遥かなる星々の彼方で
R-15

第60話 三者三様

 シュピトゥルス提督からの緊急通信により、リンデンマルス号は現状の行動計画を破棄、艦内は第3種配備のまま緊急支援体制に移行することとなった。

「船務部は直ちに目標地点の特定。作戦部はそれを待って行動計画を立案」

 MB(主艦橋)内にレイナートの指示が飛ぶ。
 そうしてレイナートは艦内に一斉放送を行った。

「総員へ、艦長です。本艦に緊急の第1級支援要請が入りました。現在新規行動計画の立案中です。総員は第3種配備のまま待機」


 宇宙空間である地点を特定する場合、イステラ軍では方面司令部の置かれている惑星を基準とする。
 例えば今回の場合、TY-3051基地の場所は第六方面司令部の置かれているガムボスから11,713.22光年、第七方面司令部の置かれているギグロウから16,389.63光年の位置とされている。この2惑星からの交点上に存在することになるが、これだと範囲が広過ぎる。そこで第一方面司令部のあるトニエスティエからの距離、7,918.52光年というのが追加されて位置の特定が図られるが、それでもいまだ広大な空間であることは否定出来ない。これは光年という単位である以上仕方がないことである。
 そうしてリンデンマルス号の現在位置からの方向と距離が算出され行動計画が立案されるのである。
 今回リンデンマルス号は第六管区のかなり第七管区寄りにいた。それでTY-3051基地まではおよそ3千光年と算定されたのだった。
 これによって艦内にはある程度明るい空気が生まれた。3千光年ならばリンデンマルス号なら3日で到達出来る。他の艦艇だったら10日以上は確実に掛かるのだから、ある意味当然のことかもしれない。

 それで通信使が基地への通信を試みた。
 いくら計算によって位置を確認したとはいっても、広い宇宙空間に高々数十メートルの物体である。確実に到着するには基地との通信確保が不可欠なのである。
 ところがこちらからの超光速度亜空間通信に対し応答がなかった。

「TY-3051基地、応答せよ。こちらリンデンマルス号、今から救援に向かう。応答せよ」

 だが返信は全く無かったのである。

―― まさか……!

 誰もがイヤなことを想像した。

 基地は流星雨に遭遇と聞いている。もしかしたら大きな隕石が衝突し基地は大破、駐在兵は全滅、という可能性もあるということである。
 だがそれであれば尚の事、現場に向かわなければならない。遠い宇宙の果てで死亡し遺体もない、では遺族は浮かばれない。本人も無念だろう。したがって遺体回収作業は可能な限り遂行しなければならない重要任務で、救援任務に次ぐ重要度ランクに設定されているのである。
 だが救援先の基地と連絡が取れないと正確な航路の選定が難しくなる。となると3日で到達することも難しいかもしれない。


「作戦部長、行動計画は?」

 レイナートがクレリオルに尋ねた。

「出来ております。ただ、やはり航路が……」

「構いません。船務部、ワープアウト地点の安全確認を急いで下さい。安全が確保出来次第ワープします」

「やってます!」

 IAC(情報解析室)から観測士官が大声で応える。

「ですが艦長……」

 だがクレリオルが異を挟もうとする。

「作戦部長、気持ちはわかりますが、彼らの身にもなって下さい。いや、これは我々も同じです。
 壁の外は過酷な宇宙空間です。ですが万が一の時仲間が助けてくれる、助けに来てくれる。そう思うからこそ、危険と隣り合わせの宇宙勤務が出来るのではありませんか?」

「……そうでした。申し訳ありません」

 ことにリンデンマルス号はその巨体からくる安心感の故にそういう基本的なことを忘れがちになる。
 だがTY型基地などは全長が30メートルにも満たない小さな円筒である。それが虚空にポツンと一つ浮かんでいるのである。並の神経ならそれだけで心神喪失になってもおかしくないほどのストレスに基地の駐在兵達は直面しているのである。

「総員へ、艦長です。本艦はTY-3051基地への第1級支援を実施します。但し基地との通信が確保出来ていないため、この作戦は困難なものとなるかもしれません。各員の奮起を期待します」

