遥かなる星々の彼方で
R-15

第61話 ノイズ

 突然のクローデラの意見具申に面食らったレイナートは思わず笑ってしまった。船務部長のキャニアン・ギャムレット中佐は顔をしかめている。何せ上司を飛び越えていきなりだったからである。
 それに気づいたクローデラがバツの悪そうな顔をしたが、船務部長は「もういい」と手をひらひらと振り、レイナートは先を促した。

「それでどういうことでしょう?」

 そこでクローデラは気を取り直し説明を始めた。

「はい。本艦は次回のワープで当初目的地点に到達の予定です」

「そうですね」

 レイナートは険しい表情で頷いた。

「現時点では基地との通信は出来ておらず、したがってワープアウト地点に基地が存在するかは不確定です」

 そこでクローデラが一旦、言葉を切った。

「続けて下さい」

 レイナートが促す。

「本艦の超高感度長距離レーダーの有効探査範囲は半径5000万km。この範囲内にいてくれないと捕捉はかなり困難です」

 クローデラが再び言葉を切ったがレイナートは何も言わず目で促した。そこでクローデラは一気に説明することにした。

「ところで我が国の超光速度亜空間通信システムは11次元超重力理論を応用し、亜空間内の距離を事実上ゼロにすることでリアルタイム通信を可能としています。またこれを応用してワープ地点の安全確認を行っています。
 具体的には跳躍先の空間密度と質量総和を測定し、ワープする艦船に危害を加える恐れのある物質が存在しないことを推定的に検証しています。
 もちろんあくまでも推定であるため100%確実とは言えません。そこで何重にも及ぶ検証を加えることで精度の向上を図っています」

 さすがに喋り続けられないので一度言葉を切った。そうして続ける。

「ところで我が軍の基地及び艦艇は、全て敵味方識別信号を常時発することで同士討ちを避けるよう図られています。本件のTY型基地の場合、識別信号発信器の出力はおよそ2500万kmに留まります。したがってレーダーの探査範囲以内なので、これを基地捕捉のために利用しようとしても役に立ちません」

 レイナート始めMB(主艦橋)の誰もが黙って耳を傾けている。クローデラの説明はごく基本的なことで誰もが知っていることである。それを敢えて口にする以上、別の「何か」が存在するはず。そう考えてのことである。

「ところが最新の技術レポートに、超光速度亜空間通信システムを利用してこの敵味方識別信号のみならず全ての電磁波を捉える装置の記事が出ております」

 レイナートの表情が動いた。話がようやく核心に近づいたことがわかったからである。

「超光速度亜空間通信システムでは利用出来る電磁波が限られており、現在のところ超光速通信にしか利用出来ていません。
 ところがこの新システムは、亜空間で捉えた全ての電磁波を電波望遠鏡の受信機に転送するトランスミッターの役割をすることで、遠方の多くの情報をリアルタイムで捉えることが可能となります」

「ということは?」

 レイナート始めMBスタッフの顔が明るくなりつつあった。

「亜空間内では事実上距離がゼロですから、この装置があれば基地の敵味方識別信号を捕捉出来、その距離と方位を瞬時に特定することも可能です」

 自信たっぷりの表情でそう言ったクローデラである。
 だがレイナートが難しい表情で尋ねた。

「中尉」

「はい」

「2つ質問があります」

「何でしょうか?」

「まず、基地の敵味方識別信号発信機がもしも破損、または故障している場合は?」

「発信機は基地もしくは艦艇の最奥部分に搭載されており、外部からの攻撃に耐えられるよう何重にも保護されており独立型予備電源も搭載しています。よって基地そのものが爆発大破していない限り生きている可能性はあります。ただし故障の場合は……」

 クローデラは言葉を濁した。レイナートはそれを気にせず続けて尋ねた。

「では、その新装置ですが、どうやって手に入れるんです?」

「それに関しては本艦技術部にも3次元立体複製機が搭載されていますし艦内工場の製造能力には十分なものがあると考えます。したがって開発元から設計データを送ってもらえば艦内で製造が可能です」

 古い時代から物体の形状をコピーする3次元コピー機なるものは存在したが、現在のは物体そのものの内部までスキャンして素材まで分析し、全く同じパーツを作り上げ、設計図まで作成出来る装置にまで発展している。したがって設計図がないものでも全く同じものを作り上げることが可能なのである。もちろん設計図があればそもそも艦内工場での内作が可能である。
 ただし艦内に設置されている製造機は小型のものなので、対艦弾道ミサイルや艦載機などパーツ自体も大きなものは複製が出来ないし、そもそも機密保持上の理由から艦内での製造は不可とされている。
 またいわゆる生体細胞の複製はこれでは出来ない。したがって3次元立体複製機が医療の場で用いられることはない。

