遥かなる星々の彼方で
R-15

第27話 対艦弾道ミサイル

「さて、次へ行こうか」

 無人の回転砲塔の視察を終えると、エネシエルはそう言ってエメネリアを促した。

「稼働中のでなくて申し訳なかったが、あいにくとまだ許可が下りてないんでな」

 第1種配備の時は20基ある砲塔の内4基が稼働中、すなわち粒子発生器と加速器を作動させる。それに携わるスタッフは各砲塔につき2名の砲雷科の兵士である。1名が粒子発生器と加速器の制御、残る1名がCIC(戦闘指揮所)からの命令に待機するのである。これが各勤務シフト中にも交代でその任に当たる。したがって1日当たりの各砲塔での任務に従事する延べ人数は10名以上になる。そうしてこれらは当然、セキュリティ権限で認められている者たちばかりである。
 完全なる部外者であるエメネリアに稼働中、すなわち発射準備中の主砲を見せることは艦内機密保持規定に抵触する虞れがあると保安部から提言があっての措置だった。

「それはかまいませんけど、第1種配備は3交代ですよね。だったらもう少し稼働させるのかと思いました」

 エメネリアが疑問を口にした。確かに1/3ということなら7~8基稼働させてもおかしくない。

「それもそうなんだが、あくまで緊急事態に備えてということだし、第1種配備中は艦内工場がフル稼働するんでな。そっちへの電力供給が優先されるのさ」

 粒子発生器もだが、特に粒子加速器は大電力を要する装置である。ここで電力をケチると粒子の速度が中々上がらない。速度が低いまま発射すると粒子同士の収束率が低く弾丸のようにならないのである。これでは破壊力は低いし射程も短くなる。したがって兵器として所期の性能を発揮させるには十分な電力を供給しなければならない。と言うことは稼働させる砲塔の数が増えるとそれだけ電力消費が増えて、今度は艦内の他の部門に影響が出るということになるのである。
 エネシエルはそう説明しながらハシゴに手を掛けた。

 回転式の砲塔は上部甲板側はハシゴを昇って、逆に艦底側はハシゴを降りて中に入る形になっている。現在は左舷甲板側の砲塔の一つなのでハシゴを降りて外へ出ることになる。そうしてハシゴの先はちょっとした空間で、壁にはフックがあって使用されていない宇宙服が吊り下げられている。

「砲塔は艦体の外側に突出する形で装備されてる。だから砲塔内部は艦内体制の如何にかかわらず宇宙服の着用が義務付けられてる。もちろん機密は保たれてるから中で呼吸出来ない訳じゃないが、それが規則だ」

 ハシゴを降りてエネシエルが説明した。

「それで、普通ならここで宇宙服を脱ぐんだが……」

 そう言ってエネシエルはエメネリアとネイリを一瞥した。二人共アレルトメイア宇宙海軍支給の宇宙服なのでここで脱いでも構わないが、そのまま置いて行く訳にはいかない。まさかアレルトメイアの宇宙服をイステラ兵が使用する事は出来ないからである。
 かと言って艦内を宇宙服を着たまま歩くのはかなりしんどい。とにかく宇宙服は重い上にかさ張るし動きにくいからである。それでも今いる砲塔は艦橋から一番近いところだったので着たまま来たが、次は宇宙服の着用義務がない部署なので脱いでいった方が楽なのは確かである。だが置いていく訳にはいかない。
 誰かに運ばせる、となるとその役目は当然ネイリになるだろう。だがさすがにネイリ一人で二人分の宇宙服を持っていくのは難儀、と言うよりは無理である。なので行ったり来たりになるのは目に見えている。

「仕方ない。お前達が持っていけ」

 付き従う二人の陸戦兵に向かってエネシエルはそう言った。

「自分達がですか?」

 二人の女性陸戦兵が目を見開き不服そうに言う。それで今度はエネシエルが目を瞠った。

「まさか、少佐殿に自分で持って行けと? こっちなんか小さい(ちんまい)お嬢ちゃんだぜ?」

 エネシエルが言うと陸戦兵は明らかにムスッとする。特にエネシエルは砲雷科長の少佐。直属ではないものの、陸戦科の兵士にとっては同じ戦術部の上官であるから命令されれば従わなければならない。
 だが警備兵として自分達は拳銃に高周波ブレード、自動小銃まで携行している。手に荷物など持っていたら咄嗟の時にそれらが使えない。確かにそういう状況になることはまずありえないだろうとは思う。だがそれを言ったら、そもそも艦内で武装している事自体が話としてはおかしいということになってしまう。
 第一自分達は荷物持ちとして同行しているのではないというのが本音だったし、士官とはいえ他国の兵士のものをどうして自分らが、という思いがあった。
 一方のネイリは怒りのために顔を赤くして肩を震わせている。

「いいえ、自分で持って行きます」

 それでもネイリは自分を落ち着かせてそう言い、エメネリアも頷いている。他人の手をわずらわせることを潔しとしない二人だった。特に従卒であるネイリはそうだった。だが二人分は当然無理。そこでせめて自分の分だけでもということだったが、エメネリアもそうするつもりのようだった。

