遥かなる星々の彼方で
R-15

第13話 同期会への招待

「やあ、レック。久し振りだね」

 艦長の声がして、コスタンティアはつい物陰に隠れ声の方を窺ってしまった。ジムで汗を流している最中もずっと頭から離れなかった男の声だったため、我知らずそうしてしまっていた。だがそれは恋愛感情のような甘いものからではなく、艦長に対する怒りにも似た反感からだった。

 物陰から様子を見るとレイナートがPXの下士官に話しかけているのが見えた。

―― あれは確か……。

 その軍曹の顔には見覚えがあった。ただ名前が出てこない。

―― レックと呼んでいるみたいだけど……。

 その時レックと呼ばれた軍曹がレイナートに敬礼をした。

「艦長、何か御用でありますか?」

 レイナートに比べ随分と冷めた、事務的な応対である。レイナートは悲しげな表情を見せた。

「久々に会った幼なじみ、同じ士官学校、同じ学科の同期だったんだ。もう少し打ち解けてもいいんじゃないか? 僕は今勤務時間外だし……」

「いえ、自分は……」

 それを聞いてコスタンティアも気づいた。

―― そうか! 同じ470期のレクネリアード・オニッシュ軍曹だわ。

 士官学校の第何期候補生というのは卒業年度ではなく入学年度を表す。
 士官学校には留年という制度はなく成績不良者は退学が基本である。ただし士官学校側がそのまま退学させるには惜しいと認めた候補生は早期任官させるということがある。
 レックもそうした士官学校を中退して任官した1人である。


 候補生は士官学校時代はライバルとしてしのぎを削る間柄であっても、卒業後任官してからは同期生とのつながりを大切にする。したがって、任地においても連絡を取り合って集まる者達は多い。特に一定年齢以上になるとその傾向は強くなり、ちゃんとした同期会を作っているところもある。
 そこまでいかなくとも異動で任地が変わった場合、そこに同期がいるかどうかを確かめるのはごく普通のことである。それでなんとなく憶えていたということだった。

 イステラ連邦の人が住んでいる星系はおよそ350で、ここには総司令部から方面司令部、はては大なり小なりの駐留艦隊基地がある。さらには数千にも及ぶ人工の宇宙基地まである。一方士官は毎年約4000人が新規任官する。ということは同期の全くいないところに着任することもあれば、同期が何人も同じ所に着任することもある。ただし同じ駐留基地に配属となったとしても地上勤務もあれば艦艇勤務もあるから、全員が同じ部署ということはほとんどない。
 したがって同一艦艇内に同期がいるということ事態が決して多いことではなく、いたとしても数が限られる。それ故他に比べれば集まり易い反面、かえって例えばわざわざスケジュールを合わせて集まることなどは少ないというのが実情である。

 リンデンマルス号の470期はレイナートが入って6人になったからかなり多い方だろう。その内卒業したのはコスタンティアに人事科の少尉アリュスラ、それともう一人戦術部空戦隊第2航空隊のドリニッチ少尉。残る2人は早期任官で、技術部に1人とこのレックである。
 コスタンティアとアリュスラは時々顔を合わせた時などは少し話をしたりすることもあるが、やはりわざわざ皆で集まってということはしてこなかった。特にドリニッチ少尉は皮肉屋の男性で、余り付き合いを持ちたいと思わないタイプだからなおさらだったのである。
 また早期任官の2人もたとえ誘われても顔は出さないだろう。早期任官の下士官はそういうところへは普通は恥じて出てこないし、誘う方も形だけでしかない事が多いからである。

 そんなことを考えていたコスタンティアは二人の会話を聞きそびれてしまっていた。もっとも盗み聞きしようとして姿を隠したのではない。だが興味はあったから惜しいことをしたとは思った。
 レックはレイナートを残して仕事に戻り、レイナートも寂しげな顔でその場を立ち去っていったのだった。


 その数日後コスタンティアの情報端末にアリュスラからメールが届いた。

『第470期の同期会やらない?』

 単刀直入、他に間違えようのないメールだった。
 コスタンティアは驚いた。今まで一度もやったこともない同期会をやろうと言うのだからお目当ては艦長ということだろう。あんな奴のどこがいいのか、とコスタンティアは半ば呆れた。
 だが実は若い女性兵士達の間でレイナートは注目を浴びていた。もちろん新任艦長だから艦内の誰もが注目している。だがそれ以上に若い男性、新顔でしかも大佐ということだからである。

 艦内では恋愛は禁止されていない(当然誰にも出来ない)。したがって交際は自由である。但し結婚すれば、夫婦が同一の職場にいることは好ましくない、という理由からどちらかまたは両方が別々のところへ転属となる。
 事実医監部長のネーリアは職場結婚で、しかも相手はネーリアよりも階級が下だった。それでネーリアはリンデンマルス号に残り、新婚早々夫は異動となった。したがって2人は年に1度、リンデンマルス号が第7方面司令部の宙空ドックに入港した時だけ会えるという、離れ離れの生活を余儀なくされている。それは初めからわかっていたことなのに結婚に踏み切ったのだから、それだけ思いが強かったのだろう。

