遥かなる星々の彼方で
R-15

第15話 レイナートの過去

「レイナートはどうして士官学校を選んだの?」

 アリュスラがレイナートに尋ねた。

 現在のイステラでは新規植民惑星の開拓というのはそれほど多いことではない。
 人類が宇宙に出始めた頃は同じ恒星系内が活動の場であった。しかしながら重力を制御することに成功しワープを実用化したことで、人類は一気に生まれ故郷の恒星系から外へ飛び出したのである。植民はそれとともに増え多くの人々が新天地に移住した。
 そうして起きた対立。いつまでもどこまでも支配し続けようとするものとそれを拒むもの。人類はひとつの惑星上で繰り広げた歴史を外宇宙にまで持ち込んだのである。
 そうして幾つもの国家に分裂し現在の姿がある。
 そうして自分達の勢力範囲を限定したことで新規の植民惑星の開拓は減っていった。どれほど広大な区域であってもその中に存在する惑星の数は有限だからである。

「どうしてと言われても……」

 言い淀むレイナートに代わってレックが答えた。

「レイナートはすごく優秀でさ、ハイスクールの校長が薦めたのさ」

「へえ、それはスゴイわね」

 アリュスラは本当に感心したように言った。

「まあ俺達、開拓移民の子なんてさ、ハイスクールへ行けるだけで御の字、下手すりゃミドルスクールが終わったら親と一緒に働くってのも普通のことだからさ」

 レックが言う。

「でもそれって労働基準法違反じゃない?」

 アリュスラが指摘する。さすがに人事科勤務、労務管理に関することには鋭い。

「そうは言っても、食えなきゃ仕方ないだろう? まあそういう意味じゃ、俺達は幸運だった。ハイスクールへ行けたんだから」

 今度は皆無言で聞いている。レックが続けた。

「それで、レイナートも俺もハイスクールを卒業したら親の手伝いをするつもりだったんだ」

「親の手伝いって?」

 初めてコスタンティアが口を開いた。
 彼女も実家の経営するアトニエッリ・インダストリー社を助けるつもりで連邦宇宙大学の経営学部に入ったくらいである。他人がその実家とどう関わるのかには多少なりとも興味があった。

「俺たちゃあ農民の小倅だよ。家じゃあ麦とか豆とか芋とか作って政庁に納めるのさ」

「そうなの……」

「だけど、レイナートがあんまりにも優秀なんで校長が進学を勧めたのさ」

 その言葉にレイナートは、両親とともにハイスクールの校長室に呼びだされた時のことを思い出していた。


―― お父さん、お母さん、レイナート君の成績はこのまま勉学を諦めるには惜しいものです。
―― 確かに通信講座で大学の課程を学ぶことも出来ますが、どうしても孤独になりがちです。やはり実際にキャンパスに通って学友と切磋琢磨し合う方が何倍もいい。

 校長はそのように薦めたのである。

―― ですが大学の学費を払うなんて無理ですよ。校長先生だって、うちら開拓農民の収入がどんなもんか知ってるでしょう?
―― そりゃ、私らだって出来ることならこの子に大学まで行かせてやりたい。でも無い袖は振れないんですよ。

 父親は悲しそうに、寂しそうに、そうしてとても残念そうにそう言ったのである。


 レックはレイナートのことを自分のことのように自慢気だった。

「レイナートは勉強もスポーツも俺らの惑星で一番だったんだ」

「へえ、それはスゴイわね」

 アリュスラが再び感心した。

「でも芸術面はさっぱりだったな」

 そう言ってレックがニヤリと笑う。

「絵を描かせりゃ幼稚園児の絵みたいだし、歌わせりゃあ音痴だし……」

「酷いなそれは。確かに僕は音楽も美術もからっきしだったけど……」

 レイナートが抗議する。

「でもとにかく勉強は出来たしスポーツもだ。だから士官学校を校長が薦めたのさ」

レックは再びそう言ったのである。


―― 大学にも奨学金制度はありますが、家賃や食費までカバー出来るほどの奨学金をもらうとなると、それこそ大学でもトップレベルの成績が必要です。レイナート君にそれが無理とは言いませんが、でも相当大変だと思います。
―― その点、軍の士官学校なら学費、食費、寮費の全てが軍から支給されます。成績が良ければ奨励金も出ます。卒業して入隊後、最低15年間は軍役に就かなければなりませんが、それが終われば退役して転職しても、お金を返せとは言われません。

 校長はレイナートと両親に決心させるべく力説したのだった。

―― でも士官学校って、大学出てないと入れないんじゃ……。

 レイナートが疑問を口にした。

―― 確かに士官学校本科は大学卒業資格が必須です。ですがハイスクールしか出ていなくても入学出来るように予備校制度があります。
―― 予備校で2年間、その後士官学校予科で2年間学ぶと4年制大学卒業と同等と認定されます。それからは士官学校本科に問題なく入れます。
―― 予備校と予科も学費、寮費、食費は全額支給です。成績優秀者への奨励金制度はありませんが無料で学べることには変わりません。
―― どうですか、レイナート君。頑張ってみませんか?

