遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第86話 志願兵と徴募兵

 

 徴兵制度とは、国民に兵役の義務を課すものであり、イステラにおいては有事の際にかぎりこれを認めている。
 そうして徴募された兵士に対しては、多大な負担を強いるものであることを理由に可能な限りの温情を与えるべし、と政府は定めている。

 だが軍も現場の指揮官もそんなことは考えない。
 戦場において兵隊は、志願か徴募かなどどうでもいい。戦えればいいのだ、とされる。
 甘やかしていたら任務の遂行はありえないし、第一、直ぐに戦死してしまう。したがって厳しい訓練を課す。もしも大した訓練もなく実戦に投入するならば、それはもう末期状態で、直ぐにも敗戦を迎えることになる。
 そうならないためにも、兵は厳しくしごいて使い物になるように育てなければならないのである。

 そうしてイステラで「軍人」と言えば、誰もがまず男性兵士を頭に思い浮かべる、という時代は長かった。
 その反面で、軍は長い歴史の中で、常に女性をどうするかで悩まされ続けてきた。


 宇宙開発の初期においては宇宙飛行士は皆、男性軍人だった。
 やがて女性にその門戸が開かれた。女性宇宙飛行士が誕生し、宇宙で研究に従事する科学者が女性であっても当たり前とされるに至った。

 だがワープの実用化に成功した時、すなわち人類が外宇宙へ足を伸ばすようになった時、宇宙は再び男の職場になっていた。

 宇宙人との遭遇があるかもしれないというSFじみた発想もあった。すなわち人類の女性を宇宙人に好きにさせてはならない。だから宇宙に出すな。そういう意見が真面目に通っていた時代もある。

 宇宙に展開した人類は、そこで内乱を起こし複数の国家に分裂した。それ故宇宙軍を必要とした。
 もちろん地上の軍隊にも女性兵士はいた。だが宇宙軍は当初、女性の入隊を認めなかった。
 宇宙は「板子一枚下は地獄」などという、古い言い回しが当てはまるような世界である。
 そういう過酷な世界に女性や子供を連れ出すべきではない。政治家も軍人もそう考えた。

 だがこれにフェミニストが噛み付いた。

「女性の機会を正当な理由なくして奪う愚かな考えである」

 宇宙における戦争は、何と言っても艦隊戦である。複数艦艇からなる戦闘部隊が容赦なく砲を撃ち合う。被弾すればもちろん生きては帰れないことも多い。
 だがかつての洋上船舶が大砲を撃ち合うのとは違う。最新のエレクトロニクスを駆使した兵器による応酬は、体力ではなく知力を要求するはず。であれば女性兵士であっても何ら問題はないはずだ、とフェミニストは言い、軍に対し女性に門戸を開くように要求した。


 だが軍は態度を改めず女性に対して門戸を閉じたままだった。

「宇宙における戦争だからと言ってそんな簡単な話ではない。
 そもそも軍隊とは必要悪の権化である。何故あえてそこに身を投じようというのか?」として。
 そうしてその主張は多くの人々に受け入れられていた。
 だがフェミニストたちは納得しなかった。とにかく男に許されていて、女性に許されていないことが存在する。その事自体が許せないことだったのである。

 そこでフェミニストは女性政治家を動かした。
 結果、最高評議会総会で軍の女性入隊を認める決議が可決されたのである。
 こうなると軍としても、女性であると言うだけで入隊希望者を拒否することはできなくなった。
 ただし女性の志願者が少ない上に、その入隊要求水準が高く、初期訓練と称する入隊選抜試験を通過する女性は少なかった。


 フェミニストはこのことでも徹底的に軍を批判した。そうして女性問題を話し合う公聴会の開催を訴え、そこに軍の人事担当責任者を呼び出すことに成功した。

 だが公聴会に出席した少将は少しも動じることなく言った。

「先程からの評議員のお話を総合すると、軍の選抜水準が女性には厳しすぎるから、もっと水準を下げろとうことでしょうか?」

「そうは言いません! ですが配慮は必要でしょう、と言ってるのです!」

「ですから、その『配慮』とは具体的にどうせよと申されるのか」

「ですから女性に配慮すべきだと言ってるのです。そんなこともわからないんですか!」

 話は全く噛み合わなかった。

「よいですかな……」

 業を煮やした少将は、静かに諭すように言った。

「要求水準は文字通り、軍人として必要な最低限度を要求するものです。これに達しない者は男性であっても入隊を認められないのです。
 何故か? 
 それは兵士として使いものにならないからです。
 では、兵士として使い物にならないとは何を意味するか?
 それは戦場において戦死する可能性がとても高いということです。
 いいですかな?
 敵はこちらの性別を確かめて攻撃などはしてこないのですぞ?
 生き残れる者を育て兵士にする。そのための判断に必要な水準なのです。
 もし女性で軍人になりたいという人は、その要求水準を満たすように努力すればいい話でありませんか?
 男性よりも甘い基準にせよというのであれば、その方が女性を不当に扱っているのではないでしょうか?
 何故なら戦死の確率が高くなるのですからな。要求水準の変更によって入隊させた挙句、戦死者が増えたのでは本末転倒だとは思いませんかな?」