 まさか今そこまで考えてはいないだろうが、でも玉の輿ということを考えるならレイナートは「あり」ということなのかもしれない。
 30代の大佐というのは、それほど多くはないが珍しいことでもない。30代の将官となると大分少なくなるがいない訳ではない。
 だが20代の大佐というのは最近では聞いたことがない、過去にあったかどうかもわからない、というくらい珍しいことである。どころかもしかしたら30を前に将官、という可能性もあるかもしれない。そこまでいかなくとも30早々で准将にはなるかもしれない。
 そういう相手と結婚出来たら末はイステラ連邦宇宙軍総司令長官の妻になれるかもしれない。そう考えても不思議ではない。

 だが如何せんその経歴が全く不明である。一個人の経歴が最高軍事機密扱いというのは不気味ですらある。情報部のエージェント、要するにスパイでもありえないだろう。その場合は逆に嘘で塗り固められた経歴がある方が自然である。それからすると全くのアンタッチャブルというのは、どう考えても絶対に「なし」である。
 ところが外見がなかなか良いのでつい色々と想像したくなってしまう。それくらいなら自由じゃない? というのが若い女性達の心理だった。
 まあ要するに、退屈な閉じた世界の中での暇つぶしみたいなものである。


「『同期会』ねえ……」

 コスタンティアが思わず呟いた。それを聞きとがめられた。

「んん、何か言った?」

 同室の大尉だった。彼女は技術部機関科で重力場形成装置(ワープエンジン)担当の技術者である。
 大学の工学部から大学院を経て士官学校に入学した。大学や民間の研究施設よりも軍の方が最先端技術に関われるだろうという理由から軍人を選んだ研究者志望の女性である。したがって本来は軍の技術研究所勤務が希望なので実務艦への配属は面白く思っていなかった。

「あら、ごめんなさい。何でもないわ」

 コスタンティアが謝った。
 同室の彼女は日頃から自室でも情報端末で最新の研究論文を黙々と読んでるだけという物静かな女性で、互いに勤務時間外で部屋にいても余り気を使わずに済む相手である。コスタンティアが色々とワープエンジンを始めとする重要技術に質問すると気軽に教えてもくれる気さくさも持ち合わせている。ただ熱が入るとコスタンティアでも理解が難しい専門分野の事柄を延々と語ってくれるが。

「そう。同期会やるの? いいわね。艦長と同期なんでしょう?」

 思わず漏らした呟きをしっかり聞かれていたらしい。これは油断出来ないとコスタンティアは思った。

「私の同期は冴えないのが多いからね、ああいう見た目のいいのは羨ましいわ」

「あら、貴女でもそう思うの?」

 彼女は大学院卒だからコスタンティアよりも10近くも歳上である。もちろん独身でそういう方面には全く興味のない人物だと思っていたが違うようだった。

「そりゃあ思うわよ。30も半ば過ぎると若くて可愛い男の子が妙に欲しくなるわ」

「可愛い男の子が欲しくなるって……」

「まあ、艦長は可愛い男の子とは違うけど、歳下だし美青年だし……」

「……」

「同期会やったら渡りをつけといてくれると助かるわ」

「渡りって?」

「合コン」

「合コン?」

「そう、合コン。それで上手く射止められたら私は晴れて異動になるでしょ? 技術研究所に行けるかもしれないじゃない?」

 思わずのけぞるコスタンティアである。だが直ぐに気を取り直した。

「でもそれなら艦長でなくてもいいんじゃない?」

「そりゃあね。でもやっぱり相手は歳下の子がいいわ。しかも出来るだけ将来有望な……」

「……」

 同室の女性は実は空恐ろしい人物だった、ということにこの時になって初めて気づいたコスタンティアである。


 メールを受け取った2日後、送り主のアリュスラとたまたま通路で行き会った時に聞かれた。

「どうしたの、返信してこなかったけど、同期会には興味なし? それとも嫌?」

「そんなことはないけど……。アナタは乗り気なの? やっぱりお目当ては艦長?」

「まあ半分くらいはそうかもしれないわね。後の半分は職業意識みたいなものね」

 アリュスラは自嘲気味に笑った。

「職業意識?」

「そう。人事科にいると人事考課表とか見る機会が多いでしょう? もちろん部外秘だから見知った情報は絶対誰にも漏らさないけどね。
 それでやっぱり気になっちゃうのよ。どうしたら同い年の一般科卒で大佐にまでなったのかって。貴女はならない?」

