「バカな! 雲の中から攻撃してきてるのか?」 唖然とするアレルトメイア艦隊総司令。それはありえないはずだ。そうとしか思えない。 だがそのまさかが起こったのだった。 「 レイナートの声がリンデンマルス号の
リンデンマルス号は、左舷の主エンジン及び左舷 「ドルフィン1からのデータは?」 「入力しました!」 「良し、撃て!」 左舷の生き残っている荷電粒子砲、6基12門が火を吹いた。 「アレルトメイア艦、6隻を中破!」 何せ200cm2連荷電粒子砲の威力は凄まじい。加速率100%なら簡単に艦体を貫通しその背後の艦まで大破に至らしめる。 だが側方からの攻撃を予期していなかったためアレルトメイア艦隊は全くの無防備だった。それがアレルトメイア艦に対し予想以上の被害を与えることに成功していた。 「まさか、横から? 雲の中から撃ってきてるのか? どうやってだ!?」 アレルトメイア艦隊総司令の顔に怒りすらこみ上げてきている。 そこでアレルトメイア艦隊旗艦の観測士が叫んだ。 「9時の方向に正体不明機!」 「正体不明機だと?」 「我が国ものもイステラものも、敵味方識別信号を発していません」 「バカモン! それなら敵だ!」 総司令が観測士を怒鳴りつけた。 その正体不明機、ドルフィン1ではレーダー・サイトの光点を見ていたクローデラ・フラコシアス中佐がヘルメット内で口を開く。 「座標ポイント転送。修正なし」 『了解。こちらも転送します』 耳元の拡声器からは友軍機のパイロットの声が聞こえた。 雲の中では通信機も索敵機器も全く使えない、というのではなかった。ただその有効範囲が極端に狭く、全く実用をなさないものになっていたのだった。そこでクローデラが進言し多目的哨戒機ドルフィン1が発進した。 「位置データ受信。右舷各砲塔に転送」 リンデンマルス号のMBではそうやって受け取ったデータを元に主砲を発射していた。 「艦体転倒、180度。 リンデンマルス号がゆっくりと右側に傾き始め180度転倒したところでピタリと止まった。そうして砲塔が思い思いに回転し砲身も動き始めた。 「 「撃て!」 直ぐに通信機にドルフィン1からの連絡が入る。 『全弾命中、効力ありと判断。10隻を中破と認む』 クローデラそう言って安堵し、次の目標を選定しようとしかけたところで主操縦席のアニエッタが大声を出した。 「捕捉された!? マズイ、一旦、逃げるわよ!」 「ちょっと待って! まだ……」 異を唱えるクローデラにアニエッタはにべもなかった。 「生きて還る方が優先でしょ!」 今では戦術部長としてデスクワーク主体になったアニエッタであるが、ここぞという時には操縦桿を握ることもあった。かつてのエースの腕は未だに錆びついておらず、リンデンマルス号のパイロットの中で1番の腕を誇っている。 そのアニエッタをドルフィン1の主操縦席に座らせたのはレイナートである。クローデラがドルフィン1での索敵を進言した際に命じた、というか許可したのだった。 「船務部長自ら出動というのは……」 渋るレイナートだが当然だろう。クローデラは今ではコスタンティアに次いでリンデンマルス号の実質ナンバー3である。軽々しく艦外へ出て任務に当たるなどありえないことである。 「生憎、情報解析において小官の右に出る者がいまだにおりません。準備不足で申し訳ありません」 船務部長となる前からクローデラは折に触れて後進を指導している。だが未だに自分の後釜として全て任せても大丈夫と言える部下は育っていなかったのである。 クローデラの言葉にレイナートは溜息を漏らしつつ言った。 「わかりました……。 それを聞いてアニエッタが戦術部長席から立ち上がった。 「それなら私の出番ね」 「戦術部長!」 