遥かなる星々の彼方で
R-15

第54話 レイナートの過去

「こちらの存在を認めた駆逐艦からいきなり対空ミサイルを発射されました」

 レイナートは淡々と説明する。が、内容はかなり重大なことである。

「こちらは全長50mにも満たない10人乗りの小型警備艇です。対空ミサイルに追い回されて難儀しました」

 いや「『難儀でした』で済む話じゃないだろう」とツッコミたくなったコスタンティアである。

「そのミサイルから逃げ回る間にうまく敵艦の後背に回り込めて、それでこちらからもミサイルを発射しました。相手の主推進力噴射口に命中、破壊出来たのはラッキーでした。お陰で敵艦はエンジンを停止せざるを得なくなりました」

 今度は唖然とさせられたコスタンティアとクローデラである。
 小型警備艇で駆逐艦と対等にやりあうなど普通ならまずありえない。まさにラッキーとしか言いようのないことであることが士官学校出の2人にはよくわかっているからである。
 もっともサイラも士官学校本科専修科法科卒だが、それはン十年前のことで直ぐにはそこに思い至らなかったようだった。

「まあ、足止めは出来ましたが、無力化にまでには当然至りませんでした」

 駆逐艦を停止させたとはいえそれで終わりということではない。大抵の場合、戦闘艦艇のエネルギービーム兵器はエンジンからは独立した武装となっていることが多い。これが依存関係のあるつながったものだと片方がダメになるともう片方も使えなくなるからである。したがって停船=無力化ということにはならないのである。

「なので民間船への臨検が直ぐには行なえませんでした」

 警備艇に搭載されているミサイルを発射した以上、当然後にその理由の詳細な説明が求められる。したがって関係者への事情聴取は不可欠である。
 だがその民間船への臨検が行えなかった場合、事件そのものをでっち上げたとされるところまではいかなくとも、査問委員会に呼び出されるなどかなり面倒なことになることは目に見えている。故にそれはある意味保身ということにもなるが臨検を行うことは絶対に不可欠である。
 自分の身は自分で守らなければならない。特に軍人は兵器という名の破壊・殺人のための道具を扱う以上、罰則は通常の犯罪者に比べて重いのである。

「皆さん知っての通り、警備艇はワープなんて出来ません。したがって無力化出来ていない駆逐艦と距離を取るには時間がかかります。
 一方民間船の方は高速クルーザーでしたから数光年などひとっ飛びです。こちらとしてはこれに逃げられないようにするのにも苦労しました」

 どうもその口調のせいかレイナートの言葉は他人事のように聞こえてしまっていた。したがって話を聞いている方もどうもお気楽になりがちだったが、話の内容としては決して気楽、で済むようなものではない。

 しかも当時の状況が悪かった。
 恒星風の影響で電子機器が思うように働かず通信さえも途切れがちだった。
 その上間の悪いことに、アレルトメイア艦隊がその付近に姿を表したのだった。その艦隊は正規軍ではなくとある貴族の私兵団ということであったが、初めから高圧的であった上に、レイナート達が足止めした海賊の駆逐艦に砲撃を加え破壊してしまったのである。
 実際問題として10人乗りの警備艇で数百人が乗り込む駆逐艦の臨検が出来るとは考えにくい。だが取り調べも何もしないうちに破壊されてしまってはその後に何も出来ない。
 レイナートはアレルトメイア艦隊に厳重に抗議したが聞き入れられず、剰え艦隊は民間船をその宙域から連れ去ろうとしたのであった。
 その局面が動いたのは、遅ればせながらイステラ軍の通常艦隊がその場に急行してきたことによる。

 RX-175基地は宇宙天文台として教育・文化・科学省と共同運用されているため軍人に、学者・研究者ら民間人と併せ200名以上が駐在している。当然補給の規模は1回と言えどもリンデンマルス号1隻で賄えるようなものではなく、大型の輸送艦によるものが必要である。
 もちろんこのような辺境に輸送艦が1隻でやってくるということはありえないから、通常は護衛の艦艇が同行するが、この時は演習を兼ねて通常艦隊が一緒だったのである。この艦隊がRX-175基地から転送された警備艇からの緊急連絡を受け現場に急行したということなのであった。
 警備艇、民間船を挟んで対峙するイステラ、アレルトメイア両軍の宇宙艦隊。互いの主張は平行線を辿り妥協点が見出だせなかった。
 高まる緊張感の中、徒に時間が過ぎていく。事態は膠着したかに見えた。

 そうして再び局面が動いた。
 今度はアレルトメイアの正規軍の艦隊が登場したのである。だがそのこと以上にその規模が問題だった。なんと新たに現れたアレルトメイア艦隊はイステラ艦隊の3倍以上の20隻からなる機動部隊で、しかも近衛連隊に所属ということだった。
 当然最初の貴族の私兵艦隊はそれまで以上に強気で出てきたのである。