「確かにそういうところはあるわね」

 それはコスタンティアも最も知りたいことである。

「でしょう? もちろん同期会やったからって何も教えてはくれないと思うわ。だって最高機密なんだから。でも為人(ひととなり)くらいはわかるでしょう。直接会って話をすれば……、って貴女はしょっちゅう会って話をしてるか」

「それはまあ、そういう機会は確かに多いけど、でも全然わからないわよ。だって艦長、普段はおとなしく座ってるだけだし、用がなければこちらから話し掛けたりなんかしないもの」

「それもそうか……。まあ上のことは私達にはわからないことだから……」

「……」

「あ、ゴメン、もしかして皮肉に聞こえちゃった? そういうつもりはないのよ、悪かったわ。単に私達の上の階だから……」

「いいわ。そう見られているのは確かだし、今さらだから」

 他の艦艇には普通存在しない作戦部。それは艦の行動の全てを決定すると言っても過言ではない。したがって絶大な権力を有していると見做されている。事実、行動計画を立案するのは作戦部であり艦長はそれを承認するだけという事実もある。だから作戦部を、自分たちの力の及ばない所という意味で「雲の上」と呼ぶ者は少なからずいる。ただ今ここでアリュスラが言うのは、MBやOC3などの艦を指揮する部署は全て最上階にあり管理部はその下層階にあるから、単に「上」と言ったのだが誤解を招くような言い方だったようだ。

「ごめんなさい。それよりどうする? 同期会」

「やるとしたら何時?」

 あまり乗り気ではないものの一応確認するコスタンティアである。

「再来週。これだと全員シフトがAかCなのよ。だから時間が合わせやすいでしょう?」

 さすがに管理部。まだ公開されていない再来週の勤務シフトもしっかり把握していた。

「それはそうかもしれないけどEC(早期任官)組にも声を掛けるの?」

「そりゃあ、掛けないとマズイでしょ」

「でも来るかしら?」

「それはわからないけど……、声は掛けてみるわ」

 そこでアリュスラはニッコリと笑った。

「だから艦長は貴女が誘って」

「なんで私が!」

「だって必ず毎日顔を合わせるでしょう?」

「だからって……」

「何? 出来ない訳? もしかしたら貴女には難しい『ミッション』なの?」

 そう言われたら引き下がる訳にはいかない。

「そんなことないわ!」

 だが、なんだか体よく押し付けられた気がしてならないコスタンティアである。


 艦内の第1種配備は8時間3交代制でAシフトはCST(宇宙標準時)で〇八〇〇から一六〇〇まで。しかし実際には申し送り事項の引き継ぎのため各勤務の前後15分も含まれる。したがってAシフトは実際には〇七四五から一六一五までである。
 同様にBシフトは一五四五から始まり、Cシフトは〇八一五で終わる。したがってBであれCであれ必ずAシフトと30分間は勤務時間が重なるのである。
 実際にはこのシフトの切替時には必ずと言っていいほどワープが実施され、その時はワープの前後30分は乗組員全員がシフトに付く。したがって必ず1時間はシフトが重なるのが実態である。

 艦長を同期会に誘うという「ミッション」を与えられてコスタンティアは頭を悩ませた。
 同期会は公式な行事ではない。それ故勤務時間内、それも艦の中枢であるMB(主艦橋)でしていい話には思えなかった。その点コスタンティアは少し頭が固いと言えるかもしれない。だが艦長の勤務時間外を狙って会いに行くという気にもなれなかった。それで悩んだのである。
 時間に余裕があるとはいえ先延ばしにも出来ない。もっとも完全に閉じた社会の艦内である。余程のことがなければ出張で出掛ける、といったことはありえないから、直前であっても手遅れとはならないかもしれない。だがそれではいくらなんでも相手に失礼である。
 腹をくくるしかなかった。

 それでコスタンティアはその翌週の自分がBシフトの時に決行することにした。
 その日の 一六三四( ヒトロクサンヨン)、コスタンティアは引き継ぎを終え、MBから降りる時に艦長席のレイナートに声を掛けた。

「艦長、個人的にお話したいことが……」

 それを聞いて周囲の者が一斉にコスタンティアに注目した。
 艦内一、否、イステラ連邦宇宙軍一の美女とも称されるコスタンティアが、艦長に「個人的に」話がある。「これはもしかしたら……」と誰もが期待したのである。

 それを知ってか知らずか、レイナートはいつも通り穏やかな口調で尋ねた。

「何でしょうか?」

 周囲の期待が大きくなる。だがコスタンティアは真面目にしかもあっさりと言った。

「今度、第470期の同期会を計画しております。艦長にもご出席願えないでしょうか?」

 コスタンティアは別に「ボケ」た訳ではない。だがMB内はまるでコメディさながら、全員が肩透かしを食ったのだった。
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