遥かなる星々の彼方で
R-15

第65話 アレルトメイア艦隊現る



アレルトメイア軍ミサイル駆逐艦

「時空震計に感応あり! 何者かがワープアウトしてきます。距離、8万。方位、-87、3、11」

 船務部の観測オペレータがまるで絶叫するかのような声を上げた。
 リンデンマルス号の左舷側、中立緩衝帯を挟んだ空間に突然の重力波による時空震を検知したのだった。

 その急報にMB(主艦橋)内はTY-3051基地への砲撃による感傷に浸る暇は全くなくなっていた。

「何だと!? 数は?」

 クレリオルが作戦部長席からIAC(情報解析室)に向かって怒鳴る。

「数は3、4……、まだ増えています」

 それを聞いてクレリオルがレイナートに振り返る。

「アレルトメイアの艦隊でしょうか?」

 その問にレイナートが頷いた。

「でしょうね……」

 そう言ったレイナートはエメネリアを一瞥した。
 エメネリアはそれには応えずOC3(作戦室)からIACの元へ小走りで向かった。
 3次元球体レーダースコープには次々と未確認物体を示すオレンジ色の光点が浮かび上がっている。

「総数8。識別信号よりアレルトメイア軍の戦闘艦艇の模様」

 オペレータの報告と同時に今度は通信士が艦長席に向かって声を上げる。

「側方のアレルトメイア艦隊より入電」

「応答する。拡声器に流せ」

「了解」

 レイナートの指示に通信士が音声をMB内拡声に切り替えた。艦内の様子を相手に見せないためだろう、向こうの映像はメインモニタには映っていない。相手も同様にこちらの様子は見えないはずだった。

『こちらはアレルトメイア国家民主主義人民共和連邦、人民解放軍宇宙艦隊である。
 イステラ軍艦艇に警告。貴艦は我がアレルトメイアの領域を侵犯している。直ちに当域から離脱せよ。
 繰り返す、貴艦はアレルトメイアの領域を侵犯している。直ちに当域から立ち去れ』

 その一方的かつ高圧的な物言いにMB内の誰もが気色ばんだ。だがレイナートは落ち着いた口調を崩さずにアレルトメイア艦隊に向かって言葉を発した。

「こちらはイステラ連邦宇宙軍所属リンデンマルス号。
 我々の認識では本艦はいまだイステラ領内に留まっていると考えております。
 また本艦は現在、流星雨によって破壊された通信基地の乗組員の救助作業を実行中です。貴国及び貴艦隊の理解と協力を要請します」

『いや、確かに貴艦は我が国の領域を侵犯している。したがって、たとえ緊急の救助作業とはいえ、我が国に対し事前の要請をするべきである。それがない以上、貴艦は我が国領内において軍事行動を行っていると判断する。これは両国の信頼を大きく損ねる不当な行為である。したがって直ちに退去しない場合、我が艦隊はそれに応じた行動に出ると警告する』

 アレルトメイア艦隊司令の物言いはまるで一方的な宣戦布告にも似たものだった。
 だがこれを一方的に責めることは出来ないのも事実だった。


 そもそも、2国間の国境の線引はどうしているかと言えば、それはそれぞれが支配下にあるとしている恒星系の中間点を結んだ線によって出来た面を中立緩衝帯、すなわち国境としているのである。これは宇宙空間において、不動の定点を設定し得ないことから多国間において合意されたものである。

 だがこれにそもそも無理がある。各恒星系は最も近いものでも数光年の距離がある。その間にわずか50から100kmの帯状の面を仮定してそれを国境としているのだからである。
 極端な話、この中立緩衝帯は観測機器の精度によっては、数千万どころか数億kmくらいは平気で位置がズレるのである。故にこの場合、イステラ側の主張もアレルトメイア側の主張もどちらも正しいということが出来てしまうのが実情であり、これが今回のみならず往々にして2国間の国境問題を難しくする。
 したがって通常はこの中立緩衝帯からさらに大きく距離を取って自国の支配領域と認識するのが普通である。故に辺境警備基地も本来はこの中立緩衝帯からは大きく離れたところに設置されているものである。
 そうしてそれぞれが自軍の測定システムに従って自艦の位置を特定している。故に国境侵犯だというのは言いがかりだ、という認識がイステラ側にはあった。

 それだけでもイステラ側の心証はかなり悪化していたのだが、次の言葉にはさすがのレイナートもムッとした。

『また貴艦には我軍の士官が乗艦しているはずである。この者の引渡しを要求する』

「引き渡し」とはまるで犯罪者扱いではないか!