「そんな最新鋭の技術、送ってもらえるはずがないだろう?」

 船務部長のキャニアンが口を挟んだ。だがクローデラはその人形のような端正な顔に不敵とも言える笑みを浮かべた。

「技術レポートによれば、開発元のラボでの実験はうまくいったようで、これから実際に宇宙空間での実働試験をすべく現在軍の兵器廠、技術研究所と交渉中とのことです」

「という事はつまり私に『それを本艦でやらせろ』とシュピトゥルス提督に交渉しろ、ということですか?」

「ご明察」と言わんばかりにクローデラが今度は満面の笑みを浮かべたのだった。


 最後のワープで当初目標地点に到達したリンデンマルス号は、直ちにレーダーによるTY-3051基地の探査を行った。しかしながらレーダーには反応なし。通常通信、超光速度亜空間通信を試みるも応答なし。それでいよいよクローデラの案を採用せざるを得なくなった。
 そうして現在その新装置の設置が技術部によって急ピッチで進んでいた。

 新装置の供与に関しての交渉はスムーズだった。と言うより、こちらから持ちかける前に提督の方から言ってきたのだった。
 リンデンマルス号からの定時連絡で、TY-3051基地と連絡が取れず、位置の特定が出来ない旨の報告を入れていた。それを憂慮した提督が中央総司令部技術部に掛け合ったところその新装置の話が出たという。リンデンマルス号の場合、今後も似たようなケースを担当することは想像に難くなく、それで直ぐに決定されたということだった。
 また技術研究所においてもこの装置をどの艦艇に搭載させるか検討しており、そこでもリンデンマルス号の名が挙がり、それがこのような早い決定に繋がったのだった。
 そうして直ぐに新装置の設計データが送られてきて技術部製造科によって造られたのである。現在はその設置作業中で、レイナートはその様子を見に来ていた。

「……新装置は、超光速度亜空間通信用のアンテナと本艦に3基搭載されている電波望遠鏡のデータ解析用コンピュータの間に設置されます」

 技術部長のグレマン少佐がレイナートに説明する。

「まあ、設置と言っても途中の配線を少しいじるだけですが……」

 とは言うものの、壁の中の配線を変更するのだから簡単な作業ではない。
 今回は緊急なので新装置はむき出しで臨時の配線とするが、本作戦終了後には恒久的な場所に設置し配線も全て壁の中に収める予定である。


「それで新装置がアンテナの捉えた電磁波を解析コンピュータで処理出来る信号に変換する訳ですが、いや凄いもんです。こいつがあるとワープ時の安全確認が今まで以上の精度で可能になります。何せ電波望遠鏡で『今』を『直接』見るのと同じことが可能になるんですから」

 現在もワープ先の空間を電波望遠鏡で見ることは出来る。だがそれが300光年先なら300年前の姿であって現在のものではない。だがこの新装置が本当にその性能通りであれば300光年先の現在を見ることが可能になるのである。

「ただ、ワープの場合と違って、今回は基地の場所がわからないので全方位探査になります。たくさん見つかるとその特定に時間が掛る可能性があります」

「それはちょっと困ったことになりそうだな」

 レイナートが呟いた。

「まあ、そうは言ってもリンデンマルス号(うち)の船務部の情報解析士官は優秀ですからね。直ぐに探し出してくれるでしょう」

「そう願いたいですね」


 MBに戻ったレイナートは新装置の準備が終わるのを今や遅しと待っていた。それはMBスタッフ全員が同じである。
 ことに発案者であるクローデラの表情には鬼気迫るものがあった。

―― 早く! まだなの!?

 そう思いながら準備完了の報を待っていた。


 ジリジリと待たされたがようやくMBに準備完了の報が入った。直ちに探査が実行された。

「全方位、距離50億km内、亜空間探査開始。」

―― うまくいって! なんとかうまくいって!

