遥かなる星々の彼方で
R-15



TY型辺境宇宙基地と外装ユニットコンテナに接近する専用脱着機「スティングレイ

第45話 準備中にも関わらず……

 現在遂行中のリンデンマルス号の任務は、第七方面司令部管内の辺境基地TY-883への補給で、現在地点は基地からおよそ2日、1500光年のところまで到達している。

 各方面司令部において、当然ながら所属基地の補給スケジュールは把握している。通常はそのスケジュールに則り補給が行われるが、何らかの事由によりそれが難しいということがある。辺境基地の場所がまさに辺境、補給基地から遠すぎて補給部隊のスケジュール調整が付かない、ということが一番多い。予算削減による部隊の縮小、にも関わらず補給を必要とする基地が多くしかも離れている、ということに起因しているのである。
 ことに補給先がY型基地の場合そうなることが多い。これは基地の規模が非常に小さいにもかかわらず、補給のためにそれなりの部隊を出動させなければないという、費用対効果のバランスが悪すぎるのである。かと言って兵員がそこにいる以上、補給をしない訳にはいかない。
 そこでリンデンマルス号に要請が出され、リンデンマルス号のスケジュールの調整が出来れば行うというのである。この要請は大抵は第2級で、およそ補給を必要とする期日の4~6ヶ月前までに出されてくる。直前に要請を出されてもスケジュール調整が付かないから当然のことではある。

 Y型と呼ばれる基地は直径がおよそ10m、長さ25mほどの円筒で宇宙線を捕捉し基地エネルギーとする大きなパネルを擁する。このタイプの基地はその形状の故に小型の警備艇ですら接舷出来ない。とはいえまさか補給物資を一々手作業で搬入するなどありえない。そこでこのタイプの基地は外装ユニットという直径3m、長さ6mほどの円筒形の脱着式コンテナをそっくり交換することで作業の効率化を図っている。通常Y型はこの外装ユニットを3つ備える。一つは基地に駐在する兵員の居住ユニット。水と空気の浄化還元ユニット。そして食料貯蔵ユニットである。
 これはいずれも脱着式で、通称『スティングレイ』と呼ばれる専用の作業機を使って脱着作業を行う。

 今回のTY-883への補給任務は食料のみならず、水と空気の浄化還元ユニットの交換も行う。
 水と空気の浄化還元ユニットのメンテナンスは、通常は各種フィルターの交換だけでこれは基地の本体にユニットが装着されていても行える。ところが今回はその触媒が定期交換時期と重なっていた。この場合、ユニットの分解作業が必要になる。もちろん基地に装着されたままでの分解・交換も可能だが、これも作業の効率と安全性からユニットごと取り外してから行うことが推奨されている。実際には整備済みの水と空気の浄化還元ユニットとそっくり取り替えてしまい、外したユニットは別途整備するのが普通である。そこでリンデンマルス号もそのように作業する予定である。
 具体的には3機のスティングレイで1機は食料貯蔵ユニット、2機目は水と空気の浄化還元ユニットを携え、3機目が空荷で基地に向かい順番に交換するというものである。

 ところがこれにかなりの時間を要する。
 スティングレイは微妙な作業をするための特殊専用機なので航行速度が遅い。要するに微妙な機体制御を可能とするため、イオンスラスタの推進力が非常に低く押さえられている。そのために高速航行出来ないのである。
 しかも水と空気の浄化還元ユニットをそっくり付け替えるので、正常に作動するかどうかのテストが必要である。取り替えたはいいが正常に作動せず、駐在兵が全員死亡しましたでは笑い話にもならないからである。したがって水と空気の浄化還元ユニットの事前チェックが技術部甲板科によって入念に行われている。
 技術部ではこの基地への交換及び交換後の作動確認テスト全体でおよそ30時間と見積もっている。

 一方、同じ技術部の製造科では管理部から出されている医薬品、レトルトパウチ食品、さらには外壁パネルとその保護板など、TY-883への補給物資だけでなく、同時に行われる艦体の補修用の資材の製造が忙しく行われている。とは言うものの食品に関しては食堂で支給されるメニューと同じと言うか、製造科の工場で作られた料理を食堂で出しているのが実際のところである。艦内見学でそれを知ったエメネリアは随分と驚いた。