 校長の言葉に当時のレイナートは、実はさして悩まなかった。確かに勉強は好きだし状況が許すなら続けたいと思う。もし家族に負担を掛けずにそれが可能ならそうしたいと思った。

 それとレイナートには年の離れた弟と妹がいる。レイナートが士官学校を経て軍に入隊すると、ちょうど弟は大学受験の年齢になる。
 もし自分が軍に入り給料を貰うようになれば家に仕送りも出来る様になるかもしれない。そうすれば弟や妹の学費も出してやれるかもしれない。
 レイナートが士官学校へ入った最大の理由はそれだった。


「でもどうして一般科なのかしら?」

 コスタンティアが尋ねた。
 ハイスクールの校長が優秀と認め進学を勧めたくらいだから専修科でもよかったはずだ。いやその方が普通だろう。そう考えての質問だった。

「そうですね……、別に軍人になりたい訳ではなかったので、幅広く色々と学べるところがよかったというのはありますね。
 特に一般科は工程管理や労務管理、それに経理も学べるから将来除隊して実家に戻った時に役立つと持ったから……」

 レイナートのその言葉に、コスタンティアもアリュスラも、耳をそばだてていた者達も絶句した。

 軍人になりたくない? 一般科の方が将来のために便利? そんなことを考えている人物がわずか4年で大佐まで昇進する? 軍隊という組織を真っ向から否定するかのような発言に思えたのだった。

「でも確か2回生になる時転科を薦められたんじゃなかったっけ?」

 レックが尋ねてきた。レイナートが頷く。

「確かに戦闘技術科への転科を薦められたな」

「戦闘技術科? 何でまた?」

 またまたレイナートの訳の分からない発言にコスタンティアが訝しむ。

「ああ、あれか! あの飛行シミュレーションの結果だろう?」

「飛行シミュレーションって、1回生の時の最高難易度のヤツ?」

 レックの言葉に反応したのは今度はアリュスラである。
 7つの士官学校のカリキュラムは全て同一のもの。したがって卒業校が違っても育成訓練内容に関しては話が合わせ易い。

「あのどうしても墜落しちゃうヤツでしょう?」

「そうさ。でもレイナートは墜落させずに不時着で済ませたんだ!」

 またまた自慢気なレックである。
 そこで口を挟んだのはドリニッチ少尉だった。

「嘘を言うな! エンジントラブルで推力低下。動翼は使用不能。ランディングギア(車輪)は降りない。無線機も使えない、という状況でどうやって不時着で済ませることが出来るんだ!」

「何だよ! 嘘じゃねえよ! だったら記録を調べてみろよ!」

 レックが怒声で返す。場の雰囲気が一気に険悪になった。
 それを落ち着かせるようにコスタンティアがレイナートに尋ねた。

「出来れば参考までに聞きたいわ。あの状況で不時着で済ませるなんてどうやったのか」

 そこでレイナートがきまり悪そうに言った。

「海上空母から艦載機でカタパルト発進。陸上基地への飛行途中でのトラブルに対処、というのがシミュレーションの目的だった訳だけど……」

「それは結果的にはそうだったけど、当初のシミュレーションは単に海上空母から地上基地への帰還とされてなかった?」

 レイナートの言葉にコスタンティアが聞き返す。

「確かにそうだったよね。でもシミュレーターで突然トラブル発生なんて、当初からプログラムされてなければ起きるはずがないと思ったから、どうすればいいのか考えたんだ」

 レイナートは相変わらず穏やかな口調、淡々とした口ぶりだった。

「それで?」

「それでコクピット内というかシミュレーター内を探したら、機体の操作マニュアルが出てきたからそれで対処方法を探したよ」

「対処方法?」

「そう。特に緊急時の計器操作の仕方」

「そんなのあったの? よく落ち着いていられたわね?」

 アリュスラが目を丸くする。

「あったんです。それでまず機体のナビコンピュータの警告を停止させた」

「あの『危険、直ちに機体を放棄せよ』ってやつ?」

「そう」

「うそ~。私、あれに従ってさっさと緊急脱出ボタン押しちゃったわ」

 アリュスラが言う。

「でも所詮シミュレーターだから、実際に怪我したり死ぬことはないだろうと思ったから……」

 沈着冷静、というよりも単に図太いだけではないか。コスタンティアの、目の前の端正な顔立ちの青年に対する評価が変わり始めていた。

「それに前方画面に船影らしきものも見えたし」

「船影? そんなものあったかしら?」

「小さかったし直ぐに見えなくなったけど、船影だったと思うよ。ただ……」

「ただ?」

「航跡は見えなかったから停止してるんだと思った。だとすると操業中の漁船の可能性が高い。ということは緊急脱出して機体を海に落とすのはマズイ。漁場を燃料で汚染する可能性があるからね」

