粒子砲の弾丸の質量が大きいと磁場の影響を受けにくくなり艦体に着弾する可能性が増えてくる。
 そこでエネルギー中和シールドというさらに強力な防御システムがある。
 これは陽電子、反陽子などの反粒子を艦と一定の距離をおいた宇宙空間に展開させ、荷電粒子と相殺するというもので最高の防御性能を発揮する。ただし反粒子を展開させるために大量のエネルギーを必要とし展開中は防戦一方になってしまうこと、また反粒子が自艦に触れると対消滅を起こすという危険性があり諸刃の剣でもある。
 ちなみに反粒子を利用した砲はいまだ実用されていない。

「それは……」

「何でしょう?」

 言い淀んだクローデラにレイナートが再度尋ねた。そこでクローデラも観念した。

「防御シールド展開に対し技術部の方で対応が遅れ……」

「申し訳ありません。その時の担当兵が別の作業に取り掛かっていて手が離せず……」

 技術部長が歯切れの悪い言葉で捕捉説明する。

「ですが他にも兵はいますよね? 彼ら、もしくは彼女らは何をしていたんですか? 第一、防御シールドの展開以上に優先されるべき作業とは一体なんですか?」

 レイナートは質問を続けていく。

「主エンジンの立ち上げに手間取りまして……。それに他の兵士は居住区が離れていてまだ持ち場に到着しておらず……」

「それはおかしくないですか? 勤務部署に最も近い居住区で生活するのが基本のはずではなかったですか? 特に艦体防御や主機関に携わる者は最優先でそうあるべきと決まっていませんでしたか?」

「それはそうなんですが、配置転換後の居住区の移動が遅れていて……」

 今度は管理部長である。

「前回の配置転換はいつですか?」

「半年ほど前です」

「その間放置だったんですか?」

「……はい……」

「何故遅れたんですか?」

「それは慣れた部屋がいいと……」

 そこで初めてレイナートの口調が厳しく険しい表情になった。

「今まで確認してきたことでわかると思いますが、敵性国家の戦闘艦が本艦に攻撃を仕掛けてきたと想定して、今回の第4種配備のような結果では、本艦は3分31秒後に敵の第1波攻撃をまともに受けていることになります。この時最悪の場合、艦体に深刻な被害が出ている可能性もあります。そうして第4種配備完了が8分17秒後。その間何度砲撃を受けているかわかりません。
 これでは応戦するどころか、防御も回避行動も出来ずに終わっている、すなわち大破撃沈されている可能性があったということです。
 今私が述べたことは改めて言うまでもなく、皆さん、おわかりのことだと思いますが」

 スタッフ達は半ば俯き、半ば怒りも顕にレイナートを睨みつけていた。
 だがレイナートはそれを全く意に介さず続けた。

「とにかく2度の第4種配備のような状態では話にならないのはわかると思いますが……。
 覚えておいて下さい。現在のイステラはいずれの国とも戦争状態にはありません。だからといって戦闘が全く無いと思ったら大間違いです。本艦も何時それに巻き込まれるかわからないんですから」

 そこで全員の表情が変わった。軍の公式発表でも記録上でも、イステラはディステニアと停戦合意して以来、規模の大小にかかわらず一度も戦闘を行っていないはずだからである。

 多くを語るよりも、時には沈黙の方がより雄弁に物事を語ることがある。
 レイナートはそれ以上何言わななかった。
 だがスタッフ達はそれである程度まではわかったのである。

 目の前にいる赤みがかった金髪に灰色の瞳、端正な顔立ちの青年。今ここにいる者達の中では最も若い部類に入るだろう。だが自分達の最高指揮官。艦長。
 その経歴はいまだ謎だったが、決して依怙や贔屓、もしくは偶然で今の立場にいるのではないはずだ。この時皆がそう思ったのである。

