遥かなる星々の彼方で
R-15

第31話 緊急発進(スクランブル)



緊急発進するF-118艦上戦闘機

『飛来物接近! 航空隊は直ちに出撃準備! 繰り返す……』

 控室の天井埋め込みスピーカからCIC(戦闘指揮所)の命令が伝えられる。

「お出でなすったか!」

 アロンの呟きと同時に第1航空隊第1小隊長が怒鳴った。

「出るぞ!」

 おそらく反対側の左舷の搭乗員控室では、同じように待機中の第4航空隊第2小隊の隊長が叫んでいることだろう。

 控室内は騒然となり、パイロットとナビゲータはヘルメットを被りつつ飛び出していく。
 エメネリアは艦載機発進の様子を間近で見るべくその後へ続こうとして、居合わせた航空隊の下士官に止められた。

「発進バレルの作動中は宇宙服がないと格納庫内に入れません。危険ですからこの場に留まって下さい」

 よくよく考えて見れば艦載機は発進バレルから宇宙へ飛び出すのである。当然その度毎にハッチを閉めて空気漏れを防ぐ、などということはしないだろう。ということは宇宙服を着用していなければ己の生命に関わる。
 元々、待機中のパイロットもナビゲータも飛行服を着用している。これはいわゆる宇宙服とも若干異なっているが、ともにそのまま宇宙空間で活動出来る装備であることに違いはない。

 イステラ軍の宇宙服は3種あって、汎用型、通常型、強化型である。
 汎用型は宙空ドックと地上港を結ぶシャトルや輸送機に乗り込む際に着用するもので、要するに、常時その場に人がいるという訳ではないが宇宙服着用義務のある所なので着るという、そういう状況で利用されるものである。したがって体型や体格の違う誰もが着られるように大きめに作られている。故に、これを着ての作業は非常にしづらいものだがコスト的には一番安価である。
 通常型は艦艇や宇宙基地に配備されている宇宙服で、その名の通り「通常」使用されるものである。もちろん宇宙服を着用していない時に比べて動きにくいのは否めないが、それでも汎用型に比べ体にはフィットしている。イステラにおいて単に宇宙服といえばこの通常型を指すと言っていい。
 強化型は通常型よりもより防御性能を高めつつかさばらないように工夫されている。その分より高性能な素材を多用してあるので高価である。これは陸戦兵や船外活動の多い甲板員が基本的に使用するものである。
 この3種の宇宙服はいずれも軍服の上から着用することが前提である。

 そうして艦載機の搭乗員が着る飛行服はこの強化型と同等以上の性能を有しながら、宇宙服よりも遥かに活動しやすく作られておりプロテクトスーツの上に直接着るものである。
 元々コックピット内には余分なスペースはないからかさばる宇宙服では乗り込めない。また腕や脚が自由に動かせないと操縦など出来るものではないから手足の自由度が高い。それ故他の宇宙服に比べれば飛び抜けて高性能なのだがその分高価である。それでも優秀な搭乗員の損失を軽減させるために採用されているものである。


「こちらを着用して下さい」

 気を利かせて用意したのだろう、別の兵士が2人、イステラ軍の通常型宇宙服を持ってきた。
 それにエメネリアが笑顔で応えた。

「ありがとうございます。ですが着方がわかりません。手伝って下さいます?」

 宇宙服は気密性保持のために着用手順が細かく定まっている。蟻の一穴どころか、針の穴ほどであっても空気が漏れるし、それは重大な被害をもたらすのである。したがってイステラ軍の宇宙服を着用したことがないエメネリアがそう言うのは当然のことである。
 だが美人のエメネリアに言われて若い男性兵士達は照れた。

「は、はい……」

 だがアロンがその様子を見て怒鳴った。

「馬鹿野郎! のんびりやってるんじゃねえ! いいからそのままついて来い!」

「はい!」

 エメネリアとネイリは慌てて、結局宇宙服を着ないままアロンの後ろを着いて行く。アロンは控室の格納庫側でない扉を出ると階段を駆け上がる。そうして航空管制室( Air Contorl Room:ACR )の扉を開け中に入りつつ再び怒鳴った。

「状況は!?」

「本艦に向けて飛来する物体あり。光学望遠鏡による目視で、破損艦艇の破片であることを確認。本艦到達までおよそ32分です」

「衝突するのか? MB(主艦橋)はなんだって?」

 アロンが士官に当直士官に向かって再度聞いたところで、艦長レイナートからの艦内通信が入った。

『航空科長、飛来物は大きさ、速度ともに直撃すると厄介ですが、いきなり進路を変えないかぎり衝突の可能性は低いと言っていいでしょう。ただしこのまま飛び続けられたら他が迷惑することも考えられます。よって訓練も兼ねて航空隊で始末して下さい』