 再び一斉放送を行ったレイナートは腕を組んで目を閉じた。準備が整うまでは他に出来ることがない。

「安全確認終了。何時でも行けます!」

 観測士が怒鳴った。

 レイナートが目を見開いて指示を出した。

「本艦は直ちにワープを行う。重力場形成装置(ワープエンジン)作動」

「重力場形成装置作動!」

 船務部の操艦担当が復唱した。そうして関係各所に命令が伝達される。
 MCR(集中制御室)でも忙しく作業が進む。
 そのフィードバックがMBにもたらされワープ目標地点の座標が入力されてカウントダウンが進み、重力場形成装置(ワープエンジン)が時空を歪めていく。

「ワープします!」

 時空歪曲率が最大になった時、リンデンマルス号は300光年を跳んだ。


「ワープ完了!」

「各部、確認急げ!」

 通常のワープからの復帰作業が進む。だが普段と違うのは次のワープが6時間後にやってくるということである。

 平時には1日3度までとされているワープは緊急時には4度まで行えることになっている。もちろんそれ以上ワープしようと思えば出来ないことはない。但しこの場合、ワープアウト地点の安全確認、非常用電源の蓄電が問題なしという条件がつき、それでも24時間で6度までしか行えない。
 もっとも実際に4時間毎に6度もワープしたら、乗組員はワープ酔いなどではすまないほどの重篤な障害を身体に残す可能性まで出てくるし、艦内諸設備、ことに肝心要の重力場形成装置そのものが誤作動を起こしかねない。したがって緊急時でもワープは24時間で4度までとされているのである。

 そうしてワープ終了後からTY-3051基地への通信が試みられたが相変わらず応答がなかった。
 こうなると本当に基地へ到達するだけで難しくなる。

 イステラ軍の艦艇は宇宙空間では方面司令部のある惑星を「灯台」にして自艦の位置や目的地の座標を決定する。とは言え「光年」という単位は非常にスケールが大きすぎる。
 実際0.01光年の誤差でもその距離は950億kmもズレるのである。全長1kmのリンデンマルス号にとって、それこそ「天文学的」な数字である。これが基地なら言わずもがな。それなのに数千光年を移動するというのだから座標の決定がどれほど重要事であるかわかるだろう。
 だが目的である基地との通信が確保出来ていない現状、自分達は正しく基地に向かっているのかどうかを確認する術がない。
 いや、とりあえずは近づいているはずである。
 だが3千光年跳んだ後、基地と接触出来なければ任務もへったくれもない。ただの無駄足になってしまう。
 乗組員達をじわじわと焦燥感が襲っていく。
 だがワープは定期的に行われていく。そうしてワープの度毎に基地への通信が試みられ、応答がないのも変わらなかった。


 コスタンティアも何かいい方法はないかと頭を悩ませていた。
 転属願いは出したもののまだ何も決定されていない。したがって自分は未だリンデンマルス号作戦部長次席であり、作戦部のナンバー2として出来る限りのことをするつもりでいた。
 そうして何とか基地との通信が出来ないか、を考えるのだが、これは専門外であるため妙案が浮かばなかった。

―― 最良の状況は、3千光年跳んだ先に基地があることね。

 だがそんな偶然は絶対にありえないだろう。

―― 本艦の超高感度長距離レーダーの最大探査能力は半径5千万km。この範囲内に基地がなかったら?

 そうだったらどうすればいいのだろう?
 闇雲に探し回ったところで見つかるとは思えない。では艦載機部隊を総動員して探査範囲を広げる?
 艦載機のレーダーの有効範囲はわずか1千km。リンデンマルス号のレーダーの5千万分の1しか探査出来ない。艦載機を母艦から5千万km以上も遠くに出動させるなどありえないので端から話にならない。

―― つまり……、打つ手なし?

 自らの思いに愕然とするコスタンティア。その考えを振り払うように頭をブルブルと振った。

―― 何かあるはずよ!