「各部長はもう一度報告書を提出して下さい。ただし今度はもっと内容のあるものにして下さい。以上。
 解散」

 レイナートはそう言うと立ち上がった。
 スタッフも一斉に立ち上がり、反射的に敬礼した。

 レイナートは敬礼しつつもそそくさと歩いてブリーフィングルームを後にしたのだった。

「艦長は艦長室へ」

 警備兵の声が静まり返ったブリーフィングルームに響いた。


 第1種配備であるから勤務時間外の者もいるが、スタッフ全員がそれぞれの部署に戻り、早速打ち合わせを開始した。

「いいか、各部署の何が原因で配備完了が遅れたのか、徹底的に調べて改善させろ!」

「使い慣れた部屋がいいなんて何様のつもりだ! さっさと引っ越しさせろ!」

 殊に各部長達は眼尻を釣り上げ部下達に号令を掛けた。おかげで暫くの間、艦内は落ち着きなく騒然としていたほどだった。


 2度の予定外の緊急第4種配備で艦内のアチラコチラに色々と影響が出ていた。

 艦は基本的には慣性航行である。常にエンジンから推進力を得て航行している訳ではない。
 そうして定時観測で艦の進路が計画から外れていないかを確認し、ズレがあった場合には軌道修正をするためエンジンに火が入るのである。
 その間艦内工場はフル回転で操業する。外壁パネルから得たエネルギーを優先的に回してもらえるからである。だが戦闘配備となると工場は操業を停止する。今度はエネルギーを戦闘用に回すからである。

 それでなくともワープ前30分はワープエンジンへのエネルギー供給を最優先するため、ワープ後30分は艦体に異常がないかチェックするため艦内のほとんどの設備が停止する。そうでないのは主コンピュータくらいのものである。
 この間もちろん工場は動かない。
 しかもワープは通常の行動計画では1日3回実施される。したがってそれだけで3時間は機械を止めなくてはならない。
 艦内工場は作戦部の立案した計画に従い製造計画を立て食料品、医薬品、消耗部品といった様々な物を生産しているが、それ専用のラインを全て完備している訳ではない。したがって必要に応じて生産ラインのレイアウトも変えなければならない。これを効率良く行わないと必要な物資の製造に齟齬をきたし、辺境警備基地に到着した時、必要な物資が準備出来ていないという事態にもなりかねないのである。
 であるから予定外の突発的なことは極力避けて欲しい、というのが技術部製造科の本音である。

 またその第4種配備の間は食堂やジムの利用禁止になるから、その時に利用するはずだった者は利用出来なくなってしまっていた。これを調整しようとなると大変な作業が必要である。
 特に艦内ジムは一度に50人しか利用出来ないにもかかわらず利用希望者が多く、2ヶ月に一度しか順番が回ってこないから出来なくなった者は文句タラタラだった。

 だが事前にわかっている訓練であれば本当の実力はわからないし問題点も浮かびにくい。
 そういう意味では2度の第4種配備は、日常業務に慣れきっていた乗組員の気持ちを引き締めるには絶大な効果があったと言えるだろう。


 結局、管理部総務科が最大限努力してジムの方は何とか利用の順番をやりくりした。おかげで「また2ヶ月待つのか」と諦めていた者達は利用できると知って小躍りした。

 コスタンティアもその1人である。
 作戦部は基本的にデスクワークであるため運動不足になりがちである。しかも今回の緊急配備でも問題視されたが、居住区と勤務部署が可能な限り近いところに設定されている。したがって時間を取って積極的に体を動かさないかぎり、余分な脂肪、要するに贅肉が体に付いてくる。いくら己の容姿を自慢気に誇る気はないとはいえ、手入れもせずに衰えるに任せるほどコスタンティアは枯れてない。
 そこでジムが使えない時は極力中央通路を走ることにしている。中央通路は両舷にあってそれぞれ800mほどの長さがある。しかも普段は電動車を使う者は皆無だから広々と走ることが出来る。したがって中央通路をジョギングコースとして使っている者も数多い。
 だがジムにはフィットネスマシンが色々と用意されているのが魅力である。やはり走るだけでなく、こういったマシンを使って気になるところを重点的にシェイプしたい、ということもある。

 そこで色々なマシンで体を動かした後、ランニングマシンで最後の仕上げに掛かった。
 無心になって体を動かすつもりでジムに来たはずが、考えることはただ一つだけ。

―― 何よ、アイツは一体! あんな、姑みたいにネチネチと厭味ったらしく言うことないじゃない!

 心の中でレイナートにひたすら悪態をついていたのだった。
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