 亜空間内のゼロ距離探査だけに電波の受信は一瞬で終わる。だがその変換にはそれなりの時間を要するとの説明が事前にあった。
 そうして変換が終わると今度こそ解析作業に入った。だがこれが非常な難作業だった。
 リンデンマルス号内部はもちろんイステラでも初めての本格的な作業のためにこれが中々要領を掴めない。マニュアルはない、参考となる過去の事例もないという、無々尽くしの全くの手探りの作業なのである。そうして試行錯誤を繰り返しつつ、求める情報を手繰り寄せていこうとするのだが思ったようには進まないのだった。

 遅々として進まない解析作業にクローデラは焦燥感を募らせていた。
 とにかく基地の所在を把握し急行する。それが基地の兵士達の安否確認にも直結するのである。焦るまいと思っても焦りを感じていた。

「ちょっと代わって」

 別の解析士官にそう言って立ち上がるとコーヒーサーバーに向かった。気分をリフレッシュしようと思ったのである。
 コーヒーサーバーの付近には先客がいた。レイナートとモーナだった。2人は談笑という感じではなかったが何やら話をしていた。

「……すると艦長ご自身は一般科卒業でも、今のところ職務上困っていらっしゃらないと?」

「まあ、そうだね。かえって一般科でよかったと思えることもあるくらいかな」

 随分と親しげな会話にクローデラはムッとした。「こっちはこれほど悩んでいるのに!」というのと、レイナートの口調が自分に対するものとは違って随分と親しげだったからだった。

「一般科は軍隊という組織全体を見回せるように訓練されるからね」

「そうなんですか?」

「そうだね。例えば士官学校一回生の時、艦隊戦の図上演習があったと思うけど……」

「ありましたね」

 モーナが頷く。

「図上演習も初級だと一般科も成績は悪くないんだ」

「そうなんですか?」

「まあ最初に教わる基礎的なことは同じだしね。それと一般科候補生ははどうしても専修科候補生に比べて劣っていると自分達自身で思ってる」

「……」

 モーナもこれにはさすがに素直に首肯出来ない。

「だから、例えば図上演習でも、どうしても慎重策を選び勝ちになる」

「慎重策……ですか?」

「そう。例えば君達はやったかな? R-315作戦」

「やりました。あの、絶対的に有利な条件で短期集中決戦が可能なやつでしたよね?」

「そう。ところが一歩間違うと持久戦に持ち込まれてしまうという……」

「私もあれは、敵の陽動に引っかかって一旦部隊を引いて立て直す事になりました」

「という事はやはり導入した5部隊の内、補給部隊は1個艦隊?」

「そうですね……、確かそうでした」

「専修科の大半はそうだったみたいだね。だけど一般科の候補生は大抵、戦闘部隊3、補給部隊2にしたはずだよ」

「何故ですか? それでは短期決戦出来ないじゃないですか!」

「まあね。それが自信のなさの現れだよ。自分達は一般科だから操艦、戦闘はもちろん、戦術にも自信がない。だから短期決戦は無理。だから補給を優先する、という具合だね」

「なるほど」

「ところがR-315作戦の場合、補給部隊を増やすのが正解なんだ」

「そうなんですか?」

「一見、戦場となる宙域、戦力から一気に敵を蹴散らせると錯覚出来るような状況が設定されている。
 もちろん常に先手を打って敵にこちらの思惑通りに動いてもらえばそれも可能ではあったけど、実は敵に少しでも撹乱されると補給が追いつかなくなるように設定されていたんだ」

「よくご存知ですね」

「元になった戦闘記録を見て、どうアレンジされているか確認したからね」

「なるほど……」

「結局、戦闘部隊が3、では最初から持久戦になることがわかってる。でも補給部隊が2あるので補給に事欠くことはない。つまり勝てる戦いは出来なくても負けない戦いは出来る」

「それは……本当に消極的ですね」

「そうだね。だが私はそれも正しいことだと思うんだ。
 常に勝てればいいけれども、実際にはそういう訳にはいかないだろう。となれば負けない戦いをするにはどうすればいいか。それを覚える必要がある。そう考えているんだ。
 負けていい戦いは、人的、物的損耗から言って有り得ないと考えるけどね」

「そうですね。よくわかります」

「その点専修科候補生は皆エキスパートだから、どうも熱くなり過ぎるんじゃないかな」

「言われてみると、確かにそうかもしれません」

 モーナはそう言って何か考えているようだった。そこへレイナートが続けた。

「でも、やっぱり一般科は一般科だよ。所詮エキスパートには勝てない」

「まあ、そうでしょうね」

「例えば少尉は、アレな話で申し訳ないけれど、この艦のトイレの数を知っているかな」

「いいえ」

「だろうね。この艦のトイレ数は138箇所。便器の数は496個だ」

「よくご存知ですね」

 驚いたというより呆れたという表情をモーナはした。だがレイナートは気にせずに続けた。

「士官学校で教わったからね」

「えっ?」

 モーナが驚いて目を見開いた。三白眼の白目が増えてさらに怖い目つきになった。

「この艦は特殊だからね。よくサンプルに取り上げられていたんだ」

「それはそうでしょうけど……、トイレの数まで士官学校で習うんですか?」

「艦艇の基本スペックは、これが戦術作戦科なら兵装や航行能力を主体に学ぶだろう。航法科なら航行能力に索敵能力とか、それぞれ科ごとに主体になるものが違う」

「ええ、もちろんです」

「だが一般科だと、例えば乗組員の数が先ず問題視される。兵士一人当たり1日何グラムの合成タンパク、プロテインとか食料・水が必要かを学ばされる。それを貯蔵する艦の倉庫の大きさから補給スケジュールの立て方を学ぶ。
 そうしてトイレに限らず艦内諸施設は使えば汚れたり傷んだりする。その補修をスケジュール化するにはどうすればいいかを学ぶ。艦の運用の妨げになっては困るからね」

