「ええい、航空隊から何も連絡はないのか!」 「ありません!」 部下の返答を聞いて、アレルトメイア艦隊旗艦艦橋の ―― どいつもこいつも使えない無能ばかりだ……。 「ならばよろしい、全艦、雲の中に荷電粒子砲を打ち込め!」 総司令の命令を聞いて参謀の1人が驚きの声を上げる。 「総司令、まさか……」 上官の命令を、まさか「本気ですか」と尋ねる訳にもいかない参謀は口を濁すしかない。 「直ちに全艦、砲撃準備!」 総司令が重ねて命令した。 「ですが、そうなると各艦は回頭せねばなりませんが」 「当然だ、直ちに回頭せよ」 「そんな……」 そのあまりな無茶振りに参謀は絶句した。 アレルトメイアでも荷電粒子砲に用いる粒子加速器の小型化に成功した。しかしながらイステラほど小さくは出来ず、今のところまだ直径は30mほどの大きさがある。それでもこれであれば回転砲塔に収めることが出来るので、アレルトメイアの新鋭艦には順次搭載され始めている。 「まさか、敵前で回頭せよ、と?」 参謀の問に総司令は頷いた。 「そうだ」 敵艦の前で回頭するなど狙い撃ちしてくれと言うようなものである。 「立派な盾があるのだ、問題はなかろう?」 総司令の言葉に参謀は思わず声を上げそうになった。「卑劣な!」と。 多国間の国際的な取り決めの一つに「国際救難信号」というものがある。 ただし、軍用艦と民間船では若干、その持つ意味が異なる。 民間船の場合は完全に単なる救援要請である。 ただし「交戦権の放棄」と言いながら、ではこの信号を発したことで降伏したことになるのかというと、それとも違うというややこしい取り決めである。 故に通常の戦闘において、前衛が攻撃され戦闘不能・航行不能になって国際救難信号を発した場合、その後ろの艦艇を攻撃するには回り込む必要がある。迎撃側もそれに呼応して動くから、これが戦闘において戦場が刻々と移動する大きな要因の一つでもある。 では、と言って「針の穴を通すような精密射撃に自信あり」として、信号を発した艦艇のそばを砲弾やミサイルが通過するような攻撃を行うことも許されていない。それは絶対に当てるつもりはない、また実際当たらなかったとしても、国際救難信号を発した艦艇を狙ったものと見做されるのである。 「何をしている? グズグズするな! 全艦砲撃準備だ!」 その無茶な命令に参謀が食い下がる。 「しかし、どこを狙うのですか? ただ闇雲に撃てと?」 「敵艦が潜んでいると思われるところを狙え」 「そんな無茶な!」 とうとう参謀は禁句を口にしてしまった。 「何が無茶か! 敵に対し攻撃を加えるは当然のことだろう!」 「だから、その敵の位置が……」 「下らん御託はもういい! 全艦砲撃開始!」 ついに総司令が癇癪を起こした。 「全艦回頭、砲撃開始」 参謀の声は艦橋内を虚しく響いた。 だが艦艇側からすれば、文字通りこれほど無茶な命令はない。何せ目標が明示されていないのである。照準の合わせようがない。 「何を狙うのでありますか?」 砲撃手にそう尋ねられても指揮官は答えようがない。 「再確認が必要だ。旗艦に問い合わせろ」 各艦の艦長がそう指示を出したのは当然のことだろう。だがアレルトメイア艦隊は、戦場において時間を浪費するという、致命的な失敗を犯していることに全く気づいていなかった。 「座標入力完了」 「艦首側主砲、全門発射!」 回頭し回廊の方角に艦首を向けたリンデンマルス号は、ドルフィン1からの座標データを入力し終えると艦首側の12基24門の荷電粒子砲を斉射した。 アレルトメイア艦隊は旗艦からの命令にどう対処すべきか悩み、旗艦に問い合わせを行った。これにより旗艦へ通信が一時的に集中し、結果、旗艦側では処理しきれなくなり、その間、各艦はじっと通信の回復を待つという空白の時間を生んでしまったのである。 「何事だ!」 突然艦体が予期せぬ爆発を起こせば艦内は泡を食う。 「被弾と思われます!」 「被弾? 敵襲か!?」 右往左往しながら状況の把握に努める。 