遥かなる星々の彼方で
R-15

第53話 レイナート、語り出す

 各部長達が艦長室を後にするのと入れ替わりで、今度はコスタンティア、クローデラ、シャスターニスが艦長室に入った。

「どうぞ掛けて楽にしてください」

 敬礼を終えた後レイナートはそう言ったがコスタンティアもクローデラも直ぐには動かなかった。だがシャスターニスはさっさと椅子に座った。神経が図太いのか、それともレイナートと同じ佐官だからか、はたまた時間をムダにしないためか。いずれにせよ、少しも緊張しているとか気後れしているといった雰囲気はない。それを見て2人も着席した。

「それでご用件は何でしょうか、艦長。こんな美女を3人も呼びつけて」

 悪びれずにそういうことまで言い出すシャスターニスである。

「軍医中佐殿……」

 レイナートが肩をすくめ溜息混じりに漏らす。

「至極、真面目な話なんですが」

「あら、ごめんなさい。年下の可愛い子を見るとつい……」

 シャスターニスがそう言うとコスタンティアとクローデラがぎろりと彼女を睨みつけた。睨まれて今度はシャスターニスが肩をすくめる。

「やれやれ」と思いながらレイナートが口を開いた。

「3人に集まってもらったのは他でもありません。エメネリア殿下に関してです」

 そこで3人の顔つきが変わり真剣そのものになった。

「先程の打ち合わせで、彼女はあくまでも帝政アレルトメイア公国の一軍人として対応するということに決定しました。それはVIP扱いをしないということであり、したがって彼女への護衛も廃止することになります」

 レイナートが言うと3人が驚きの表情を見せた。それを意に介さずレイナートが続ける。

「これは彼女を帰国させない言い訳に対応したもの、ということでもあります」

 レイナートは先程の各部長との話し合いの内容をかいつまんで説明した。3人は何も言わずに先を促した。

「そこでですが、いくらそのように決定したとしても元々彼女は異国人ですし、つい先日肉親を公開処刑という形で失っています。
 そこでアトニエッリ大尉とフラコシアス中尉には彼女へのフォローをお願いしたいと考えています」

「フォローと言いますと?」

 コスタンティアが尋ねた。

「全乗組員の中で2人は彼女とは結構親しくしているようですから、今まで通り普通に話し相手になるとかしてあげてください」

 そう言われてコスタンティアもクローデラも違和感を感じた。2人とも特別エメネリアと親しくしているつもりはなかった。クローデラはただ同じ時間に食堂を利用することが多かったから、偶々同席して話をしていたに過ぎないと思っていたし、一方のコスタンティアは、言い方は悪いが、下心があって接触していたからである。
 士官用席とは言え食堂は密室ではない。したがって誰もが彼女達のことを見ていたのは間違いないが、それにしても親しくしていたと見るなんて皆興味を持ち過ぎではないかと思えてしまう。

「確かに彼女には従卒がいますが年齢も階級も下で当然友人たり得ないでしょう。その点2人とも歳は近いし階級もそう大きくは違いませんから」

 レイナートはそう言うがコスタンティアもクローデラも内心面白くなかった。特にクローデラはレイナートに対して恋愛感情を感じていた。その当のレイナートから他の女性と仲良くしてやって欲しいと言われたことに、言い様のない嫉妬めいたものを感じてしまっていたのだった。
 一方のコスタンティアは別の意味で納得しかねていた。エメネリアとレイナートの過去に何かがあり、それがレイナートの現在の地位に影響を及ぼしていることは明白。自分と同期でしかも遥かに成績の低かったレイナートが自分よりも3階級も上にいることに、未だ釈然としていないから当然のことだろう。

「それと軍医中佐殿にも彼女に気をつけてあげていただきたい。専門外ではあるでしょうが同じ女性として男性軍医よりは、彼女も気楽に話が出来るでしょうから」

 リンデンマルス号艦内にはいわゆるカウンセラーという存在がいない。普通であれば悩みのある兵士はまずカウンセラーに相談し、その結果で軍医の診察を受けるというの手順だが、カウンセラー自体が存在しないので相談したい兵士はいきなり艦内病院を訪れることになっているのが現状である。