「基本が合成食ですから、一箇所でまとめて作ったほうが効率的なんです」

 エメネリアを案内したビーチェスという若い曹長が説明した。

「第1、第2の食堂まで運びそこで配膳されるものと、ここでそのままレトルト加工に回されるものとまとめて作っています。ですから食堂には厨房はなく配膳室しかありません」

「とにかく効率第一なのね」

「そうです」

 エメネリアの問にビーチェスがさも当然と言わんばかりにはっきりと言った。

PX(艦内購買部)で売っているのもそう?」

「はい。ですが若干違います」

「違う?」

「はい、いえ、確かに同じ規格のレトルトですが、PXで販売しているものはここで作って直ぐのものではありません」

「どういうことかしら?」

「本艦の主任務は辺境基地への補給です。その時には食料貯蔵コンテナごと入れ替えます。当然引き取ったコンテナにはまだ食料、レトルトが若干残っています。その中で消費期限が1年以上残っているものは次の補給に回されますが、それ以下のものがPXでの販売に回されます。
 そうして辺境基地から引き取ったレトルトの全てが本艦で製造されている訳ではありませんから、同じレシピ、同じ製法で製造はされていますが全く同じという訳ではないんです」

「なるほど、そういうことなの……」

「はい。ただどういう訳か、他所で作られたものにはかなり味の落ちるものがあります」

「そうなの?」

「ええ。ですからやむを得ずレトルトを購入する時は、製造箇所をよく確認された方がいいと思います。酷いのは本当に酷いですから」

 ビーチェスの淡々とした説明にエメネリアは、ではこの前食べたのもそうだったのか、と思った。
 もっとも工場で作られた合成食とはいえ作りたてに近いものと、一旦レトルト加工されたものを再加熱してから食べるのでは、同じ所で同じに作られたものでも味に違いがあるのは当然である。

 それ以外にも工場では医薬品などを作っている。これは基本はいわゆる救急セット的なものが主体で、それ以外には鎮痛剤や消毒薬などである。

 艦内病院ではかなり本格的な手術や再生医療が可能だが、これらが行われることはほとんどない。それは艦内病院には基本的に入院設備がないためで、ワープの際、艦内エネルギーのほとんど全てをワープエンジンに回すため、術後に必要とされる生命維持装置などの作動が不安定になるという理由からである。
 さらに重度の傷病者にはワープが強く影響し最悪の場合死亡することさえある。それ故突発的な事故などによるけが人の治療は行われるが、療養に長期的な入院を要すると判断された場合には、直ちに最寄りの地上基地へ搬送されるべく手配される。ワープ出来ない宇宙艦艇など無用の長物で、これはリンデンマルス号のみならず、その艦の行動計画を大きく阻害することになるからで、いずれの艦においてもそのような場合には同様の措置が取られる。
 傷病者は派遣された病院船に移され、そこで治療されつつ最寄りの基地に向かう。もちろん病院船もワープは出来ないからひたすら通常航行である。したがってもし万が一患者が回復することがなければ、病院船は延々と宇宙を航行し続けるという、恐ろしい事態が発生する。
 よって宇宙艦艇の乗組員達はそういう事態が発生しないよう、細心の注意を払って任務を遂行している。

 したがって宇宙艦艇や宇宙基地の乗組員には常に多大なストレスがつきまとう。それでも艦艇の場合は事あるごとに地上に降下するからいいが、宇宙基地の場合はそうはいかない。そこで全宇宙勤務の者は年に1度地上に降下して休暇を取ることが定められている。
 とは言うものの、宇宙基地の場合、全駐在兵が1度に入れ替わると任務に支障を来たしかねないし、不慮の事故の危険性も高まる。それ故宇宙基地の場合、半年ごとに半数ずつ入れ替えるのが普通である。そうすることで無用の混乱や事故を防ぐのである。
 その際に補給も併せて行う。とは言うもののたった1人分の食料でも、半年分となればかなりの量になる。それが数十人分ともなれば一つのコンテナでは収まりきらない量になる。

