遥かなる星々の彼方で
R-15

第32話 第1航空隊第1小隊(アルファ1)



着艦するF-118艦上戦闘機

 宇宙空間における物体の移動の基本は慣性運動で、これは等速度直線運動である。このことは宇宙艦艇でも同様で、ある一定速度まで加速したら後は慣性航行に切り替えることでエネルギーの浪費を避けるのである。
 その際、付近に大型の天体が存在する場合、その重力や磁場の影響を受けるため軌道が本来の直線から変化することがある。ただし時空そのものが重力によって歪んでいる場合、結局はその艦艇からは自艦は直線で動いているようにしか見えない、というのが人々の理解を難しくしている物理法則上の事実である。

 そうしてリンデンマルス号の場合、確かに巨大な質量を持つが、その重力の及ぼす影響は宇宙線のような極微粒子であれば大きいが、一定の質量すなわち重力を持つ物体に対しては小さくなる。したがって今回のような飛来物の場合、急に進路を変えるということはまず考えにくい。

 そうして接近する物体に艦載機でミサイル攻撃を加える場合、最も確実な方法は進行方向の正面からというものである。これであればまず打ち損じは起きない。だが一方で攻撃力が足りないと、深刻な被害を生じる大きな危険性を孕んでいる。
 まず正面からの攻撃で目標を完全に破壊出来ない場合、残骸がそのまま真っ直ぐ飛んでくる可能性がある。すなわちミサイル攻撃によるエネルギーでその物体の運動エネルギーを軽減出来ない場合である(ただし減速させることは出来るだろう)。その際、攻撃側は回避行動を取らざるをえないが、攻撃による破片が周囲に飛散している可能性が高いので、自機が被害を受けるということが高確率で発生する。

 では側方から攻撃の場合はどうか?
 これは先のTY-358基地救援作戦の記憶に新しいが、まずミサイルを着弾させることが難しくなる。
 イステラ軍の対艦弾道ミサイル、対空迎撃ミサイル、対艦ミサイル等、いずれのミサイル兵器も艦艇や艦載機が発する識別信号を捉え、それを自動追尾する装置を装備している。これが利用出来る場合はいいが、そうでない時は手動で誘導しなければならないのである。


 かつて、人類がまだ戦争を宇宙にまで持ち込む以前の惑星大気圏内での敵味方識別装置は、こちらからある特定の電磁波を発し、相手がそれを受信すると、これまた特定の電磁波を返すという方式(当然敵からは返ってこない)で、それによって対象物が敵なのか味方なのかを判別したのであった。
 これはレーダーでは存在が確認出来ても、それが敵か味方かわからないという状況下での識別に利用されたのである。この欠点は、相手が電磁波を返してこない場合、それは敵だからか、それとも民間機だからかということが判別出来なかったのである。それでも戦闘空域を飛行する方が悪い、という理屈で民間機も攻撃されることが少なくなかった。
 ところがこの方式は宇宙では通用しなかった。それは宇宙空間は「ノイズ」が多過ぎたからである。
 有人惑星は必ず分厚い大気を有する。これは単に酸素や水の有無ということだけでなく、人体に有害とされる恒星風に様々な電磁波や宇宙線を遮断する効果もある。これなしで人類、否、生物は棲息出来ないのである。
 ところが宇宙空間にはその大気が存在しない。
 それ故電磁波も宇宙線も縦横無尽に飛び交っている。これが識別用電磁波の送受信機に与える影響が軽視出来なかったのである。
 その旧来の敵味方識別方式では、これに負けないだけの強力な電磁波を発する必要があるだけでなく、それを正しく受信出来る必要もあった。とにかく電磁波を返せなければ敵とみなされてしまうからである。
 そうしてこの装置の小型化が非常に困難だった。故に艦艇や艦載機には搭載出来ても、ミサイルに載せることが出来なかったのである。