「そこまで考えたの?」

「だって僕達の親のような開拓移民は、全く初めての環境で資源採掘や農耕をしなければならない。だからその星の自然や環境に対して与える影響にいつも細心の注意を払ってる。ちょっとしたことが大きなしっぺ返しになることもあるからね。
 それにその前くらいの週の法科基礎講義になかったかな、軍が民間に与えた損害に対する補償についての……」

「あったような……」

「機体の調達だってパイロットの育成だって莫大な費用が掛かってる。さらに民間にも被害を与えたら軍の損失は大きすぎるよね」

「……」

「そこで燃料の残量をチェックして、それから動翼についても再確認した。結局、昇降舵はほんの僅かしか動かせないけど方向舵は問題なしだった。それで最も被害の少なそうなところまで飛んで、そこで旋回して燃料を減らした。
 推力は確かに低下して高度は落ちたけど、昇降舵を目一杯引いてやったら上手く釣り合いが取れて最終的には一定高度が維持出来た。
 それで燃料がギリギリになったところで基地の滑走路へアプローチした。寸前で燃料がなくなって、ランディングギアは出なかったから結局胴体着陸になったけど、これは初めから計算通りだったし、一応爆発炎上には至らなかった」

「それで無事に不時着という訳?」

「そうだったね。まあ、その時の衝撃データから両脚と肋骨は骨折とされたけど……」

 周囲は皆唖然としていた。

 この飛行シミュレーションは本科1回生全員が受けるものである。1回生のうちはシミュレーターといえ緊張する。
 それが突然レシーバーから指導教官の声は聞こえなくなり、コックピットに模したシミュレーター内には警報が鳴り響く。機体搭載ナビコンピューターは緊急脱出を促す。
 そのような状況でどう対処するか。それを見るための訓練である。
 だが他の候補生は半数以上が促されるまま緊急脱出、残りの大多数も対処しきれずに墜落炎上というのが普通のパターンだったのである。それに比べ、一般科候補生のレイナートの対処は満点に近いものだったのである。戦闘技術科への転科を薦められたのも当然である。


「なあ、レイナート」

「なんだい、レック?」

「3回生になる時には転科の話はなかったのか? 俺はその時にはドロップアウトしてたから知らねえんだ」

「一応あったよ、戦術作戦科と船務科と両方」

「んで、ヤッパリ断ったんだ?」

「まあね、学びたいことは一般科で十分足りてたからね」

「ブレないね、お前さんも……」

 レックも半ば呆れ顔である。


「艦長、ちょっとよろしいですか?」

 気を取り直したドリニッチ少尉である。妙に堅苦しい雰囲気の言葉遣いだった。

「何でしょう?」

「艦長は任官後4年で大佐になられてますが、何か特別の事情がお有りなんでしょうね?」

 その直球の問にコスタンティアもアリュスラも驚いた。それは最高機密指定の案件に対する質問。知らないはずがないことなのに、このような衆人環視の中で聞こうとすることに驚きを通り越して呆れてすらいた。

「その件に関してはノーコメントです」

 人の心の中まで覗き込もうというかのようないやらしい目つきのドリニッチ少尉に対し、レイナートの答えはそっけなかった。

「ですが……」

「ノーコメントです」

 食い下がろうとするドリニッチ少尉にレイナートは繰り返した。

「ちょっとくらい、いいじゃないですか!」

 ドリニッチ少尉は興奮したのか声を荒げた。
 レイナートのそれまでの穏やかな表情が厳しいものへと急に変化した。

「少尉、君も一生重営倉で過ごしたくはないでしょう。私も銃殺になるのはゴメンです」

 そこでレイナートは立ち上がった。

「皆さん、有意義な時間でした。失礼します」

 何物をも拒絶するような、それまでとは打って変わって厳しい、取り付く島もないようなレイナートの態度に全員が息を呑んだ。


「艦長は艦長室へ」

 警護兵の声だけが、静まり返った第6展望室に響いた。
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