遥かなる星々の彼方で
R-15

第21話 ランデヴー



発進準備中のドルフィン3

 とある棒渦巻銀河の腕のひとつの先端部分およそ1/4がイステラ連邦の支配区域である。ということは当然ながら他国と境界を接していることになる。その境界部分は「中立緩衝帯」と呼ばれおよそ50~100kmの幅で広がる空間である。
 宇宙空間における座標ポイントというのは非常に特定しにくい。そこでそれだけの幅をもたせているのであるが、これでも広大な宇宙のスケールからすれば紙よりも遥かに薄いものでしかない。

 その中立緩衝帯を挟んでアレルトメイア側に複数の艦影があった。そのひとつ、最新鋭空母の艦橋内は未だ緊張感とは程遠いという雰囲気であった。

「周囲に人工の物体を認めず。また観測された重力波もありません」

 観測オペレーターの報告に、艦隊司令は無言のまま頷いた。
 そこに副官が自分の思っている疑問を提示した。

「本当に時間通りに来る、というか来れるのでしょうか?」

「さあな。来ると言った以上は来てもらわなければならん。そうでないとこちらが無駄足を踏んだことになる」

「しかし、そんな巨大な船がワープなど出来るものなのでしょうか?」

「まあ理論上はどんなものだって可能だ。但しそれを実現するには半端な重力場発生装置ではどうにもならんだろうが」

 司令と副官の会話を聞きながら、帝政アレルトメイア公国宇宙海軍の光沢のある鮮やかな(あお)色の軍服に身を包んだ若い女性士官が呟いた。

「きっと、あの人は来るわ。必ず迎えに来てくれる……」

 銀色の縁取りのある詰襟型の制服のその前襟の部分には佐官を示す徽章が、袖の部分には少佐を示す1本線が入っている。

 その時、司令が女性に振り返った。

「どうやら少佐殿は何も心配しておられんようだ」

「ええ、提督。全く心配などしておりませんわ。
 それよりもわたくしの方が下位なのですからお言葉を改めて下さいと、あれほど……」

「そうは仰るが身分もありますからな」

「そんな……。まさか、軍内部にあっては身分よりも階級が優先されるというのをお忘れなのですか?」

「さあ、どうでしょう……」

 艦体司令がとぼけた。女性士官が何か言おうと口を開きかけたところで観測オペレーターががなり声を上げた。

「時空震を感知! 何者かがワープアウトしてきます! 距離27万! 方位、01、06、01、ほぼ正面です。推定質量……、なんだこれは! デ、デカイ! なんていう大きさだ!」

 驚愕のあまり最後は報告になっていない。それほど常識外の物体がワープアウトしつつあった。


 その頃、今まさにワープを完了したリンデンマルス号艦内は何処もかしこも騒然としていた。特に艦の頭脳、中枢であるMB(主艦橋)は大声で報告が飛び交いけたたましい。

「ワープ終了。艦内に異常なし!」

「艦体周辺状況は? 確認急げ!」

「艦影を確認! その数、9。本艦直下、距離およそ270km」

「アレルトメイア軍の識別信号を確認しました!」

 そこでレイナートが指示を出した。

「確認されたアレルトメイア艦隊に暗号電文送信」

「暗号電文を送信します!」

 船務科の通信士がコンソールを操作する。


 一方、再びアレルとメイア艦隊の旗艦である空母の艦橋では、

「前方に現れたイステラ艦より暗号電文着信」

「解読急げ!」

「解読しました! 打ち合わせ通りのものです」

「よし、こちらも送れ」

「了解。イステラ艦に向け暗号電文送信」

 同じようなことが繰り返されていた。


 自国の部隊同士が自領域内で落ち合うのであればさして緊張することもない。せいぜい近すぎて衝突しないように注意するくらいである。
 だが境界線を挟んでの他国の艦艇とのランデヴーというのは重度の緊張を強いる。
「もしかしたら罠かもしれない」そういう虞があると戦闘配備を敷いているし、まかり間違ってもしも発砲してしまったら。その時は突然開戦である。気づいた時には手遅れになっている。
 したがってリンデンマルス号は第3種配備のままで、戦闘配備を敷いていなかった。