「あの時は本当に肝が縮み上がりました。20数隻の最新鋭戦闘艦に取り囲まれたんですから……」

 レイナートはそうは言うのだが、相変わらず緊迫感に乏しい口調だった。もっとも数年前の話を臨場感溢れる口調で熱弁されても堪らないが。

「ところがその近衛連隊の艦隊司令が妥協案を出してくれたんです。すなわちイステラ側は必要最小限度の事情聴取を行いそれを以て臨検とすること。アレルトメイア側は差し障りのない範囲で正直に経緯を説明すること、というものでした」

 そこでレイナートは言葉を切った。相変わらず4人は固唾を呑んで次の言葉を待っている。

「そこで私が民間船に乗り込み臨検を行いました。当事者でしたから。
 そこで彼女に……、エメネリア殿下に出会ったんです」

 いよいよ話は核心に触れた。コスタンティアはそう思った。

「当時彼女は中尉でしたし、皇帝の娘、皇女だったなんて知りませんでした。
 だがそんなことよりイステラ側が問題視したのは、何故軍人の乗った民間船、しかも貴族の持ち船があのような辺境、アレルトメイアとの中立緩衝帯からは700km以上は離れてましたが、そんなところにいたのか、ということです」

 そこでレイナートは再び言葉を切った。
 そうして何か飲み物をと思って立ち上がった。レイナートがコーヒーサーバーに近づいていくと「私がやります」と言ってクローデラが立ち上がった。
 コーヒー豆や人数分のカップの場所をクローデラに教えレイナートは席に戻った。サイラがそれを冷めた目で見ていた。先程の部長達との会合では水一杯出さなかったからである。

「さて、こちらの疑問には当然答えてもらえませんでした。結局わかったことと言えば、ミルストラーシュ公爵家令嬢でアレルトメイア宇宙海軍中尉のエメネリアなる人物が、休暇で辺境クルーズに出掛けているところで宇宙海賊と遭遇、追い回されていた、ということだけです」

「そんな……」

 コスタンティアが思わず声を上げた。

「それで納得したんですか?」

 レイナートは聞かれて苦笑いした。

「納得するも何も、それ以上聞けませんでした。相手が民間人なら他国人であっても拘束するなりしてもう少し強く取り調べることも出来ましたが軍人となるとそうはいきません。まして周囲にはそのお仲間がこれでもかと言うほどいたんですから」

 話が途切れたところでクローデラがコーヒーを配って回った。いくら最下位とは言え中尉にお茶汲みをさせるのはどうかと思えるようなことだったがクローデラは気にしていなかった。
 レイナートはコーヒーを一口すするとクローデラに向かってニッコリと笑顔を見せた。クローデラは席に戻ると顔を赤らめてそれに反応した。
 残る3人が白い目でレイナート見ていた。

 レイナートはバツの悪そうな顔をして続けた。

「結局臨検はそれで終了、双方撤退しました。
 それで私は報告書を提出、最終的に海賊船足止めに成功ということで勲章を一つもらいました」

 まあ、妥当なところだろうと誰もが思った矢先にレイナートが言った。

「それで終わりだと思ったんですけどね……」

 確かにそれだけなら記録に残っていても問題ないはずである。だが現実には士官学校卒業後から全く経歴が開示されていないのである。
 さらなる重大事があったと見る方が普通だろう。

「ところで皆さんは、イステラとアレルトメイアが友好和平条約を締結していることを知ってますか?」

「えっ? そうなんですか?」

 誰もが面食らった、というか意外そうな顔をしている。

「ええ、実は30年以上も前、いや40年前くらいかな。両国はきちんと外交関係を結んでいたんです」

 当時のイステラはディステニアとの戦争が泥沼化していた。それを打開するために苦肉の策として取られた方策である。
 イステラは自由主義、ディステニアは共産主義を標榜していたが、どちらも民主主義であることに違いはない。だがアレルトメイアは帝政。専制君主を中心とした身分制度のある国である。したがって本来ならば連邦憲章で「法の下に平等」を謳うイステラが決して手を組む相手ではなかったのだが、アレルトメイアがディステニアと国境を接していることからディステニアを牽制するために条約を結んだのだった。
 そうしてこれは国内世論を刺激しないために公表はされなかった。もしそうなれば人権団体が黙っていなかったことだろう。

 そうしてこの条約締結が直ちにアレルトメイアとディステニアの敵対関係に繋がった訳ではない。だが停戦合意の後押しをしたことは間違いない。これに周辺国の調停も相まって20数年前にイステラはディステニアとの停戦に成功したのである。