レイナートが慌てて声を掛けた。 「だって私がこの艦のエース・オブ・エースだもの。 そう言われると首肯せざるを得ない。だがナンバー3のみならずナンバー4まで出撃というのはすぐには許可し得なかった。 「ですが敵は油断しているでしょうし、今が好機に違いありません」 コスタンティアはそう言ってクローデラとアニエッタを支持した。 「確かに両部長が最適ではないでしょうか?」 エメネリアも同調した。 もっともこの決定を後に聞いた空戦科長のミュリュニエラ・エベンス少佐は地団駄を踏んで悔しがったという。 「アタシが空戦科長よ! アタシに筋通しなさいよ!」 だがそれも後の祭り。 そうして出番のなかった艦上攻撃機部隊の内、 ただしこれは想像以上に難しい作業である。 そこでクローデラはドルフィン1の飛行ログの解析から始めた。 事実、クローデラが助手として同行させた情報解析士官は直ぐに音を上げそうになったほどである。 そうして絶対座標の確定に成功する。ここまで来れば作業は山を超えたことになる。あとはこれを元に敵艦の位置を相対座標で表し送信するだけである。 一方、攻撃される方は訳がわからず困惑していた。だが正体不明機発見の報に光明を見出した。 「戦場で敵味方識別信号を発しない機体なんぞいるものか! 敵か、でなければ海賊の類しかないではないか!」 アレルトメイア艦隊の司令はそう部下を怒鳴りつけた。 「直ちに撃ち落とせ!」 そこで艦載機部隊に出動命令が下されたのである。 次々と出撃するアレルトメイア軍戦闘機。 「メーデー、メーデー、敵艦載機部隊出撃を確認。本機は一旦任務を離れる」 リンデンマルス号にそう告げて、アニエッタは雲の中に機体を紛れ込ませる。 「いい? こういう時は焦っちゃダメよ。焦らずに対処する。わかった?」 「はい、少佐殿」 その少尉は硬い表情でそう言って頷いた。 この少尉は1年ほど前、士官学校を卒業し新任でリンデンマルス号に配属となった新米パイロットである。 リンデンマルス号の総乗組員数は3千余。毎年、何人かが45歳の宇宙勤務定年を迎えて離艦する。だが直接戦闘部門である戦術部の特に空戦科ではそれ以前に地上に降りる者が多かった。それは肉体的な衰えを理由にである。 平均寿命が3桁に達し「60、70はハナタレ小僧」と言われるようになり、今では60歳でも時に「中年」としか呼ばれないような時代である。 リンデンマルス号は独立・特務艦の位置づけである。 だが空戦科は事情が違う。 「まだヤレル!」 自分ではそう思っていても結果はデータに現れる。自分より年下の、経験の浅いパイロットと記録が並べば考えざるを得なくなる。 リンデンマルス号の航空隊は対空防御の要という重責を担う。それ故衰えからくる失敗は許されない。技量がそのままでもスタミナの低下は問題視されるのである。 だから45歳を待たずしてパイロットは転属を願い出る。もしもそれでもパイロットを続けたければそう上申すればいい。地上勤務になっても空を飛ぶ仕事はいくらでもある。たとえそれが輸送機であろうが何であろうが空を飛べることには変わりはない。足手まといになって嘲笑されるくらいならそのほうがマシである。 そうしてリンデンマルス号の航空隊に欠員が出れば直ぐに補充がなされる。対空防衛システムの要たる航空隊に欠員があることは許されないからである。 そうして今回アニエッタが同行させた少尉もそうである。 「いい? 慌てて 「はい」 「と言って、この機には船務部長殿も乗機されてる。だから撃墜されたり、それこそ拿捕されるのも絶対ダメ」 いやいや、戦術部長の貴女もでしょう? というツッコミを少尉は口にしなかった。 