遥かなる星々の彼方で
R-15

第23話 艦内案内

 管理部人事科のアリュスラは、エメネリアとネイリを案内してまずは居住区へと向かった。

「こちらがお二人の部屋になります」

 そう言って扉を開けて2人を中へ案内した。杢目の美しい天然木があしらわれた壁、シャンデリアとまでは言わぬものの洒落たデザインの照明。デスクもベッドも高級感あるものである。個室シャワーにトイレまで備え付けられている。
 部屋の隅の開け放たれたクローゼットには先ほどの機密パックと、乗艦して直ぐに脱いだアレルトメイア軍の宇宙服も収まっていた。

「まあ、この艦の内装は随分と豪華なんですね」

 エメネリアがアリュスラににこやかに尋ねた。
 アリュスラが苦笑する。

「いえ、この部屋は特別室で、政府高官や提督と呼ばれる方々が乗艦された時のためのものです」

「え? そんな……、私はごく普通の、他の方々と同じでかまいせんけど……」

「いえ、艦長が『貴族の御令嬢だから』と言って、ここにするようにと……」

「それは困ります。アレルトメイアでも軍内部では身分よりも階級を優先することになってますから、特別扱いはやめていただきたいのですけど」

 エメネリアが不服そうに顔をしかめて言う。

「ですが、もうひとつ理由があって……」

「何でしょう?」

 アリュスラは部屋の奥の扉のひとつを開けた。

「この部屋は随員用の部屋と続きになってるんです」

 扉を隔てた向こう側には確かに部屋がある。それはお世辞にも豪華とか高級とはいえない、他の乗組員用の部屋と全く同じの作りだった。

「少佐には従卒がいらっしゃるので、この方がいいだろうということで……」

「それは助かりますけど……」

 エメネリアはまだ釈然としない表情である。

「2人部屋に空きもありますけど、それでは……」

 アリュスラがネイリを一瞥した。
 ネイリが訴える。

「わたくしは従卒です。ですから、おじょ……、少佐殿と同じ部屋という訳には参りません」

 きっぱりとした淀みのない口調は、この少女が意思のしっかりした、そして随分と訓練されていることを窺わせる。

「確かに、いつも私と一緒では息も詰まるでしょうね」

 エメネリアがそう言って笑う。

「そんなことはありません! ですが、やはりわたくしは……」

 ムキになるところは歳相応のところもあるようだ。
 その遣り取りを微笑ましく見ていたアリュスラが続けた。

「規則では、佐官は一人部屋ということになってます。ただ一人部屋は本当に独立した部屋で他と続きになってないんです。
 それにイステラ軍には幼年学校という制度がないため、未成年の従卒というものがそもそも存在しません。したがってネイリさんに入っていただける部屋がないんです。まさか佐官用の一人部屋という訳にもいきませんしね」

 確かに13歳の少女、しかも幼年学校の生徒に佐官用の一人部屋というのは過ぎた待遇だろう。かといって6人部屋や10人部屋に一人では寂しすぎるし、他のイステラ兵士と一緒では気苦労も多いだろう。第一、物珍しがられておもちゃにされかねない。
 それに思い至ったのかエメネリアが前言を翻した。

「わかりました。大変心苦しいですけどこちらを使わせていただきます」

「ありがとうございます」

 エメネリアの言葉に何故かアリュスラが礼を言った。

「では、部屋も決まったことだし、早速次へ向かわせていただきます」

 アリュスラが言う。

「この後、艦内病院で健康状態のチェックを受けていただきます」

「艦内に病院があるのですか? 医務室ではなくて?」

「ええ。この艦は辺境警備基地への補給と、その乗組員の福利厚生部分も担当してますので病院設備も備えています」

「そうなんですか、すごいですね」

 エメネリアが感心する。

「まあ、そういうこともあってこの艦はやたらに大きいんですけど……」

 リンデンマルス号は別段そういう理由で大きいのではない。
 どうやっても地上に降下出来ないとわかったので不必要・無意味とされたものの搭載を見送っていったらスペースに余裕が出来ただけである。それで病院やジム、ライブラリといった施設の設置が可能となったので、アリュスラの言い方だと本来の順序とは違うのだが、取り立てて目くじらを立てることでもないし、第一エメネリア達にはそういうことはわからない。

