遥かなる星々の彼方で
R-15



砲塔内部(185cm二連荷電粒子砲)

第26話 砲塔見学

 エメネリアが乗り込んだ翌日、〇八三二(8時32分)に定時ワープとそれに付随する諸作業が完了した。

「ワープ完了。艦内に異常なし」

「艦の周囲に危険と思われると兆候はありません」

「艦内体制を第1種配備に変更」

 レイナートが指示を出すと艦内に安堵が戻る。
 毎日繰り返されるワープであるが、それは決して気を緩めることが許されない最重要かつ危険な行動のひとつであり、乗組員に多大な緊張を強いるものである。

 レイナートは背後に顔を向けるとエメネリアに言った。

「それでは少佐、艦内の視察を始めて下さい」

「はい、艦長。了解です」

 にこやかな笑顔でエメネリアが返事をした。


 ワープの間、エメネリア達はどこで待機するか。昨日の会食で話題となったことのひとつである。
 リンデンマルス号の乗組員は例外なく勤務時間の始まりと終わり、そうして時間外に1度の合計3度のワープに面する。そうしてエメネリアは基本はAシフトに入ることとされた。
 ところが当たり前の話だが、元々MB(主艦橋)CIC(戦闘指揮所)OC3(作戦室)IAC(情報解析室)のどこにも彼女の席などない。第1種配備の場合は3交代であるから、それでもどこかしらに座ってはいられる。だがワープ時は第3種配備なので空席がない。
 したがって時間外の時のワープでは自室で待機でもいいのだが、シフト中に席がないからとわざわざ自室に戻るというのは意味が無い。どころか勤務時間内に自室に戻って待機というのは本来からするとおかしな話である。
 といって座るところがないのでは話にならない。ではどうするか、ということになって提案されたのが艦長席後方の特別席である。
 これはいわゆる「お偉方」が乗艦した時の専用席である。普段は邪魔になるから外されていて、必要な時にだけ設置されるものである。ここに着席ということになったのだった。

「なんだか恐れ多いんですけど……」

 エメネリアは冗談ではなく真面目にそう言った。だが他にこれという代案がない。ということで決定されたのだった。
 ちなみにエメネリアが勤務時間中、ネイリは部屋の掃除、ベッドメイキング、軍服のアイロンがけなど身の回りのことをするため、基本的には共にMBにいることは少ないとされ、ネイリ用の席は用意されないこととなった。


 次いで話題とされたのが彼女とネイリのセキュリティ権限の範囲である。
 艦内施設には乗組員の誰もが等しく足を運び入れることが出来る訳ではない。1番高位の権限は艦長が持っており基本的にこれは無制限である。だがそれ以外はまちまちである。

 クレリオルは作戦部長兼副長でセキュリティランクA+だが、主コンピュータ室、汚水浄化プラントや空気還元ユニットのあるセクションには入れない。不必要な者の入室を許可しないという保安上の理由からで、特別な事情がない限りは不可とされているのである。
 逆に管理部などはセキュリティランクがBにも関わらず、前記の生命維持に関する部署への入室が可能である一方、管理部長であってもCICやOC3、IACに入るには事前許可が必要である。これは職掌範囲の故にそのようになっているのである。
 つまり艦内のセキュリティは一応ランクごとに大まかな決まりはあるものの個別にも設定されており、階級や役職が上位であるからといって必ずしも全てが許可されているのではないのである。

 そこでレイナートは保安部長のサイラに確認した。
「鉄壁の無表情」とも陰口されるサイラは、まさにそのあだ名の通り表情を変えずに言った。

「ミルストラーシュ少佐のセキュリティ権限はアトニエッリ大尉、フラコシアス中尉らと同等で良いと思われます」

 無駄なことを一切言わない。だがその場の者にはそれだけで必要にして十分な説明だった。これであればMB、OC3、CIC、IACという主要部署への入室が可能で「参謀職」には十分なものだからである。

「但し艦内に慣れるまでは警護兵を付ける必要は認めます。知らなかったでは済まないこともありますから」

 乗艦間もないエメネリアでは、セキュリティ権限で許可されている範囲がよくわからないだろうということによる配慮である。
 実際にはセキュリティランクの高い所は簡単に入れない。プロテクトスーツの両手首部分に埋め込まれているICチップがセキュリティロックの解除に必要だからである。だが知らずに入ろうとしてゴタゴタするとそれこそ歩哨に拘束されかねない。
 規則の運用は私情を排し厳格に行われるべきだが、それも行き過ぎれば別の問題も生む。そうならないように「金魚の糞」を連れて歩くことに少々我慢しろ、ということである。

「その点に関しては陸戦科と保安部に配慮してもらいましょう」

 艦内の歩哨と重要人物の警護は保安部の管轄で、実際には陸戦隊の兵士が出向してその任に就くという形である。そうしてエメネリアもネイリも女性であるから、警護兵も女性の方がいいだろうとレイナートは言っているのである。