だが混乱したのは直撃を受けた艦だけではない。旗艦も同様であった。 「何をしている!」 「再び雲の中からの敵艦の砲撃と思われます!」 「馬鹿め! だからさっさと撃って沈めておけば!」 総司令が憤怒も顕に声を荒げた。だが参謀は内心呆れていた。 ―― 滅多矢鱈に撃っても当たる訳がないだろうに……。 だが問題はそんなことより、被弾して航路を外れ、旗艦へと近づいてくる艦である。そのままでは接触しかねない。 「全速で回避しろ!」 総司令が命じる。 「無理です! 友軍艦艇が本艦の航路を塞いでいます!」 「なら排除しろ!」 総司令は即断する。 「無茶だ!」 さすがに参謀は承服できなかった。 「何が無茶だ! さっさと蹴散らせ!」 「蹴散らせとは! 友軍ですぞ!?」 「こっちの邪魔をするなら敵も同然だ! 直ぐに回避だ」 さすがに旗艦の艦長も総司令からのとはいえ、そんな命令には素直には従えない。 「何をグズグスしている! ぶつかったら終わりではないか!」 艦長も操舵士もここへ来て覚悟を決めた。 「艦首回頭、微速前進」 そう言ったところで罵声が飛ぶ。 「バカモン、全速だ!」 さすがに操舵士もバカバカしくなってきた。だが「あとは野となれ山となれ」とばかりに主エンジンを出力全開にさせる訳にはいかない。そんなことをすれば別の艦に衝突してしまう。微速前進のまま間を操舵して回避行動を始める。 だが元々無理があるとしか思えないほどの密集隊形を取っている上、予期せぬ挙動を見せ始めた友軍艦を避けて移動するなど、巨大な戦闘艦においては神業に近い。 「ダメだ、ぶつかるぞ!」 「避けろ!」 「出来ません!」 結果、旗艦の護衛艦として配されていた巡航艦が旗艦艦尾に接触した。 「左舷艦尾、エネルギー噴射口付近に接触」 「馬鹿者!!」 総司令が激昂して立ち上がった。そこへ接触して一度は離れた巡航艦が接触の衝撃で回転しつつ再び旗艦に接触した。 「左舷艦首側に接触!」 激突と言うほどの早さでも衝撃でもなかったが、艦同士の接触は接触。その振動で総司令が足を取られ膝をついた。 「総司令!?」 「大事ない!」 総司令はそう言って立ち上がろうとした。 「総司令殿が負傷された! 衛生兵! 衛生兵!」 そう言って総司令に駆け寄る。 「馬鹿な? わしは大丈夫……」 そう言って自分を払い避けようとする総司令を押さえ込んだ参謀は更に大声で言う。 「担架はまだか! 急げ、総司令殿が負傷されてるんだぞ!」 唖然としていた艦橋の兵士らは参謀の意図がわかり、口々に叫んだ。 「総司令閣下、ご負傷!」 「担架だ!」 「軍医殿に連絡しろ!」 衛生兵が担架を持って現れ、抵抗する総司令を無理やり担架に括り付ける。 「馬鹿者! 何をする! 放さんか!」 総司令は何人もの兵士に押さえられながらもがいている。 参謀が兵士に命じた。 「総司令殿はパニックを起こされている。舌を噛まれると非常に危険だ。申し訳ないことだが猿轡して差し上げろ!」 「はっ! 御免!」 そう言って衛生兵は総司令に猿轡までかました。 「うう、うう」 もがく総司令。憤怒の形相で周囲を睨みつける。だが取り囲む兵士らの表情は至極冷めた、白けたものだった。 「治療室にお連れしろ! 軍医に命じ、本星に帰還するまでおとなしくお休みしていただけ!」 艦橋から担架が担ぎ出され艦橋内は一転して静かになった。 だが参謀はそれこそグズグズしてはいられなかった。いつまた砲撃を受けるかわからないからである。 通信士に回線を開かせた。それはアレルトメイア軍専用の秘匿暗号通信回線ではなくオープン回線である。 「私はアレルトメイア帝国軍、回廊制圧派遣軍、旗艦主席参謀のエイドルト・シュスムルス少将である。艦隊総司令閣下が負傷されたため、以後、私が艦隊の指揮を執る……」 オープン回線だから、もちろんそれはイステラ軍にも即座に伝わる。 『……直ちにイステラ軍に停戦を申し入れ、負傷者の救出を開始すべし』 それを聞いていたイステラ軍のエテンセル大将が大きく頷いた。 