遥かなる星々の彼方で
R-15

第70話 暴走 2

 アニエッタが MB(主艦橋)から立ち去ったところでクローデラがCIC(戦闘指揮所)に向かって厳しい口調で言った。

「ミサイルの捕捉及び照準合わせは私がやります! 制御をこちらに回して下さい!」

 アニエッタの暴走はCICでミサイルに対処出来なかったことが原因だけに、船務部の情報解析士官としては納得出来なかったのだった。
 通常、戦闘時における探査・哨戒は戦術部が担当することになっている。だがその結果はどうだ。ミサイルを仕留め損なったではないか。

 船務部は職掌範囲が非常に広い。操艦から索敵、探査、哨戒、観測、通信、防衛システム(防御シールドとエネルギー中和シールド)操作といった、直接戦闘とエンジンを除く艦の基本操作を全て担当すると言っていい。
 だからCIC(そっち)で出来ないならIAC(こっち)に任せろ、ということだった。

 そういうことを言われれば当然ながら戦術部は黙ってはいられない。

「余計な口出しは無用だ!」

 戦術部長のギャヌース・トァニー中佐が怒気も顕に言う。だが今度は船務部長のキャニアン・ギャムレット中佐も黙ってはいなかった。

「だったら初めからちゃんとやれ! 着弾してたらどうするつもりだ!」

「だから最後には仕留めただろうが!」

「待機命令無視で出撃した機体が、だろうが! それで偉そうに威張るな!」

 互いに顔を突き合わせ怒鳴り合う。MB内の雰囲気が険悪になった。

 そこに観測士の新たなる報告が入った。

「C1(捕捉した巡航艦。ここでは重巡航艦のこと)接近、距離1300!」

 そこでエメネリアがレイナートに焦ったように言う。

「荷電粒子砲、来ます!」

 レイナートはそれを聞いて直ぐに指示した。

「今後ミサイルの捕捉、照準はIACが行なえ!
 パターン回避解除、艦首回頭、面舵一杯。右舷エネルギー中和シールド展開準備!」

「パターン回避、解除!」

「艦首回頭、おぉぉかぁじ!」

 IAC内が活気づく。CICとしては面白くないがアレルトメイア艦の砲撃を前にそういうことは瑣末事である。

「艦内全エネルギー、右舷エネルギー中和シールド展開装置へ」

 いくらリンデンマルス号の装甲が他の艦艇に比べて桁外れに厚いとは言っても荷電粒子の弾丸を弾き返すことなど出来ない。したがってエネルギー中和シールドか防御シールドを展開し艦体を保護するのである。

 エネルギー中和シールドは陽電子や反陽子を発生させ、相手の放った荷電粒子と対消滅で相殺させる防御システムである。この装置は当然のことながら大量のエネルギーを必要とする。
 宇宙空間、というか自然界にも反粒子(反陽子や陽電子)は存在する。だがそれがほとんど観測されないのは発生と同時に対消滅で消え去っているからとされている。ということはつまり、この防御システムは自然に消えていく以上に反粒子を大量発生させなければならないということである。それは喩えるならば真夏に人工降雪機で雪を積もらせようというものに近いかもしれない。
 したがって陽電子や反陽子を1つ2つ発生させるだけならそれほどでもないのだが、いわゆる反粒子の分厚い壁を作って艦体を保護しようとのであるから当然莫大な数の反粒子を発生させなければならい。故に主コンピュータへの電力以外の全てのエネルギーをつぎ込まなければならないのである。よってエネルギー中和シールド展開中は他には何も出来ないと言えるのである。

 一方の防御シールドは強力な磁場を発生させ荷電粒子の弾丸を偏向させるというシステムである。エネルギー中和シールドほどエネルギー要求量は高くないが、必然的にエネルギー中和シールドほど防御性能が高くない。大きく思い荷電粒子弾だと防御シールドどころか装甲を貫通する虞がある。

