遥かなる星々の彼方で
R-15

第69話 暴走

 スティングレイが無事に着艦したことを受けてレイナートが新たな指示を出した。

「艦首回頭、両舷全速。当域を離脱する。回避パターンC3を使用」

 そこでMB(主艦橋)スタッフが全員面食らった。一矢も報いずに逃げ出すのか、と。

「艦長?」

 だがレイナートは同じ命令を繰り返した。

「艦首回頭、両舷全速。直ちに当域を離脱する。回避パターンC3を使用する」

「……了解」

 明らかに渋々と言った返答の後、艦内及び出動中の艦載機に連絡が行った。
 警戒飛行中のアルファ2のパイロット達もむくれていた。

『何だよ、あの艦長、とんだ弱腰じゃねえか』

 無線機からボヤキ声まで漏れ聞こえてくる。

―― マズイな……。

 レイナートは苦笑せざるを得なかった。

 初めての実戦ということで乗組員達は妙に気持ちが高揚しているようだった。
 初実戦に恐怖、萎縮して通常犯さないようなミスをするのも大問題だが、冷静さを欠いて突っ走られても結果はやはりおかしなことになりかねない。
 だが現状、主砲である荷電粒子砲は20基の内、7基しか完全な稼動状態になく ― 1基はTY-3051基地破壊のために使用し現在再充填中 ―、残りが準備完了するまでもうしばらく時間が掛かる。これでは艦隊相手にまともな戦いなど出来るものではない。

 荷電粒子砲は大きく分けて3つの部位に分かれている。粒子発生器、粒子加速器、そうして荷電粒子射出用の砲身である。
 そうして発射準備の際、先ず粒子発生器で大量の荷電粒子を発生させる。少しずつ発生させ順次加速していたのでは荷電粒子の速度がまちまちできちんと収束せず、かなりの短距離でないとまともに着弾しないし威力も小さい。したがって先ず粒子を十分に発生させそれから加速するのである。
 そうして荷電粒子砲の威力は加速率の二乗に比例する。したがって今のところ70%ほどの加速率故、最大性能のおよそ50%程度の能力しかない。これではほとんど役に立たないのである。


「アレルトメイア艦のミサイルがいまだ接近中ですが」

 第1波のドラゴンフライ以降、ミサイル駆逐艦2隻は1度ずつミサイルを撃ってきている。対艦ミサイルが2度、ドラゴン・フライをである。これの迎撃もしなければならない。

「全て対空迎撃ミサイルで対処。アルファ2も収容を急げ」

 クレリオルの問にレイナートの答えは変わらない。

 そもそも対艦ミサイルの迎撃には榴弾である炸裂ミサイルよりは徹甲弾である迎撃ミサイルの方が向いている。リンデンマルス号の炸裂ミサイルは元々対空迎撃用だが小型の上、内包されている小型爆発物の威力も小さく、余程分厚い弾幕にしないと大型の対艦ミサイルには対処出来ないのである。
 逆にアレルトメイア軍のドラゴン・フライは大型ミサイルにたっぷり爆発物を仕込んでいるのでイステラの迎撃ミサイルに対しかなりのアドバンテージがある。
 といって艦載機による迎撃はドラゴン・フライの餌食になるので不可。結局、消去法で対空迎撃ミサイルの発射準備が進められている。


 その間、ドルフィンを先に次いでアルファ2が着艦してくる。皆、ナビゲーション・コンピュータの回避パターンC3を起動させている。回避パターンというのは攻撃を仕掛けてくる相手から離脱する際に艦の行動を制御するプログラムの略称である。

