遥かなる星々の彼方で
R-15

第46話 補給と補修


外装ユニット着脱専用機「スティングレイ」

 エメネリアとネイリは MB(主艦橋)直下の第6展望室にいた。つい先程まで技術部の1人から色々と説明を受けていたが、外装パネルの交換作業が行われている現在、技術部の誰もが忙しい。案内ばかりしている訳にはいかない。そこで案内役は持ち場に戻り、エメネリアとネイリのみ ― 実際には陸戦科の兵士2人が警護と称し張り付いているが ― が光学望遠鏡を手に艦首で行われている作業を眺めている。漆黒の闇の中に作業用投光機に照らされた艦首が肉眼でもよく見えている。


 リンデンマルス号はほぼ予定時刻通りにTY-883基地に到着した。基地からおよそ800km地点にワープアウト、そこから通常エンジン(主エンジン)にて基地まで10km地点に移動した。
 通常エンジンは文字通り通常空間航行用の核融合エンジンで、艦尾に2基搭載されている。通常艦艇は1基が基本だが、リンデンマルス号の場合その巨大な質量のため2基搭載されており、それ故最大船速は高速巡航艦並の機動性を誇る。
 したがって800kmなどものの距離ではないが、停止させるための制動エネルギー消費を抑えるため1基のみを半速で稼働させて基地に接近した。
 この移動中に各部署はそれぞれの作業準備に取り掛かった。
 今回の任務はTY-883基地への補給、水と空気の浄化還元ユニットの交換、それから基地駐在兵のリンデンマルス号内での休暇付与、別件で艦首外装パネルの交換である。
 この事案はまさに乗組員総出で行うといった感がある。艦内は一応第1種配備のままであるが、これは言い換えれば交代で24時間作業を行うという意味である。

 TY-883基地に接近したリンデンマルス号が先ず行うこと、それは基地業務の移管である。
 通信中継を主任務とするT型基地は、広大な版図を誇るイステラ連邦全域において、超光速度亜空間通信を実現させるための通信ネットワーク構築のピアとして機能している。
 ところで小型のY型基地はメインシステムとバックアップ用サブシステムで構成されている。そうして水と空気の浄化還元ユニットの交換はメインシステムを停止させなければならない。サブシステムを稼働させれば基地のピア機能は維持出来るが、サブシステムの場合、メインシステムに比べ人の手を介する作業が格段に増える。これでは基地の駐在兵に休暇を与えることが出来なくなる。それで基地を完全停止させる代わりに、リンデンマルス号がその通信設備を使ってピア機能を代行するのである。これは船務部の通信・ネットワーク部門が担当する。

 次に補給・交換作業が実施される。
 スティングレイと呼ばれる基地の外装ユニット交換用専用機が3機、飛行甲板(フライトデッキ)から発進した。
 スティングレイは卵型のカプセルのような機体に半弧を描く腕を持ち、腕の先端に前後どちらにも噴射出来るイオンスラスタを備える。この腕で挟むようにして外装ユニットを抱えて飛行する。そうして脱着は横方向に90度回転によって行う。これによって作業の効率化を図っている。
 1番機は食料貯蔵用コンテナ、2番機は水と空気の浄化還元ユニット ― どちらも基本形状は同じ ― を搭載している。3番機は何も搭載せず、先にこの3番機が基地の食料貯蔵用コンテナを取り外し、そこへ1番機が食料を満載したコンテナを取り付け、そのまま水と空気のユニットを取り外し、そこへ2番機が代替のものを取り付けるという手順である。
 水と空気のユニットの取り付けが完了後、その作動確認を行わなければならない。これが正常に稼働しなければ基地内部で人が生活出来なくなるからである。
 そこでサブシステムを立ち上げ、ただし通信中継機能は停止したまま、水と空気の浄化還元ユニットの作動確認を数時間行う。これはリンデンマルス号の技術部甲板科の技術兵が担当する。
 一方この間に駐在兵達のリンデンマルス号の移動が行われる。基地とリンデンマルス号の距離はおよそ10km。まさかこの間を宇宙遊泳で移動することなどあり得ないから、移動はドルフィン3によって行われる。
 ただしドルフィン3も基地に接舷出来ない。したがって可能な限り基地近くに停止する。それ故数mは宇宙遊泳でドルフィン3に乗り込まなければならない。