 そこでリンデンマルス号が半年ごとの入れ替えの中間で補給を行い、駐在兵達に休暇を取らせることの支援を行っているのである。
 彼らには基本36~48時間の完全休暇が与えられる。艦内の福利厚生・娯楽施設は彼らが優先的に使用出来るように調整もされる。したがって行動計画の進捗遅れは艦内に無用のトラブルを発生させる。したがって計画の遵守は最優先とされている。
 それがあるから次の目的基地まで残り2日という今の状況において、各部署は神経を尖らせている。
 艦の航行はもちろん、補給物資の準備、艦内諸施設のスケジュール調整は基地到着までに完了していなければならない。

 と同時に、今回は艦首付近の外装パネルの交換も併せて行うことが計画されている。
 外装パネルは1辺が3m四方で、宇宙空間を飛来する宇宙線を吸収し、その持つエネルギーを艦内用エネルギーに変換させるものである。
 宇宙線とは、宇宙空間を高エネルギーで飛び交っている極めて小さな粒子で、物質を構成している原子核や素粒子などである。したがって外装パネルはその大きさにもかかわらず非常に精密な仕組みを持つ機器である。それ故小石程度の物体が当たっても破損し所期の性能を発揮し得ない可能性がある。
 そこでこの外装パネルの外側に保護のためのシールド板が敷き詰められている。したがって艦体外部は分厚い装甲である外壁、その外側に外装パネル、さらにその外側にシールド板という3重構造である。

 宇宙空間を飛び交う小天体やデブリなどの内、大型のものは主砲の荷電粒子砲や対艦弾道ミサイルで排除するか、そもそも迂回してやり過ごすことが多い。
 より小型のものであれば、艦対空迎撃ミサイルか、艦載機によるミサイル攻撃で排除する。

 ところがもっと小型、直径が数cmのものになると、小さすぎて艦載機でも対処しきれなくなる。そうしてこういうサイズのものの数が実は非常に多い。
 これらを一々排除することは出来ない。磁気を帯びたものに関しては防御シールドで弾き飛ばせる。だが通常空間航行中に防御シールドを展開し続けるというのはナンセンス。他の艦内業務に支障が出る。結局小型のものに関しては当たるに任せているのが実情である。
 といって、直接これらが外装パネルに当たればパネルが直ぐに破損してしまう。そこで外装パネルを保護するためにシールド板が張られている。
 これは艦首部分が1.5m厚、他は1m厚であり、宇宙線を通過させつつ、艦体に損傷を与える物体から外装パネルを保護するのである。

 とは言うものの高速で航行中の艦体に、これまた高速でぶつかってくればシールド板もただでは済まない。摩耗、亀裂、剥離などが起きる。それがひいては外装パネルの破損・故障に繋がるのである。
 リンデンマルス号は、全外装パネルによるエネルギー変換率が92%以上を維持出来れば通常通りにワープが可能である。また55%以上を維持出来ればワープ以外の艦内全ての機能が正常に作動する。
 ただしワープが出来ないのでは話にならないので、変換率95%を目処に修理作業を行うことが定められている。
 この作業は当然の事ながら艦を停止させないと行えない。それで補給業務と同時に補修作業が行われる事が多い。

 リンデンマルス号の支援活動は主が補給である。この補給作業中、必要とあらば補給先の基地は全システムを停止させることがある。その間その基地の業務は停止することになるから、R型の探査型基地の場合は電波望遠鏡や重力波検知装置等、T型と呼ばれる通信中継基地の場合、通信ネットワーク構築が停止する。これは短時間であっても望ましくないことであるから、リンデンマルス号がその間基地の任務を代行する。それ故駐在兵の休暇と併せリンデンマルス号は基地の周辺で停泊しているので、この間にパネルの交換作業を行うのである。

 したがって現在の艦内はまさに様々な準備に追われ、第1種配備とはいえおちおちと休んではいられない状況となっている。

 にも関わらず、エメネリアの口から発せられた「あの人」という言葉に対する詮索は決して止むことはなかったのである。
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