 宇宙艦艇は基本的に艦尾に主推進装置を持つ。ここから強力なエネルギー噴射を行い艦を推進させる。
 ところで2点間の最短距離は直線だが、バカ正直に真っ直ぐ進むと後方から攻撃される。リンデンマルス号を始めイステラの全戦闘艦艇は艦尾側にも防御シールドやエネルギー中和シールドといった防衛システムを持つが、主エンジン稼働中はこれらを作動させられない。否、作動はさせられるが主エンジンから放射されるエネルギーによってこれが無力化されてしまうのである。したがって戦闘艦艇は敵に後背に回られることを極端に嫌う。だが撤退や戦場を移動させる場合にはそういうことを言ってはいられない状況になることもある。
 そこで敵にこちらの航路を読ませないために上下左右に進路を変えながら航行する。その際最も回避能力が高いのは乱数回避である。すなわちコンピュータが無作為に設定した座標へ向けて進路を自動的に変更するものである。
 ところがこれは艦載機の収容作業を行っている時には起動させられない。何故なら艦載機が着艦シーケンスに入っている途中でいきなり母艦が進路を変えたら艦載機は最悪母艦に激突することになる。
 といって艦載機に母艦の挙動を逐一伝えていたら敵に次の行動を読まれる可能性が大きくなり、回避行動の意味がなくなってしまうことになる。そこでいくつかのパターン化された回避行動をプログラムしておきこれを起動させるのである。
 これは艦載機側のナビゲーション・コンピュータにも予め入力しておき、シンクロナイジング・パルスを定期的に発することで同調させ、母艦の挙動に合わせて艦載機は自動着艦出来るというものである。
 したがって回避パターン作動中はリンデンマルス号も艦載機も、全てコンピュータ任せの自動操縦中ということになる。


「対空迎撃ミサイル発射!」

 追ってくるアレルトメイアの対艦ミサイルに対し迎撃ミサイルを発射する。だが艦が自動操縦で向きを変えるのでミサイル発射もただ闇雲に撃てばいいということにはならない。対艦ミサイルの接近するのとは逆側の迎撃ミサイルを撃っても意味がないからである。そういう意味で回避行動中は迎撃態勢も万全ではないと言える。

 実際、最後のアルファ2所属機が着艦体制に入ったところで、迎撃しそこねたミサイルが1基、リンデンマルス号に接近してきた。

「ミサイル接近!」

「迎撃しろ!」

「間に合いません!」

 MB内で観測士がまたも絶叫している。


 アレルトメイアの艦体司令はリンデンマルス号に接近するミサイルの姿を赤外線モニタで確認してほくそ笑んでいた。

「手こずらせやがって……」

 だが着弾を疑わなかった司令の顔が青ざめる。

「馬鹿な! 何故着弾前に爆発した!?」

 その時、赤外線モニタにリンデンマルス号の艦載機が1機、急旋回する姿が映ったのだった。


 MB内の会話はいまだフルオープンでACR(航空管制室)に聞こえており、それが発進バレルのシリンダー内で待機中の第1航空隊第1小隊(アルファ1)第3航空隊第2小隊(チャーリー2)にも聞こえていた。