「あいにくだが、本艦にはアレルトメイアの人民解放軍士官は乗艦していない」

 レイナートはきっぱりと言った。

『嘘を吐くな!
 そちらに統合参謀本部のエメネリア・ミルストラーシュ少佐が乗艦しているのは明白である。この者を直ちに引き渡せ!』

 最早アレルトメイアの艦隊司令は喧嘩腰であった。

「確かに本艦にはエメネリア・ミルストラーシュ少佐が乗艦されている。だが彼女は帝政アレルトメイア公国宇宙海軍の将校であって……」

『いい加減にしろ! 最早帝政アレルトメイアは滅んだのだ! したがって帝政アレルトメイア軍の全ては人民解放軍に引き継がれている!』

 それを聞いてエメネリアは大きく首を振っていた。それを見てレイナートがマイクに向かって言う。

「そちらの言い分は聞き入れられない。
 彼女自身が人民解放軍に忠誠を誓ったのならいざしらず、そうでないなら不在中に組織が替わったからと言って彼女がそれに従う道理はないと考える。
 しかもいまだ我が国と貴国との間には正式な外交関係が成立していないのが現状である。
 このような状況下ではミルストラーシュ少佐の身柄を引き渡すなどありえない、と認識していただこう」

 レイナートの、いささか無理があるものながら、毅然とした言葉にアレルトメイア艦隊司令は捨て台詞を吐き出す。

『あとで吠え面をかくなよ!』

 そう言い残してアレルトメイア側から通信を切った。

 エメネリアが艦長席の前に現れた。

「よろしいのでしょうか、艦長?」

 エメネリアは固い表情で聞いてきた。
 以前も危惧したことだが、自分がいることでリンデンマルス号は大きなトラブルに巻き込まれるのではないか。それが現実化してしまった今、自分を切り捨てた方がいいのではと聞いたのである。
 レイナートはそれに対しいつもの穏やかな口調で答えた。

「以前お話しした通り、アレルトメイアの政変が一段落着くまで本艦に留めるように、というのが連邦政府と中央総司令部の見解です。
 したがって今になって貴女を彼らに引き渡したら、それこそ私の方が軍法会議ものです」

「ですが……」

 エメネリアはなおも食い下がろうとした。そこで観測オペレータが新たな報告をした。

「アレルトメイア艦隊、移動を開始しました!」

 メインモニタに映る赤外線暗視望遠鏡の映像は、8隻のアレルトメイアの戦闘艦艇が移動しつつ隊列を組む様子だった。

 レイナートはその映像から目を離さずにエメネリアに聞いた。

「少佐の協力を仰ぐことは可能ですか?」

「はい。でも何にでしょう……?」

 訝しげに聞き返すエメネリア。

「例えば、あのアレルトメイア艦隊について教えていただくことは可能ですか?」

 レイナートの問にエメネリアは強張っているものの笑顔を見せた。

「もちろんです。
 先ず、現在最前列に移動してきた2隻、これはミサイル駆逐艦です」

 エメネリアの言葉通り、2隻の、かなり尖った艦首を持つ小型艦が艦隊の最前列に進んできていた。

「このミサイル駆逐艦の役目は軽量小型、機動性に優れた取り回しのいい艦体を生かして敵艦隊に突撃、陣形を崩すことが目的です。
 対艦ミサイルを4基備えます。最大ミサイル搭載量150発。先端の尖った部分はこのミサイル発射口とレーダー、防御装置などが格納されています。円筒形の胴体部分がミサイル格納庫、その後方が居住区や機関室となっています」

 エメネリアの説明に淀みはなかった。
 黙ってそれを聞いていたコスタンティアがモーナの脇腹を小突く。
 何かと思ってコスタンティアに顔を向けたモーナにコスタンティアは小さく一言言った。

「記録しなさい」

 ハッとしたモーナがすぐに情報端末を手にエメネリアの説明を録画し始めた。
 また観測士はレーダーに映る光点の内、最もリンデンマルス号に近い2隻に駆逐艦を示す「D」マークを付ける。直ぐに2つの交点に同じ色で「D1」「D2」と表示された。

「このミサイルはもちろん対艦ミサイルですが、本艦のようにレールガンで射出されるものではなく、通常の化学ロケットによるミサイルです。弾頭は徹甲弾に分類され、敵艦の装甲に突き刺さって爆発、内側から大きな損害を与えることを目的としています」