「とは言っても、お前さん達の部屋までだって結構歩くぞ?」

 エネシエルがエメネリア達に尋ねた。

「大丈夫です、少佐。同じ艦内ですもの」

 エメネリアが言うが、エネシエルは首を振った。

「そりゃ、同じ艦内だが、それでもゆうに500メートル以上はあるぜ」

「そんなに?」

「ああ。お前さん達の部屋は特別室だからな。艦橋からは一番近い居住区にある。そうしてここは艦橋から一番近い砲塔だ。だから直線距離なら大したことはないが、そこへ行くまでが大変だ。曲がって昇って曲がって降りて曲がるってことになる」

 艦橋の下部、要するに艦の中央部分は様々なものが集中しているため、碁盤の目のように通路が走っている訳ではない。格納庫への昇降エレベータはもちろん吹き抜けである。したがって周辺の通路はまさに迷路のようになっているのである。だからエネシエルの言うことは決して大袈裟ではない。

「この次は艦首対艦弾道ミサイルの装填口だからな。そこからさらに艦尾近くまで歩かにゃならん」

「『艦首』なのに『艦尾』まで?」

 エメネリアがくすりと笑った。

「おおよ。名前こそ艦首だがおよそ700メートルの発射導管内を加速して発射されるんだ。要するにレールガンで射出するミサイルだよ。だから装填口は艦尾近くにあるって寸法だ」

「レールガンで射出するミサイル……」

「そうさ。そうやって速度を稼ぐのさ」

 通常のレールガンで発射される弾頭は姿勢制御用のイオンスラスタを備えてはいるが、砲弾そのものは小型でありミサイルのように重く大きいものではない。

「なんだか、本当に常識破りの(ふね)ですね」

「だろう? だから就役当時は軍務省の役人やら軍のお偉さんが多数視察に来たらしい」

「納得ですね」

「そんで、一様に感心する訳さ、こいつは素晴らしいってな。ところが大金もつぎ込んでるから2番艦を作ろうっていう話にはならない」

「それも納得です」

「だからリンデンマルス号は何時まで経っても一人ぼっちの独立艦なのさ。もっとも今はどことも戦争してないからな。いざドンパチが始まればそれもどうなるかはわからんがね」

 会話が一区切り着いたところで、エメネリアとネイリは宇宙服を脱いだ。ヘルメット、手袋、ブーツは自分で持ったが、本体部分は結局同行する陸戦兵の二人がそれを抱えていくことになった。

「さて、こっちだ」

 そう言いながらエネシエルは迷路のような艦内通路を進んでいく。中央通路まで降りてから目的地へ向かえばわかりやすいが、その場合でも800メートル以上歩くことになるという。ただし電動車を使えばそこまで歩かなくとも済むが、それでも歩くのを精々300メートル短縮出来るだけだという。ただしその場に空いている電動車が停まっていれば、という条件がつくが。

「情報端末でルート検索すると迷う心配はないから、まあ慣れるまでの辛抱だな。それが嫌なら中央通路を使えばいい。いい運動になるぜ?」

「……」

 何とも皮肉な言葉にエメネリアもなんとコメントすればいいのかわからなかった。エメネリアは二人の宇宙服を抱えている陸戦兵二人を振り返り申し訳無さそうに言った。

「ごめんなさい、結局持たせてしまって」

「いえ、命令ですから……」

 憮然と答える陸戦兵である。

「おいおい、人聞きが悪いな。俺は持ってやれと言っただけだぞ? 持てと命令したつもりはない」

「それを命令というのでは?」

 エメネリアがツッコミを入れる。
 陸戦兵がそういうことを言えば「上官に対して反抗的だ」と処罰されるから黙っているのでエメネリアが確認したのだった。

「どう取るかは自由だ。俺はこいつらの上司じゃないんでな」

「でも上官ですよね?」

 中々納得しないエメネリアだった。

「まあな。まあいいじゃないか、他国のお姫さんに恩を売っておくのも無駄ではあるまい?」

「そういう言われ方はちょっと……」

 エメネリアが顔をしかめる。

「だけどお嬢さん、貴族のお姫様なんだろう?」

「おじょ……、少佐殿に向かって失礼な発言はお控えいただけませんか、ヌエンティ少佐殿」

 ネイリが口を挟んだ。怖い顔でエネシエルを睨んでいる。

「おっと、気に触ったら失礼。だけどイステラには身分制がないんでな。公爵家のお姫様というのがどういうんもんかさっぱりなんでな」

 そこでネイリが胸を張った。

「少佐殿のミルストラーシェ公爵家は近衛の長官を拝命するお家柄です。つまり皇帝陛下のお側近くにてお守りする重要な御役目です」

「そいつは豪気だ」

 何が豪気なんだかよくわからないがエネシエルはそう言った。茶化されたように感じたネイリが、さらに口を開こうとしたところでエネシエルが言った。

「さて、さっさと宇宙服を置いてきてくれ。こっちも予定が詰まってるんだ」

 いつの間にか部屋に到着していたのだった。
 エメネリアとネイリの二人が室内に宇宙服をおいて出てくるとエネシエルはさっさと歩き出す。そのためネイリは言いたいことが言えなくなって憮然として歩いている。

