「重力波検出器に反応あり! 時空震を検知! 方位、225、-11、08。距離、15万。 中立緩衝帯のアレルトメイア側、リンデンマルス号からはおよそ150km付近、つい目と鼻の先である。 「その数、15!」 当然のことながら、それはアレルトメイアの宇宙艦隊であることが予想された。だがレイナートは戦闘配備を命じることも警戒するように告げることもなかった。つまり予測していたということだろう。 そうしてワープアウトしてきたアレルトメイア艦隊から通信が届いた。 『こちら、帝政アレルトメイア公国宇宙海軍所属、近衛第15連隊……』 MB内の拡声器から聞こえるその音声にエメネリアの顔がついほころんだ。 『……エイドルト・シュスムルス准将である。 レイナートが通信士に回線を開かせ応答した。映像付き通信にしたのは旧知の間柄ということでだった。 「こちらイステラ連邦宇宙軍中央総司令部所属、戦艦リンデンマルス号艦長レイナート・フォージュ准将です。 メインモニタに移るシュスムルス提督に向かってレイナートが言った。 『久しいな、フォージュ艦長。 「……」 それはアレルトメイア艦隊を叩いた功によってだから、レイナートは思わず首をすくめた。 『叛乱部隊を叩いてくれたと思えば何ということはない』 同胞であっても敵は敵、ということなのだろうか。シュスムルス提督はレイナートを咎めたり、非難するようなことは言ったりはしなかった。 『ところで今回の呼び出しだが、ようやく殿下を戻してくれるということだろうか?』 シュスムルス准将が尋ねた。それを聞いてエメネリアの顔に焦りが見えた。「まさか!?」と。 「いいえ。犯罪者の引き渡しです。おっと、失礼。犯罪の容疑者です」 『容疑者? アレルトメイア人のか?』 「ええ。我が国の法では裁けない、だが看過できない。そういった類の犯罪を行ったと思われる者達です」 『貴艦の傍に見える貨物船か?』 「ええ。今、捜査調書を送ります」 そう言ってレイナートはサイラの作成したファイルを送信させた。 「あいにく自供は取れませんでしたが、見つかった物証とレコーダーを調べさせてもらい判明したことです。ご確認下さい」 『わかった、とにかく見せてもらおう』 そう言うとシュスムルス提督は送られてきたデータファイルに目を通し始めた。 しばし双方無言となった。 『これが事実であれば許せん所業だな』 「ええ。小官もそう思いまして、それで提督にご足労願った次第です」 実はレイナートは事件の全貌がわかり始めたところで、シュピトゥルス提督にアレルトメイアとコンタクトを取ってくれるように頼んでいた。国境侵犯で強制退去、ではその後、この貨物船とその船員達は野放しになってしまう。そうなると再び同じことを繰り返すかもしれない。それはあってはならない。そう考えたからである。 アレルトメイアの複雑な国内状況、それ故にイステラは現在、アレルトメイアとの正式な外交ルート、チャンネルが確立されていない。 しかしながらそういう状況ではあっても、宇宙の現場で絶対に見過ごすことの出来ない犯罪が行われ、しかも自分らにはそれを裁く権利がない。となればコンタクトを取るべきだろうとレイナートは考えた。 「彼らを、単なる国外追放処分だけで野放しには出来ません。何卒アレルトメイアと交渉していただきたい」 艦長室から秘匿回線でシュピトゥルス提督に直接談判したレイナートである。 『艦長には同意見だ。だが気持ちはわかるが……』 しかしシュピトゥルス提督は渋った。とても一筋縄ではいかない問題としか思えたからである。 「とにかくこれ以上時間を掛けたくもありません。よろしくお願いします」 レイナートは押しの一手とばかりに言う。 『そうは言うが……』 それでも渋るシュピトゥルス提督。そこに追い打ちをかける。 「なんなら本艦の乗組員に、個人的に連絡を取らせますが?」 現在の船務部長クローデラの祖父は、いまだ連邦最高評議会外交委員長の要職にある。そこへ直接訴えるぞ、と脅しを掛けたのである。 『まったく……、貴官は……。普段は人畜無害のような顔をしてるくせに、こうなると押しが強いんだな。 レイナートの過去の記録を思い出したのだろう。半ば呆れ、半ば怒りに満ちた顔で提督が言った。 「いえいえ、そんなことはありませんが? 『まあいい……。 