遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第80話 老朽艦

 

 不審な貨物船を拿捕し、アレルトメイアに引き渡してから5年の歳月が流れていた。
 その間レイナートは少将に昇進するも、リンデンマルス号の艦長職に留まっていた。

 リンデンマルス号は就役から既に30年近い。今ではイステラ連邦宇宙軍の全戦闘艦艇群随一の老朽艦となってしまっていた。
 幾度となく退役の話は出たのだが、それがいまだに現役であるのはイステラを取り巻く国際情勢の大幅な変化によるところが大きい。
 すなわちアレルトメイア帝国との開戦である。


 エメネリアの腹違いの妹、第2皇女の謀略から始まったアレルトメイアの内戦は当初は泥沼の様相を呈した。だが即位した新皇帝 ― エメネリアの腹違いの弟 ― は急速に事態を収束させた。貴族達を再び自らの勢力下に取り込み、信賞必罰を徹底し結束を強要した。その貴族がもしも領内に内紛を抱えていて動けないとなれば、近衛軍を派遣して力ずくで揉め事を収めさせ祖国に協力すべし、としたのである。そうしてわずか3年という短時日で内戦を終了させたのである。
当然のことながら革命勢力は反乱分子として厳しく断罪した。徹底して血の粛清を断行したのである。
 この、曲がりなりにも立憲君主国家であった帝政アレルトメイア公国から、より強い専制君主国家への移行を成し遂げた皇帝は、国名をアレルトメイア帝国と改め、支配を強めたのだった。


 この事実は、対話を以て、より民主的な国家への移行を願っていたエメネリアを深く傷つけるに至った。
 貴族制という身分制度に強い反感を抱いていたエメネリアには受け入れがたいことである。
だが己は国を捨てた身。出来ることは何もなかった。

 そうして国内を再統一した皇帝は国民の不満の矛先にイステラを選んだのである。
国民に対しては「反乱分子を扇動したのはイステラである」と説明した。それで納得しようがしまいがどうでもいい。とにかく「恨むならイステラを恨め」と突っぱねたのである
 一方、イステラに対しては「反乱分子と戦う国家に協力せざるは利敵行為と同等である」として、言いがかりにも似た難癖をつけたのである。
 だがこれはイステラにしてみれば事実無根のまさに言いがかりであり、自ら虐げている国民の鬱憤張らしに利用されたのでは堪ったものではない。


 確かにイステラは「事態の趨勢を見極める」という名目のもとにアレルトメイアの内戦を傍観していた。したがって皇帝側にも革命側にも手を貸すことはなかったのである。

 双方にいい顔をすれば、それこそ「節度なき八方美人」の誹りは免れ得まい。
それとも双方が潰し合うように裏で糸を引くか? 幸か不幸か、あいにくとイステラ連邦評議会の評議員にはそこまで悪辣な人物はいなかった。
 ではどちらかに賭けるか? だが外した時の損失、被害は想像を絶するものになるのは目に見えていた。となると判断が難しい。まさか国家運営をギャンブルにすることなど出来ようはずがない。
 したがって静観するしかなかったのである。
 それ故帝国側の言い分には納得できなかったのだった。

 外務省は帝国の非難に対し正々堂々と抗議した。だが帝国は自説を曲げず、終始、イステラを責め続けた。そうしてついに決裂。両国は戦火を交えるに至ったのである。


 ディステニアとの停戦から30年余、ようやく国家体制が元に戻りかけていたイステラにとって、まったくもって迷惑な話である。
 だが一度戦端を開いてしまえば、国を挙げて対処しなければならない。
 国家財政は再び軍事中心になり、様々な行政サービスが抑えられることになってしまった。
 ことに今回の場合、対アレルトメイアだけという訳にはいかなかった。

 ディステニアとは停戦しているが、いまだ和平条約の締結も国交の回復も行われていない。情報部によればアレルトメイアとディステニアが手を結んだ形跡は今のところはない。だが「敵の敵は味方」として、何時共同戦線を張るかはわからない。この機に乗じて再び仕掛けてくる可能性が否定できなかったのである。

