遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第85話 予期せぬ話

 

 イステラ・アレルトメイア両国の間に広がる星間物質による雲。
 いずれこの雲は消えてなくなるかもしれない。だが今、これを敵に利用されると困る。両国はそう判断し、部隊を投入した。
 そうしてその雲の内部回廊争奪戦は、最終的に双方が兵を引いて終結した。
 投じられた総艦艇数は両国併せて後方支援艦も含め3千7百隻、動員された兵員数5百万人という、戦闘規模としては中程度のものだった。
 そうして双方2割程度の損失を出して得たものはと言えば、破壊された艦艇の残骸と破片に満ちた航行不能の回廊であった。

 戦争とはいかに愚かなものであるか。
 誰もがそれを理解しているはずなのに、歴史の1ページに新たにその愚行を書き足していくという振る舞いを人類は繰り返している。


 敵襲を受け自力航行可能ながらもワープが出来なくなったリンデンマルス号は、総員が退避し、その場で自爆処理が施された。
 レイナート以下リンデンマルス号の乗組員達は複数の艦艇に分乗し、第七方面司令部のある惑星ガムボスに到着した。
 戦場からもっと近い所にも駐留艦隊基地を擁する惑星はある。だがリンデンマルス号の乗組員たちを載せた艦艇はガムボスまでやってきた。
 ここでリンデンマルス号の解隊式が行われるからである。


 リンデンマルス号は中央総司令部直属。したがって解隊式ともなれば、本来であれば連邦軍の本拠たる惑星トニエスティエまで行くべきである。
 しかしながら3千名にも及ぶ兵員を移送するだけで多額の費用を要する。アレルトメイアと開戦した今日、軍事費の拡大は容易に予想出来る。だが国家予算には限界がある。
 それにこのガムボスには、リンデンマルス号の専用宙空ドックがある。年に1回の定期検査の際はここの宙空ドックへ入港することが多い。したがって乗組員の家族の中にはここに住んでいるものも多い。

 解隊式にはその家族も参加が認められている。乗組員の中には戦死、または行方不明となったものもいる。その家族にとって夫であり父親、もしくは妻であり母親(ごく少数だがこのケースもある)が戻ってこないのである。にも関わらず式典を自分らと遠く離れたところで行われたのでは決して納得できない。
 そういう心情を鑑みてガムボスで行われたのである。


 解隊式には基地司令の中将も列席し、厳かな雰囲気の中で行われた。
 リンデンマルス号の歴史が紹介され、過去に艦長を務め、今では将官となった何人かも出席しその思い出を語った。

 そうして今回の作戦において戦死した兵士の名が読み上げられ2階級の特進が発表された。彼らに黙祷が捧げられた。
 また行方不明者の一刻も早い無事の帰還を祈る言葉も聞かれた。それが儚い願いであると知りつつ。
 負傷兵には労いの言葉もかけられた。重症を負い、病院船で移送中の兵士にも励ましの言葉を伝えられた。

 そうして居並ぶ将兵たちの表情は暗かった。
 宇宙艦艇に勤務する者にとって、その艦は職場であり家である。それを失ったのであるから当然だろう。
 また、同僚は戦友であり家族のようなものである。それも失い、あるいは傷つけられた。
 たとえ自分は無事に帰ってこられたとしても明るい顔をできるはずがない。

 特に、輸送艦で運ばれてきた兵士達は、宇宙服を着たまま貨物室で雑魚寝、という状態だった。精神的にかなり打ちひしがれていた。もしも武器を持たせていたら、いきなりその場で銃爪を引いていたかもしれない。
 そういう懸念もあって艦から退避する時、兵士には小火器を持たせない、ということも理由にあった。


 それでも最後の艦長のレイナート・フォージュ少将は、努めて明るい声を出し部下たちを励ました。
 もしも自分がもう少ししっかりしていたら、戦死者や行方不明者を出さなかったかもしれない。リンデンマルス号を放棄しないで済んだかもしれない。
 そう考えれば心は暗く沈み込んでしまう。
 だが過ぎたことを悔やんでいても始まらない。
 人はいつまでも立ち止まっている訳にはいかない。上官という立場は、時に己のミスですらなかったかのように平然と振る舞うことが要求されるのだ。