「あら、いけない、出かける前に……」

 そう言ってアリュスラは、それまで手に持っていた情報端末を初めて二人に渡した。

「これは艦内ネットワークに繋がった情報端末です」

 エメネリアとネイリの2人はアリュスラの説明を聞きながら手にした端末をためつすがめつしいている。

「まだパーソナル・パスワードの設定がされていないので、誰でも中が見える状態ですが、パスワード設定するとそれはなくなります」

 エメネリアが頷く。

「まずはホーム画面から地図のアイコンをタップして下さい」

 2人は言われた通りにする。すると端末の画面が切り替わり線描の艦内見取り図と緑の光点が映った

「今映っているのはナビゲーションマップでその緑の点が現在の端末の位置、つまり自分のいる所です。
 これは艦内に慣れるまでの必需品です」

 アリュスラがそう言って笑う。

「とにかくこの艦は大きくて中が複雑です。ですから艦内ナビが一番多く使われるアプリです」

「そうでしょうね」

 エメネリアも頷く。

「それから個人パスワード設定と使用者登録を済ませると、一々画面をタップしなくても音声認識で色々出来るようになります。これはナビアプリだけじゃなくて端末全体がそうなります。それと特定の端末を登録しておくとその所在地も確認出来ます」

 そう言ってアリュスラは自分の端末を2人に見せた。

「この緑の点が私、赤い2つがお二人です」

 画面には確かに一箇所に固まって緑が1点、赤が2点点滅している。

「へえ、便利ですね」

「特にこれは従卒のネイリさんには必要だと思いますけど?」

「はい。すごいです。助かります」

 ネイリが目を輝かせて頷く。
 従卒では立ち入れない部署というものも確実に存在するし、使いを頼まれた間に主人が移動しているという状況も絶対にないとは限らない。その点このアプリがあればまごつくことはなくなるだろう。

「ということは、私はネイリから逃げも隠れも出来ない、ということね」

 エメネリアが冗談めかして言う。

「お嬢様! わたくしは……」

 冗談では済ませなかったのだろう。ネイリが我を忘れて叫んだ。
 エメネリアはそう呼ばれてバツが悪そうだった。エメネリアは確かに若いけれども、遥かに年下の少女に「お嬢様」と呼ばれるのは恥ずかしいに違いない。
 アリュスラも驚いている。「お嬢様」というのはネイリの本来のエメネリアに対する呼び方で、それが咄嗟に出たであろうことは容易に想像出来た。だがそうなると二人の関係性は、単なる将校と従卒というものだけではないのかもしれないと思えた。

「失礼しました……」

 大人2人が押し黙っているのを見てネイリはハッとして頭を下げた。
 きまりの悪そうな2人だったが、アリュスラは気を遣って何事もなかったかのように話を進めた。

「それでは、一旦ホームに戻って、今度はカレンダーアイコンをタップして下さい」

 言われた通りにする2人。

「カレンダーを開くと一番最初に出てくるのは艦の基本行動予定です。何時にワープが実施されるかはここで確認出来ます」

 画面には『ワープまで04:11:58』と表示され、カウントダウンが進んでいる。

「これはいわばオフィシャルなスケジュールです。
 そうして右下の個人アイコンをタップすると個人スケジュールが表示されます。シフト表、食堂利用可能時間帯、ジムやライブラリを予約している場合はその日付と時間などです」

 言われた通りにやってみるエメネリアとネイリ。アレルトメイアではこういうデバイスは使われていないのか、かなり楽しそうに操作している。

「さて、細かい使い方は後ほどご説明しますので、それでは病院に行きましょう」


 3人にエレノアとイェーシャを含めた5人で再び移動を始める。エレベーターでレベルマイナス2まで降り中央通路に出る。そこで電動車に乗り艦首方向を目指す。

「すごいですね、艦内に車が走ってるなんて」

 エメネリアは驚きを隠せない。ネイリも目を丸くしている。
 電動車は最高時速が25km/hしか出ず、微かなモーター音しかしない静かな乗り物である。乗用4人乗り4輪車と、荷運搬用2人乗り6輪車とあるが、今は乗用2台に分乗している。