 「でも、後方任務ならそこまで必要ないはずでしょう!」

 フェミニストはあくまでも自分の主張を譲らなかった。

 そこで少将はフェミニスト評議員に対し、半ば呆れつつ言った。

「いいですかな。
 後方勤務の兵士も同じ要求水準を満たして入隊してるのですぞ?
 第一、軍の目的は国土と国民、その生命、生活、財産を守るためにあるのであり、基本は前線で敵と戦うことです。国民の盾となり敵の矢面に立つというのが本来の姿。自分だけ安全な所にいればいいというものでないのです。
 先程から評議員は要求水準に配慮せよと仰るが、どう配慮せよと言うのか具体策を提示いただきたいものですな。今の要求水準は国民を守るための最低要件なのですから。
 もしご提示いただいたものが今の水準より低いものであれば、それは軍の弱体化を図る利敵行為であり、国家に対する反逆行為である、と小官は職責から申し上げなければならない」

 そう言われたフェミニスト評議員は顔を真っ赤にして怒りを露わにした。だが何も言い返せなかった。
 そうして軍に入隊するのに必要とされている水準は現在も変わることがない。


 ところが戦争が長期化し、より多くの兵士が必要なると志願兵だけでは足りなくなる。
 そこで徴兵制度が導入される。

「国と国民のために」

 このスローガンのために多くの若者が戦地に赴く。
 そうして、それでも足りなくなれば水準を引き下げてでも徴募する。年齢枠を拡大する。最後には女性も徴募するに至った。希望する者には厳しかった水準が、希望しない者には引き下げられたのである。これほどの矛盾はないだろう。


 実働部隊とすれば補充される兵士は有能であって欲しい。できれば新兵は避けて欲しいと考える。無理だと知りつつも、徴募された兵士にもそれを望む。戦場で新兵を使い物になるよう鍛えながら戦争など出来るものではない。使い物になる前に死んでいくからである。まして新兵だけで構成される部隊なら全滅するために出撃するようなものである。

 それでもまだ補充兵が男なら我慢できる。そういう指揮官は多い。だが、これは彼らにすれば差別でも何でもない。
 女性特有の理由によって、任務に就けないのは仕方ない。だが、敵はそれを理由に攻撃を止めてはくれないのである。
 それ故、女性兵士が自分の部隊に配属となることを指揮官は嫌がるのである。


 レイナートとしてもその気持はわからないでもない。
 リンデンマルス号の艦長であった時、日々、各部署から上がってくる報告書に、週に一度の休日に合わせて休暇を取っている者の名があった。そうしてそれはほとんど女性であって、男性兵士が休暇を申請することは皆無だった。もっとも艦内で休暇を取ったところで、何が楽しいのか、という話もあるのだが。

 だが女性の場合は已むに已まれぬ理由で、それこそ生理休暇なのだろう、として特に何も言わずにきたし言える訳がなかった。
 だがリンデンマルス号の乗組員の男女比率は最終的にほぼ半々になっていた。したがって多い日にはその数は3桁に及んでいた。それが毎日のように続くのである。これは宇宙勤務では確かに避けてほしいことの一つである。


 宇宙基地であれ艦艇であれ、必要最小限度の人員しか配置していない、とまでは言わないものの、スペースと補給の関係から余剰人員は全く存在しない。
 にも関わらず傷病兵扱いで勤務しない(出来ない)者がいる。だが法律上もしくは安全対策上、無理に勤務はさせられない。当然他にシワ寄せが行くことになるのである。そうしてそれは別のミスや事故に繋がりかねないという懸念がある。
 事実、小型のY型基地だと駐在兵の数は十数人からせいぜい30人程度。したがって女性が配属されることは全くない。
 これは恋愛や性的な欲求からのトラブルといった問題もあるが、1人休むだけ他の負担が大きくなり過ぎるからである。
 これにみても、たとえ大規模基地や大型艦艇であっても、女性兵士の配属を望まない指揮官が多くても不思議ではないだろう。