「諸君らの今後の活躍、発展を心より願っている」

 レイナートは自らの挨拶をそう締めくくった。
 解隊式はそうやって閉幕した。

 下士官以下の「元」乗組員には、1ヶ月後、新たな辞令を受け取るべく司令部に出頭する旨を命じられ特別休暇が与えられた。
 そうして尉官以上の将校は全員、用意された専用の巡航艦に乗り込み、トニエスティエに向かった。
 中央総司令部の調査委員会での聞き取り調査に臨むためである。


 リンデンマルス号の放棄自体は艦隊総司令のエテンセル大将の許可を得ており独自判断ではない。しかしながら莫大な国家予算を費やして建造した艦艇を、ただ「ワープできないので爆破しました」では、軍内部はともかく政府には通らない。その詳細をまとめて軍務省から連邦最高評議会国防委員会に提出しなければならない。
 そのための手続きの一環として、調査委員会での聞き取り調査が定められているのである。

 とは言うもののそれは形式的な調査に過ぎない。
 リンデンマルス号の将校は尉官、佐官併せておよそ100余名。調査委員会にとってこれだけでもかなりの人数であるに違いない。しかも今回の作戦ではリンデンマルス号のみならず多数の戦闘艦が放棄されている。尉官以上とは言えその乗組員全ての聞き取りを行うだけで調査委員会は多忙を極めるだろう。
 もしもこれを一から丹念に始めたら、それこそ膨大な時間と人員が必要となるだろう。
 それに深く追求すればするほど、総責任者であるエテンセル大将の作戦、指揮の可否にまで話は及ぶ。ということはエテンセル大将の査問にまで発展しかねない。
 したがって調査員は手慣れた様子で、しかも対象者を決して粗略に扱うこともない。余計なことは一切聞かない。そうして次々と調査を終えていく。
 実際、調査委員会の聞き取り調査は2週間足らずで終了したのであった。


 確かに組織内には派閥も存在するし部門ごとの反目もある。ライバルを蹴落としたいとも思っている。
 だが組織というものは身内に甘いものである。優秀な将官の経歴に傷をつけるような真似を組織としてするはずがない。

 そうして軍は作戦の失敗を絶対に認めたくない。だから已むに已まれぬ想定外の事態によって艦を失う羽目になった。聞き取り後の報告書は必ずそのように締めくくられる。
 今回の場合それもあながち的外れではないが、いずれにせよ、作成された調査報告書は国防委員会によって連邦最高評議会に提出され、野党の追及をかわしつつ、いつの間にか承認されて終わるのである。
 これはイステラ軍も十分に官僚化が進んでいるということの証左に他ならない。


 そうして聞き取り調査の終了した将校たちにも休暇が与えられた。聞き取り調査で費やした分日数が減らされている。だが士官である以上それも已む無きことである。一兵卒と同じという訳にはいかない。
 ただ士官らは休暇を与えられる際に、新たな職務の内示を受けていた。正式な辞令の発効は休暇後だが、それには転属を伴うものもある。家族に説明し引っ越しもする必要があるだろうとの配慮からだった。

 ただし何事にも例外はある。
 レイナートにその副官のモーナ、作戦部長だったコスタンティア、船務部長だったクローデラ、作戦部長だったアニエッタ、対アレルトメイア戦術アドバイザーだったエメネリア、陸戦科長だったエレノア、さらに管理部次長のアリュスラ・クラムステン大尉の8人は調査官にこう告げられた。

「休暇中は基本は自由行動をして構わない。この基地の出入りも自由だ。ただしこの惑星から離れることは避けて欲しい」

 そこにどういう意図があるのかわからずとも、「避けて欲しい」と言うのは要するに「するな」ということであろう。あえてそれに逆らおうとは思わない。
 皆、おとなしく指示に従うことにしたのである。


 その調査が終了したところで、レイナートは直属の上官たるシュピトゥルス中将のオフィスに呼び出された。

―― 休暇の件はどこに行ってしまったのだろう?