『対艦ミサイル第2波、接近!』

『対空迎撃ミサイル、発射!』

『全弾、命中! 大破!』

『第3波、ミサイル接近!』

『対空迎撃ミサイル、発射!』

『全弾、いえ、1基、撃ち漏らしました! 接近してきます!』

『馬鹿野郎! 再度、迎撃ミサイル発射だ! 迎撃しろ!』

『間に合いません!』

 それを聞いた瞬間、アルファ1の第3チーム1番機(スクエア3-A)のコックピット内でアニエッタが叫んだ。

「出るわよ!」

「バカ、出撃命令は出てな……」

 ナビシートの相棒が驚きの声を上げたがアニエッタはそれを遮った。

「バカはどっち! そんなもん、待ってらンないわ!」

 そう言ってスロットルレバーを全開にして発進したのである。

 直ぐにヘルメット内のスピーカーからACRの管制官の声が聞こえた。

『おい、スクエア3-A、何してる!? 出撃命令は出てないぞ!』

 だがアニエッタはそれを無視した。
 発進したアニエッタの乗った機体、艦上戦闘機F-118はバレル内で折りたたんでいた主翼を広げつつ大きく旋回していた。

『おい、アニエッタ! 何してやがる! さっさと戻ってこい!』

 航空科長のアロンががなりたてていた。アニエッタは通信機をオフにした。

「おい、アニエッタ……」

 相棒であるナビゲーターの男性少尉がヤレヤレと言った感じで声を掛けた。

「さすがにマズイぞ?」

「そんなことより、さっさとミサイルを捕捉して!」

「もうしてある。だけど……」

「やるじゃない。私のことよくわかってるわね。さすがバディだわ」

「おい……」

 相棒が少し照れた。
 実はアニエッタとコンビを組んでいる少尉は密かにアニエッタに想いを寄せていた。もっとも気の強いじゃじゃ馬で提督の娘であるアニエッタには中々それを伝えられないでいるが。

 その間にも機体はミサイルに接近していく。ミサイルはリンデンマルス号の回避行動に合わせて進路を変えつつ接近していた。

 アニエッタは急降下で接近しつつ、照準器にミサイルを捉えた。

「ターゲット、ロックオン!」

 そうして対空ミサイルの発射ボタンに手を掛けた。だが直ぐに指を離し、今度は操縦桿の機銃発射用レバーに指を掛けた。

「アニエッタ?」

 ナビゲーターがアニエッタに声を掛けた。

―― ターゲットと母艦(マザー)(リンデンマルス号)が近すぎる!

 対艦ミサイルを着弾前に破壊しても、その爆発エネルギーや残骸がリンデンマルス号を傷つける可能性がある。それにこちらの対空ミサイルの爆発エネルギーがプラスされると被害がさらに大きくなる。それで機銃を選択したのだったが、アニエッタはミサイルの後半部分、燃料タンクと思しき場所と推進噴射口を狙った。ミサイルを爆発させずに無力化、要するにリンデンマルス号に当たらなければいいという発想からである。

 対艦ミサイルに急速接近するアニエッタの機体から26mm弾が発射されミサイルに吸い込まれていく。
 やがてミサイルは推進装置を破壊されリンデンマルス号を追尾出来なくなった。そこへ今度こそ対空ミサイルを撃ち込んで破壊したのだった。

「やったわね!」

「ああ、上出来だ!」

 アニエッタが機体を起こしながら言うとナビゲーターも快哉を叫んだ。

 しかしながら直ぐにヘルメット内に怒声が聞こえた。

『馬鹿野郎! さっさと戻ってこい!』

「ちっ」

 アロンの声に舌打ちしたアニエッタ。確かに命令違反だが母艦を救ったんだからいいじゃないか、と考えていた。

「もう少し警戒に当たるわ。帰投はそれから……」

 と言ったところで別の声が聞こえてきた。

『今後の作戦に支障となるのでスクエア3-Aは直ちに帰投するように。直ぐに戻ってこないと置き去りにしますよ』

 レイナートだった。
 そう言われては戻らざるを得なかった。

「スクエア3-A 、帰投する」

『こちらACR、了解。スクエア3-Aは回避パターンC3にて着艦せよ』

 その命令にナビゲーターが回避プログラムを立ち上げる。直ぐに機体はナビゲーション・コンピュータの支配下に入り自動操縦に切り替わった。


 機体が着艦しハンガー内に進んだところで甲板員が駆け寄った。

MB()じゃあ、相当お冠のようだぜ?」

 だが言われたアニエッタはどこ吹く風だった。

「何よ! 上がしっかりしてないからアタシが出る羽目になったんじゃない。怒られる筋合いはないわ!」

 酷い剣幕のままエアロック内に入り、空気が満たされたところでヘルメットを脱いで艦内に入った。そこにアロンでも待っているかと思ったが、誰も居ないのでいささか拍子抜けだった。