アレルトメイアからはエメネリアを帰国させるよう、非公式ながら度々要請があった。そうしてその引き取りのための部隊を直ぐに派遣する用意があることも伝えてきていた。 ヤレヤレと肩を落としたシュピトゥルス提督は外交委員長に密かに相談した。 相談された外交委員長は、この問題を政府内で検討することなく、即決で密かに許可した。 『絶対に極秘裏に進めるように。事が公になればクビが飛ぶだけでは済まんぞ?』 こうして外交委員長の非公式の了解を得て、シュピトゥルス提督は貨物船をアレルトメイアに引き渡す手続きを始めた。 そうしてアレルトメイアがエメネリア引き取りに用意していたのがシュスムルス提督の率いる艦隊であり、これは常に対イステラ即応部隊として待機していた。それが派遣されてきたというのが経緯である。 ただ、双方ともにエメネリアと直接関わりのある部隊である。エメネリアを帰国させろと言われると面倒なことになりかねない、という懸念もあった。 だがもちろんそれは政治的には認め得ることは出来ないことである。国が正式に受け入れた亡命者を軍部の勝手な判断で送還させるなどありえない話である。 したがってレイナートとすればそのような命令には従えないのは明白だが、そこでゴネると話がややこしくなって長引くだろう、とその場では考えた。とにかく貨物船をこのまま放り出す訳にはいかず、と言って他に押し付ける訳にもいかず、だったからである。 イステラからの申し出には素直に謝意を示したシュスムルス提督である。 『そうか。それは助かる。混乱に乗じてこのような悪逆な行いを為すなど絶対に許す訳にはいかん。裁判にかけて極刑に処してやろう』 「よろしくお願いします」 国は違えど、卑劣な犯罪行為は許せないという共通の思いがそこにはあった。 「それでは、貨物船をお引渡しします」 『了解した。部隊を遣わそう』 アレルトメイアの陸戦部隊を乗せたシャトルが貨物船に接近した。 「では、我々はこれで退去します」 そう言ってエレノアが敬礼した。 「お世話になりました」 そう言ってアレルトメイアの士官も敬礼した。 その後貨物船の乗組員は全員宇宙服を着せられた上で拘束され、アレルトメイア兵の操艦で貨物船はアレルトメイア艦隊へ向かった。 そうして双方の部隊の帰還途中、それぞれの指揮官の間では、当然のごとく、エメネリアを返せ、返さない、という話になっていた。 「彼女は我々が不当に拘束している訳ではありません。勘違いしないでいただきたい。 シュピトゥルス提督からの命令を半ば無視してレイナートは要求を突っぱねていた。 『そうはいかん。少佐は軍人である前に皇族である。しかも帝位継承権を持たれている。したがって殿下の亡命は認める訳にはいかない』 「そちらの事情は存じませんし、それは我々軍人が論ずべき事柄でもないと考えます。要望は正式な外交ルートを通して下さい」 『フォージュ艦長、我々はここまで出向いてやったのだぞ?』 「ええ。犯罪容疑者を引き取りにです。少佐をではありませんよね?」 『フォージュ艦長!』 ついにシュスムルス提督が語気を強めた。 そこでそれまで沈黙を守っていたエメネリアが口を挟んだ。 「提督……」 『殿下……』 モニタに映るエメネリアの姿を見て、シュスムルス提督は一瞬顔を綻ばせたが直ぐに険しい表情となった。それはエメネリアがイステラ連邦宇宙軍の軍服を着ていたからである。 「わたくしは自分の意志でイステラに留まることを決めたのです。もう国へ帰るつもりはありません」 『殿下、殿下のお気持ちはともかく、それが許されるとお思いですか?』 シュスムルス提督が尋ねる。エメネリアはそれに静かに答えた。 「ええ、許されないでしょうね」 『でしたら……』 「でも、どこへ帰れと言うのでしょう? わたくしの帰る場所が、帰れる所がまだあの国にありますか?」 この内戦の発端は新皇帝の血を分けた実の妹の第2皇女である。それに対する新皇帝の怒りは凄まじかった。即位した時には第2皇女は革命勢力に既に殺害されていたが、これを改めて不敬罪と国家反逆罪として断罪したのである。 ただでさえエメネリアは帝政についてはともかく、貴族制という階級制度、身分制度には反感を持っていた。したがって可能であれば、話し合いによる民主化を進められれば、と考えているのである。 