 そう思わないではないが、それこそ直属の上官に逆らえる訳がない。

 それに、それまで務めていた艦長という職務はリンデンマルス号の自爆処理によってなくなったのであるから、当然新たな職務についての話のはず、と予想し得た。
 望むと望まざるとにかかわらず、既に自分は少将という立場である。佐官だった時とは同じようにはゆくまい。


 シュピトゥルス提督のオフィスに出頭すると、提督は着席を進めてくれたし、コーヒーまで振る舞ってくれた。
 ところが提督は中々本題に入らなかった。世間話のような会話を続け、それは言い難い事を言い淀んでいる、とも思えたのだった。
 これはレイナートを疑心暗鬼にさせた。

―― まさか責任を取らされて何らかの処分?

 軍は確かに身内を守る。守ってくれる。だが時にトカゲの尻尾切りのように平然と切り捨てることもある。自分は生贄のようにそうされるのか?

 確かに艦を自爆させるに至ったが、自分にも部下にも落ち度はなかったと信じているし、調査委員会でもそう主張した。第一、艦体を放棄したのはリンデンマルス号だけではない。
 リンデンマルス号の戦列離脱が多くの艦艇を失うきっかけにはなったかもしれない。だが、多くの敵艦を行動不能にも至らしめたはずである。
 実際、調査委員会でも詰問や叱責はなかった。

―― ならば、何故?

 レイナートは不安だった。別段、軍に未練はないから退役となってもかまわない。どころかそれを望まないでもないが、だからと言って、その軽重はともかく、処分されるというのは気分の良いことではない。

「ところで……」

 ようやく本題に入るかのようなシュピトゥルス提督の口の開き方だった。

「貴官もベビーブーマーだったかな?」

「いえ」

 レイナートは予想外の質問に唖然としつつも即座に首を振った。

 ベビーブーマーとは、対ディステニア戦役後、徴兵され出征していた兵士が復員した後に訪れた一時的な出生率増加期 ― ディステニアとの停戦1年後からおよそ5年間 ― に生まれた人々を指す。
 そうしてレイナートの記録を見ればその生年月日から、ベビーブーム期と重なっていないのは一目瞭然のはず。
 そんなつまらないミスをするシュピトゥルス提督ではないはずだから、その質問の意図は那辺に有りや? と首を捻らざるを得ない。

 だが一応はそつなく返答する。

「小官はそれよりも若干上の年代です」

「ふむ、そうか。
 そう言えば貴官の御両親は共に植民惑星の開拓移民でいらしたな……」

「はい……」

 ほら、知ってるじゃないか、とレイナートは思う。だから余計に質問の意図がわからなかった。
 だがシュピトゥルス提督はそう言ってしばし口をつぐんだ。


 ディステニアとの開戦当初、軍は志願兵のみによる部隊であった。だが戦争の激化で徴兵制度が導入された。そうして18歳から25歳までの男子が徴募された。
 だが戦争の長期化に伴い徴兵枠が拡大され、最終的には男子は16歳から42歳まで、さらに女子にも拡大され18歳から23歳まで戦争に駆り出されたのである。
 ただしこの年齢の者は無条件に全員徴募された訳でもない。精神的・肉体的な事由、また職業などでも免除が行われた。
 その中には植民星の開拓移民も含まれていた。

 植民星は、当事者の開拓移民にとっては現在の豊かさを求めてのものだが、国家にとっては将来の豊かさを目指すものであった。何故なら、どれほど科学や技術が進歩したところで、手付かずの自然を切り開いて農地にしたり、もしくは地下資源を掘り出したりするには数年から十数年を要するからである。したがって開拓移民をすら兵役に徴募すれば、文字通り「将来を食い潰す」ことになる。それ故に開拓移民は徴兵免除とされていたのだった。

 もっとも戦争があと数年続けば開拓移民も徴兵され実戦に投入されていたことだろう。そうなれば文字通りの総力戦である。たとえ戦争に勝つことが出来ても復興は難しかったに違いない。あと10年戦争が続けばイステラは滅んでいた、と言われる所以である。