「よし着いた。ここが対艦弾道ミサイルの弾薬庫と装填口のあるセクションだ」

 エネシエルはそう言って扉の前に立つ警護兵に敬礼を返しつつさっさと中へと入っていく。エメネリアもそれに続く。ネイリは悔しげにその場で立ち止まった。従卒であるためその場で待機するからであるが、中に入れないことではなく、結局エネシエルに文句を言いそびれたからである。

 勤務中の兵士はエメネリアに興味深げだが、手を止めえるとどやされるから、チラチラと覗き見るようにしている。
 内部では早速エネシエルが説明を始める。

「ここは左舷側で右舷側にも同じものがある。
 お嬢さん、中央通路は通ってみたかい?」

「はい」

 エネシエルの問にエメネリアが頷いた。もう「お嬢さん」と呼ばれることに一々反応もしなくなっていた。

「なら話が早い。その両舷の中央通路の外側におよそ700メートルの発射導管が3本ずつある。ここで装填された対艦弾道ミサイルはその700メートルの導管の中で電磁誘導によって加速され、発射されるっていう仕組みだ」

 エネシエルの説明を聞きながら内部を見回すと、天井と壁面には対艦弾道ミサイルがびっしりと並べて保管されていた。そうして一方の壁面にはハッチの空いた発射導管も見えている。

「それにしてもすごい数ですね」

 エメネリアが目を瞠って言った。

「ここにあるのはおよそ60発だがそれ以上のミサイルがさらに後方の弾薬庫に格納されてる。だから全部併せると254発だな、正確には」

「本当にすごい数ですね」

 エメネリアが目を瞠る。ミサイル戦艦並みの搭載量だからである。

「まあな。元々本艦のコンセプトが『一隻で一個艦体に匹敵する戦闘能力』ということだからな」

「確かに荷電粒子砲の数といい、この対艦弾道ミサイルといい、十分にそれだけの能力はありそうですね」

 エメネリアが半ば感心し半ば呆れた。

「まあ本艦の場合、艦砲はスペースを食わないんでな」

 リンデンマルス号の主砲は荷電粒子砲とはいえ、極限まで小型化され回転砲塔に収まっているからそれで済んでいる。これが通常艦艇なら艦首は主砲の荷電粒子砲の発射口、粒子発生器と粒子加速器でほぼ埋め尽くされていると言っていい状態になっているのが普通である。つまりリンデンマルス号が普通ではないのである。

「だが艦載機の方は空母並みとはいかんのさ。格納庫が大分小さくされちまってるから」

「そうなんですか?」

「ああ。重力場形成装置(ワープエンジン)は巨大だし、発電システムも『発電機』なんて呼べるようなかわいい代もんじゃない。艦内工場もデカいしその製品の倉庫もこれまた巨大だ。だから艦底部分はそういった巨大プラントがぎっしり詰まっていて、格納庫を広く取るだけの余裕が無いのさ。
 だから艦載機の格納庫は両舷の一番端っこと、飛行甲板直下のごく一部にしかない。まあ後でアロンの野郎が、イヤってほど説明してくれるさ」

 義弟のことにまで口の悪いエネシエルである。そうしてエネシエルは一旦言葉を切り、再び話し始めた。

「この艦は対空防御システムがお粗末でな、いわゆる対空砲火は対空迎撃ミサイルが上部に18門、両舷方向が左右10門ずつの計38門しかない。しかも艦底側は皆無だ。だから尚更、艦載機による対空迎撃が重要なんだが、艦載機自体が少ないときてる。
 だから距離をとっての艦砲の打ち合いならまず負けることはないが、敵の艦載機に懐に入られると危ういな」

 重要機密をこれでもかと開陳してくれるエネシエルである。

「いいんですか? そんな重要なこと……」

「だから言ったろ? 外に機密は持ち出せないって。
 それに本艦の戦闘能力は作戦行動を決定する大きな要因の一つだ。こいつが頭に入ってないと作戦部での行動計画立案が理解出来ねえよ」

「それはそうなんでしょうけど……」

「まあともかく、俺の方から説明するのこれくらいだな。対空ミサイルの方は見ても仕方ねえだろう。ここをかなりスケールダウンしただけでそれほど代わり映えがしねえからさ」

 エネシエルはそのように説明を締めくくったのだった。

「さて、そろそろいい時間だな。お嬢さん、中食の時間は?」

 中食と言うのは勤務時間内に摂る食事のことである。艦内には昼夜の別がないので「昼食」という言い方をしないのである。

「えっと……」

 エメネリアは急いで情報端末を確認する。

「12:15です」

「そうかい。俺は13:00だからここでお別れだな」

「わかりました。ありがとうございました、ヌエンティ少佐」

 エネネリアはエネシエルにそう言って敬礼した。

「ご苦労さん、ミルストラーシュ少佐」

 エネシエルは敬礼を返してそう言った。最後までエネシエルが真面目なんだか不真面目なんだかよくわからなかったエメネリアだった。
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