「……と言われても、四六時中彼女にへばりついている訳にはいきませんよ?」

 シャスターニスが言う。
 艦内軍医の基本業務は乗組員の健康状態の把握である。リンデンマルス号の乗組員には艦内病院での健康チェックが義務付けられており、何人と言えどもそれを無視することは出来ない。
 実際には、乗組員は指定された日時に病院へ行き、看護師の指示に従い検査室に向かい検査技師によって各検査が行われる。その検査結果を確認し必要があれば軍医が診察を行うというのが基本である。
 それ意外にも急な事故によるけが人の治療に備えて勤務時間内は診察室に詰めていなければならない。
 したがって勤務外時間を利用しないとレイナートの言葉通りには出来ないし、それは自分のプライベートを犠牲にすることを意味するから、シャスターニスの言うことももっともである。

「ええ。ですから出来る範囲で構いません」

「……はあ」

 そこでコスタンティアが強い口調でレイナートに質問した。

「以前もお聞きしましたが、艦長と彼女は一体どういうご関係なのでしょうか? 仮にも国家元首の娘に当たる人物がただの偶然で本艦へ派遣されてきたとは思えません。
 先だっての殿下の発言では士官派遣交換プログラムそのものが殿下の発案で、しかも艦長に会いたいがために企画されたとしか思えないのですが。
 納得のいく説明をしていただけないでしょうか」

 レイナートを見据えたコスタンティアの表情は真剣そのものである。
 以前展望室で尋ねられた時は「答えられない」と突っぱねたレイナートだったが、今回は観念したのだった。
 徐にデスクのドックに差し込まれている情報端末を操作した。

『はい、保安部です』

 艦長からの呼び出しに保安部の兵士は緊張気味に応じた。

「申し訳ありませんが、保安部長にもう一度艦長室まで足を運んでくれるように伝えてください。大至急です」

 レイナートの言葉に応対に出た保安部の兵士は一層背筋を伸ばして敬礼しつつ返答した。

『はい、必ずお伝えします』

 レイナートは情報端末を操作して艦内通信を終了させるとコスタンティアに向かって言った。

「保安部長が来るまでしばらく待ってください」

 その言葉にコスタンティアはムッとした。レイナートが機密保持遵守規定を盾に答えをはぐらかそうとしているとその時は思ったからである。


 誰もが言葉を発することもなく艦長室は沈黙に包まれていた。待つことしばし、保安部長のサイラが艦長室に姿を表した。
 入り口から入ってくるとコスタンティアとクローデラは急ぎ立ち上がり、脇へ避けてサイラに敬礼する。サイラは2人に軽く顔を向け敬礼を返しながら真っ直ぐ艦長デスクに近づく。シャスターニスも立ち上がったが敬礼はせず軽く頭を下げただけ。だがサイラは咎めることはしなかった。元々民間人の医者であるシャスターニスに軍人らしい振る舞いを求めていないからだった。規則にはうるさいサイラだがそこまで杓子定規ではないということである。

 そうして机を挟んでレイナートの前で立ち止まると姿勢を正した。

「保安部長サイラ・レアリルス中佐、出頭しました」

 そう言って敬礼する。立ち上がったレイナートも敬礼を返す。

「申し訳ありません、保安部長。何度も足を運ばせてしまって」

「いえ。それでご用件は何でしょうか?」

「まあ、とりあえず掛けてください」

 レイナートはサイラの質問に直ぐには答えず着席を促した。そこでサイラはレイナートの正面の席に座った。コスタンティアとクローデラは両脇に座った。元々先程の各部長との話し合いのため椅子は4つあったから過不足なかった。

「さて、保安部長。今から重要機密保持規定に抵触する事柄について話をします。貴女は本艦の保安責任者として同席してもらいます」

 レイナートの発言にサイラは異を唱えた。コスタンティアはと言えば、自分の予想とは異なった展開となりつつあって目を瞠っている。

「艦長、それは許されないことだと認識されているはずですが?」

「ええ。それでも必要を認めてのことです」

「ならば自分は保安部長として……」

「この件に関し、必要とあらば本艦の運用責任者のシュピトゥルス少将の許可も取ります。おそらく提督も許可してくださるでしょう」

「……」

 サイラが口をつぐんだ。レイナートのそれがはったりかもしれないという思いはあったが、逆に真実にも思えたからだった。

「彼女達だけに話をした場合その方が問題視されるでしょうが、保安部長同席の上であれば、まあ、なんとかなるでしょう」

 レイナートはとぼけたようなことまで言う。

「自分を巻き込もうということですか?」

 サイラが聞く。

「まあ、それもありますが、エメネリア殿下の今後にも関わってくるでしょうから、中佐も無関係ではいられないでしょうしね」

 レイナートはそのように言って一旦言葉を切った。そうまで言われるとサイラも二の句が継げない。
 そうしてレイナートはそれまでの温和なものとは打って変わって厳しい表情で話し始めた。