 ただし、開拓移民が徴兵免除であったことは他の人々の目には不公平に映った。
 元々、他に生きる術を知らない人が開拓移民になったという背景があることは否めない。その上で徴兵免除の特典を受けたのだから、そこに羨望ややっかみが生まれ、それが差別に発展したとしても不思議ではないだろう。
 もっとも、レイナートはミドルスクールまではその植民惑星で育ち、以降は士官学校である。士官学校では植民惑星は国家を支える重要な存在と位置づけて教えるから、開拓移民を差別するということは少なかったので、差別されたと意識することはなかったが。


「ところで貴官は、ベビーブーマーの異変について知っているかな?」

「異変、ですか?」

 次に開いたシュピトゥルス提督の口から発せられた言葉に、レイナートはさらに意外さを隠せない。
 長期に出征した男性が家族の元に生きて還ったのである。その後、子供が多く生まれても不思議ではないだろう。逆に、出生率が変化しない方がおかしくないか?
 シュピトゥルス提督の言う「異変」に思い当たることがないレイナートは首を捻った。

「知らんか。
 まあ、イステラでは性の問題に関する議論はおおっぴらにはやらない、という風潮があるからな」

「ホーフス事件……、でしたっけ?」

「そうだ」

 うろ覚えのレイナートの問に提督が頷いた。


 ホーフス事件とは、対ディステニア戦役中に起きた、いわゆる精子バンク・ビジネスにまつわる悲劇のことである。

 ある若い男女が出会い恋に落ちた。
 それだけなら何ら問題はない話である。ところが本人たちは自分達が異母兄妹であることを知らずにいた。というのは二人の母親は共に精子バンクから精子の提供を受けて妊娠・出産しており、その精子提供者が同一人物だったのである。


 長いディステニアとの戦争に疲れたイステラ連邦民は、戦争の早期終結を訴えるリベラル政党に一時的に政権を委ねた。
 この政党は組閣すると、それまでの保守連立政権の施策に次々とメスを入れた。同時に自分たちの主張を制度化することも進めた。
 そこには女性解放を訴え、精子バンク・ビジネスの合法化も含まれていたのである。
 すなわち女性が「苦痛である」「男性との」性行為を伴わずに子供を授かることが出来る。政府与党はそう説明をして法案を可決した。
 そうして、様々な分野で活躍する男性の精子を精子管理会社は集めて「販売」した。
 そうして「結婚はしたくない。だが子供は欲しい」という女性や、女性同士の同性婚カップルは積極的にこのビジネスを利用して「精子を購入」したのである。

 もちろん新たな差別を助長させないという理由で、精子提供者の個人情報は一切開示されなかった。あくまでも希望するカテゴリ、芸術、スポーツ、学術等といった中から希望する精子を購入するのであった。


 そうして将来結婚の約束をしていたこの男女は同棲を始め、女性が妊娠したのである。
 2人は産婦人科を訪れ、所定の検査をしてもらった。
 そこで担当医から告げられたのである。

「あなた方は、同一の男性を父親としている可能性が極めて高い」と。

 直ぐに二人は自分の母親を問い詰めた。
 そうして自分達は、母親が精子バンク・ビジネスを利用、人工授精で生まれたことを知る。
 そうして直ぐにその精子を提供した管理会社「ホーフスInc.」に情報開示を要求した。
 だがホーフスInc.は法律を理由に拒否した。
 2人はホーフスinc.に対し情報開示を求める訴えを裁判所に起こした。


 当然マスコミがこの事件に飛びついた。これほどスキャンダラスで耳目を引く事件など近年稀に見る。
 女性の胎内には知らぬこととはいえ近親相姦の子が宿っている。しかも女性は堕胎することなく裁判に臨んでいた。視聴率を稼ぐには十分な話題だった。

 裁判は異例の速さで進み、地方裁判所はホーフスInc.に対し二人の母親の購入した精子の提供者を開示する命令を下した。
 ホーフスInc.は直ちに控訴。だが直ぐに棄却され、最高裁へ上告するもこれまた門前払い。情報開示命令が決定した。
 そうして明かされたのは、恐れていた通り、2人の父親は同一人物だったということである。

