徴兵制度とは、国民に兵役の義務を課すものであり、イステラにおいては有事の際にかぎりこれを認めている。 だが軍も現場の指揮官もそんなことは考えない。 そうしてイステラで「軍人」と言えば、誰もがまず男性兵士を頭に思い浮かべる、という時代は長かった。 宇宙開発の初期においては宇宙飛行士は皆、男性軍人だった。 だがワープの実用化に成功した時、すなわち人類が外宇宙へ足を伸ばすようになった時、宇宙は再び男の職場になっていた。 宇宙人との遭遇があるかもしれないというSFじみた発想もあった。すなわち人類の女性を宇宙人に好きにさせてはならない。だから宇宙に出すな。そういう意見が真面目に通っていた時代もある。 宇宙に展開した人類は、そこで内乱を起こし複数の国家に分裂した。それ故宇宙軍を必要とした。 だがこれにフェミニストが噛み付いた。 「女性の機会を正当な理由なくして奪う愚かな考えである」 宇宙における戦争は、何と言っても艦隊戦である。複数艦艇からなる戦闘部隊が容赦なく砲を撃ち合う。被弾すればもちろん生きては帰れないことも多い。 だが軍は態度を改めず女性に対して門戸を閉じたままだった。 「宇宙における戦争だからと言ってそんな簡単な話ではない。 そこでフェミニストは女性政治家を動かした。 フェミニストはこのことでも徹底的に軍を批判した。そうして女性問題を話し合う公聴会の開催を訴え、そこに軍の人事担当責任者を呼び出すことに成功した。 だが公聴会に出席した少将は少しも動じることなく言った。 「先程からの評議員のお話を総合すると、軍の選抜水準が女性には厳しすぎるから、もっと水準を下げろとうことでしょうか?」 「そうは言いません! ですが配慮は必要でしょう、と言ってるのです!」 「ですから、その『配慮』とは具体的にどうせよと申されるのか」 「ですから女性に配慮すべきだと言ってるのです。そんなこともわからないんですか!」 話は全く噛み合わなかった。 「よいですかな……」 業を煮やした少将は、静かに諭すように言った。 「要求水準は文字通り、軍人として必要な最低限度を要求するものです。これに達しない者は男性であっても入隊を認められないのです。 「でも、後方任務ならそこまで必要ないはずでしょう!」 フェミニストはあくまでも自分の主張を譲らなかった。 そこで少将はフェミニスト評議員に対し、半ば呆れつつ言った。 「いいですかな。 そう言われたフェミニスト評議員は顔を真っ赤にして怒りを露わにした。だが何も言い返せなかった。 ところが戦争が長期化し、より多くの兵士が必要なると志願兵だけでは足りなくなる。 「国と国民のために」 このスローガンのために多くの若者が戦地に赴く。 実働部隊とすれば補充される兵士は有能であって欲しい。できれば新兵は避けて欲しいと考える。無理だと知りつつも、徴募された兵士にもそれを望む。戦場で新兵を使い物になるよう鍛えながら戦争など出来るものではない。使い物になる前に死んでいくからである。まして新兵だけで構成される部隊なら全滅するために出撃するようなものである。 それでもまだ補充兵が男なら我慢できる。そういう指揮官は多い。だが、これは彼らにすれば差別でも何でもない。 レイナートとしてもその気持はわからないでもない。 だが女性の場合は已むに已まれぬ理由で、それこそ生理休暇なのだろう、として特に何も言わずにきたし言える訳がなかった。 宇宙基地であれ艦艇であれ、必要最小限度の人員しか配置していない、とまでは言わないものの、スペースと補給の関係から余剰人員は全く存在しない。 「だが貴官はリンデンマルス号ではうまくやっていたな」 「そうでしょうか?」 そう言われてもレイナートな素直に首肯しかねる。 「ああ。人事部でも実験がうまく言ったと喜んでいるぞ?」 「実験?」 何やら思いもかけない言葉をシュピトゥルス提督は口にした。 「うむ。貴官には説明していなかったが、リンデンマルス号の乗組員に女性兵士が多かったのは、女性兵士の多い職場の運用実証試験という側面があった」 「……!!」 「これは当然、このような事態を想定してのことだ」 まさかリンデンマルス号の人員配置にそのような裏があったとは! 「とにかくリンデンマルス号は独立艦で自己完結していた。しかもメイン業務が平時の補給支援。したがってそういった実験にはうってつけだった。他の部隊、例えば通常艦隊だと、平時とは言え収拾がつかなくなる可能性があったからな」 アレルトメイアと開戦するまでの通常艦隊の主任務は訓練を兼ねての哨戒であた。これには宇宙海賊の取締も含まれていたから、補給支援に比べると殺伐としていることは否めない。 レイナートは恨みがましい目でシュピトゥルス提督を見つめた。 「それを踏まえた上で、喜んでくれ、フォージュ そう言ってシュピトゥルス提督はニヤリと笑った。 