「それと艦長」

「何でしょう、副長?」

 クレリオルの呼びかけにレイナートが応じた。

「少佐の勤務についてですが、基本はAシフトで構わないと思いますが、ただ……」

「ただ?」

「いきなり作戦部に入っても、艦内各部の実際の動きがわからないと戸惑うことが多いと思うのですが」

 レイナートが頷いた。

「それは確かにありますね。
 では明日から各部の視察をしていただきましょうか。あまり表面的でも意味はありませんが、一通り各部を見ておいてもらいましょう」

「艦長」

「何でしょう、管理部長?」

 管理部長のコリトモス少佐が挙手して尋ねた。

「管理部の場合、労務管理や経理などを見てもらっても仕方ないのではと思うのですが」

 そういった管理部門の通常業務を参謀職にある人間が見学しても確かに益することは少ないに違いない。

「それもそうですね。
 それではこうしましょう。視察内容は各部の判断に任せます。特に日限を切るのも止めましょう。タップリと見てほしい部署はそのように、そうでないところはそれなりに進めて下さい」

 会食は最後には今後のエメネリアの処遇についての話し合いの場となっていたのだったが、それも当初の目的の一つであった。


 ワープ終了後の一連の作業が終わると戦術部長のギャヌース・トァニー中佐が立ち上がりエメネリアの元へ向かった。

「では少佐、今日は戦術部の砲雷科を見ていただきます。私はCシフトなのでこれで上がりますが、あとは砲雷科長のヌエンティ少佐にしたがって下さい。
 エネシエル、頼むぞ」

 ギャーヌースがそう言うとエネシエルは、迷惑そうな面倒くさそうな顔で返事をした。

「はいよ、旦那。
 じゃあ行こうか、お嬢さん。……おっと、宇宙服はそのままでいい」

 エメネリアは目を丸くした。それは宇宙服を脱がなくてもいいと言われたことではなく「お嬢さん」と呼ばれたことに対してである。
 エメネリアは20代の半ばである。したがってアレルトメイア軍の参謀本部内で「お嬢さん」などと面と向かって言われたことはない。それはひとえに少佐という階級と名門公爵家の令嬢であるのが理由である。
 ところがあいにくイステラに身分制度はない。そこへ持ってきて毒舌家とまでは行かなくても口の悪いエネシエルである。端から敬うとか、丁重に扱うなどという殊勝な考えがなかったのである。
 それ故いきなりぞんざいな態度を取られて面食らったのだった。

「あの、少佐がご自身で案内下さるのかしら」

「ああ、そうだよ? 何か問題でも?」

 なんとか気を取り直して尋ねてみたが、返ってきたのは予想外の言葉だった。面倒くさそうだったから誰かに押し付けるのかと思ったのだった。

「いいえ、申し訳ないなと……」

「気にしなさんな。まあ、たまには美人のお供もオツなもんだ」

 真面目なんだかふざけているんだかわからない表情でエネシエルはそう言った。

「おっと、ちんまいお嬢ちゃんも連れてきなよ。ついでに案内してやるよ」

 ネイリのことを「ちんまいお嬢ちゃん」と呼ぶあたり、エネシエルの口の悪さは超一級品だった。


 そのエネシエルに連れられてエメネリアがネイリを伴い向かったのは主砲塔のひとつである。

「こいつがこの艦の主砲だ」

 砲塔内部に入ったところでエネシエルが言った。

 リンデンマルス号の回転砲塔自体がかなり大きなもので外寸が前後長36m、幅31.5m、高さ16.7mもある。したがってその内部の砲もそれに見合うだけ大掛かりで口径が1.8mである。
 しばらく唖然としてその内部機構を見ていたエメネリアがエネシエルに尋ねた。

「これは……、この砲は荷電粒子砲ですよね?」

「そうさ、よくわかったな」

「だって、こんな特徴のある形をしてれば直ぐ分かります!」

 荷電粒子砲は大きく分けて3つの部位に分かれている。ひとつは粒子発生器、粒子加速器、そうして荷電粒子射出用の砲身である。

「185cm、2連荷電粒子砲。そいつが主砲の正体だ」

「スゴイ! こんなに小型の荷電粒子砲なんて見たことがありません!」

 エメネリアが興奮しながらさらに尋ねる。

「イステラでは50mどころか10mの壁すら越えてたんですか!?」

 荷電粒子砲そのものは宇宙開発の初期から理論上は可能とされていた。だが兵器としての実用は遅れていた。それは粒子加速器の小型化が困難だったのである。そのため兵器としてではなく、主として理論物理学における素粒子の研究に用いられていた実験装置だったのである。
 だが直径数kmに及ぶ粒子加速器は舞台を惑星上から宇宙空間に移すことで小型化が進んだ。特に宇宙線からネルギーを安定的に得ることが出来、必要な大電力の確保が可能となって一気に開発が加速されたのである。
 そうして加速器の大きさが「1kmの壁」を越え「100mの壁」を越えたところでようやく兵器として実用化の道が開けたのである。