 結審後の記者会見に臨んだ2人は記者団からの問、すなわち、法整備の不備で国を訴えるか、それとお腹の子をどうするか、に対し、衆人環視の中で自らの頭を拳銃で撃ち抜くということで答えた。
 生中継されていた記者会見を多くの人々が見ていた。それほどこの案件はショッキングで、スキャンダラスで、人々の興味を引いていたのである。
 したがって多くの視聴者は、実際に人の頭が拳銃で撃ち抜かれるとどうなるか、ということをリアルタイムで見てしまい、これがトラウマとなって、精神的に不安定になる人が増えるという社会問題にまで発展したのだった。

 直ちに当時野党だった保守政党は政権与党を激しく糾弾した。

「そもそも精子バンクなどという、神を冒涜するような真似が許されていいはずがない。
 人間は自然の摂理に従うべきである」

「神」という名を出すのはどうかとも思うが、宇宙開発が進めば進むほど、この世界には人智を超えた存在がいるとしか思えない。人々はそう思うようになっていた。
 故に「神」であろうが「真理」であろうが「法則」であろうが、この世界を支配する何者かがいる、という漠然とした意識を誰もが持っていたのである。

 それに対しフェミニストを中心とした政府リベラル与党は己の主張を曲げなかった。

「これは女性の地位向上、真の開放に必要なことである」と。

 だが保守政党の主張は国民に支持され、リベラル政党は逆に支持率をどんどん失っていき、最終的に内閣総辞職、最高評議会の解散に追い込まれた。

 そうして総選挙で保守政党が政権を取り戻し、直ちに精子バンク・ビジネスは非合法化され、人工授精は事実婚を含め、正式に夫婦として認められた間柄でしか不可、とされたのだった。
 この一連の事件をホーフス事件といい、この事件以降イステラでは、特に生殖問題について公で議論することが憚られる風潮になったのである。
 実際、人工授精問題に対し、あまりに後退しすぎている、と批判したフェミニストは社会的に抹殺されるに至ったほどである。
 そういう意味でイステラは、妊娠や出産といった生殖にまつわる問題に関しては至極敏感で保守的となった、とまで指摘されている。

 余談ながら、この事件によって保守政党が政権を取ったことで、対ディステニア戦争が長引いたというのは皮肉な結果である。


 シュピトゥルス提督は続けた。

「……そういうこともあって、ベビーブーマーの異変は、政府も軍もあまり大げさに騒ぎ立てたりはしてないからな。知らなくても当然かもしれん」

「どういうことでしょうか?」

 そこでシュピトゥルス提督は重々しく言った。

「ベビーブーマーは他の年代に比べ女性の比率が高いのだ」

 ディステニア戦役時代に徴兵されていた人々は今の50代半ば以上である。それ故人口統計で言うと、他に比べこの年代から上は男性の数が極端に少ない。
 だがこれは特殊な状況の話であり、ベビーブーマーとなるとそれとは全く異なる次元であるはずだが。
 それでもあえてレイナートは聞いてみた。

「それは女性が多い、ということでしょうか?」

「そうだ。いや、厳密には女性の出生率が高いということだが、同じことではあるな」

「出生率? そんなに違うのですか?」

「うむ。年によっては1.7%も男女の出生比が違う」

「それは……」

 そう聞くと確かに異常な話だった。
 出生率における男女比は多少の変動はあっても毎年ほぼ同じである。すなわちその差は0.1%以下で誤差の範囲と呼べる程度でしかない。
 これは年間に生まれる子供の数が非常に多く、母数が大きいためにほぼ半々になっているのである。
 要するに毎年男女はほぼ同じだけ生まれているということである。

「だがベビーブーマーの女性は、同年代の男性より約3億人も多いのだ」

 レイナートが目を丸くした。

「それは確かに異常な話ですね」

「そうだろう?
 そうしてこれは今後の軍にとっても大きな問題となる可能性がある」

「軍にとって?」

 そう言われてレイナートは考える。
 女性が多いことが軍にとって何が問題になるのか。
 ベビーブーマーは年代的に20代後半である。そこから考えられるのは……

「もしかして徴兵制度が復活……ですか?」

「そうだ。政府も軍も、その可能性を視野に入れ始めている」

「……!」

 それは志願兵による現在の部隊のみでは足りないということであり、アレルトメイアとの戦争が長期化するという予測以外の何物でもない。
 そうして徴兵は基本的には男性のみが徴募されるのである。女性が多い、というより男性が少ないということは軍部にとって確かに問題だろう。