「だが貴官はリンデンマルス号ではうまくやっていたな」

「そうでしょうか?」

 そう言われてもレイナートな素直に首肯しかねる。
 褒められるほどうまくいっていたという記憶はない。もしうまくいっていたとすれば、それは乗組員たちの努力の賜物であって、自分自身がどうこうした訳ではないと思う。

「ああ。人事部でも実験がうまく言ったと喜んでいるぞ?」

「実験?」

 何やら思いもかけない言葉をシュピトゥルス提督は口にした。

「うむ。貴官には説明していなかったが、リンデンマルス号の乗組員に女性兵士が多かったのは、女性兵士の多い職場の運用実証試験という側面があった」

「……!!」

「これは当然、このような事態を想定してのことだ」

 まさかリンデンマルス号の人員配置にそのような裏があったとは!
 確かに懸念があり、その必要に迫られる可能性があるとなれば事前に調査するのは当然だろう。にしても、当事者には一言くらい説明があっても良かったのではないだろうか。
 第一、リンデンマルス号に配属されたのは全員志願兵である。徴兵された女性兵士など存在しなかった。
 したがってそれは意味のある実験だったのだろうか?

「とにかくリンデンマルス号は独立艦で自己完結していた。しかもメイン業務が平時の補給支援。したがってそういった実験にはうってつけだった。他の部隊、例えば通常艦隊だと、平時とは言え収拾がつかなくなる可能性があったからな」

 アレルトメイアと開戦するまでの通常艦隊の主任務は訓練を兼ねての哨戒であた。これには宇宙海賊の取締も含まれていたから、補給支援に比べると殺伐としていることは否めない。
 また哨戒中は基本的には戦闘艦のみでの行動で補給艦を伴わなかった。それほど長期間の出動ではないからである。
 ということはリンデンマルス号ほど本格的な医療施設が艦内には備わっていない通常艦艇は、軍医も看護師も少数であるから、女性兵士を多数乗艦させると色々と問題も多く発生したに違いない。
 それはわかる。確かにわかるが……。

 レイナートは恨みがましい目でシュピトゥルス提督を見つめた。
 だがシュピトゥルス提督はどこ吹く風といった様子で、全く気にしていないようだった。

「それを踏まえた上で、喜んでくれ、フォージュ中将(・・)。貴官は最高幕僚部に栄転だ」

 そう言ってシュピトゥルス提督はニヤリと笑った。

「はあ?」

 思わずマヌケな声を出してしまったレイナートである。

「なに、スタッフには優秀な人材を用意した。何も心配することはないぞ?」

 そう言って、再び意地の悪い笑顔をシュピトゥルス提督は見せたのだった。


 提督のオフィスを辞したレイナートは、別室で待機していたモーナとともに廊下を歩いていた。
 モーナも一応は休暇中になる。だが自分の上司が、さらにその上の上司に呼び出されたのである。自分一人休暇を取るなど、「真面目」な副官としてはできるはずがない。

―― あまり気の進まないお話だったようね。

 モーナはそう考える。
 伊達に何年も副官をしている訳ではない。その表情や雰囲気で自ずからわかる。

―― 何だったのかしら?

 そんなことを考えながらモーナはレイナートの背後を歩いていた。

 するとレイナートが足を止めて振り返った。

「モーナ、できれば二人きりで話がしたいんだが……」

 それを聞いてモーナがドキリとする。

―― まさか、まさか私の事……?

と。

 モーナはレイナートのことを有能な上官として尊敬はしている。だが、異性としては全く意識していない。はっきり言って恋愛対象としての眼中にない。

―― この人「だけ」は「ない」わ……。

 指揮官としてあれほどまでに有能なのに、殊、女性問題になるとどうしようもないくらい優柔不断である。
 別に複数女性と関係を持ってる訳ではない。だけれども、誰かひとりに決めることもなく周囲をひたすらヤキモキさせている。

 かつてリンデンマルス号の副長だったナーキアス・ビスカット中佐がいい例ではないか。生え際は後退し、始終胃薬を飲んでいるようになり、挙句の果てには転属願いを出して艦を降りてしまったではないか。

 誰がそんな人と、と思っていたところで、レイナートが言った。

「新しい職務のことで……、今のところ他聞を憚るんだが、いいところはないだろうか?」

 それを聞いてモーナががっくりと肩を落とした。

―― まったくこの人は……。

 頭を抱えたくなった。
 脳裏には旧知の女性たちの顔も浮かんだ。

―― 全く、こんな人のどこがいいのかしら?