 大気中を飛ぶミサイルなら翼を付け空力によって方向を転換させることが出来る。だが宇宙空間ではそれが出来ない。ミサイルは主推進器はロケットエンジンが主流で、姿勢制御用推進器はイオンスラスタというのが一般的である。ということは少なくとも3種類の燃料タンクを内部に有することになる(ロケットエンジン用推進剤の液体水素と酸化剤の液体酸素、イオンスラスタ用推進剤)。それに弾頭。これがなければ話は始まらない。なのでこれだけでミサイル内部はぎっしりである。
 そこにそんな大型の電磁波送受信機にそれ用の電源まで積むことなど出来ない。そこで送信機の搭載は見送らざるを得なくなった。
 ところが現在の宇宙艦艇は常にノイズに負けないほどの強力な識別信号(電磁波)を発し続けている。特に最大射程がレールガンに比べて桁違いに長く、高速で着弾する荷電粒子砲が主兵装になってからはそうである。そうでなければ何時、友軍から攻撃を受けるかわからないからである。
 ということはその捉えた電磁波が自軍のものでなければ敵ということになる。ならばこちらから識別用電磁波を改めて発する必要はない。そういう理屈から、受信機だけ搭載されることになったのである。
 これであれば識別装置の小型化、電源の小型化が図れる。ということで現在のイステラ軍のミサイル兵器はこの方式である。したがってそれ以外の識別・追尾装置は搭載されていない。それはスペースの節約、有用性に対する評価の故である。

 ということはミサイルに搭載される自動追尾装置は特定の電磁波を捉えられないかぎり役に立たないということになる。そこでミサイルに目標座標を手動入力する必要があるのである。したがって側方からの攻撃は難易度が非常に高くなる。
 そこで艦載機は打ち損じをなくするため、目標物への可能な限りの接近が必要になる。その際破壊した物体の破片による自機への被害を考慮に入れなければならない。これはIACやCIC、ACRでの計算によっても可能だが、艦載機自体で行う必要もある。己の身は己で守るということである。
 それ故艦載機は複座式で、ナビゲータが補助コンピュータを駆使してこの計算を担当するのである。しかも艦載機部隊は常に複数でのチーム行動である。これらへの影響も計算する必要がある。したがって艦載機のナビゲータは、数学者のように計算に強くなければ務まらない。


1-A(隊長機)から各機、第1次攻撃はスクエア3、第2次攻撃はスクエア4とする。スクエア5、スクエア6はバックアップ、スクエア1とスクエア2は周辺域哨戒を担当。質問は?」

『……』

「質問無しだな? よし、作戦に掛かれ!」

『了解!』


 スクエア3―Aの機内、ナビゲータがパイロットに言う。

「さて、アニエッタ。第2次攻撃の必要が無いように1発で仕留めるぞ」

「当たり前でしょう! わかりきってることを言わないで!」

 操縦桿を握るアニエッタがさも当然と言わんばかりに言う。

「その調子だ。スクエア3-B、聞いての通りだ。出番がなくても恨むなよ」

 3-Aのナビゲータが無線機で3-Bに告げる。

『お手並み拝見させてもらうわよ。ただアニエッタはムラがあるからね、時々、ミスるし……』

 スクエア3-Bから返信が入る。

「言ったわね! 見てなさいよ!」

 アルファ1の12機24名の搭乗員は男女ほぼ同数である。男性のみのチーム、女性のみのチームもあるが、スクエア3の2機とも男女混成チームでいずれもパイロットが女性である。

「よし、アニエッタ。準備OKだ。データを確認しろ」

 ナビがアニエッタに言う。
 アニエッタは搭乗席コンソールのメインモニタを確認する。

「OK。3-A、攻撃態勢に入る。ミサイル安全装置解除」

 そこで無線機からアロンの怒鳴り声が聞こえた。

『馬鹿野郎! 訓練を兼ねてってことを忘れたのか? 一人で方をつけちまってどうする! いいか? 1機あたりミサイルは2発までだ!』

「ええー、ケチ!」

『何がケチだ。いいから言われた通りにやれ!』

 アニエッタはヘルメットの中で大いにふくれっ面をしているが命令には逆らえない。メインモニタに表示される数値に合わせ機体を操作する。目標である飛来する物体へ急速接近しつつ操縦桿のトリガーに指を掛ける。