「何故、ベビーブーマーは女性が多いのか。
 一説には、やはり宇宙勤務が影響しているとも言われている」


 宇宙開発が実験段階を終え、他の惑星への移住、宇宙軍の創設へと移っていく中で、宇宙空間において長期に生活する影響についての研究は継続的に行われてきた。
 そうして判明したことの一つに宇宙線症候群がある。
 これは長期の宇宙滞在で起きる健康上の深刻な問題と捉えられており、その故を以って、軍の宇宙勤務に定年制が導入されるに至ったという経緯がある。

 だが一方で、例えば男性の場合、宇宙に長期滞在しても精子の数が変化した、もしくは異常の発生率が高まったという報告はない。
 他方、女性の場合は生理不順が一定割合で増えたという。これは閉鎖空間での長期生活というストレスに起因しているとされており、地上勤務に戻ると生理不順も解消される事が多いという。
 だがそれ以外に関しては宇宙線やストレス等様々な要因が考えられ、しかも因果関係がはっきりしないことも多く不明な点が多いのも事実である。

 だがその問題とは別の観点から徴兵制度では基本的に男性しか徴募されない。
 軍が望む兵士の理想像は若くて健康な肉体の持ち主。したがって若い女性を徴募すると必然的に新たな子供が生まれにくくなる。それは後に急激な人口の減少を招き、ひいては国家の存亡に関わってくることになるからである。
 そういった背景があるので軍は基本的に男社会なのであり、平時はもちろん戦時においても、前線部門への女性の配置は基本的には志願兵のみであった。

「だが、それでもディステニア戦役の時は、徴募された女性兵士は後方勤務が主体だった。
だが男の数が少なければ必然的に前線勤務も増えるだろう」

「難しい問題ですね」

 確かに徴兵制度の適用を受ける男性の数が少なければ、女性の徴募も時を置かずして実施されるようになるだろう。また提督の言う通り前線に配備されることも増えるだろう。
 だが前線勤務となれば戦死の確率が目に見えて高くなる。これは由々しき事態になる、ということは一目瞭然であった。

「さらに言えば、だ。
 前線指揮官には部下に女性がいることを望まない者が多い」

「確かにそうですね」

 レイナートも頷かざるをえない。
 レイナートにすれば愚かしいことだとは思うが、実際問題として、女性を部下に持ちたがらない指揮官は多いのも事実である。何故かと言えば、それはまさしく女性の生理、月経に伴う体調不良の故である。


 規則により、軍においても一般と同様、女性には生理休暇を申請する権利が認められている。また所属長もしくは責任者は、就業が著しく困難な女性が休暇を請求した時は、その者を生理日に就業させてはならない、としている。そうして、生理休暇を取る女性兵士は基本的に傷病兵扱いであり、一切を無理強いすることは許されない。

 もちろん管理部門は、艦内シフトを作成する段階で週に一度の休日がうまくそれと合致するように意を用いる。だがそれでは済まないという現実がある。
 だから、特に宇宙勤務の場合は、生理休暇は本人に率先して取るように推奨している。
 これは、万が一体調不良で就業し、その体調不良の故に仕事でミスした場合を恐れてである。
 これが当人だけ被害を被るのであればまだいいが、宇宙勤務では最悪の場合、周囲を巻き込んで、もしくは基地や艦艇を丸ごと危険に晒しかねないからである。
 だから指揮官は女性兵士を好まない。

 彼らとて理解はしている。
 すなわち女性が生物としてそういったものであるのなら仕方がない。自然の摂理として受け入れよう。そう考える。
 だが自分や他の部下を巻き込まないでくれ、と主張するのである。他に職業選択の自由があるのだから、何もわざわざ軍人にならなくてもいいではないか、と彼らは主張する。
 そうしてもしも徴兵制度が復活し、徴兵された女性兵士が自分の部下になるとなれば、彼らは盛大にそれを嘆くだろう。
 自ら志願した女性兵士ですら受け入れがたいのである。徴募された女性兵士など願い下げである。


 そうしてそれは、一定以上の数を以て支持されている考えである、という現実がイステラ軍にはあったのである。

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