 したがってイステラとしてはアレルトメイアと接する第七管区のみならず、ディステニアと面する第六管区への警戒をさらに強めざるを得なかった。
 そこで第一から第五までの方面司令部に所属する部隊が第六・第七方面司令部に派遣されるに至り、同時に徴兵制度復活の準備も進められたのである。

 この流れにあってリンデンマルス号は現役の延長を余儀なくされた。そうしていずれは自らも退役、と目論んでいたレイナートの先行きも不透明なものになりつつあった。


 本来、少将ともなれば1個連隊の司令、もしくは師団司令部の高級幕僚が相当職である。さもなければ辺境惑星の大隊~連隊規模の駐留艦隊基地司令クラスである。それからすれば、少将で1隻の艦長というのは階級に対し役職が低すぎる。
 だがリンデンマルス号はそもそも「1隻で1個艦体に匹敵する戦力」として建造が計画された。就役までの間にかなり様変わりしたが、それでもアレルトメイア艦隊との遭遇戦ではその高い戦闘能力を実証してしまった。それで「将官が艦長でも構わんだろう」とされたのだった。
 そうしてその陰には、レイナートが士官学校一般科卒業であるということも影響していたのである。

「一般科出に艦隊司令や基地司令をさせるのなど言語道断!」ということであった。


 もっとも、当のレイナートはいまだ楽観していた。実際、諸費用を支払うことなく退役できるようになるまでにはまだ数年ある。それまでの間にまた情勢が変わるかもしれない。そのように考えていたのである。
 それに昇進に関しては相変わらず気にも掛けていなかった。どころか、引き続きリンデンマルス号の艦長ということには安堵していたフシがある。
 これが地上の基地勤務だと色々とシガラミやら権力抗争やら、絶対に首を突っ込みたくない世界に巻き込まれることになるだろう。軍も上に行けば行くほど官僚機構の色彩が強くなったからである。
 だが戦艦の一艦長ならそういったことは少ない。なので現役を続けるなら宇宙勤務はありがたい、とさえ考えていたのだった。

 それと宇宙勤務だと仕送りが思う様に出来た。これもレイナートには嬉しいことだった。
 レイナートは年齢の割に階級が高いので一般的にも高給取りである。だが艦艇勤務、言い換えれば艦内暮らしでは金の使い道などほとんどない。だから必要最小限度を残して全部実家に仕送りしていた。
 これで弟も妹も大学に行けたと言うし、実家も無理な借金を背負うことはなかったという話で、家計を助けることが出来たのは嬉しい限りだった
 ただ、いつの間にか実家では、レイナートの仕送りをアテにし過ぎるきらいが出てきて、それはそれで問題だと感じ始めてはいたが。


 とは言うものの艦内は良い事尽くめでもない。相変わらずコスタンティアやクローデラ、エメネリアら主要女性スタッフからは陰に陽に迫られることが多かった。皆、既に30代半ばに差し掛かり焦りが出始めたのである。
「早く、誰かに決めてよ!」と皆、思っているものの、ではその「誰か」はあくまで自分であって他の女性ではない。

 艦内では「レイナート艦長とそのハーレム要員」などとゲスなことを言う輩もいるが、彼女らは誰ひとりとしてハーレム容認派ではない。愛する男性が他の女性にも愛情を注ぐことを許すような「寛大」な精神の持ち主ではない。極めて良識的で常識的な女性ばかりである。
 ただ夫婦は同じ宇宙勤務にはならないというジレンマもあって、彼女たちの中では諦めムードも出始めていた。
 ただし、それならいっその事、レイナートは諦めて別の男性に、といかないところはまだまだ未練たっぷりである。

―― それなら、むしろ結婚しないで艦内で事実婚でもいいかしら……。

 だがそれは艦内風紀上よろしくないし、保安部に目をつけられかねない。
サイラ・レリアルス中佐は45歳の定年を迎え地上勤務となった。新たな保安部長は他の艦から異動してきた男性少佐で、これが非常な堅物だった。杓子定規で融通が利かないだけに、ヘタをすると懲罰委員会に呼び出されかねない。したがって自重せざるを得なかった。
 しかもアレルトメイアとの戦争である。離れ離れになったら二度と会えなくなることも可能性として否定出来ない。
 動くに動けない状況にあって、レイナート獲得戦は微妙な小康状態を保ったまま、表面上は一応沈静化していた。


