遥かなる星々の彼方で
R-15

第41話 二人の女

 ワープ実施時以外に重力場発生装置の制御室で行われていることといえばデータ解析だけである。ワープを行った際の様々な計測データを分析し、それを新型の重力場発生装置開発に活かす。他の追従を許さない長距離跳躍を可能とするからこそのことで、リンデンマルス号の技術部機関科に多くのワープに関わる専門家・研究者等、単なる兵士とは呼べない人物が多数乗艦しているのはそういう理由からであり、それが技術部の人員を多くしているということとも無関係ではない。
 とは言うものの、その解析作業を見ていたところで、専門の技術者でもなければ得るものはそう多いものではない。そこでエメネリアとネイリはある程度まででその場を去ることにした。指定食堂利用時間が近づいているということもあったからである。


 3000名を越える乗組員に対し、食堂の席が320しかないというのはどう考えても少なすぎるとしかエメネリアには思えない。事実、各部署では交代で食事を摂りに出てしまうから、シフト中全員がきちんと揃っているのは、実はワープのための第3種配備の時だけということになっているのである。
 すなわちシフトに入りその日の任務についたばかりでいきなり食事をすることになるということもないではないから、どう考えても席が少なすぎるだろう。
 だがその点を偶々同じ時間に食堂を利用しているイステラの士官に尋ねても「そういえばそうね」と言われるだけで、当人達はあまり気にしていないようだった。それがどうにもエメネリアには理解のしにくいことであった。


 そんなエメネリアがネイリとともに第2食堂の士官席に現れるとやはり注目を浴びる。濃い鈍色という何とも地味な軍服の中に、一人光沢のある鮮やかな碧色というのはそれだけでも目立つ。
 ちなみにネイリの着ている幼年学校の制服は黒色に赤の縁取りというもので、エメネリアのアレルトメイア正規軍の軍服程ではないが目立つことにかわりはない。
 新参でしかも他国の兵士ということで注目を浴びるのは致し方無いとはいえ、あまり見られるというのは気持ちのいいものではない。だから逆にエメネリアは食堂では積極的にイステラ士官達と同席するようにしている。要は皆がまだ慣れておらず珍しいから注目されるのであって、さっさと当たり前になってしまえばいい。そう考えてのことである。

 エメネリアとネイリが食事のトレーを持って士官席に近づいた。士官用25席は何時でも閑散としている。士官席を利用出来る尉官及び佐官の総数はおよそ100名余り。それが3交代でしかも第1と第2に分かれて利用するのだから当然だろう。
 士官席は5人掛けの丸テーブルである。その一つにエメネリアも見覚えのある女性士官が座っていた。透き通るような銀髪に抜けるような白い肌、まるで人形を思わせる整った顔立ち、船務部のクローデラである。
 クローデラは頬杖をつきながら情報端末に見入っている。それでエメネリアは声を掛けるかどうか迷った。邪魔をしては悪いと思ったし、その美しい横顔につい見とれてしまったということもあったからである。
 そのクローデラは人の気配に顔を上げた。そうしてエメネリアを見て笑顔を見せた。

「こんにちは、少佐」

「こんにちは、中尉。よろしいかしら?」

 同席の許可を求めたエメネリアにクローデラが頷く。

「どうぞ」

 そう言って情報端末に視線を戻し直ぐにハッとした表情で立ち上がった。

「ゴメンナサイ、私、時間が……。
 本当に申し訳ありません」

 同席を許しておきながら自らは席を立つという随分と失礼な真似をしていると自覚しながらも、クローデラはそう言うと立ち上がってエメネリアに頭を下げた。そうして食器トレーを近くに置かれている返却用台車に置くとそそくさと立ち去ったのだった。
 半ば唖然としてそれを見送ったエメネリアとネイリに背後から声を掛ける者があった。

「彼女にしては随分と珍しいことね、仕事に戻る時間を忘れるなんて」

 コスタンティアである。クローデラの後ろ姿を見送ってからエメネリアに視線を戻して言った。

「彼女とはよくシフトが一緒になるので知ってますけど、時間に遅れるようなことは殆ど無いですね。一体どうしたのかしら」

「へえ。そうなの?」

「ええ。余程、面白い記事でもあったのかしら?」

「記事?」

「情報端末では色々と閲覧出来ますから。
 彼女は船務部の情報分析のエースですから、最新の観測装置か何かの記事でも読んでいたのかもしれません」

 ところが実際には物思いに耽っていただけのクローデラであったが、残された者にはそこまではわからない。

「そうなの。彼女も優秀な人なのね」

 なので真相を知れば随分と的外れな会話がなされていた。だがそれはここでは別の話。

「ええ。ところで少佐殿も今からですか?」

 いまだ手のつけられていない食器トレーを見てコスタンティアが尋ねた。

「ええ。大尉も?」

「そうなんです。ご一緒しても?」

「大歓迎だわ」

 そう言って二人は席に着いた。ネイリがエメネリアの脇に緊張気味に座る。同席するのが誰であっても全く気にはしないが、エメネリアと一緒に食事をするということにどうしても慣れないので体を固くしていた。