「どのみち主砲(荷電粒子砲)はワープ直後で役に立たないし、対艦弾道ミサイルだって、相手がこちらの正面にいてくれないと撃っても意味は無いし……」

 レイナートはそう言って「戦闘配備を」というクレリオルの進言を取り合わなかった。
 ワープアウトの際、必ずと言っていいほど艦の姿勢、向きは当初の予定とは全く違ったものになる。気が付くと艦は元々ワープしてきた方を向いているということもざらである。

 したがって今回のワープもそうで、本来ならば相手の正面に艦首がまっすぐ向いているはずが、直下、すなわち自艦から見て真下にアレルトメイア艦隊がいるのであった。故に万が一のためにと、艦首をアレルトメイア艦隊に向けるように艦を動かせば、それは相手に対し極度の緊張を与えることになる。それは多くの戦闘艦艇が艦首に主兵装である荷電粒子砲やレールガンを備えているためである。
 レイナートはそういう状況を予想して第3種配備のままワープさせたのであった。


 双方暗号電文による相手の確認を終えたところで、レイナートが先にアレルトメイア艦に呼びかけた。

「こちらイステラ連邦宇宙軍所属リンデンマルス号艦長、レイナート・フォージュ大佐。帝政アレルトメイア公国艦隊司令殿」

 直ぐに応答があった。

『こちらは帝政アレルトメイア公国宇宙海軍所属近衛第15連隊、エイドルト・シュスムルス准将である』

 互いに相手の顔が見える映像通信システムを持っているが、今は音声通話のみである。それは艦橋内の様子を相手に見せないためである。

「初めまして、提督。遅くなりまして申し訳ありません」

『いや、謝る必要はない。時間通りだ。さすがだな』

「お褒めいただいて恐縮です」

『さてこの後のことだが』

「はい、双方、距離30kmまで接近の後、こちらからお迎えのシャトルを遣わす、というので如何でしょうか」

 距離30kmだと完全に中立緩衝帯の中である。ここでもし戦闘行為に及べば明らかに多国間の合意に反することになり国際的な信用を失う。それは相手に奇襲をかけて戦争に突入するのでもなければまず行わない行為である。
 また双方の艦があまり近づくというのも、大型艦艇は小回りがきかないから万が一何らかの理由で接触でもした場合、やはり大問題になる。
 それからすると30kmというのはいささか離れ過ぎの感はあるが妥当なものであろう。

『それでいい』

 提督もそう考えたようで了承した。

「わかりました。それでは本艦は直ちに移動を開始します」

『了解した。こちらもそうする』


 通信が終わるとレイナートは指示を出した。

「艦を起こした後、そのまま艦を横滑りにスライドさせてアレルトメイア艦隊に接近します」

「わかりました。ですが……」

「艦首を相手に向けるのは非礼に当たるし、疑心暗鬼を産みます。したがって艦は横移動で進めます。
 但し一応粒子加速器を作動させておくように」

「了解です」

 そこでようやくクレリオルも安堵の表情を見せた。
 粒子加速器は荷電粒子砲の最重要部分。ここで亜光速まで加速した荷電粒子が弾丸となって発射されるのである。

「全艦体灯、点灯」

 そこでレイナートはようやく自分の脇に控えるコスタンティアに顔を向けた。

「ではアトニエッリ大尉、お願いします」

 コスタンティアは背筋を伸ばし敬礼した。

「はっ。アトニエッリ大尉、アレルトメイア軍士官の迎えに出立します」

 艦内は第3種配備のままなので全員がまだ宇宙服を着ている。コスタンティアは左手にヘルメットを抱え、回れ右をしてMB後方のエレベータに乗り込む。そうしてレベル7で降りた。
 レベル7は上部甲板の一部をざくりと切り落とした形のフライトデッキ(飛行甲板)のある階で、ここからドルフィン3でアレルトメイア艦まで迎えに行くというのが彼女の役目である。

 本来、多目的シャトルの「ドルフィン」や警備衛星の外装コンテナ輸送機「スティングレイ」の発艦は、そのフライトデッキの階下の中央格納庫から機体用エレベータでフライトデッキまでせり上がってきて、というのが通常である。
 ところが今回はそのフライトデッキの奥、主艦橋の真下の離発着ハッチから発進することになっている。これはアレルトメイアの士官を乗せたドルフィン3はここに着艦するためであり、ドルフィン3を移動させる台座を一々動かさないためである。


