「アレルトメイア艦隊との距離1万5千。スティングレイの帰還まで10分です」 観測士の報告に 「出動中の全機の位置を確認!」 クレリオルが指示を出す。レイナートは艦長席に戻り目の前の3次元立体レーダースコープを見つめた。 「スティングレイ1、方位65、32、18。距離……」 観測士がモニターに映るスティングレイ2機の位置を読み上げる。 それを受けてコスタンティアが 「予定通りです」 「よし」 レイナートが頷いた。そして尋ねる。 「スティングレイ1の燃料残量は?」 レイナートの問に通信士が確認する。 「スティングレイ1、こちらリンデンマルス号。燃料残量は?」 『こちらスティングレイ1、燃料残量は86.3%だ。姿勢制御に思った以上に消費してる』 「予定を3.8%下回ってます」 顔をしかめつつモーナが言った。 そこでコスタンティアがクレリオルに確認するように言った。 「やはりスティングレイ1はそのまま帰投出来ませんね。ギリギリすぎて危険です」 燃料に十分な余裕が無いと最終的に減速が追いつかずリンデンマルス号に激突する可能性がある。 「そうだな。艦長!」 コスタンティアの言葉に頷いたクレリオルはレイナートを振り返る。レイナートは無言のまま頷いた。それでクレリオルはアロンに向かって大声で言う。 「航空科長、やはりこのままではスティングレイ1は燃料不足で着艦出来ない。飛行プランに従ってスティングレイ2に居住ユニットを運ばせろ」 「了解」 そう一言返事してアロンはマイクに向かった。回収計画の立案にはアロンも航空科長として参加しているから詳細は先刻承知している。 「おいスティングレイ1、聞こえたか? そのまま着艦するには燃料が足りねえようだ。 それでだ、時速240kmまで減速したらユニットを切り離せ。スティングレイ2はそいつを引っ掴んで戻ってこい!」 口の悪いアロンならではの言い方だった。 外装ユニット着脱専用機のスティングレイは基本は管理部が運用責任を持つが、パイロットは航空科に所属しているからアロンの部下になる。 「いいか? スティングレイ1、スティングレイ2、今から飛行プランを送る。そいつをナビゲーション・コンピュータに入力しろ。 作戦部がコンマ1秒刻みでやることを決めた計画だ。そいつに任せれば上手くいくはずだ」 艦内きってのエリート集団である作戦部に対して、多少の反感を覚えつつも誰もがその有能さは実感しているのを表す言葉だった。 『スティングレイ1、了解』 『スティングレイ2、了解』 そこでコスタンティアがマイクに話しかけた。 「こちらで立てた計画はユニットの移動までがメインです。それ以降も決めてはありますが、状況によっては飛行プランをキャンセルしてパイロットの判断を優先して下さい」 『了解です、大尉』 それに頷くとコスタンティアは続けた。 「作戦の実行時刻は あとはプログラムが全て自動制御で行ってくれます」 階級が下のパイロットに対してコスタンティアの口調は柔らかかった。 『スティングレイ1、了解』 『スティングレイ2、了解』 機体の操縦をナビゲーション・システムに丸投げというのはパイロットからすればあまり気持ちのいいものではない。 だがコンマ1秒単位でどのスラスタ(噴射ノズル)からどれだけエネルギー噴射するかを全て人間が手動で行うのは大雑把過ぎて危険である。したがってこのような場合はナビゲーション・コンピュータの制御に任せる方が確実性が高い。 そういうことにも配慮してのコスタンティアの言葉遣いだった。 誰もが救助作業に気が行っている時、観測士が叫んだ。 「 「チクショウ、なんてこった! このクソ忙しい時に! 黙って見てやがれってんだ!」 アロンが毒づく。 そこでエメネリアがハッとした顔をした。 「マズイ! あの駆逐艦にはドラゴン・フライも搭載されてたわ!」 「ドラゴン・フライ?」 砲雷科長のエネシエルの問に顔面蒼白となったエメネリアが説明した。 「ドラゴン・フライとは広範囲 「広範囲榴弾ってぇと、まさか!?」 「そうです。空間で爆発させ、その破片で敵に被害を与えるための対空兵器です。 実際には破片だけでなくミサイル内部に人の拳大の爆発物質も詰め込まれています。要するに超小型の機雷敷設ミサイルといったものです」 「 エネシエルの言葉は悲鳴に近かった。 リンデンマルス号の対空防衛システムは艦載機と対空ミサイルの2つから成り立っている。 この内、対空ミサイルには2種あっていわゆる徹甲弾と榴弾である。誘導装置によって敵機を直接撃ち落とす迎撃ミサイルが徹甲弾、飛来する敵機やミサイルの前方で爆発し、爆発性物質を撒き散らして待ち構え破壊する炸裂ミサイルが榴弾 ― 厳密には違うが ― とされている。 迎撃ミサイルに比べ炸裂ミサイルの方が破壊力は小さいものの、広範囲にしかも望みの厚さで弾幕を張るのと同じ効果が得られること、爆発性物質の大きさが小さいためこれを完全に掃討することが非常に困難である、という利点がある。 強力な磁場によって弾道を偏向させる防御シールドや、反陽子や陽電子を発生させて対消滅を起こさせて無効化するエネルギー中和シールドが荷電粒子砲向き防御システムであるのに対し、迎撃ミサイルも炸裂ミサイルも実弾(や実機)から艦を守る対空防衛システムである。 