 思わず吊り目の三白眼をさらに釣り上げてレイナートを睨んでいた。

「?」

 キョトンとするレイナートだった。


 だが「有能な」副官であるモーナの対応は早かった。直ぐに空いている談話室の一つを見つけた。
 談話室は、個室の喫茶室のような部屋である。
 会議室を必要とするほど多人数ではないが、余人に聞かれたくない話ができる所、というものである。

 中央総司令部はイステラ軍全軍を統括する最上部組織。したがって肩に十字形四点星をいくつも着けたオジサン、オバサンがそこらじゅうにいる。
 この人達は、その職務上の機密保持規定やらセキュリティ・クラスの関係やらで、口を開くにも場所を選ばなければならないという厄介な規則に縛られている。これが自分のオフィスならそういう心配もないのだが、相手がいる話だと途端に難しくなる。しかも相手も同じような階級だと特に自分のオフィスに呼んでも素直に来てくれない。メンツやら面子やらを盾にする。
 こういう時のために談話室は存在する。

 談話室は完全防音、内部がモニタリングされているということもないから密談には最適である。
 ただし若い男女が二人きりで利用するとなると、当然ながら要らぬ憶測を呼ぶ。
 事実、給仕係の軍曹は平静を装いながらも興味津々という目を向けてきた。
 それをモーナは更に目を吊り上げた怖い顔で睨みつけたのである。

―― 別の場所にするべきだったかしら?

 今更、後悔先に立たずである。


 そんなモーナの内面を余所にレイナートは話を切り出した。

「私は、今度中将に昇進し、最高幕僚部、戦術・作戦局、戦術研究所に新たな戦術研究室を持つことになった。そうして貴官には引き続き私の副官を務めてもらう」

 それを聞いてモーナがポカンという顔をした。

―― 戦術・作戦局戦術研究所? 新しい戦術研究室?

「大栄転じゃないですか!」

 普段、滅多なことでは何にも動じないモーナが興奮して大声を出した。
 だが、レイナートはボソリと言う。

「そう……かな?」

 モーナが再び大声で言う。

「最高幕僚部の戦術研究所に自分の研究室を持つなんて、作戦参謀としての頂点を極めたと言ってもいいんですよ? 大出世ですよ?
 嬉しくないんですか!?」

「いや、嬉しいというよりもプレッシャーの方が……」

「何、情けないこと言ってるんですか!」

 思わずレイナートの襟首でも掴みそうない勢いのモーナである。

「それに室員というか研究員がね……」

「えっ?」

 そこでモーナが少し落ち着きを取り戻した。

「実は……」

 そう言って仔細を説明し大きく溜息を吐いたレイナートに対し、モーナは同情を禁じえなかった。だけでなく我が身に降りかかるであろう災難に思いを馳せ、やはり溜息を吐いたのだった。


 だが「有能な副官」モーナ・キャリエル少佐の対応は早かった。直ちに新たに配属される予定の研究員にメールを送った。
 曰く『レイナート・フォージュ中将閣下の新たな職務に必要な人材として貴官が抜擢されました。つきましては、正式な辞令交付前ではあるものの事前打ち合わせの要を認める次第です。よってその日程を打ち合わせたく、可及・速やかなる返信を願いたく存じます』と。

