「彼らは仕掛けてくると思いますか?」 レイナートの問にエメネリアはしっかり頷いた。 「はい。確実に本艦に対し戦闘行為を行うと考えます」 「確実に、ですか」 「はい。現在あの艦隊は戦闘隊形を形成しつつ接近しています。 ミサイル駆逐艦2、軽巡航艦2、重巡航艦1、軽空母2、戦艦1という編成に、おそらく後方5000万kmから6000万kmの間に、補給艦2乃至3が隠れているはずです。これはアレルトメイアの辺境哨戒艦隊の基本構成です」 相変わらずエメネリアの説明は淀みがない。 「この辺境哨戒艦隊は基本的に平民でのみ構成されています」 「平民でのみ」という時エメネリアの顔が曇った。 「私自身は身分制度や帝政というものに疑問を持っておりますが、個人的な意見はさておき、アレルトメイアにおいては『平民は皇室、貴族を畏れ敬うべし』『貴族は皇室を畏れ敬うべし』と国法で定められています」 そこでエメネリアは一旦言葉を切った。そうして強い口調で言った。 「したがって私のことに対して『引き渡せ』という言葉を使うだけで不敬罪に相当します」 名門公爵家令嬢で、実父は皇帝。当然ながら身分制度という名のピラミッドの頂点から数えて数番目という高位中の高位貴族である。 旧アレルトメイアも言葉遣い一つ 「そういう言い方をしてきたということは、身分制度に対し嫌悪感を持っていることは確実でしょう。 ですから、彼らは人民解放軍に心酔しているかどうかはともかく、積極的に新たな国家、軍隊のために働こうとしていると考えられます。 つまり彼らは軍事クーデター肯定派だと言っていいでしょう。ということは武功という観点からも本艦に対する攻撃を躊躇するとは思えません」 レイナートはそれを聞いて、人民解放戦線を名乗るクーデター指導者達の言葉を思い出した。 ―― おぞましき階級差別を増長させ人々を苦しめてきた帝政をここに打倒し……。 となればエメネリアの言う通り、領域侵犯と併せてこちらを攻撃してくることは確実だろう。大義名分には事欠かないのだから。場合によってはエメネリアの拉致を目論むかもしれない。 皇帝の娘を公開処刑することは、クーデターの成功に華を添えると考えていても不思議ではない。 ―― となると、戦闘は不可避か……。 レイナートは腹を括った。 「艦内に第4種配備を発令」 第4種配備とは総員24時間戦闘配備体制である。 「但しこれはあくまでも非常事態に備えてということで、こちらから戦端を開くということではない。 本艦は専守防衛に徹する」 レイナートの凛とした声にクレリオルが頷き艦内に発令した。 「総員、第4種配備だ。抜かるな!」 艦内に警報が鳴り響き、一気に騒然となった。 現在まで敷かれていた第3種配備と第4種配備の違いは何か。 それは単に戦闘準備を行うということに留まらない。艦内全体が臨戦態勢になるということは、第3種配備とは様々な点で配備が異なる。 その一番大きいところは医監部、公安部、管理部の動きが全く変わるということである。 まず医監部に所属する軍医3名が艦首、艦中央、艦尾の3箇所に分かれて待機する。被弾による負傷者の発生に備えるためである。この軍医には2名の看護師が救急医療セットを持てるだけ持って付き従う。残りの看護師も艦内各所に散らばる。これに拳銃、自動小銃で武装した医監部の事務武官、公安部員、管理部員がやはり救急医療セットを携えて同行する。 軍医も看護師も、第4種配備中でも全く武装しない。完全な丸腰である。もちろん国際法で衛生要員は、戦闘中でも戦闘員とは区別され保護されるからというのが理由だが、実際には宇宙服に拳銃を提げるだけで動きが制限されるということが大きい。 だが現実的な問題として、もしも敵兵の侵入を許し艦内で激しい銃撃戦や剣戟が起こった時、衛生要員だからと言って絶対に攻撃されないという保証はない。そのため先に上げた部署の兵士は衛生要員の警護と医療アシスタントを担当するのである。 したがってこれら兵士達は定期的に応急医療処置に関するレクチャーを受けるし、レベルマイナス2の中央通路に標的を置いて、陸戦兵らの指導の下に射撃訓練も実施している。 その陸戦兵はと言えば強化外装甲に身を包み艦内重要施設の警護に就く。陸戦兵の本来の姿、重装機動歩兵として敵艦への突入、白兵戦を行うということがリンデンマルス号の場合は無い、という前提からで、逆に敵兵の進入を許した場合に対処するためというのがその理由である。 