 実際アロンは下へ降りようとしたがレイナートに止められていた。

「航空科長、今は第4種配備中です。持ち場を離れては困ります」

 それで渋々MBに留まったのである。
 だが黙ってはいられなかった。それでマイクに向かって怒鳴った。それは直ぐに拡声器からアニエッタの耳に響いた。

『さっさと上がってこい! 勝手に暴走しやがって!』

 アロンの声をアニエッタは妙に冷めた表情で聞いていた。

―― 勝手にって、普通、許可をもらって暴走はしないでしょうに……。

 ヘルメットを小脇に抱えエレベータに乗り込んだ。アニエッタとナビゲーター、レベル12で降りると目を吊り上げ怒りも顕なアロンに出迎えられた。

「馬鹿野郎!」

 だがレイナートが2人の前に立ったのでアロンは引き下がらざるを得なかった。

「アニエッタ・シュピトゥルス中尉、出頭しました」

 そう言って敬礼する。
 敬礼を返したレイナートが言った。

「両名、休め」

 2人は足を肩幅に開き、空いている手を背中に回して胸を張った。アニエッタは長い燃えるように真っ赤な髪を小さく束ねており、ピッタリと身体に張り付く飛行服は慎ましやかな胸をそのままの通りに表していて、小柄な身長と相俟っていささか幼く見えなくもない。
 そうして勝ち気なアニエッタは悪びれず、どころか少しも殊勝な表情ではなかった。

 レイナートが穏やかに言った。

「シュピトゥルス中尉、機銃を使い、本艦に被害を出すことなくミサイルを無力化した腕前、見事でした」

「えっ? あっ、はい、ありがとうございます」

 頭ごなしに叱責されると思っていたから思わず変な返答になってしまった。

「ですが……」

 そこでアニエッタの表情がまた険しくなった。「どうせ処分するんでしょ」と。

「2度は許しません。次回は有無を言わさず営倉に入ってもらいます。いいですね?」

「はい」

 アニエッタは驚きつつも素直に返事をした。

「艦長!?」

 アロンが目を丸くして言う。甘すぎると言いたかったのだろう。
 だがレイナートはそれ以上何も言わずにアニエッタを下がらせた。

「では、部署に戻るように」

 レイナートが言うと、アニエッタはようやく相好を崩した。

「はい、ありがとうございます」

 レイナートは苦笑した。そうして表情を厳しくした。

「勘違いしないように。命令無視を認めた訳じゃないですよ?」

「わかってます」

 そう言うとレイナートに敬礼して立ち去るアニエッタとナビゲーターだったが、どこまでわかってるのか、本当にわかってるのかと疑いたくなるような明るい笑顔のアニエッタだった。


 そのアニエッタは格納庫に下がるエレベータ内でも静かに微笑んでいた。

―― アイツ、意外と話のわかる奴じゃない。

 それを横目で見ているナビゲーターは複雑な心境だった。

―― あ~あ、アニエッタのヤツ、艦長に惚れちまったのかなぁ?

 歳は大して違わないのに片や少尉、相手は大佐。どうあがいても勝ち目はなさそうだった。

 一方、相棒にそういう目で見られていることに全く気づいていないアニエッタはレイナートのことばかり考えていた。

―― さすがに、あの歳で大佐になるくらいなんだからデキるヤツなんだろうけど、懐まで深いとは思わなかったわ。

 一度だけ補給先の司令部の表敬訪問に随行したことがあるだけで、1艦載機乗りと艦長では普段は接点はほとんどないと言っていい。だから特別レイナートを意識するようなことはなかった。だがなんとなくレイナートに興味を持ち始めていた。

―― もしもオヤジさん(シュピトゥルス少将)からまた縁談で、今度はアイツを勧めてきたら、少しは考えてもいいかな……。

 そんなことを考えた自分に驚き、急に気恥ずかしくなったアニエッタは早々とヘルメットを被って格納庫に向かった。

 髪の毛の色にも負けないくらい自分の顔が赤くなっていることに気づいていたからだった。
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