 それに対し相手からは直ぐに返信があった。

『小官は何時でも構いません。万難を排して直ちに参上します』

 それを受けてモーナは空いている会議室を手配し、直ぐに日程を調整しレイナートの許可を取った。
 そうして、なんと、翌日午後には全員が勢揃いしたのである。


 会議室の一番奥、上座となる所に座っているレイナート。
 会議室のドアがノックされた。

「コスタンティア・アトニエッリ大佐、入ります」

 モーナがドアを開けると、入り口で立ち止まったコスタンティアがそう言って敬礼した。

「ようこそ大佐。入って下さい」

 レイナートは立ち上がり、そう言って迎え入れる。

「クローデラ・フラコシアス大佐、入ります」

「エメネリア・ミルストラーシュ中佐、入ります」

「アニエッタ・シュピトゥルス少佐、入ります」

「エレノア・シャッセ大尉、入ります」

「アリュスラ・クラムステン大尉、入ります」

 その一々にレイナートは応じ、次々と女性たちが入ってきた。そうしてコの字型に設えられた席の前に立つ。

「諸君、掛けて下さい」

 先に腰掛けたレイナートが着席を勧める。
 そうしてエメネリアに尋ねた。

「ネイリ・リューメール准尉はどうしました?」

「外で待機させていますが……」

 訝しげにエメネリアが答えた。

「彼女も呼んで下さい。おそらく彼女にも関係した話になると思います」

 レイナートがそう言うと立ち上がろうとしたエメネリアを制して、モーナがネイリを呼んだ。

「ネイリ・リューメール准尉、入ります」

 そう言ってネイリも入室した。

「では、全員が揃ったので始めましょう。
 副官、説明を」

「はっ」

 レイナートの背後に立ったモーナが情報端末を手に説明を開始した。

「正式な辞令の交付は再来週初めとなりますが、皆さんは新設される、最高幕僚部戦術・作戦局戦術研究所第101研究室に新規配属となります」

 それを聞いて集められた女性たちの顔が一瞬唖然としたものになり、そうして最後には嬉しさのあまり堪えきれない笑みに包まれた。


 正式名称を、イステラ連邦宇宙軍中央総司令部統合作戦本部最高幕僚部戦術・作戦局戦術研究所戦術研究室というその部署は、文字通り、過去の戦術研究や新規作戦の立案研究を行うところである。

 ディステニアと戦火を交えていた際は、ここで立案された作戦が多数実行され、また、実際に行われた戦闘について戦術研究や総括を行ってきた。それが記録部の発行する戦闘レポートという形で公開されているのである。

 しかしながら停戦後、新たな作戦立案や戦術研究の題材が減ったことで、この研究所の各研究室の存在は有名無実化してしまった。だが廃止や縮小されることもなく、むしろ年々その数は増えている。それは老提督らの最後の花道として残されているからである。

 イステラの将官の内、中将以上には定年制度がない。すなわち本人の意志で引退するまで軍籍にあり続けられるのである。
 だがいつまでも居座られると後進のためのポストが空かない。老害という懸念もある。と言って戦歴華やかなりし功労者に引退を勧告したり、予備役に編入するのは色々と面白くない問題を引き起こす。
 そこで研究室長のポストを与え、実務面の一切から手を引いてもらう代わりに引退するまでのんびりと過ごしてもらうという名誉職であった。
 したがって、同じ戦術研究室でも一桁の番号は本来の戦術研究の場、二桁の番号は名誉職に分けられていた。
 そうして通常、戦術研究室というと、この一桁番号を指したのである。

 ところが、アレルトメイアと開戦したことによって、再び戦術研究室は本来の役目を取り戻すとともに質的・数的充実を図る必要に迫られた。

 だが、老提督の名誉職と化した二桁番号の戦術研究室では役に立たないのは明白だった。「新たな戦術研究の成果だ」と得意顔で出された作戦案が検討にも値しないものでは仕方がないだろう。

 そこで新たに三桁番号の研究室が新設されるに至った。こちらもその本来の目的の研究室である。
 これに関してはシュピトゥルス提督から説明があった。

「貴官の研究室の目的は、今後増えると予測される、徴兵による女性兵士の前線配備を支障なく、かつ円滑に遂行するため、事前に問題となり得る点の洗い出し、及びその対策である」

 徴兵制が復活すれば、最初に徴募されるのはベビーブーマーである。そうしてベビーブーマーは女性比率が異常に高い。
 これに対し軍上層部は深刻な懸念を抱き、その対応を真剣に考えなければならないところに来ていた。

「そのために、貴官には有能な女性士官を確保しておいた。皆、余所から渇望されていた人材だ。存分に使うがいい」

 それで蓋を開けたらこの人事である。

―― 確かに優秀なんだがな……。

 だが、優秀であればいいというものでもないだろう。リンデンマルス号においての日々から、絶対に波風が立たないとは言えない顔ぶれである。

 退役までの穏やかな日々。それこそがレイナートの望む全てである。もっともアレルトメイアと開戦した今日、安穏とした日々を求める方が間違っているだろう。
 士官学校の費用免除の縛りが解けるまであと4年余り。今時の情勢では、その時点での退役も怪しくなってきている気がする。

―― それなら早期終戦、いや、せめて停戦に向けて頑張ってみるか……。

 だが己1人が粉骨砕身努力しても、国家間の戦争を終えさせることなど出来ようはずがない。
確かに与えられた任務は、うまく行けば戦争終結の一助になるだろう。だが逆に最悪の場合は、戦争は泥沼化し国家の存亡にまで関わってくる可能性すらある。
 そういう意味では確かに適任としか言えない顔ぶれではある。
 しかし何故自分なのだろうか?

―― そういうことをやらせないでほしいもんなんだが……。

 溜息の一つもこぼしたいところだが、そんなことをすれば副官は吊り目の三白眼をさらに吊り上げるだろう。
 上官に対して遠慮なくきついことを言う副官だから何を言われることか。

―― それでもまだ毒舌でないだけましか……。

 全く、ヤレヤレである。

 そんなことを考えながらレイナートは、モーナの皆に対する説明を聞いていたのだった。

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