 宇宙空間を高速で移動する物体同士が衝突する可能性は実はあまり高いものではない。ただしその物体が強大な質量を有する場合、その重力によって引き寄せられるということもないではない。
 リンデンマルス号の場合、人工の構造物としてはかなり大きなもので、その質量もそれに見合って大きなものだが衛星や惑星ほどもある訳ではない。したがってよほど近くをかすめでもしないかぎり、リンデンマルス号の重力によって衝突コースに進路を変えるということもまた少ないのである。
 ところで例えば辺境の小型基地は姿勢制御用のイオンスラスタを持つが、その推進燃料用タンクは非常に小さい。
 故にこれを最大噴射して衝突を避けるために自機の場所を移動させると、燃料切れを起こし元の地点に戻るどころか停止させることも難しくなり、延々とどこかに向かって移動し続けてしまうという、自らが宇宙の漂流者となるということもありうる。
 したがってこういう小型基地にとって飛来物は非常に厄介な、招かれざるお客さんなのである。
 よってこのような飛来物を発見した場合は、そのような状況を事前に排除するという目的の故に、破壊して他への被害が少なくなるように務めるというのも宇宙艦艇の任務の一つである。

「了解!」

 アロンはレイナートとの通信を終えると、モニタに映るIAC(情報解析室)から送られてきた飛来物のデータを一瞥する。

「……これなら、対空迎撃ミサイルでいけるな。
 よし、第1航空隊(アルファ)を発進させろ。 第4航空隊(デルタ)は待機だ!」

 第1種配備時の航空隊の待機部隊は戦闘機隊、雷撃機隊ともに1個小隊ずつである。これが3交代で順に回ってくる。この日の待機は第1航空隊第1小隊(アルファ1)第4航空隊第2小隊(デルタ2)だった。

 そうしてこの各部隊は第1、第3航空隊が右舷の第2格納庫に、第2、第4航空隊が左舷の第3格納庫に収容されている。


「こちらACR。アルファ1、全機発進。繰り返す……」

 オペレータが通信機に向かう。その他にもレーダーを操作する者、IACからの望遠鏡画像をモニタで確認する者、発進バレルの状態チェックに勤しむ者など、ACR内は騒然としている。

 格納庫内の機体は主翼を折りたたんだ状態でクレーンで吊り下げらて格納されている。これがスライダーと呼ばれる台座に降ろされ、そこで兵装が装備されパイロットとナビゲータが搭乗するのが規定の手順である。先にバレル内に機体を装填してしまうと兵装の装着も搭乗員の乗機も出来なくなってしまうからである。
 アルファ隊の艦上戦闘機F-118もブラボー隊のF-119も主兵装は対空迎撃ミサイルと対空機関砲である。
 この内、機関砲は機体格納中でも常時弾倉にフル装弾した状態になっている。装弾は機関砲をユニットごと取り外して行うが、そうすると取り付け時に再度照準器の調整が必要となる。これを怠ると狙ったところへ弾が飛ばないということがありうるので、緊急発進に備えて常時装備されているのである。
 他方、対空迎撃ミサイルは3発1組で計4組。台車に載せたミサイルを機体まで運んで甲板員が一斉に取り付けるのである。
 次いで搭乗員の搭乗が済んだ機体は、スライダーが移動して順次発進バレル内に装填されていくのであるが、スライダーは文字通りスライドして発信バレルの装填口に向かう。発進バレルは前後どちらにも発進出来る仕組みなので機体を装填する際に方向が決められる。したがって必ずしも機首から装填されるとは限らない。
 そうして機体が装填されるとバレルは60度回転し次の機体が装填されていくのである。ちなみに装填口と発射口は180度の位置関係にあるので発射口では機体が上下逆さまになっているが、ここには人工重力は既に及んでいないので特別搭乗員の体には何も感じられなくなっている。