「3-A、ミサイル発射!」

 2基のミサイルが吸い込まれるように目標物に接近し爆発した。

 アニエッタは操縦桿を引き起こし回避運動を行いつつナビに尋ねた。

「どう? ヤッた?」

「ああ、バッチリだ」

 ナビがモニタに映し出される数値を見ながら言う。
 直後、無線機から声が聞こえる。

『3-B、ミサイル発射』

 機体を旋回させつつ目標物付近を目視する。ただし光源がほとんどないからミサイルの軌跡以外何も見えないに等しい。と、爆発が起きた。

『目標の破壊を確認』

 CICからの無電が入った。

 スクエア4の出番はなくなっていた。

『チクショウ、ちゃんと残しとけよ……』

 4-Aのボヤキが聞こえる。

「ゴメンナサイねー」

 アニエッタがおどけて言う。

 同一の標的を攻撃する場合、後続の方が攻撃は難しくなる。目標の大きさ、軌道が変化するためである。したがってナビの計算はより煩雑になるのだが、今回はアニエッタの初弾が最適なポイントに着弾したため3-Bの攻撃だけで十分になってしまったのだった。

『よし、よくやった。全機帰投しろ』

 アロンの声が無電から聞こえる。

『アルファ1、了解。全機帰投する』

 1-Aから指示が入る。

『帰るぞ』


 ACR内では出撃したアルファ1への航空管制が行われている。
 それに満足気に頷きながらアロンはエメネリアに言った。

「それじゃあ、出迎えに行こうか」

「はい? はい……」

 何とはなしに要領を得ないエメネリアは、そう言って歩き出したアロンの後ろをついていく。もちろんネイリも従っている。

 アロンに連れられて向かった先はMB直下の第6展望室である。
 十分な明るさがあればここからは眼下に飛行甲板(フライトデッキ)が一望出来るが、恒星や惑星の近くを航行でもしないかぎりはまず目視出来ないのが普通である。
 フライトデッキは艦体の一部をざっくりと切り取った二等辺三角形をしており、中央部分は第1格納庫からの艦載機エレベータとなっている。今はこのエレベータは使用していないのでフライトデッキは全くの平面である。漆黒の闇の中に点灯されている2列の誘導灯が浮かび上がる。
 そこへ、航空灯(ナビゲーションライト)着陸灯(ランディングライト)やタクシー灯を点灯しているので、機体が帰還のため近づいてくるのがわかる。

「発艦は発進バレルで、着艦はフライトデッキなんですね?」

 エメネリアは次々近づいてくる明かりを見ながらアロンに尋ねた。

「そうさ。こいつの利点は部隊が出撃している最中も、別の部隊が帰還出来るってことだ。これなら戦闘中、補給で戻る時も順番待ちをしないで済む」

「そうですね」

「着艦した機体はハンガー内でクレーンで吊り上げられて格納庫にそのまま運ばれるって寸法だ。さっきいたACRはそのハンガーの真後ろに当たる」

 アロンの説明にエメネリアが頷く。

「艦内は本当に複雑な構造なんですね」

「ああ。それでも艦底部分はそうでもないがな。MBの下はとにかく色んな物が集まってるからな」

 中央コンピュータ室、ハンガー、ACR、艦載機を格納庫に移動させるクレーンの通路、さらにそれら部署に勤務する者の居住区。その他にも管理部のオフィスやブリーフィングルーム、艦長室などがあって、どうしても艦の中央部分は配置が複雑で迷路のようにならざるをえないのである。

「さて、航空科の視察はこんなもんでいいだろう。いずれ機会があったら実機にも乗せてやるよ」

「ありがとうございます。楽しみにしています」

「ところでどうする? まだシフト終了まで時間があるが、ついでに陸戦科も済ませちまうか? それならナーキアスの野郎に連絡するが」

 アロンにそう言われてエメネリアはしばし考える。確かにAシフト終了までまだ1時間ほどある。だがその内30分はワープ準備の第3種配備で終わってしまう。中途半端で終わってしまうと、それはそれで面倒だろう。

「まあ、陸戦科は見るところがないからな。それこそ30分もありゃ済んじまうだろう」

 アロンの言葉に、エメネリアとネイリの警護についている陸戦兵がムッとした表情になる。

「なんだよ? その通りだろ? まさか強化外装甲をわざわざ着て見せてやるのか?」

 確かに用もないのに着て見せる必要まではないとしか思えない。それに陸戦科は日頃保安部に出向していて、重要施設での歩哨と艦内巡視 ― それも規則だから行われているだけで誰もその要を認めていない ― が日常業務である。見るべきところはほとんどないと言っても過言ではない。

「まあ、今頃は中央通路の端っこで格闘技の訓練ぐらいはしてるだろう?」

 確かにその通りなのだが、どうにも棘のあるアロンの言い方だった。
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