「はあ……」

「こういうのは、例えば戦艦と空母では乗組員の絶対数が全然違うから非常に重要な要素なんだ」

「そうでしょうね……」

 興味深く聞いていたが、なんだかがっかりという表情のモーナである。

「それでこういったことは、艦長のような立場になると無視したくても出来ない事柄なんだよ。それで一般科卒であっても特別不利ではないと考えるんだ」

「なるほど、そうでしたか……。あまり一般科卒業の艦長というのは聞いたことがなかったので……、参考になりました。ありがとうございました」

 モーナがそう言うと、いつの間にか聞き耳を立てていたコスタンティアが内心毒づいていた。

―― 聞いたことないはずよ! 一般科卒で戦艦の艦長になったなんて過去に例がないんだから!

 だがそんなこととは露知らず、レイナートはモーナに言った。

「そう? 参考になったかな? 少尉の聞きたいことにうまく答えられていればいいんだけど」

「ええ。十分答えていただきました」

「それなら良かった。」

「でも、そうすると一般科ってけっこう大変ですね。覚えることが多くて」

「それはどうかな。専修科だって覚えることはい多いだろう? ただその範囲が全然違うだけだと思うな。
 一般科候補生が学ぶことの多くは専修科候補生にとっては必要のない情報であることが多い。言うならばノイズみたいなものだろうね。
 だからノイズを取り除き、必要な情報だけにして学ぶ。それが士官学校のカリキュラムだと思う」

 レイナートはそう言うと、手にしたカップのコーヒーを飲みきり艦長席に戻っていった。


 レイナートとモーナの話を聞くとはなしに聞いていたクローデラが深く考え込んでいた。

―― ノイズを取り除き、必要な情報だけにする。これだわ!

 何でそんな基本的なことを忘れていたんだろう! そう思ってクローデラもコーヒーを飲み干して席に戻った。

―― いくら1回毎の作業に時間が掛るからって、不必要な情報の中から必要なものだけうまく拾おうなんて無理がありすぎる!

 得られたデータには超超短波から、超超長波まであらゆるものが渾然一体の感じで入り混じっていた。そこから敵味方識別信号だけを取り出そうとしていたのだが、他に似たような電波があって判別が難しかった。しかも一回の実行命令につきコンピュータの処理に時間が掛って次の作業を受け付けなかった。それで進まなかったのである。

―― 「急がば回れ」ね。

 そう思ってノイズ ― 敵味方識別信号以外の電波 ― の除去からやり直したのである。するとデータの容量も少しずつ小さくなって、作業が目に見えて進んだのだった。

 そうして最後の処理でようやく求める敵味方識別信号を特定した。

「やりました!」

 クローデラが歓声を上げるとそのデータから位置を割り出していた別の解析士官が大声で言った。

「TY-3051基地発見! 座標、-98、43、-12、距離7400万km」

 MB内に大歓声が上がった。
 だがレイナートのよく通る声に直ぐに静まった。

「赤外線暗視望遠鏡、準備」

「赤外線暗視望遠鏡準備!」

 船務部の観測士官が復唱しコンソールのボタンを操作した。

 リンデンマルス号には様々な望遠鏡が備わっている。光学望遠鏡、電波望遠鏡、そうして赤外線暗視望遠鏡は中でも自慢の装備である。それは対象物体自身が黒体放射で発する遠赤外線を捉え、映像化して目視を可能とするものであるが、レーダーの探査範囲が5000万kmであるのに対し、赤外線暗視望遠鏡は8000万kmまでの物体を捉えることが出来るという、通常ではありえないほど遠方の物体の目視を可能とするのが特徴である。
 これによって自ら光を発さず、また光源がない所では役に立たない光学望遠鏡や、分解能が劣り正確な像を映すことが難しい電波望遠鏡とは全く別の用途で用いられている。


 そうしてMBスタッフが固唾を呑んで見守る中、メインディスプレイにTY-3051基地の姿が映し出されたのであった。
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