「今日は技術科でしたっけ?」

 コスタンティアが尋ねるとエメネリアは頷いた。

「ええ。集中制御室と重力場形成装置の制御室を見学させてもらったわ」

「如何でした?」

「興味深かったわ。特に重力場形成装置の制御室。この巨大な艦をワープさせる仕組みについて、貴女の同室という技術大尉に色々と説明していただいたの」

「へえ、彼女に……。彼女は専門の研究者だし頭のいい人だから、難しいこともわかりやすく説明してくれたのではないかしら?」

 コスタンティアの問にエメネリアも頷いた。

「そうね。でも生徒が優秀じゃないから苦労したと思うわ」

「あら、物理は苦手ですか?」

 そうは見えないと思いつつ一応尋ねてみる。

「一通り学んだけれど、やはり応用物理は難しすぎるわ」

「そうですね。私もです」

 コスタンティアが頷くとエメネリアが目を瞠った。

「あら、彼女言ってたわよ。貴女は物凄く優秀だって。その若さで大尉なのも作戦部長次席なのも当然だって。皆がそう思っているって」

「恐縮です」

 コスタンティアはそう言って頭を下げた。悲しいかな、人に褒められことに慣れているから、それくらいでは照れるようなこともない。

「あら、スゴイのね」

 エメネリアが真顔で言った。

「こういう時、アレルトメイアだと大抵は少し照れたり恥ずかしがったりして見せるんだけど。イステラの女性は違うのかしら?」

 いかにも興味深そうに言われたのでコスタンティアも怒りを覚えず、逆に興味を引いた。

「いいえ。イステラでもそうだと思います。特に男性ウケを狙うのなら……」

「あら、ヤッパリ! そういうところは変わらない訳ね」

 納得顔のエメネリアである。

「きっとどこでもそうなのでしょう。あいにく小官は可愛げがないので有名ですから」

 コスタンティアは自嘲気味にそう言った。
 広報部からの転属を願い出た時、そうしてリンデンマルス号に配属となった時、いずれの時も人事部のお偉いさんから忌々しげに言われたものである。
「見てくれはいいんだから、もう少しかわいく振る舞ったらどうかね?」と。
 あいにく娼婦でもなければ、玉の輿狙いで軍に入った訳ではないから、そういう妄言は一切無視してきたコスタンティアである。それが、男に媚びようとしないように見える態度が小面憎く思えるのだろう。

「全く世の男どもって、本当にロクでもない生き物よね。女はニコニコして男の言うことだけ聞いてればいい、みたいに思ってるんだから」

 エメネリアの口から毒が吐き出されたことに、今度はコスタンティアの方が目を瞠った。

「あら、そちらでもそうなのですか?」

「ええ。特に本国(アレルトメイア)は身分制度があるでしょう? 女で身分があるとやっかみがスゴイのよ。別に貴族の家に生まれたくて生まれた訳じゃないのにね」

「大変ですね」

「ええ。軍隊内部では身分よりも階級が優先されていることにはなっているの。でも『身分ある者は身分なき者より有能であれ』って愚かな発想があって、貴族身分を有する、特に女性将校はどうしても注目される、と言うより厳しい目で見られるのよ」

 言葉の端々に祖国に対する毒が織り交ぜられていることにコスタンティアは驚きを隠せない。

「本当に大変ですね。特に少佐殿はその若さで佐官ですものね」

 コスタンティアが同情気味に言った。

「あら。その若さでって言われても、私の場合、特別早いって訳じゃないわよ?」

 意外そうに答えるエメネリア。

「そうなのですか?」

 こちらも意外そうなコスタンティアである。

「もちろん遅い訳でもないけど……。喩えて言えば、そうね……、先頭グループの一番後ろくらいかしら?」

「なるほど……。きっと学制とか軍制とかが違うからなのでしょうね」

「きっとそうね。ちなみに本国の場合……」

 そこで双方の学校制度について情報を交換し合ったのだった。
 イステラは小・中・高・大学はそれぞれエレメンタリ、ミドル、ハイ、アカデミーと呼ばれ6・3・3・4年制である。
 そうして連邦宇宙軍士官学校はさらにその上位として位置づけられており、したがって、大学卒業または同等以上の有資格者でないと入学出来ず、通常、士官学校終了後初任官するのは25歳の時である。