「もっとも、そのために本艦は建造当初とは全く違う目的で運用されることになってしまいましたが……」

 なんとも皮肉な話であることは確かである。

「いずれにせよ、条約締結後から両国は正規の外交ルートを使っての交渉や協議は可能だった訳です」

 そこでレイナートは再び核心となる話を始めた。

「ところが私が表彰され元の勤務に戻って数週間後、突然アレルトメイアから非公式の外交ルートを通してイステラに、正確には私宛に謝辞を表明する連絡がありました。
 その送り主の身分・所属は詳らかではなかったですが、どうやらアレルトメイア皇帝その人だったようで、内容は『娘の危機を救ってもらったことに最大限の感謝をする』というようなことでした」

 この通信を最初に受け取った連邦政府及び軍は当然のごとくに驚いた。と同時に警戒感を強くしたのである。
 非公式とはいえ他国の国家元首が一個人宛に感謝を表するとは一体どういう理由からなのか。ここへ来てその民間船がその場に姿を表したことが改めて問題視されたのである。

「そこでイステラはアレルトメイアに多数の工作員を潜入させたようです」

「工作員……」

「ええ、要するにスパイですね。
 アレルトメイアで何が起きているのか。それはイステラにどういう影響を及ぼす可能性があるのか。政府も軍も気になって仕方なかったんでしょう」

 そうして軍はこのことでレイナートの処遇を改めて検討せざるを得なくなったのである。
 最下級の勲章一つで済ませてしまった人物に、非公式とはいえ国家元首から感謝が送られた訳である。しかも暗にそれなりの褒賞を与えて欲しいとほのめかしても来た。そこで急遽中央総司令部の人事部内で再検討がなされた。ところがここで大きな手違いが起きてしまったのである。


 レイナートはこの件でRX-175基地からそれを統括する第七方面司令部に召喚された。改めて聞き取り調査を行うという名目でである。
 そうして第七方面司令部に出頭した時点で言われたのである。

「ご苦労、中尉」

 いきなりで面食らったが、レイナートが第七方面司令部に呼び出されたのはこの昇進が目的だったので、理由説明もなく中尉の階級章が両肩に着けられたのだった。

 ところがここで問題が起きた。レイナートの階級が上がり中尉となるとRX-175基地の司令と同格になる。もちろん専任の方が格上扱いだが、後々色々とまずいことになるだろうと誰もが考えた。それでレイナートを急遽転属させることにしたのだが、突発人事になったため適当な転属先がすぐに見つからなかったのである。
 その第七方面司令部人事部が転属先を探している間に今度は中央総司令部からレイナートに呼び出しが掛かった。転属先と併せて報告される予定だったから第七方面司令部での昇格人事に関して中央総司令部への報告が遅れていたのである。実は中央総司令部では第七方面司令部が職務怠慢でグズグズしていると思い、直接レイナートを呼び出したのだった。それでレイナートは直ちに中央総司令部に向かったのである。

 ところがそういう事情だったのでレイナートが中央総司令部に現れた時はまだ記録上は少尉のままだった。
 それで中央総司令部でアレルトメイアからの感謝を理由に1階級昇格の手続きが進められた。当然その際中央総司令部から第七方面司令部にレイナートの昇格人事は中央総司令部で行う旨の通達も出された。だが、そのやり取りの途中でレイナートの中尉への昇格人事の報告が第七方面司令部からあり記録が改められたのだった。
 このため中央総司令部人事部で混乱が生じた。

―― あれ、こいつ、少尉じゃなかったか?

―― でも中尉になってますよ?

―― なんだよ、これだから地方の奴らは間抜けだっていうんだよ。正しく報告してこいよ!

―― まあ、方面司令部なんて、所詮「田舎者の集まり」ですからね。

 などという、明らかに見下した発言が中央総司令部人事部内であったのだった。

 この事件の不幸なところは、レイナートの昇格人事の根拠がアレルトメイアからの極秘通信によるものであったため、通常の手続きで行われなかったということにあった。それ故限られたごく一部でのみ作業が進められたためチェック機能が全く働いていないのだった。
 結局、レイナートは中央総司令部でも昇格人事を受け、大尉とされてしまっていたのである。
 ところがこれが後に大問題となったのである。

 軍の内規によって名誉の戦死以外に1つの事案で2階級特進は無いこととされていた。それが実際に起きてしまっていたのである。しかもご丁寧にもこの昇格は非公式ルートでアレルトメイアに報告までされていた。要するに恩に着せようという意図からだったがアレルトメイア側はそれ了承した。
 となると、一旦昇格させた者を手違いだったからという理由で降格させたら、自分達の無能をさらけ出すことになる。それも国内ばかりではなく国外にもである。

 結局、理由をつけてこの人事は問題無しとして処理された。ただし自分達の恥部となるため、この記録は閲覧不可に指定されたのだった。
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