「はい」と、おとなしく返事をしただけである。 「理想的なのは、敵を迎撃して撃滅、だけどこの機体じゃそれも無理」 「……はい……」 「じゃあどうするかって言うと、ということでかくれんぼの時間よ」 「かくれんぼ……ですか?」 「そう。簡単でしょ?」 少佐殿は真面目なんだか不真面目なんだか少尉にはよくわからなかった。 アニエッタは微かな笑みとともに副操縦席に座る少尉を見た。彼女は優秀で飲み込みも早く筋も良い。もしも自分が航空科長のままなら手取り足取り教えたいところだった。 「アタシが戦術部長? 人事はみんなどうかしちゃったの? それとも今の連邦はそんなに人手不足なの?」 辞令を受け取った時のアニエッタの第一声は信じられないと言わんばかりのものだった。 『少佐、嘘や冗談で軍が辞令を出すことはないぞ』 「……了解しました……」 私情を全く排した厳しい表情でそう言われたアニエッタは、昇進の辞令なのに、泣き出しそうな顔をして受け取ったのである。 戦術部長という職責は陸戦部隊、空戦部隊そうして艦砲の全てを統括する。今までよりも一段も二段も高い所から直接戦闘部隊の運用を考えなければならない。 だがそれをおくびにも出さずに少尉に声を掛けた。 「肩の力を抜きなさい。緊張しすぎじゃ長く保たないわよ」 「はい……、でも、少佐殿は不安じゃないんですか?」 少尉が尋ねた。 「ただじっと隠れているだけなんて」 アニエッタとの言う「かくれんぼ」は、機体を完全に星間物質の中に紛れ込ませ停止するというものだった。 「まあ、不安じゃないとは言わないけれど、散々訓練してきたしね」 「訓練で? こういう状況も訓練したんですか?」 「まさか! でもまあ、こういう事態も想定して必要なことはやってきたわよ?」 「そうなんですか」 アニエッタの言葉に少尉の顔に少し余裕が出てきたようだ。多少は安心できたようだ。 「さっき船務部長がやってた機体の飛行ログ解析。あれなんかそうね。少尉も毎回飛行訓練の後でやってるはずだけど?」 「はい。でも何のためにやるかよくわからなくて……」 「ったく! 先任は何を教えてるのよ。あとで締め上げてやらないとならないわね」 アニエッタが目を吊り上げた。 「よく『訓練を思い出せ。訓練どおりにやれ』と言われるでしょう?」 「はい」 「それは絶対の真理なのよ」 「そうなんですか?」 「そう。訓練って最大公約数なのよ」 「最大公約数?」 「そう。訓練は全ての戦場で起きた一つ一つの細かいことまでは網羅できないわ。だからどうしても最大公約数的に集約されたものになりかねない」 「はい」 「でもね、逆にエッセンス的なものがぎっしり詰まっていて、それを身につけるのが訓練の目的。 「応用……」 「そう。飛行ログの解析が何のためかわからない、って少尉は言ったけど、船務部長はあれで本機と 「あっ!」 「そういうこと。 なるほど、と少尉が頷いた。 「と、口で言うのは簡単だけどね。実際は大変な作業よ。さっきの船務部長の顔見た? と、アニエッタはヘルメットの中で眉をぐっと寄せてみせた。 「難しい顔してたでしょ?」 それを見て少尉が笑いかけた。だがそれまで黙っていたクローデラが口を挟み、少尉はすぐに顔をきりりと引き締めた。 「何やら聞き捨てならないことを聞いたような気がするんだけど?」 人形のような整った顔が一瞬、これでもかというくらい冷たくなった。 「あら、そう?」 だが、それを全く意に介さずとぼけるアニエッタ。そうしていけしゃあしゃあと続けた。 「でも、少尉、貴女はラッキーよ」 「ラッキー? どういうことでしょうか?」 少尉が首を傾げた。 「だって、開戦前に実戦を経験した艦に配属になったんだもの。