「アレルトメイア軍との停戦発効を急げ!」 時計を合わせ、カウントダウンを行って停戦を発効させた。通信の段階ですでに砲撃は行われず、停戦しているも同然であったが、こういうのは形式が重んじられる。それに公文書に残すためにも必要である。 そうしてソノブイからアレルトメイア・イステラ両部隊の停戦を確認したリンデンマルス号も動き始めた。 「全艦体灯、点灯。出撃している部隊を全て収容せよ」 レイナートが命じる。 リンデンマルス号のシルエットが漆黒の虚空に浮かび上がった。これであれば艦載機から十分に目視できる。 「 そう言ってアニエッタは操縦桿を操作した。ドルフィン1の前方にリンデンマルス号の姿を捉える。 「いい? ここでも焦っちゃダメよ。自機以外にも出撃している機がある以上、着艦にも順序があるわ」 「了解です」 「基本的に戦闘中は補給を必要とする機体から。そうでなければ、ドルフィンやスティングレイが優先。戦闘機や攻撃機はその後」 「わかりました」 「つまり、今回は私達が一番最初に着艦できるってこと。だからさっさと帰りましょう。自分だってゆっくり待たされるのはいやでしょう?」 「そうですね」 少尉が静かに微笑んだ。 「ドルフィン1、アプローチに入る……って、そうか、通信機は使えないんだっけ」 艦載機をを並べてリレーでようやく通信を確保していたのである。各機が移動を始めた今、通信は全く不能だった。 「しょうがない、発光信号用意」 発光信号による通信というとまるで太古の通信手段のようだが意外といまだに使われている。特に漆黒の宇宙空間では発光体は非常に目立つ。もちろんあまり小さな懐中電灯程度では役には立たないが、サーチライトなみの光量があればかなり遠方まで届く。 「はい……」 少尉は返事はしたが、必要な操作をしようとしなかった。 「まさか、やり方を覚えてない?」 「申し訳ありません!」 少尉がすくみ上がった。 「ミュリュニエラの奴、訓練で何やってるのよ!」 ライバルにして部下の空戦科長の顔を思い出しつつ悪態をついた。 少尉にはアニエッタは憤懣やるかたない、といった表情にしか見えなかった。当然かなりイライラしているようで、少尉は隣で小さくなっているしかなかった。 「全機、収容完了」 その報を受け取ったレイナートは指示を出す。 「微速前進、回廊内に戻る」 「了解!」 それまで微動だにしていなかった艦体がゆっくりと動き出した。そうしてイステラ、アレルトメイア両軍のほぼ中間に姿を現す。 「回廊内に戻りました。通信、復帰します」 『無事だったか、フォージュ提督。助かったぞ!』 メインモニタに映るエテンセル大将の明るい笑顔がまず目に飛び込んできた。 レイナートは、だが暗い表情で返答した。 「あいにく、無事と言えるほど無傷でもありません」 『被害状況は?』 エテンセル大将の声も低くなった。 「左舷側主エンジンは完全に逝きました。ミサイル格納庫も誘爆を起こし、外部装甲も破れています。一応自力航行は可能ですがワープは無理です。 一見すると戦死が少ないように思える。だがこれは艦載機で出撃・未帰還の者や、艦外に放り出された者は遺体が確認されないので戦死ではなく行方不明者に数えられるからである。戦闘中行方不明とされた者は 『そうか……、それは残念だったな』 そう言ってエテンセル大将は瞑目した。黙祷を捧げたのだろう。 『ワープは出来んか……』 エテンセル大将が呟くように言う。 『ならば仕方あるまい、艦体の放棄を認める。 「了解しました」 そう言ってレイナートは敬礼する。エテンセル大将も敬礼を返し、メインモニタが暗転した。 敬礼から直るとレイナートが指示を出した。 「総員に告ぐ。艦長です。 何処かで誰かがすすり泣くような声がした。 「残念ですが仕方ありません。総員直ちに艦体放棄プログラムに従い、必要な作業を始めて下さい」 艦内放送でそれを聞いたリンデンマルス号の全乗組員が肩を落としたのだった。 |