 ドルフィン3のコクピットには既に陸戦科のパイロットがスタンバイしている。
 そうしてコスタンティアが後部荷室に乗り込むと、陸戦隊のエレノア・シャッセ中尉とイェーシャ・フィグレブ准尉もそれに続く。この2人は護衛である。
 したがって2人が着用している宇宙服は強化型と呼ばれるタイプで、コスタンティアが着ている通常型に比べて随分とごつい。その分防御性能に優れており、これは陸戦隊のみならず、技術部甲鈑科のスタッフが船外作業をする際にも用いられている。そうしてふたりとも腰には高周波ブレードと拳銃、そうして自動小銃も背負っている。
 高周波ブレードはスイッチを入れると刃が現れるので今のところ細長い筒状の物体にしか見えない。
 拳銃と自動小銃は実弾銃とビーム銃を合体させたものでかなり大きな形のものである。
 宇宙空間で実弾を発射すると反動で自分も後ろへ飛ばされてしまうが、弾丸の持つ運動エネルギーが大きいため相手に大きな衝撃を与えられる。相手が防弾用プロテクターを着けていると殺傷性は低くなるが、それでも後ろへ吹き飛ばすことは十分出来るから殺傷性を抜きにしても用途は多い。
 逆にビーム銃は反動がない代わりに相手が防護服を着ていると全く用をなさないが、熱線で物体を焼き切るということも可能ではある。但し実際にはその時かなり大きなエネルギーパックを背負っていないとならない。


 ゆっくりと双方の艦が近づいていく。リンデンマルス号は艦体照明灯を全て点灯したから、全くの暗黒空間であっても肉眼でその輪郭が捉えられるようになっている。

「それにしてもデカイな」

 艦橋のモニターに映る光学望遠鏡で捉えたリンデンマルス号の姿に、艦隊司令のシュスムルス提督が感心したように呟いた。
 そうして女性士官に向き直った。

「さて、少佐殿もそろそろお支度をなされた方がいいでしょう」

「わかりました。行きましょう」

 女性士官は背後に控える少女にそう声を掛けた。少女は帝政アレルトメイア公国宇宙海軍幼年学校の制服を着用している。

「はい、お嬢様」

 少女が腰を折って返事をした。

「こら、これからは少佐殿とお呼びなさいと言ったでしょう?」

「失礼しました、少佐殿」

 少女が再び腰を折った。

「では、提督。行って参ります」

「お気をつけて、少佐殿」

 そう言って艦隊司令が先に敬礼した。そのことにいささか憮然としながら女性士官も敬礼を返した。
 提督の両親は女性士官の実家の屋敷に勤める使用人だった。すなわち彼女は主筋の女性であり、階級云々はとにかく、提督にとっては絶対に礼を尽くすべき存在だったのである。


 さて双方接近した後、ドルフィン3が発艦した。

「こちらイステラ連邦宇宙軍、リンデンマルス号所属ドルフィン3。アプローチに入る」

『ドルフィン3、了解。誘導灯に従い着艦せよ』

「了解」

 ドルフィン3がアレルトメイアの空母の飛行甲板にゆっくりと降下する。接地するとランディングギア(車輪)が沈み込む。おかげで全く振動や衝撃などは生じない。

「イステラのパイロットはいい腕をしている」

 艦橋からその様子を眺めているシュスムルス提督が呟いた。
 宇宙艦艇は大抵の場合人工重力発生装置を備え、惑星の地上と同じように艦内で人が活動出来るようになっているものである。だが空母に限らず、宇宙艦艇の艦体の外にまではそれは及ばないのも普通である。したがって艦載機が着艦する場合、ラフなランディングをすると、最悪の場合機体が跳ねて艦体から離れてしまうのである。

 飛行甲板に到着したドルフィン3は機体右側の乗降ハッチを開いた。これはタラップを兼ねている。タラップが降りるとイェーシャが直ぐに機外に降りてタラップ脇で直立不動の姿勢を取る。続いてコスタンティアが降りる。
 そこに目的の人物が姿を表した。コスタンティアが姿勢を正し敬礼する。

「お迎えに上がりました、少佐殿。
 自分はリンデンマルス号作戦部所属コスタンティア・アトニエッリ大尉であります」

 周波数を合わせた無線機の声がヘルメット内に帰ってくる。

「初めまして、アトニエッリ大尉。迎えに来て下さりありがとうございます」

 ヘルメットは色の濃いバイザーが下がっていて相手の顔は全く見えなかった。

 だがその声から、自分が迎えに来た目的の人物は若い女性ではないか、とコスタンティアは感じたのであった。
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