ところが現在のところ、TY-3051基地の居住用ユニット回収作業が行われているため、通常の第4種配備とは状況が異なっていた。 陸戦兵が数名、非常事態に備え強化外装甲を纏ってドルフィン3に乗り込んでいるし、第一スティングレイが出動している。 第4種配備の場合、主砲へのエネルギー供給はもちろん主エンジンもいつでも稼働させられるよう待機するが、今のところ主エンジンに火が入れられない。そんなことをするとスティングレイを置き去りにしてしまうからである。 イステラの宇宙戦闘艦艇はどれも時速5万km前後の巡航速度を持つ。 ちなみに多目的シャトルのドルフィン、戦闘機や攻撃機の最高速度はそれよりも速いから、最大戦速で航行する艦艇への着艦は不可能ではない。 イステラ連邦の中心・惑星トニエスティエの重力加速度を1Gとし、人が居住可能に開発された他の惑星もおよそ同じような重力を持っている。この時、地上を離陸して惑星の重力圏外にまで達するには最低でもその物体 ― 艦艇であれ航空機であれ ― を時速4万km以上に加速する必要がある。 実際には宇宙艦艇は反重力発生装置の力で惑星重力を軽減させるので、重力園を降下する際はもちろん、離脱する時の速度もそこまでに達しない。逆にそこまでの速度を出そうとしても惑星大気圏内では宇宙線取り込みによるエネルギー供給が追いつかないから無理である。 いずれにせよアレルトメイア艦隊の射程距離に入る前にスティングレイを回収しこの場を離れる必要がある。 これがレールガンや対艦ミサイルだけならその弾速が遅いから距離的にも時間的にも十分に対応が可能である。だが相手にも荷電粒子砲がある以上、迅速な救助作業の終了が最優先事項である。 「アレルトメイアの艦艇の最高巡航速度は?」 レイナートがエメネリアに尋ねた。 「この艦隊の中で一番脚の早いのはミサイル駆逐艦と軽巡航艦でおよそ時速5万1千kmです」 「ということは1時間半か……。ギリギリになりそうだな」 レイナートが呟く。 スティングレイの着艦予想時刻もほぼ同じ頃だった。 元々この救助計画の流れは、ドルフィン3で曳航したスティングレイで居住用ユニットを固定し、曳航索を切り離して慣性飛行した後、スティングレイの推進力で減速、着艦というものであった。何故ドルフィンでそのまま曳航しなかったかというと、確かにドルフィンで曳航すれば短時間でリンデンマルス号にまで達することは可能だがその後の減速が追いつかない。スティングレイの燃料タンクはそこまで大きくないのである。 もちろんリンデンマルス号の巡航速度に合わせてドルフィンが飛行し、相対速度がゼロとなったところで着艦するという案も出された。 ところがそれだと今度はスティングレイと基地の外装ユニットの強度が問題となった。 宇宙空間は真空ではない。大小様々な物体が飛び交っている。 元々低速飛行で運用されるスティングレイと静止状態の基地に装着される外装ユニットの外壁は、艦艇の巡航速度のような高速で物体が衝突することを前提に設計されていないのである。したがってドルフィンで高速曳航すると、最悪の場合、リンデンマルス号に到着する頃にはスティングレイも居住用ユニットもただの残骸に成り果てているか、もしくは何も残っていないという可能性があったのである。 「艦を移動させますか?」 クレリオルが尋ねてきた。だがレイナートは首を振る。 「いや、それは危険すぎる。最悪の場合スティングレイを置き去りにしかねない」 艦を移動させるならさせるで、そのためにまたあれこれと計算して万全な計画を立て、しかもそれを周知徹底させなければならない。だが通常通信でそれを行う訳にはいかず、暗号化しなければならないからさらに時間的には厳しくなりかねない。 それで最悪スティングレイの回収に支障を来したら目も当てられない。 「ですが、このままただ待つだけというのは……」 「今はそれしか無い。私の判断ミスだが、今はスティングレイの帰還を待とう」 レイナートは苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。 それを聞いていたコスタンティア、クローデラ、エメネリアそうしてモーナも何か手はないかと考えていた。だが何も妙案が思いつかなかった。 これがもしも外装ユニットが当初予定通りの方角に跳んでいれば問題はなかった。ところが切り離し用自爆装置の13秒の爆発遅れが外装ユニットを予期せぬ方向へ飛ばしてしまった。それが結果として中途半端にリンデンマルス号との距離を広げてしまっていた。 