 ところで宇宙空間は真空ではない。大小様々な物体が存在する。宇宙線のような超微粒子からそれこそ恒星のような巨大物までである。
 基地の駐在兵が着る宇宙服は強化型なので防御性能は通常型に比べ格段に高い。それこそ至近距離から発射された実弾銃の弾丸でさえも弾き返す。それでも絶対安全とは言いきれない。
 そこで戦術部陸戦科の兵士がその本来の姿、すなわち強化外装甲を身にまとい大型の防御盾を持つ重装機動歩兵としてドルフィン3に乗り込み、駐在兵が宇宙空間を移動中はその盾となって警護する。

 また高速で飛来する物体の有無の確認のためにドルフィン1が出動、近距離圏の精密探査を行い、また万が一に備え、軍医1名と看護師3名を載せたドルフィン2が直ぐ傍で待機する。
 飛来物の接近に備え戦闘機部隊、攻撃機部隊のそれぞれ1個小隊が出動し周囲の警戒に当たる。また通常4基のみ発射準備を整える主砲も倍の8基が発射準備態勢に入っている。対艦弾道ミサイル、対空迎撃ミサイルに関しては言わずもがなである。


 駐在兵がリンデンマルス号に到着すると最初に行われるのは、艦長の代理として副長のクレリオルが基地駐在兵に対する訓示で、これはエアロックから艦内に入った広間で行われる。今回の人数は責任者である少尉と衛生兵1名を含む26名である。

 ところでリンデンマルス号の艦長職は大佐相当職とされている。
 大佐と中佐は階級にして一つしか違わない。同じ佐官である。だがその両者の間は想像以上に広い。中佐の相当職は戦艦や空母の一艦長に過ぎないが、通常艦隊における大佐の役割は艦隊司令であり、補給基地の場合なら基地司令である。その職掌範囲の広さ、責任の重さは中佐に比べ雲泥の差なのである。
 リンデンマルス号艦長であるその大佐が少尉を頂点とする組織の一団のためにわざわざMBから足を運ぶということはあり得ない。逆に駐在兵達がMBに上がってくるということもない。彼らにはMBに入室するセキュリティ権限が与えられないからである。したがって副長であるラステリア中佐が訓示を行うということは至極普通のことなのである

 この訓示が終わると駐在兵達に一時乗艦用IDカードが発行され、持ち込まれたそれぞれの情報端末の艦内ローカルサーバへの接続が許可される。
 イステラ連邦宇宙軍の宇宙勤務者は例外なくプロテクトスーツを着用している。この両袖にICチップが埋め込まれ、これが艦内各所の入室等に必要である。
 この各個人のICチップを艦内セキュリティシステムに登録するのは可能だが、彼らが再びリンデンマルス号に乗ることは可能性としては非常に小さい。それなのに行く先々の駐在兵達を登録するとデータベースが無駄に肥大化する。そこでリンデンマルス号で休暇を取る兵士全員に一時乗艦用IDカードが配られるのである。
 ちなみに一時乗艦用IDカードは透明のケースに入っており常時首から下げることを義務付けられている。これを渡された時全員が一様に「何時の時代の話だ!?」と愕然とするという。

 また情報端末をローカルサーバに接続可能としないと艦内の各施設の利用可能時間が確認出来ない。これは艦内での行動を著しく阻害されることになる。
 またPX(艦内購買部)でのデジタルコンテンツ等の購入が出来ない。基本はPXで購入、その場で情報端末に転送するという形が取られているからである。
 辺境基地内部は娯楽が少ない上に所属する方面司令部からは娯楽に類するデジタルコンテンツをダウンロード出来ないので、この機会を逃すと現在情報端末内に保存しているものだけで次の補給まで過ごさなければならない。これは兵士達の士気に大きく影響するので最初に行われるのである。
 ちなみにY型基地の駐在兵は男性兵士ばかりで女性兵士は中規模のX型基地でないと存在しない。したがってY型基地の兵士達がPXで最初に購入するのは男性向けアダルト動画であることが多い。ただしPXの窓口にいるのは管理部の若い女性兵士の場合が多いので、駐在兵達はバツの悪い思いをしながら購入手続きをするハメになるから、男性兵士が窓口にいる時を狙って購入するので窓口が異様に混み合う。
 この後駐在兵達は艦内病院で健康診断を受け、晴れて48時間の休暇に入るのである。