「とにかく大きな艦ですからね。色々な資材を運ぶにしても大変なんです」

「なるほど……」

「でも電動車を使うのは本当に資材運搬の時か、お偉いさんの視察の時くらいですね。ですから普段はここはジョギングコースになってます」

「へえ。走りやすそうでいいですね」

「そうなんです。この中央通路は名前が中央のくせに両舷にあって、どちらも直線で800mありますから走るにはもってこいなんです」

「そうなんですか。イステラの艦艇は皆こんな風なんですか?」

「いいえ」

 アリュスラが笑う。

「この艦だけです。何せ規格外の大きさですから」

「でしょうね」

「それにこの中央通路は艦首から艦尾まで一直線なんで、どこかへ行く時、途中で迷う心配がないんです」

「なるほど」

「途中エレベーターホールが6箇所あります。それでこの左右どちらかの中央通路まで来て目的地の近くのエレベーターで上るか下がるかする。それが一番確実なんです。
 それにエレベーターホールには階段もありますけど、普段から運動不足解消だけじゃなく階段もよく使います」

「そうなんですか?」

「ええ。特にワープの前後とか戦闘時とか、大電力を必要とする時は艦内諸施設への電力供給が制限されます。その時エレベーターに乗ってると……」

「閉じ込められてしまう?」

「ええ。だからエレベーター利用時には注意して下さい。そうでないと艦内体制が通常に戻るまで出られません。
 さあ、着きました」

 アリュスラが言うとネイリは情報端末から顔を上げた。中央通路は本当にただの通路で景色も何もあったものではない。直ぐに退屈になったネイリは、情報端末の艦内ナビで光点が地図上を動いていくのを興味深く眺めていたのだった。


 電動車を降りると最も艦首側のホールのエレベーターでレベル0まで上がる。
 艦内病院はそのエレベーターを降りた所にある。ちなみにホールを挟んで向かい側はジムである。

 病院にはきちんと受付がある。まずそこで手続きをする。

「アレルトメイアのお二人を連れて来たわ」

 アリュスラは受付に立つ女性兵士に声を掛ける。

「お待ちしていました、少尉殿。軍医殿がお待ちです」

 そのまま奥へ進むとすぐに診察室。女医のシャスターニスがデスクに向かっていた。

「いらっしゃい」

 気さくに声を掛けるシャスターニスにアリュスラが紹介する。

「アレルトメイア宇宙海軍のミルストラーシュ少佐とその従卒のリューメール幼年学校生です」

 紹介された2人はすぐに敬礼しようとする。それをシャスターニスが押し留める。

「敬礼は結構。私は根っからの軍人じゃないからそういうのは必要ないわ」

 いきなり面食らった2人である。

「それに私、敬礼が下手なのよ」

 シャスターニスが苦笑しつつ言う。
 敬礼とは軍人が一番最初に覚えるべきこと。手の上げ方、構え、角度と、これでもかというくらい徹底的に叩き込まれるものである。
 だがシャスターニスは大学病院の勤務医から軍医になったという変わり種。なのでそういう基礎的なこともほとんどやっていなかった。

「そんなことより……、少尉、次のワープは何時間後?」

「およそ4時間後です」

「では、さっさと検査をしましょう。一番最初の検査は結構時間がかかるから……。
 アニス、検査着を出してあげて」

 レイナートの時には検査着を出すのを渋ったくせに、今回はすんなりそう指示した。

「はい」

 看護師のアニスが既に検査着を2着持って控えていた。だがネイリを見て顔をしかめた。

「ごめんなさい、一番小さいサイズを選んだんだけど、それでもあなたには少し大きいかもしれない」

「いえ、小官はかまいません」

 小柄なネイリが姿勢を正して言った。

「まあ、いいんじゃない。他にないんだし、大は小を兼ねるし……。まあダブダブで脇から少し見えちゃうかもしれないけど、一応、検査技師は全員女性を揃えてるし……」

 シャスターニスが言う。

「はあ。じゃあ行きましょうか。まずは生理機能検査なので別室になります。付いて来て下さい」

 そう言ってアニスが2人を案内する。
 2人を見送ったアリュスラが言う。

「じゃあ、センセイ、私は一旦管理部に戻ります。検査が終わったら呼んで下さい」

「ええ、そうするわ」

 そう言ってシャスターニスはデスクに再び向かったのだった。
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