「私は士官学校を卒業後、辺境基地RX-175に配属となりました」

 レイナートの口からコスタンティアが聞きたいことが紡ぎ出されたのである。コスタンティアは食い入るようにレイナートの顔を見つめている。それはクローデラも同じだった。

「まあ、細かいことは省くとして、ある日基地に配備されている警備艇の艇長が腹痛を起こしました」

 一瞬その場の全員が「はあ?」という顔をした。だがレイナートはそれを気にも掛けずに話を先へ進めたのだった。


 その艇長の腹痛は下痢・嘔吐を伴うものだったため基地内で大問題となった。もし何らかの病原菌に感染したのであれば、基地内で同じような症状の兵士が続発するからである。
 閉じた空間である艦内、基地内での病気の発生は殊の外恐れられている。それは十分な検査・治療設備がないので、病原菌の種類によっては最悪の場合、その基地や艦艇の乗組員が全て死滅するという事態が発生するからである。
 実際にはその艇長の腹痛は自らが地上から持ち込んだ食品の傷みが原因で、他に伝染するようなものではなかった。だが嘔吐や下痢があったため数日間職務に着けなかった。
 そこで着任して半年のレイナートが臨時の艇長として哨戒活動に出ることとなったのである。

 RX-175基地は第七管区の外れ、銀河外縁部に近いところに設置されていた。ディステニアとの戦役中における主任務は銀河の外側から侵入する敵艦の索敵であったが、戦後は直ちに宇宙天文台に改修されたのだった。
 ところで基地に一番近い恒星の活動が活発で、強い恒星風を発していたために基地の観測機器に支障が出るという事態が発生していた。そこで警備艇による哨戒活動が何時にもまして重要視されていた。それで勤務に付けない艇長の代わりにレイナートが乗り込んで警備艇は予定通りの哨戒活動に出発した。
 基地には他にも尉官がいたが士官学校出、すなわち曲がりなりにも艦の指揮、操艦を学んだ者が他にいなかったためである。
 そう言う意味では辺境基地の中でもRX-175基地はいかに軽視された存在であったが窺い知ること出来るというものだろう。

 そうして定められたルートによる哨戒活動の途中でレーダーに未確認の船影を認めた。急ぎ確認作業を行った所、アレルトメイアの民間船であることが判明した。
 そこでレイナートを始め警備艇の乗組員全員が悩んだ。
 RX-175基地は第七管区でもかなり外れの、それこそ銀河外縁部と言ってもいいところに設置されている。この区域は過去に戦火を交えていたディステニアとは2光年以上も離れており、そのため当時から索敵よりも天体観測が主任務であったところである。それ故ディステニアとの停戦合意後、早々と宇宙天文台にその用途が変更された基地であった。
 と言うことはつまり、イステラ軍の補給艦以外の艦艇が接近することなどかつてなかったのである。そこへアレルトメイアの民間船が前触れもなく接近というのだから、誰もが不審に思っても無理のないことであった。

「そこで私は直ちに直ちに通常の哨戒活動を中止し、その船への接近を図りました。当然基地には報告を入れた上でです」

 レイナートは長い説明の後でそのように言った。サイラ以下シャスターニス、コスタンティア、クローデラの4人は固唾を呑んでレイナートの話に聞き入っていた。

「こちらからの問いかけに対して答えたところによると、その船はアレルトメイア貴族の所有するクルーザーで、海賊船から逃げているということでした。
 もっともこれだけ知るのにも、恒星風による激しい電波障害の中、かなり苦労しましたけど……。
 そうして周囲の観測を強化した結果、恒星風の磁気嵐の中に確かに別の艦影を発見しました。それは旧型のアレルトメイア軍の駆逐艦でしたが、アレルトメイアの軍籍にはなく所属不明の船でした」

 軍の艦艇を宇宙海賊が奪って自らの略奪行為に使用するという例は決して珍しいことではない。何らかの理由で戦場で放棄された艦艇を私するということは、かなりの専門知識と訓練された人員を要するが全く出来ないという訳ではないのである。

「そうして、私が臨時で指揮を取っていた警備艇は、いきなり正体不明の駆逐艦と対峙することになったのです」

 レイナートは硬い表情のままそう語ったのである。
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