 ところでこの5年の間に、イステラにおける技術の進歩は目覚ましいものがあった。

 重力場形成装置(ワープエンジン)は跳躍距離の延長と短縮、さらに小型化にも成功した。つまり自由度が非常に高まったのである。
 反重力発生装置、慣性制御装置などの重力制御関連装置も性能は上がった。より重い艦艇も地上降下が可能となったのである。
 荷電粒子砲は粒子加速器の性能が上がり再発射までの速度が向上した。リンデンマルス号に搭載されたものは再発射に30分近くもかかっていたが、これが10分以下に短縮されたのである。しかも口径は200cmに拡大されている。

 これらが新造艦に搭載されたのはもちろんである。
 最新鋭の戦艦や巡航艦はしたがって大型化され、イステラ軍としては名目上、戦力は上がっていた。ただし戦艦1隻造るのに数年は要するし、 船渠(せんきょ)の数にも限りはある。したがって最新鋭艦が実働部隊全てに配属されるまでには長期間を要するのは一目瞭然である。

 そこで現役の艦艇の改修が行われるに至った。特に現役期間が長く、そろそろスペック的に見劣りする艦の実力向上を図り、戦力の底上げを目論んだのである。
 だがこれも地上に降下出来る艦艇はいい。地上で改修が進められる。だがリンデンマルス号の場合、そもそも地上降下出来ない。第三方面司令部のある惑星シュナルトワの宙空ドックでないと作業ができないのである。

 だが宙空ドックでは新型の重力場形成装置に載せ替える作業は不可能だとして換装が見送られた。だが現在でも1度に300光年は跳べるのだから問題はないとされた。
 反重力発生装置に至っては地上降下できないことが判明した時点で搭載すらされていない。それ故艦内にそのためのスペースが元々ないのである。したがって反重力装置を搭載するためには文字通りの大規模改修が必要となるのでこれも却下された。
 ならば老朽艦でもあることだし、いっその事、退役させればいいような話だが、軍はリンデンマルス号の現役延長にこだわった。やはり搭載される荷電粒子砲、20基40門という数が魅力だったからである。
 そこで艦の耐用年数を延長させるための改修が実施され、主砲の荷電粒子砲は高性能の新型に換装された。それ以外は艦載機が新型に世代交代しただけで退役を先延ばしにされたのである。


 だがそこには止むに止まれぬ事情というのも確かにあった。
 何故なら、確かに重力場形成装置、重力制御関連の装置に荷電粒子砲の高性能化には成功したが、それに見合うだけのエネルギー供給システムには目立った進歩がなかったのである。
 宇宙線を取り込み艦内エネルギーとするエネルギー供給の基幹システム。このための外装パネルと呼ばれる宇宙線取り込み装置の効率アップは微々たるものだった。したがって、特に、強力化された荷電粒子砲を多数搭載しようとすると外装パネルの数を増やさないとならない。そうでないとエネルギー供給が間に合わず、全門を同時には撃てないのである。これでは戦闘艦として全く意味がない。

 と言って外装パネルを増やすということは艦の表面積を大きくするということである。ということは艦体を大きくしなければならない。
だが闇雲に大きくすれば、今度は艦体が重くなって地上降下できなくなる。宙空ドックも新設しなければならなくなる。
 故に新造艦艇も砲の威力は向上したが、思ったほど砲門数を増やせなかったのである。
リンデンマルス号の退役が先送りにされた大きな理由がこれであった。

 とにかく他に類のない巨体である。外装パネルの効率アップはなくとも備える数が半端ではないから、砲の威力が上がっても十分なエネルギー供給が可能だとされた。そこには、大分甘い見通しもあったと言わざるをえないが、いずれにせよ、現下において軍上層部はリンデンマルス号の現役続行にこだわったのだった。
 故に、もしも、アレルトメイアと戦火を交える事にならなければ、リンデンマルス号は既に退役していたのは間違いないところであった。

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