 アレルトメイア艦隊がじわじわと陣形を整えている。
 そこでレイナートは観測士に問う。

「救助作業はどうなってる?」

 聞かれた観測士はエメネリアの説明に気を取られていた。

「申し訳ありません」

 観測士がバツの悪そうな表情をしたのでレイナートがMBスタッフ全員に向けて言った。

「アレルトメイア艦隊とはまだ距離がある。当初目的を忘れるな。我々は現在TY-3051基地救助作戦を実行中だ」

 メインモニタが2分割されアレルトメイア艦隊の姿とスティングレイに抱かれる居住ユニットの姿が同時に映し出された。

「作業を急がせろ!」

 クレリオルが指示を出す。それにレイナートが言葉を添える。

「但し焦らせるな! 着実に計画を遂行せよ。こういう時こそ落ち着いて確実に行動するように」

「了解」

 急に現れたアレルトメイア艦隊に優先順位を忘れ、いささか浮足立っていたMB内がこれで落ち着いた。


 だが確かにこれで時間的な余裕がなくなったのは確かだった。

 リンデンマルス号の艦載機の内、最も脚の遅いのはスティングレイでこれを運用する際、基本的にリンデンマルス号は停止している。
 リンデンマルス号の主エンジンである核融合エンジンは高出力の上2基も搭載されており、巨大なリンデンマルス号の質量にも関わらず高速巡航艦並みの高速航行を可能とする。
 ところがそれが仇となって逆に低速での航行が難しい。一旦加速しておいて逆噴射を行って減速しなければならない。主エンジン1基を最低出力で稼働させても、十数秒後には船速が時速5千kmを超えてしまうので減速に多大なエネルギーを要するのである。
 つまりリンデンマルス号は一度動き出すと単位時間あたりの移動距離が大きい。したがって下手に動くとスティングレイはかえって長距離飛行を余儀なくされる。それでは収容に余計な時間が掛ることになってしまう。なのでスティングレイの運用時にはリンデンマルス号は停止しているのである。

 そのため現在もリンデンマルス号は停止していた。当初予定ではアレルトメイア艦隊の出現は予測されていなかったので、いつも通り艦は停止したままスティングレイを収容する予定だったのである。

 ところが現状、そうも言っていられない状況になってきたのは明白だった。アレルトメイア艦隊は陣形を整えつつ接近してきていた。確かにまだ距離があるから直ぐに相手の艦砲の有効射程距離に入る訳ではないが、こちらは収容すべき機体数が多い。
 居住用ユニットを抱えているスティングレイ1、バックアップのため発進し宙空待機しているスティングレイ2。スティングレイ3はさらにそのバックアップ用で、いまだ飛行甲板(フライトデッキ)のエレベータ上に据えられた専用台座上で待機中だが、ドルフィンに至っては3機とも出動している。それに警戒に当たる第1航空隊第2小隊(アルファ2)12機も展開中である。これらを全て収容するのにはそれなりの時間を要する。

「ミルストラーシュ少佐」

 レイナートがエメネリアに呼び掛けた。

「何でしょうか、艦長?」

「接近してくるアレルトメイア艦隊の艦艇に荷電粒子砲を装備するものはありますか?」

 イステラはアレルトメイアとは過去に表立った交流がない。と言うことはアレルトメイアの軍備に関するまともな情報を持っていないということを意味し、それはすなわち、目の前のアレルトメイア艦隊に関して全くわかってないということだった。
 それでなくとも亜光速で荷電粒子の弾丸を発射する荷電粒子砲は発射から着弾までの時間が早い。否、早いという言葉で表せるほど遅くない。まさに瞬時に着弾する。したがってこれを装備する艦艇があると無いとでは対応の仕方が変わってくる。
 レイナートの問はそれを危惧してのことである。

「あります。
 中列左右の軽巡航艦はレールガンだけですが、中列中央の重巡航艦には80cm砲、後列中央の戦艦には120cm砲、その両脇の軽空母には100cm砲がそれぞれ1門ずつ装備されており、いずれも有効射程距離は1200kmです」

 それでも全部で4門。リンデンマルス号の20基の砲塔に収まる180cm2連砲に比べれば取るに足りない、絶対数も少ない。誰もがそう思ったところでエメネリアが言った。

「但し、発射後、次弾発射までに要する時間は15分程度です。出力を落とせばそれこそ5分で撃てます」

「荷電粒子砲を5分で撃てるのかよ!」

 砲雷科長のエネシエル・ヌエンティ少佐が驚きの声を上げた。

 乗艦直後、艦内を視察した際エメネリアはアレルトメイア軍の艦艇のスペックは一切口外しなかった。それは問われなかったということもあるが、その場で開示する必要を認めなかったからだった。不必要な情報を与えることはない。そう思ってのことだが、ここでは全く偽ることなく正直に話していた。

「ええ。但しその場合、距離500km以内まで近づかないと大した威力はありませんが……」

 エメネリアはそう締めくくった。
 距離500kmで荷電粒子砲を発射されたら着弾までに要する時間は0.0017秒。絶対に避けようがない。それを5分毎に発射されたら?
 思わず身震いするような内容だった。

 レイナートは通信士に中央総司令部への連絡を指示した後、再びエメネリアに尋ねた。

「彼らは仕掛けてくると思いますか?」

 誰もが固唾を呑んでその答えを待った。
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