「ああ。だから回転型砲塔に収まってるのさ」

「本当にスゴイ! それで一体どこまで加速出来るんですか?」

「確かにこいつは小型だが光速の99.9999%まで加速出来る仕様だ」

「本当に?」

 イステラ軍宇宙艦艇の現在の主力兵装はこの荷電粒子砲に切り替わったが、それでもそれら艦艇の粒子加速器はいずれも直径が80~95mもあり、したがって荷電粒子砲は艦首に固定砲として搭載されているのみである。それ故照準合わせには艦体そのものの向きを微調整する必要があるという、命中精度に難のある兵器である。
 だが亜光速まで加速された荷電粒子の砲弾の破壊力はレールガンや対艦弾道ミサイルの比ではなく、そのため現在の宇宙艦艇の主力兵装となっているのだった。

「ちなみにこの艦は大雑把に言うと、正八面体を横倒しにして押しつぶした形をしてる。そうしてその8面の艦首側4面に3基ずつ、艦尾側4面に2基ずつ、計20基の砲塔が据えられてる。
 各面は艦橋のある部分を中心に前後方向に5度、両舷方向に20度の傾斜がついている。
 回転砲塔だから360度ぐるりと回せるし最大仰角は78度」

 そこでエネシエルは勿体つけて言った。

「つまりこの艦には死角が存在しないということになる」

 エメネリアが再び目を見開いた。

「40門の荷電粒子砲を備え、しかも死角がない……?
 それって無敵ってことじゃないですか!」

「まあ、そういうことになるな」

 エネシエルがニヤリと笑う。一方のエメネリアは蒼白とまではいかなくとも血の気のない顔色になっている。
 口径185cmというのも非常識、馬鹿げているくらい大きいが、それが40門あってしかも死角がないというのは、通常の宇宙艦艇の常識からしてありえないものだったからである。
 エネシエルは、意図通り自分の言葉に衝撃を受けているエメネリアに至極満足気ではあった。だが、実際にはいいこと尽くめでもないのでそのことにも言及した。

「と、いいたいところだが……」

「えっ?」

「こいつにも、当然ながら欠点というか弱点がある」

「弱点……?」

「ああ。確かに亜光速まで加速出来るが、発射までに時間が掛かる」

「やっぱり……」

 少し安堵の表情になるエメネリアである。

「全く停止している状態から粒子発生器と加速器を作動させると初弾発射まで1時間は掛かる。もっとも次からは30分も掛からんで撃てるがね。
 とにかくイザという時直ぐに撃てないってのは致命的だな」

「確かにそうですけど、でもそれはどこも同じでは? 確かに初弾が1時間、というほど遅いのはあまり無いでしょうけど」

 とにかく粒子加速器の小型化と高速化は何処の軍隊においても最重要優先課題となっている。

「まあそうだがね。
 特にこの艦は図体がでかいからワープに必要なエネルギー量が桁外れだ。だからワープには艦内エネルギーの大部分を重力場形成装置(ワープエンジン)に回さなきゃならん。だからワープ直後はまず絶対に撃てない」

「そこを狙われたら危ないですね」

「ああ、そうさ。
 それと2連の砲ということが時間が掛かることにも影響してる」

「どういうことでしょう?」

「この砲の右側は正の電荷、左側は負の電荷の粒子を加速させて同時に発射し、両者を合体させて中性の電荷の砲弾とするのさ。そうすることで荷電粒子の収束率を高め、射程を伸ばし破壊力を上げてる。
 そのために1門の砲に比べ発射に余計に時間が掛かるっていう訳だ」

「なるほど……」

「もっとも、1門だけ、単発で撃つことも可能だ。だが威力はガタ落ち、射程も短くなって使いものにならんのさ」

「それは確かにかなりの弱点ですね」

「だろう? だからワープの時以外、必ずどれか4基の砲塔が粒子発生器と粒子加速器を作動させてる。これはワープ直後からだ。そうやって緊急事態に備えているのさ」

「なるほど……。でもいいんですかそんな重要な事を私に喋っちゃって?」

「別に構わんさ。この艦で外部と交信出来るのは艦橋と通信室だけ……。おっと、艦長室もそうだったな……。まあともかく、それに外部との通信回線を開くのは専用IDを持ってる奴だけにしか出来ない。
 つまりこの艦にいる間は籠の鳥状態で、どれほど重要な情報を掴んでも滅多なことでは外へ出せねえってことさ」

 そう言ってエネシエルはニヤリと笑ったのである。

 確かに自分はスパイとして乗り込んでいる訳ではない。だがこれほど重要な情報を得ても本国に報告出来ないのでは、アレルトメイア宇宙海軍統合参謀本部所属の士官として、忸怩たるものを感じざるを得ないエメネリアだった。
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