 したがってどちらを使うかは一種の賭けになる。防御力を取る代わりに下手をするとその後が防戦一方になりかねない。かと言って荷電粒子弾の直撃を食らったらタダでは済まない。
 だがレイナートは躊躇わずにエネルギー中和シールドを選択した。
 兵器研究所では個々の兵器の実験を行っている。そうして理論値からある程度までの被害予測も公開されている。だがそれはあくまで理論値でしかない。荷電粒子砲の直撃を受け、その被害を実体験してみたいと考えるバカはいない。そう考えればレイナートの決断も納得出来るものである。

 だがエネルギー中和シールドの展開は大量のエネルギーを要するとともに時間も必要である。その間本当に何も出来ないと言っていいに等しい。
 そこでクローデラが進言した。

「艦長、ドルフィン1での待機を許可願います」

「ドルフィン1で? どういうことですか?」

 レイナートが問う。

「アレルトメイア艦からの荷電粒子砲以外の攻撃や艦体行動の捕捉のためです」

 クローデラは簡潔に説明する。

「出動は危険すぎて許可出来ない」

「いいえ、発進の必要はありません。飛行甲板(フライトデッキ)上で探査システムだけを稼働させます」

 そこでクレリオルが口を挟んだ。

「それでも危険が多すぎる。第一、誰にやらせるんだ?」

「もちろん小官がやります。発進する必要はないのでパイロットもナビゲーターも要りません。小官一人乗り込んで機器の操作を行えば十分です」

「馬鹿な! 無茶過ぎるぞ!」

 キャニアンが部下を諌めた。だがクローデラは聞かなかった。

「ですがエネルギー中和シールド作動中に相手の動きを捕捉する方法が他にありません。相手は1隻だけではありません。他の動きも常に把握している必要があります」

 人形のように整った顔立ちの物静かな女性。政治家ファミリーの中で唯一軍人を選んだ変わり種。誰もがクローデラをそうとしか捉えていなかった。だが目の前の若い女性士官はそんな言葉では括れない程の熱い心の持ち主だった。

「フラコシアス中尉、提案を許可します。ですが危険を感じたら直ぐに艦内に退避すること。いいですね? では、よろしくお願いします」

 レイナートはそう言って頭を下げた。

「ありがとうございます、艦長。ですが、部下に頭を下げる必要はないと考えます」

 そこでアロンがマイクに怒鳴った。

「第1格納庫、ドルフィン1をフライトデッキに出すぞ。今から船務部のフラコシアス中尉がそちらに向かう。以後ドルフィン1は中尉の指示に従え」

 そうしてクローデラに向かって言った。

「第1格納庫へ行ったら大至急、とにかくサイズの合う飛行服に着替えろ。強化型宇宙服よりも防御性能が高いからな」

 飛行服もほぼカスタム・メイド。クローデラ専用のものなど元からない。だから誰かの ― 当然女性パイロットから ― を借りる必要がある。

「了解しました。ありがとうございます、少佐」

 そう言い残してクローデラがエレベータ内に消えた。

 それを見送った後レイナートが確認する。

「荷電粒子砲の状態は?」

「加速率85%」

「まだか……。仕方ない」

 エネルギー中和シールドを作動させると当然荷電粒子砲の発射準備も中断される。一旦加速器を止めると荷電粒子の速度は下がっていき発射のためには再加速が必要となる。

「D1(捕捉した駆逐艦。ここではその1ということ)、D2(同、その2)、距離1100、尚も接近中。間もなく中立緩衝帯に差し掛かります」

 観測士が報告する。

「アレルトメイア艦隊に発信。中立緩衝帯に近づいているから速やかに下がるよう伝えろ」

「了解」

 通信士がアレルトメイア艦隊に無電を行う。だがそれで進路を変えるようなら初めから攻撃などしてこない。進路を変えずに最大戦速で接近しつつあった。

「C1、距離1250!」

「艦長、直ぐに!」

 観測士の報告にエメネリアが叫ぶ。

「エネルギー中和シールド展開!」

 レイナートも叫んだ。

 IACの担当者がスイッチを入れる。やがて艦内の照明が次々と消えていく。
 クローデラが乗り込んだドルフィン1も艦載機用エレベータでフライトデッキに上昇中だったが辛うじて途中で止まらずに済んでいた。