 コスタンティアはいつしか、自分が転属願いを出したことも、レイナートの下では働きたくないと考えていたこともすっかり忘れ去っていた。


 一方、同じくOC3(作戦室)で暗転したディスプレイを見つめるエメネリアも自分に何が出来るかを必死に考えていた。

―― 国にクーデターなんて起きていなければ……。

 そうであれば近くにアレルトメイア軍の艦隊を派遣してもらって合同で基地の捕捉を出来るのに、と考えていた。
 だが直ぐにその考えを自ら否定した。

―― クーデターが起きてなくても、そんな辺境に展開している部隊なんてそもそもあるはずがないわ。

 アレルトメイア軍にはリンデンマルス号のような足の早い艦はない。いや銀河系のどこを探しても存在しないだろう。基地がその場に留まっているのならともかく、「流されている」ということだから、基地の捕捉は日に日に難しくなるはずである。現場到着までに数十日を要するようなら初めから問題外である。

―― 最悪なのは基地が制御を失って中立緩衝帯を越え、アレルトメイアに入ってしまった場合ね。人民解放軍とやらがそれを黙って見逃すかしら?

 もし人民解放軍を名乗る部隊が基地を攻撃したら一気に両国の関係は取り返しのつかない状態になりかねないだろう。
 そうなったら国内の安定化がさらに難しくなるのは必定である。

―― 私はアレルトメイアの皇女、貴族の一人として国に戻り、国家再建のため革命組織との交渉に臨まないと……。

 士官交換派遣プログラムの停止と士官の帰還が進められているということだが、闇雲に帰って拘束され処刑されたのでは堪ったものではない。今は艦長の独断という体裁を取りつつも、イステラが自分の帰国を足止めする形になっている。
 だがこのままイステラに何時迄も留まっているつもりはなかった。帝政復活など少しも考えていないが、民主化を進めるにせよ、暴力革命という手段には承服しかねていた彼女は、本気で人民解放戦線との交渉を考えていたのである。


 そうしてIACの情報解析士官席に座っているクローデラも目の前の計器を見つめ考え込んでいた。

―― どうして応答がないの!

 可能性が高いのは通信機器の故障、もしくは基地そのものが破壊されてしまっている、または駐在兵が全滅している、ということが考えられる。
 通信機器の故障だけであれば不幸中の幸い、で済ませられるが、そうでなければ最悪の結果だろう。それを確認するためにも基地と連絡が取れることに越したことはないのだが、それが出来ていない現状である。

―― 何か別の方法で基地の位置を確認出来ないかしら?

 TY型基地のそもそもの役目は超光速度亜空間通信ネットワーク網の構築である。一つ一つの基地がピア(peer)としてつながり、巨大な網目状のネットワークを構築しているのである。
 したがって、ある基地が本来の機能を果たせなくなっても他の基地がそれをカバーするため、ネットワークそのものに何ら問題は発生しないようになっている。つまりネットワークに穴が出来てもそれをないものとしてしまうということである。そうでなければネットワークの意味を成さないからである。だがそれが逆に、こういった事件が発生した時に裏目に出てしまうのである。

―― だから基地は必ず定時連絡を相互に行い、基地が存在していることを確認し合っているのだけれど……。

 そうして基地同士は確かに他の基地の存在は確認出来るが、それが物理的にどの方角のどの距離に存在しているかまではわからない。
 これがRX型基地の場合、そもそもが探査目的のため高性能望遠鏡やレーダーなどを備えているが、TY型にはそういうものはない。
 否、レーダーは装備しているが数光年も離れた他の基地まで捕捉出来るほどの長距離レーダーではない。

―― あとは敵味方識別信号くらいか……。

 全ての宇宙基地及び宇宙艦艇は必ず敵味方識別信号を発している。そうでないといきなり味方に攻撃される可能性があるからである。

―― それを捉えられないかしら?

 クローデラは何事とか深く考え込んでいたが、顔にそのみるみるうちに生気が漲った。そうして納得したように頷いたのである。

―― やれるかもしれない!

 クローデラは立ち上がるとレイナートの前にツカツカと歩いてきて背筋を伸ばした。

「艦長、クローデラ・フラコシアス中尉、意見具申があります」
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