 この駐在兵達の移送が完了すると、今度は艦首の外装パネル交換作業が始まる。
 今回の外装パネルの交換箇所は全部で5箇所、計17枚のパネルが交換されることになっている。外装パネルの外側にはパネルを保護するシールド板が張られているので、まずはこの撤去作業から始まる。
 技術部甲板科の兵士は強化型宇宙服を装着して船外に出る。
 作業用投光機、シールド板を切り取るためのレーザーカッターが用意される。
 シールド板の厚みは1.5m。これをレーザーカッターで切り取っていく。外装パネルが破損しているところは例外なくシールド板に亀裂が入っていたり、もしくは剥離している。これを綺麗に切り取っていくのであるが、当然外装パネルの交換作業を効率良く行うためシールド板を大きく切り取る。その際、下の故障していないパネルを傷つけると元も子もないので作業は慎重に行われる。
 この時、基地への補給作業と同じように、ドルフィン1、ドルフィン2、重装機動歩兵部隊が出動し待機する。
 またこの作業は記録として動画に収められる。この動画は無線でMBに送られるので、MB内ではリアルタイムで作業の詳細が確認出来る。事実MBのメインモニタにはその映像が映し出されており、艦長のレイナートはそれを興味深く見守っている。


 エメネリアが展望室でこの様子を光学望遠鏡で見ているのはネイリがMBに入室出来ないからである。
 ネイリは乗艦の際エメネリアとともにMBに上がったが、他国の幼年兵をMB内に自由に出入りさせる必要があるかということで議論となった。その結果である。

 2人して双眼鏡式の光学望遠鏡を覗き込み作業を見つめている。艦首の数カ所で同時に作業が行われているのでとにかく艦首付近は明るい。したがって赤外線暗視望遠鏡でなくとも十分にその様子が確認出来ている。

「なんだかスゴイですね」

 ネイリが思わず感想を漏らす。エメネリアもそれに頷いた。

「そうね。宇宙船は宇宙空間を航行するだけで少しずつ傷ついていく。それをあのように保守する人達がいるから艦船は無事に航行出来る。現場に出てみないと全然実感出来ないことだわ」

 もちろん作戦行動を実施する時にはこのような艦体維持のためのスケジュールも織り込まれている。アレルトメイア軍の統合参謀本部勤務のエメネリアもそれは承知していることである。だが机上で知っているだけで実感として意識していないに等しいことだった。したがってこの経験は貴重なことに思えた。

「少佐殿、艦橋にてご覧にならなくてよろしいのでしょうか?」

 ネイリは自分のためにエメネリアが展望室で見学していることに申し訳無さを感じていたのだった。

「ええ、構わないわ。この光景を見るということが重要だから詳細まではね。実際そこまで細かいところを見てもよくわからないもの」

 自分に気を遣うネイリにエメネリアはそう応えた。

 とは言うものの補修作業を何時間も見続けたところで面白いものでもない。それに食堂利用可能時間が近かった。それで2人は第2食堂へと向かった。


 辺境基地の駐在兵がリンデンマルス号艦内に乗艦した場合、食堂、ジム、ライブラリ、シアターなど優先的に使用することが認められている。したがって行動計画の進捗の遅れはそういう方面にも影響を与えるので、作戦部の行動計画立案と船務部によるその遂行は非常に重要視されている。特に食堂やジムのように分刻みで利用可能時間が制限されている施設があるからである。したがって基地への到着が遅くなると管理部総務科はスケジュール変更に忙殺される。それこそ寝る間もなく予定表の作成に時間を費やすことになるのである。

 ところがこういう時の食堂は往々にしてゴタゴタが起き易い。
 駐在兵達は狭い基地内で来る日も来る日も同じ顔を付きあわせて生活している。そこには女気は全く無い。
 ところがリンデンマルス号艦内には若い女性兵士が千名以上もいる。それだけで駐在兵達には刺激が強過ぎるのである。もちろん駐在兵の中には妻子持ちという者もいない訳ではない。だが長い禁欲生活を強いられているから、どうしても女性に目が行く。それで食堂利用可能時間を過ぎても食堂から去ろうとしない。しかも中にはナンパする者までいるから乗組員と揉めることもあって始末に悪い。
 となると他の利用者の時間を潰すことになる。駐在兵達は休暇だからいいがリンデンマルス号の乗組員は勤務中。例え勤務時間外であっても通常シフトの中である。したがって時間厳守は徹底されている。
 誰も事を荒立てたくはないが、あまり目に余るようだとMP(艦内警察)のお出ましとなる。

 なので、辺境基地の駐在兵を受け入れている時は、何かと艦内はざわついていて落ち着かないことが多くなるのである。
inserted by FC2 system