「わたくしは、卑怯者の誹りを甘んじて受け入れる覚悟で、あの国を捨てたのです。最早二度と祖国の地を踏むことはありません」 エメネリアは毅然として言ったのだった。 『なれば残念ながら、小官は与えられた命令を実行しなければなりません。 「それはわたくしを処刑するということですか?」 シュスムルス提督は否定も肯定もしなかった。 「まさかこの距離で艦砲を撃つというのですか?」 エメネリアは、しかし、全く動じることなく言葉をつなぐ。 「提督、それは絶対にお勧めしません。この距離で撃ち合えば双方の被害は甚大なものになるでしょう。 無言でエメネリアの言葉を聞いていたシュスムルス提督がようやく口を開いた。 『それは興味深いお話ですな。ですが1度に15隻の艦を攻撃など……』 「できますが、ご覧になりたいですか?」 シュスムルス提督の言葉をレイナートが遮った。 「本艦主砲に死角はありませんし、同一目標も15基の砲塔で狙えます。ご要望とあらば何時でもお見せしますが、ミルストラーシュ少佐の言葉通り、本官としては絶対にお勧めしません」 リンデンマルス号は押しつぶされた菱形、正四面体、の形状である。各面の傾斜角から同一目標であっても確かに15基の砲塔で狙うことが可能である。したがって隊列を組んでいる15隻の艦艇ならば造作なく狙える。 ただし発射準備が完了していればの話である。まだ粒子加速器どころか粒子発生機すら稼働させていないのだから、最大威力とはいかなくとも、撃てるようになるまでには小1時間を要する。 モニタ越しに睨み合うシュスムルス提督とレイナート。 『エメネリア殿下は、本艦へ収容中、隕石の直撃で行方不明、ということにしておきましょう。 そう言うとシュスムルス提督が敬礼した。 「提督……」 エメネリアも敬礼した。 『殿下、お元気で。何時の日にか再びお目にかかれる日をお待ちしております』 「ありがとうございます」 「提督、お心遣いに感謝します」 レイナートも敬礼しつつ言った。 『殿下をよろしく頼む、艦長』 「かしこまりました」 『では、通信を終える』 シュスムルス提督がそう言うとモニタは暗転した。 「アレルトメイア艦隊、回頭。当域を離脱し始めました」 観測士が報告する。 「それでは……」 本艦も離脱する、とレイナートが言おうとしたところで同時に複数女性の声がかかった。 「「「艦長、コーヒーはいかがですか?」」」 そうして女性らは思わず顔を見合わせ、そうして険しい表情に変わった。コスタンティア、エメネリア、クローデラである。 レイナートもさすがにこの状況では「頼む」とは言えず押し黙っていた。 ―― きっと、そういうことなんだろうなぁ……。 レイナートとて、女心にそこまで疎いということもないから、自分に好意を寄せられていることに気づいていない訳ではない。 ―― これはちょっと困ったな。 否、ちょっとどころかかなり困った状況に陥っているのは明白だった。 だが、女性たちの好意を嬉しく思う反面、当惑気味でもあった。自分がそこまで魅力的な人物だとは思えなかったからである。 ―― それに、いずれ退役するつもりなんだけどな……。 イステラの連邦宇宙軍士官学校は入学と同時に、授業料、教材費から寮費、食費等に至るまで全額が軍から支給される。その代わり、任官後15年間は軍役に就かないと全額返還しなければならない。 だが彼女たちはどうだろうか? レイナートは別段軍人になりたかった訳ではないから、退役することに何ら躊躇うところはない。 そうして宇宙勤務は結婚すれば離ればなれになるのは既定路線と言ってもいい。階級はともかく、士官学校を出てまだ数年程度、ようやく新人と呼ばれなくなった年代の者の結婚に伴う異動に配慮してもらえることはない。軍はそこまで甘くはないのである。 逆に考えれば、そういった事情が一種のジレンマとなり、それが余計に恋心に火を点けてないだろうか? 下世話にも「障害の多い恋ほど燃える」と言うではないか。 ―― 今のうちにそれとなく言っておくかな……。 だが、それによって失望されるならまだいいが、ヘタに反感を買い艦内組織に要らぬ波風が起きても困る。と言って今のままでも良いということはないだろう。 ―― まったくもって、どうしたもんかな……。 レイナートはいつの間にか腕を組み、難しい顔をして考え込んでいたのだった。 |