 そうしてクローデラは艦の右舷側に凄まじい閃光を見た。それはアレルトメイアの重巡航艦が発射した荷電粒子砲がリンデンマルス号のエネルギー中和シールドと反応を起こしたものだった。

「きれい……」

 思わず我を忘れて見惚れてしまうほどのまばゆい輝きだったが、よくよく考えてみれば荷電粒子砲は物質を素粒子レベルで破壊する兵器である。悠長に綺麗だなどと言ってられるほど生易しいものではない。
 それを思い出し思わず身を震わせながら作業に戻った。

 観測機器の全てを立ち上げアレルトメイア艦の動きを探知する。だが今のところエネルギー中和シールドが放つ凄まじいエネルギーで機器は正常に作動していない。

―― もしかして、私のしていることは無駄だった?

 そんな思いに駆られてしまった。

―― どうしよう……。

 リンデンマルス号が荷電粒子を「中和」している間にも他の艦が迫ってきているはずである。それを捕捉しておかないとリンデンマルス号が通常状態に戻った時に手遅れになりかねない。

 クローデラはチラリと無人のコックピットを見た。

―― 士官学校以来乗ってないけど……。

 だがやれることがあればやるべきだろう。

「悩んでる暇はないわ」

 クローデラはそう自分に言い聞かせ主操縦席に座った。飛行服に着替えていたから出来たことで、嵩張る宇宙服のままなら座ることさえ難しかったろう。
 探査機器を作動させているから機体のメインシステムは既に起動している。したがってドルフィン1を発進させることは不可能ではないはずである。だが実機の操縦席に座るのは士官学校の訓練機以来3年振りで、しかもドルフィンは初めてである。操作方法がわからない。

 元々、士官学校出の士官は必ず飛行訓練を受けている。特に専修科の場合、飛行ライセンスの取得は卒業の必須条件だから必ず任官時にはライセンスを持っている。
 そうして毎年、ライセンス更新のための手続きを行わないとライセンスは失効してしまうが、そのためには年間を通して決まっただけの実機飛行実績が必要とされる。戦術部等の直接戦闘部門に籍を置く者は、たとえ陸戦兵であれ砲兵であれ優先的にこの実機飛行訓練が受けられる。
 だがそれ以外の部門だと中々そうはいかない。
 本人もライセンスにこだわりがなければ、飛行訓練を受けなくなってしまうというのが実情である。
 クローデラもリンデンマルス号に着任以来、1度も実機での飛行訓練を行っていないのでライセンスを失効していたのだった。

 クローデラはドルフィン1の通信機の周波数を宇宙服のそれに同調させた。

「こちらドルフィン1、フライトデッキ、聞こえますか?」

『聞こえてます。なんでしょうか、中尉殿?』

「ドルフィン1を離艦させます。手順を教えて下さい」

『無茶です、中尉。それに発艦命令は出ていません』

「許可を取ってる時間はないわ。直ぐに飛んで索敵を開始しないと手遅れになるわ」

 そこで別の声が飛び込んできた。

『おい、クローデラ、馬鹿な真似はやめろ!』

『そうだぞ! 実機はシミュレータとは違うんだ。下手すりゃ帰ってこれなくなるぞ』

 キャニアンとアロンである。クローデラを思い留まらせようと必死だった。

「誰でもいいわ、直ぐに手順を!」

 クローデラは聞く耳を持っていなかった。手順を教えろとうるさいくらいに通信機に向かって言っていた。
 しばらく無線機は沈黙したままだったがやがて必要な情報が聞こえてきた。

『中尉、今から手順を説明します。難しいことはありませんが注意して聞いて下さい。
 先ず、正副両操縦席の間のコンソールの黄色いレバーを上げて下さい。それで機体側から牽引索が外せます』