実戦が初めてで何もかも手探りの艦よりはよっぽどマシだと思うわ」 「開戦前に実戦を経験……」 「そう。アレルトメイアと開戦したから、今でこそ実戦経験を積んだ兵士は増えてるけど、それまではウチだけだったから……」 「ああ、辺境基地の救援中にアレルトメイア艦隊と接触、交戦したんですよね?」 「そうよ」 「それを聞いてすごいなと思いました。 「あら私も、自分が戦争するなんてこれポッチも思ってなかったわよ? まあ、私はオヤジさんがアレだから全く反対はなかったけど……。 「あら、そうでもないでしょう」 クローデラがまた口を挟んだ。 「停戦直前に徴募された少年兵ならまだ定年前よ。 「でもそれって、みんな後方勤務だったって話じゃない。厳密には実戦経験とはいえないでしょう?」 「まあ、それはそうだけど……」 クローデラも渋々認めた。 「幸か不幸か、うちにはあの艦長がいるからね」 アニエッタがそんなことを言った。 「えっ? 艦長が何か?」 少尉が尋ねた。それにアニエッタが苦笑しながら答えた。 「うちの艦長、新任の少尉の時に既に実戦経験があったそうよ。その時は臨時の警備艇の艇長だったらしいけど……」 「そうなんですか? 初耳です」 「しばらくは重要機密扱いで公開されてなかったからね」 「重要機密扱い……。なんだか怖い人なんですね、艦長って……」 そこでアニエッタは小さな溜息を吐き肩を落とした。 「まあ見た目は悪くないけど、しばらくは謎に包まれて不気味だったわね。 「いいんですか? 艦長のことをそんなふうに言って」 少尉が目を丸くして聞いた。 「いいんじゃない? だってこれは罪のないガールズ・トークでしょう?」 いえいえ、もっと生臭くないですか? と少尉は口にしなかった。 「とにかく他の艦ではおそらく体験できないような色々なことを経験させてもらったわ。 思いを寄せるレイナートのことをそんなふうに言うアニエッタに一瞬ムッとするも、クローデラは落ち着いて話題を変えた。 「ところで戦術部長、お話もそろそろだけど、ソノブイを出そうと思うんだけど」 ソノブイはかつてそうだったような音波を捉えるものではない。艦艇の発する電磁波や黒体放射を捉える機器である。 「ソノブイを? 大丈夫? 逆トレースされない?」 「もちろん 「確かにね。じゃあ通信の確認をするわ」 そう言ってアニエッタは僚機に通信で呼びかける。 『こちらアップル1、感度良好』 第4航空隊第1小隊の隊長機アップル1が応答した。 「リンデンマルス号まで通信網の確保はできてる?」 『ええ、バッチリです』 「そう、それは結構。 『了解です』 リレー式にドルフィン1からソノブイを飛ばすと聞いて、リンデンマルス号のMBでは、レイナートが安堵に肩を撫で下ろした。 ―― 良かった、無事だったか……。 敵に捕捉されたと聞いて心配していたがヤレヤレである。 一方、正体不明機の捜索に出たアレルトメイアの戦闘機部隊は、不明機が星間物質の雲の中に姿を隠したことで追撃に二の足を踏んでいた。 宇宙では有視界飛行は出来ない。したがって計器が使用不能となれば索敵できないどころか最悪、帰還さえもできなくなる。それでもその雲の中に躊躇わずに飛び込めるとすれば、怖いもの知らずを通り越して蛮勇と言えるだろう。 ―― やってらんねんよ……。 先程までも、艦砲の飛び交う狭い回廊の中を出撃させられた。本来ならあり得ない命令である。 ―― うちの総司令官殿は狂ってらっしゃる……。 狂った指揮官からまともな命令は出ない。まともに聞く方がバカを見る。 結局、アレルトメイアのパイロットたちは捜索を断念し、だがそのまま帰ることは出来ないので、燃料の許す限り雲の間際ギリギリを飛行するに留まったのである。 |