ところでアレルトメイアのミサイル駆逐艦のミサイルは迎撃用の小型のものではなく対艦用の大型であるから、広範囲榴弾は迎撃ミサイルでこれを破壊しても周囲に撒き散らされる浮遊爆発物の量とそれに伴う破壊力の規模が、イステラの対空炸裂ミサイルとは雲泥の差であることが容易に予想された。 「全補助推進システム作動! 駆逐艦の前に回り込み盾となる!」 レイナートが叫んだ。 「しかし……」 艦を移動させると艦載機の着艦に支障が出かねないためクレリオルが難色を示した。 「小型爆弾を撒き散らされたらスティングレイもユニットもひとたまりもない。急げ!」 再度大きく叫んだレイナートの言葉に船務部の操艦オペレータが操艦パネルを操作した。 リンデンマルス号の操舵は、いわゆるレバーやペダルのような人が直接動かす操舵桿や操舵ペダルというものがない。パネル上のボタンと情報端末のようなタッチパッドによる操作である。 艦の3次元立体操舵は艦載機に比べ推進装置の出力の幅が大きいために、操舵桿や操舵ペダルでは微妙なコントロールがしにくいからである。 操艦オペレータの操作によって、艦体の100箇所にも及ぶ姿勢制御噴射ノズルの内、幾つものノズルからエネルギー噴射が行われ、旋回しつつミサイル駆逐艦とスティングレイの間に回り込もうとリンデンマルス号が動き出す。同時に艦底を駆逐艦側に向けつつある。 リンデンマルス号の艦底部分には人工重力発生装置、主発電機、 だがそれで十分ということはない。 「 アロンがマイクに向かって怒鳴る。 直ぐに 『サークル1-Aより各機、母艦防衛に戻る。続け!』 アルファ2の12機が急旋回しながら編隊を再編成してリンデンマルス号に向かう。 「D1、D2、なおも高速接近中!」 観測士の声も悲鳴に近くなっている。 「おそらくミサイルを撃ってきます」 エメネリアの緊張した声が響く。 「どっちだ?」 エネシエルが問う。 「徹甲弾か? 榴弾か?」 「わかりません! ですがおそらくドラゴン・フライです」 いくらアレルトメイア統合参謀本部所属の少佐とはいえ、現場でどの武器を使うかまでは予測出来なくて当然だが、アレルトメイアの基本戦術からいってそうだと考えたのである。 「撃てば軌道で確実にわかります!」 「それじゃ応射出来ねえじゃねえか! 間に合わねえよ!」 エネシエルが怒鳴るとアロンが言った。 「 とは言うがあまりお気楽に構えてはいられない。 「いいか、アルファ2、よく聞け! あちらさんにもうちと同じく2種のミサイルがある。厄介なことにこいつらはどっちも対艦用の大型ミサイルだ。 てことはつまり、榴弾だった場合そいつが撒き散らす『中身』の量が半端じゃねえはずだ。だから絶対に近づきすぎるな! たとえミサイル本体を撃墜しても『中身』にやられる可能性がある!」 アロンがアルファ2に指示を出した。 『アルファ2、了解』 アルファ2がそう応答したがエメネリアがまだ首を振る。 「ドラゴン・フライは敵の迎撃を躱すために一直線では飛びません。渦を巻くように飛来するんです。通常の迎撃ミサイルの自動誘導による軌道補正が追いつかないように考案されているんです。 それに徹甲弾に比べ弾頭は小さいですが搭載する燃料の量が比べ物になりません。なのでかなり遠方から発射しても軌道を終始変えつつも最終的には着弾するよう設計されています。 ですから遠方からの対空ミサイル迎撃では軌道補正用燃料が足りなくなって結局撃ち落とせませんし、近距離だと艦の周囲が爆発物だらけになります!」 それを聞いてアロンもエネシエルも、否、MBスタッフ全員が唖然とした。 「なんてヤらしい兵器なんだよ!」 「開発した奴は根性がネジ曲がってやがる!」 アロンとエネシエルが口々に言う。 最初に突撃してくる駆逐艦がこの2種類の対艦ミサイルを使い分けるというのがアレルトメイアの切り札だった。 それが徹甲弾の場合、迎撃しないと艦体に被害を被る。なので当然対空迎撃を行う。 ところが榴弾の場合、迎撃しても艦体周辺は爆発物が大量に浮遊することになる。したがって次に迎撃ミサイルを発射しても発射直後にその浮遊物に反応して爆発してしまうし、艦載機の出撃も出来なくなる。要するに対空防御が無効化されてしまうのである。 そこでどうしてもその浮遊爆発物を避けるために艦体を移動させる必要が出てくる。となれば当然艦隊の隊列もしくは陣形が崩れる。 艦隊の隊列・陣形は攻守両面を考えて艦艇の配置が決まっている。それが崩されると攻撃も防御も思うような効果を得られなくなってしまう。 それを狙っての駆逐艦の突撃であって、これがアレルトメイアの基本戦術の一つだったのである。 これはイステラ側には予想外のことだった。 荷電粒子砲を持たない小型の駆逐艦など物の数ではないと考えていたが、それが甘い考えだということを思い知らされたのである。 そう言う意味では「1隻で1個艦隊に匹敵する戦闘能力」という開発コンセプトのリンデンマルス号ならではの油断、もしくは慢心とも言うことが出来た。 もしこれでエメネリアが乗艦しておらずこの情報を得られてなかったらいいようにやられるだけであったかもしれない。だがリンデンマルス号には艦長としてレイナートが乗っており、それを追い掛けるようにエメネリアが派遣されてきた。 運命の女神はまだリンデンマルス号からは顔を背けていなかったと言えるだろう。 「D1、D2、距離7500。ミサイル発射しました!」 いよいよアレルトメイアが仕掛けてきた。 この時まだスティングレイの収容は完了していなかった。 |