「黄色いレバー……、これね。上げたわ」

 機体を固定している牽引索が外れた。だがコックピットからは死角であって目視は出来ない。しかしながらコンソール上のランプが一つ消えたことで確認が出来た。

『次にその上方に赤い大きなレバーがあるはずです。ポジションはどうなってますか?』

「赤いレバー……、ポジションは真ん中ね」

『ではそれはロケットとイオンスラスタの両方を使える設定になってます。それを下に下げて下さい。それでイオンスラスタだけになります。機体を大きく動かすんでなければそれで十分なはずです』

「了解、レバーを下げます」

『最後に操縦桿の真ん中に青い大きなボタンがあります。それを押しますが、その前に……』

「その前に……?」

 指定されたボタンを押しそうになったところを思い留まって聞き返した。

『両足をペダルから離して下さい。複雑な機体制御をしないならペダルは使わない方が操縦は簡単です』

「了解」

 そう返事をしてクローデラはペダルから足を降ろした。

『ではボタンを押して下さい。結構力を入れないと押せません』

 言われた通りグイとボタンを押し込んだ。だが特に目立った変化はなかった。

「押したけど……」

『それで操縦桿を軽く引いて下さい』

「?」

 言われた通りに重い操縦桿をゆっくりと手前に引いた。すると機体が機首を挙げてゆっくりと浮上した。

「飛んだわ!」

『手順通りやれば必ず飛びます……。そんなことより、あとは操縦桿で行きたい方向に向けて下さい。士官学校の時のシミュレータと同じ要領のはずです』

「了解。ありがとう」

 そう言ってクローデラは機体を左に旋回させながら上昇していった。

『ただし中尉! 制動は操縦桿を戻すだけではダメで……』

 そこで通信が途絶えた。宇宙服の通信機の電波到達範囲を越えたようだった。

「戻すだけではダメって、どうすればいいのよ?」

 焦ったクローデラは操縦桿を今度は逆に前へ倒してみた。すると今度は機首を下げて降下していく。フライトデッキが眼前に迫ってきて冷や汗をかいた。操縦桿を引いて再び上昇させた。

―― まったくもう、ちゃんと最後まで教えてよ!

―― ところで、例えば青ボタンをもう一度押したらどうなるのかしら?

 上昇しながらそう考えて急いで首を振る。

―― 余計なことをしたら、それこそ帰還出来なくなるわ。思い出せ、あの時の教官の言葉を!

 クローデラは記憶を辿っていく。すると飛行教官の顔、声、そうして言葉も思い出してきた。

―― 宇宙空間で制動を掛ける場合、進行方向に対し逆向きとなるベクトルのエネルギー噴射が必要となる。要するに逆噴射だ……。

―― そうして我軍の宇宙飛行用の機体は……。

 そこでクローデラは身体を捩って足元を覗き込んだ。先ほど足を載せたペダルの間にもう1つ、左右のよりも大ぶりのペダルがあった。
 それをぐいと両足で踏み込んだ。
 そうしてフロントパネルの座標計に目を向ける。これはリンデンマルス号を原点とした3次元立体座標表示計で、自機が原点からどの方向でどのくらい離れているかを示すものである。その距離の表示の数字が止まったことで静止が確認出来たのだった。

「原点から、-10、0、21……。左舷上方30度、距離3500m。ここなら良さそうね」

 そう言うとクローデラは後方の解析席に戻ってレーダー確認を再開した。
 既にアレルとメイア艦艇が射程距離内にいる以上、その他の計器の使用はあまり意味がない。レーダーから得られる情報をリンデンマルス号に送りさえすればいい。たとえ今は宇宙服の通信機でしか聞こえなくても情報が何もないよりはマシだろう。

「レーダーに感応あり。D1、D2、距離950。再度ミサイル発射。方位……」

 あとは何とか対処して。そう思いながら無言の通信機に向かってひたすら数値を読み上げるクローデラだった。
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