それでも当初は、ただ収容時間が長くなるだけで問題はなかったが、アレルトメイア艦隊の出現でそうではなくなってしまった。ジリジリとただ待つだけしか出来なくなってしまったのである。 これは新型のトランスミッターを用いての基地の探査よりも強い焦燥感を兵士達に与えた。 「アレルトメイア艦隊との距離、3万」 観測士が報告する。 アレルトメイアの艦隊は最も脚の遅い艦に併せた速度でリンデンマル号に向かってくる。 8隻の戦闘艦は大きく広がってこちらを包囲するような陣形を取っていた。 ジリジリとしながら敵艦隊の接近とスティングレイを始めとする救助隊の期間を待つしかなかった。 相変わらず2分割されたメインモニタでそれらに様子を確認しつつレイナートが言った。 「副長、今のうちに兵士達に食事を摂らせるようにして下さい」 「食事ですか」 クレリオルのいささか意外という反応にレイナートは頷いた。 「出動中の者達には申し訳ないですが、どうも長丁場になりそうだから、多少なりとも腹に何か入れておいた方がいいと思います。もっとも食べ過ぎは困るけれど」 クレリオルも頷いた。 「そうですね。補助食品の使用を許可しましょう」 「そうして下さい」 こういう会話になるとレイナートの口調はいつもの穏やかで丁寧なものに変わる。それ故相手は時々面食らってしまうことがある。この時のクレリオルもそうだった。 ―― どうにもやりにくい相手だ……。 言動が終始一貫したものならこちらも対処しやすいのだが、と思わずもがなんことを考えていた。 その後作戦部の下士官がレイナートのところへも栄養補助食品を持ってきた。量は少ないが高カロリーで、急場の腹ごなしのために利用されているものである。 だがそれをレイナートは断った。 「いや、私はいいです。それよりコーヒーを頼めますか?」 「それなら私が……」 「私がやります」 それを耳にした何故かクローデラとエメネリアが申し出た。そうして互いの発言に顔を見合わせ、とたんに目つきが厳しくなった。「どうして貴女が?」と言わんばかりの表情だった。 レイナートに直接頼まれた下士官はその雰囲気に恐れをなし、どうしていいかわからずアタフタしてしまっていた。 そこへ静かだが凛とした声が聞こえた。 「艦長、 言われたレイナートは「そうだったな」と独り言のようにつぶやいて立ち上がると声の主のいる所、コーヒーサーバーへ向かった。 サーバーのところへ行くとレイナートに声を掛けたコスタンティアがコーヒーを手渡してきた。 「どうぞ」 「ありがとう」 エメネリアもクローデラも「してやられた!」という顔で2人を見ている。 だがコスタンティアの表情には特別な感情は現れていなかった。 「ただ待つだけ、というのも嫌なものですね」 「まったくですね」 そう言って2人して黙り込んだ。 この当時、観測・探査システムの飛躍的な性能向上で半径5000万kmという広大な範囲の索敵が可能となったが、兵器はそこまで長距離攻撃を可能とするまで進歩していなかった。 レールガンやミサイルといった実弾兵器は確かに5000万km先の標的を攻撃することは可能である。だがその弾速の遅さの故に十分な回避・迎撃時間がある。結局発射したところで敵に被害を与えることなど不可能である。 一方、荷電粒子砲は亜光速故に着弾までの時間が他とは比べ物にならないほど早いが如何せん射程距離が短い。 リンデンマルス号の場合、全くの真空状態なら射程距離は1800kmに達するが、実際には精々1500kmである。それ以上の距離になると荷電粒子の弾丸は収束力が弱まりの散らばってしまう。こうなるといわば濃密な宇宙線の雲と大差なくなり、攻撃どころかエネルギー供給に近いものになってしまう。したがって遠方からの砲撃は敵を利することはあっても破壊にはつながらないのである。 したがって現代の宇宙戦は索敵、捕捉から攻撃に至るまでの時間が極端に長かった。 「ところで……」 しばらくして今度はレイナートから声を掛けた。 「大尉の転属願いですが、いまだ中央総司令部から回答がありません。しばらく待っていて下さい。 もっとも、この状況が済むまではおそらく何も連絡はないと思いますけど」 「そうですね。焦らずに待ってます」 一日も早くリンデンマルス号から、否、レイナートから離れたいと考えていたコスタンティアだったが、この時は何故かそのように答えていた。 そこへ観測士が新たな報告をした。 「アレルトメイア艦隊との距離1万5千。スティングレイの帰還まで10分です」 |