 一方のアレルトメイアは、小・中・高の3学校制でそれぞれプライマリ、ミドル、ハイと呼ばれ5・6・5年制である。
 イステラと違うところは小学校(プライマリ)終了後、宇宙海軍幼年学校3年、同・士官学校4年、同・士官大学校4年を経て士官として正規任官するところである。すなわちアレルトメイア軍ではイステラ軍より3年早く任官するということである。



「本国の方が3年も早くに任官するのね……。ちなみに私の年齢をイステラ暦で言うと……」

 エメネリアは情報端末の表計算ソフトを立ち上げた。アレルトメイア標準歴とイステラ標準歴は全く別物なので、後に報告する際、非常に面倒が予想されたので私室で対応表を作っておいたのである。

「あら、私、イステラ暦だと27歳になるのね」

 エメネリアの言葉にコスタンティアが目を丸くする。

「え?」

「え? 何?」

 コスタンティアの声にエメネリアも驚いて聞き返す。

「まさか、同い年だなんて」

 呟くようにコスタンティアが言った。

「あら、そうなの? 偶然ねって……、どういうこと? 貴女まさか、新規任官後2年で大尉なの? それ、いくら何でも早すぎない?」

 両国の学校制度から割り出すと、コスタンティアはそういうことになってしまうと考えるエメネリアである。

「私は大学を2年で終えているので……」

「あら、飛び級(スキップ)っていうやつ? 貴女本当に優秀なのね?」

「いいえ、それほどでも……」

 今度は本当に照れたコスタンティアである。

「では同い年ということで名前で呼び合いましょう? 私のことはエメネリアでいいわ」

 そう言われてもコスタンティアはすぐには首肯しかねた。他国人とはいえ貴族で佐官。そこまでしていいものかどうか。
 躊躇っているコスタンティアを見てエメネリアが口を尖らせた。

「あら、気になるのは階級の方? それとも身分? まさか国籍ということはないでしょうね?」

「いいえ、そこまでは……」

「では、どうして? 階級とか身分とかそんなに気になるもの?」

「そういう訳ではありませんけど、艦長の指示ということもありまして……」

「あら艦長の? どんな?」

「礼儀と節度を持って接するように、と……。難しい外交問題を起こしてくれるな、と……」

 そこでエメネリアが吹き出した。

「あの扱いで『礼儀と節度』はないわね」

 アロンやエネシエルから「お嬢さん」「お嬢ちゃん」と、てんで小娘扱いされた。礼儀も節度もへったくれもなかったと言えるだろう。
 コスタンティアが目を剥いた。

「まさかとても失礼なことを……」

 そこで、陸戦兵が訓練という範疇を超えて突っかかったことを思い出した。

「あの2人に関しては大変……」

 エメネリアがコスタンティアを遮った。

「気にしないで。本国と違って、こちらの自由な空気はとても新鮮だし気持ちが良いわ」

 その笑顔は社交辞令には思えなかった。

「本当にこの艦に乗れてよかったわ」

 満面の笑みでそう言うエメネリアである。

「でも、艦長には文句を言いたいわね。礼儀も節度も普通でいいから、もっと親しくさせてって」

「確かにそうですね。長くいるのであればお客さん扱いでは少佐殿も……」

「エメネリア。少佐ではなくてエメネリアと呼んで」

「了解しました」

 そう言ってコスタンティアがおどけて敬礼の仕草をする。
 エメネリアはそれに笑顔で応えた。

「よろしい」

 そうして2人して笑い合ったのである。

「本当にエメネリアでいいわよ」

「じゃあ、私のこともコスタンティアで」

「わかったわ、コスタンティア。よろしくね」

「こちらこそ、よろしく、エメネリア」

 そう言いながら再び笑顔を見せ合った2人である。
 一頻り笑いあった後、エメネリアがコスタンティアに尋ねた。

「ねえ、艦長って一体どういう人?」

 何気ない風を装ってはいたが明らかに興味津々という感じがした。だがそう聞かれたコスタンティアの方が先に聞きたいことがあった。

―― 貴女は艦長とどういう関係? 以前会ったことがあるの?

 2人の視線が交錯する。それはまるで真剣勝負にも似た緊張感を伴っていた。

 だがそこで、それまで空気と化していたネイリがおずおずと口を開いた。

「少佐殿、大尉殿。そろそろ食事を済まされませんとお時間が……」

 話に夢中になっていて食事に全く手を付けていなかったのだった。

 すっかり冷めて味の落ちたクリームパスタをしかめっ面で流し込んだエメネリアとコスタンティア、それととばっちりを食ったネイリだった。
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