『こちらスクエア1-A、異常なし。何時でもイケる!』

 バレル内に装填されたアルファ1の隊長機スクエア1からACRに無電が入る。

「了解。スクエア1より順次発進せよ」

『了解、スクエア1-A、発進する』

 スクエア1-Aのパイロットがロケットエンジンに点火すると同時に、カタパルトが機体を猛烈に加速させるので本艦を離れた機体はみるみると小さくなっていく。

 このカタパルトはガス圧縮式である。
 電磁式に比べ旧式であるのは否めないが戦闘時、特に主砲を多用している時やワープからの復帰直後は艦内電力が安定していないため、それにかかわらず艦載機の発進を滞り無く行うためにこの方式が採用されているのである。ちなみに艦内が完全に停電しても艦載機の発進が出来るよう独立した自家発電装置が格納庫内には配備されてもいる。

『スクエア2-B、発進する』

『スクエア3-A 発進』

 艦載機部隊1個小隊は6チーム、12機で編成されている。発進後は2機で編隊を組み、それが6組でポジションを決めて飛行するのである。

「目標物、接近。座標ポイント転送」

 ACRからのデータが各機に届く。

「全機、目標座標を確認せよ」

 全機が発進し終えたところでスクエア1-Aから指示が飛び、部隊は編隊を形成しつつ目標物に向かって飛んで行く。
 今回アルファ1の全機発進には18分掛かっている。この数字はかなり優秀な方である。


 ところでイステラ軍が採用する宇宙空間における座標には「絶対」と「相対」とがある。
 この座標はいずれも、基準となる艦艇を原点とするものであって天体を基準としたものではない。
 そもそも衛星は惑星を公転し、惑星は恒星を公転する。すなわち停止していないのである。恒星は基本的にはその位置を大きく動くことはないが、実は宇宙そのものが膨張しているという事実がある。しかも天体間の距離がとてつもなく大きいので、天体を基準とした座標というのは実用に堪えないのである。

 また星間図や天球図といったものも実は存在しない。宇宙をどの位置からどの方向へ向かって見るか。それによって見かけ上の星々の位置が全く変わってしまう。しかもスケールが大きすぎるため正確な縮尺を用いて3次元化すなわち立体画像化しようとしても限度があるのである。つまり星間図や天球図は地上における地図のような役目を果たすもの足り得ないので、これを作成すること自体が早々と放棄されたのである。

 だがこれだと宇宙空間における自艦の位置が本当に特定出来なくなる。
 そこでイステラ軍の艦艇は超光速度亜空間通信システムの応用で、7つある方面司令部の置かれる惑星の内3ないし4を「灯台」として利用し、そこからの距離と角度によって「おおよそ」の自艦の位置を特定するのである。
 何故「おおよそ」かといえば「光年」という膨大な距離を単位とする話であるからその際、数百kmの位置のズレなどはあまり問題視されない、というかそこまでの正確さを求めても無理なのである。事実、国家間の国境となる中立緩衝帯であっても50~100kmという幅があるくらいである。

 ところがこれが艦隊行動や艦載機などの運用ということになると、そんな大雑把では済む話ではなくなる。
 そこでイステラ軍の場合、基準をある特定の艦艇に置きそれを原点とする座標を用いる。これが「絶対座標」と呼ばれるものである。
 その艦艇の位置を原点とし、左右方向をX軸、前後方向をY軸、上下方向をZ軸として1km刻みで表示する。複数艦艇からなる艦隊の場合は旗艦に原点が置かれ、これによってそれぞれの艦艇はその位置を特定するのである。
 ところがこれだと艦載機などでは都合がよろしくない。艦載機にとっては旗艦のもそうだが自機の母艦の位置の方がより重要だからである。そこで今度は「相対座標」と呼ばれるものが用いられる。
 これは母艦を原点として自機の位置を特定するための座標である。これは何故「相対」と呼ばれるかというと、母艦は艦隊内において旗艦との位置が刻々と変わることがある。だが旗艦を原点とするのでこの位置関係は「絶対」である。そうして艦載機は母艦との位置は絶対だが、自機と艦隊旗艦との位置は母艦を挟むために相対的となるから、そのように名付けられているのである。
 いずれにせよこの座標を用いて宇宙空間内において自機、母艦、そうして目標物の位置を特定し作戦行動を取るのである。
 ちなみにリンデンマルス号の場合独立艦で単独行動故に「絶対座標」と「相対座標」が常に同じとなる。


 ACR内のメインモニタは複数のウィンドウに分かれ、光学望遠鏡や電波望遠鏡で捉えた飛来物の姿や接近するアルファ1の様子、レーダー画面、それにリンデンマルス号、目標飛来物、アルファ1各機の光点を映す3次元座標軸の画面など映し出されている。

 それを興味深く眺めるエメネリアとネイリだった。
inserted by FC2 system