「はあ?」 思わずマヌケな声を出してしまったレイナートである。 「なに、スタッフには優秀な人材を用意した。何も心配することはないぞ?」 そう言って、再び意地の悪い笑顔をシュピトゥルス提督は見せたのだった。 提督のオフィスを辞したレイナートは、別室で待機していたモーナとともに廊下を歩いていた。 ―― あまり気の進まないお話だったようね。 モーナはそう考える。 ―― 何だったのかしら? そんなことを考えながらモーナはレイナートの背後を歩いていた。 するとレイナートが足を止めて振り返った。 「モーナ、できれば二人きりで話がしたいんだが……」 それを聞いてモーナがドキリとする。 ―― まさか、まさか私の事……? と。 モーナはレイナートのことを有能な上官として尊敬はしている。だが、異性としては全く意識していない。はっきり言って恋愛対象としての眼中にない。 ―― この人「だけ」は「ない」わ……。 指揮官としてあれほどまでに有能なのに、殊、女性問題になるとどうしようもないくらい優柔不断である。 かつてリンデンマルス号の副長だったナーキアス・ビスカット中佐がいい例ではないか。生え際は後退し、始終胃薬を飲んでいるようになり、挙句の果てには転属願いを出して艦を降りてしまったではないか。 誰がそんな人と、と思っていたところで、レイナートが言った。 「新しい職務のことで……、今のところ他聞を憚るんだが、いいところはないだろうか?」 それを聞いてモーナががっくりと肩を落とした。 ―― まったくこの人は……。 頭を抱えたくなった。 ―― 全く、こんな人のどこがいいのかしら? 思わず吊り目の三白眼をさらに釣り上げてレイナートを睨んでいた。 「?」 キョトンとするレイナートだった。 だが「有能な」副官であるモーナの対応は早かった。直ぐに空いている談話室の一つを見つけた。 中央総司令部はイステラ軍全軍を統括する最上部組織。したがって肩に十字形四点星をいくつも着けたオジサン、オバサンがそこらじゅうにいる。 談話室は完全防音、内部がモニタリングされているということもないから密談には最適である。 ―― 別の場所にするべきだったかしら? 今更、後悔先に立たずである。 そんなモーナの内面を余所にレイナートは話を切り出した。 「私は、今度中将に昇進し、最高幕僚部、戦術・作戦局、戦術研究所に新たな戦術研究室を持つことになった。そうして貴官には引き続き私の副官を務めてもらう」 それを聞いてモーナがポカンという顔をした。 ―― 戦術・作戦局戦術研究所? 新しい戦術研究室? 「大栄転じゃないですか!」 普段、滅多なことでは何にも動じないモーナが興奮して大声を出した。 「そう……かな?」 モーナが再び大声で言う。 「最高幕僚部の戦術研究所に自分の研究室を持つなんて、作戦参謀としての頂点を極めたと言ってもいいんですよ? 大出世ですよ? 「いや、嬉しいというよりもプレッシャーの方が……」 「何、情けないこと言ってるんですか!」 思わずレイナートの襟首でも掴みそうない勢いのモーナである。 「それに室員というか研究員がね……」 「えっ?」 そこでモーナが少し落ち着きを取り戻した。 「実は……」 そう言って仔細を説明し大きく溜息を吐いたレイナートに対し、モーナは同情を禁じえなかった。だけでなく我が身に降りかかるであろう災難に思いを馳せ、やはり溜息を吐いたのだった。 だが「有能な副官」モーナ・キャリエル少佐の対応は早かった。直ちに新たに配属される予定の研究員にメールを送った。 それに対し相手からは直ぐに返信があった。 『小官は何時でも構いません。万難を排して直ちに参上します』 それを受けてモーナは空いている会議室を手配し、直ぐに日程を調整しレイナートの許可を取った。 会議室の一番奥、上座となる所に座っているレイナート。 「コスタンティア・アトニエッリ大佐、入ります」 モーナがドアを開けると、入り口で立ち止まったコスタンティアがそう言って敬礼した。 「ようこそ大佐。入って下さい」 レイナートは立ち上がり、そう言って迎え入れる。 「クローデラ・フラコシアス大佐、入ります」 「エメネリア・ミルストラーシュ中佐、入ります」 「アニエッタ・シュピトゥルス少佐、入ります」 「エレノア・シャッセ大尉、入ります」 「アリュスラ・クラムステン大尉、入ります」 その一々にレイナートは応じ、次々と女性たちが入ってきた。そうしてコの字型に設えられた席の前に立つ。 「諸君、掛けて下さい」 先に腰掛けたレイナートが着席を勧める。 「ネイリ・リューメール准尉はどうしました?」 「外で待機させていますが……」 訝しげにエメネリアが答えた。 「彼女も呼んで下さい。おそらく彼女にも関係した話になると思います」 レイナートがそう言うと立ち上がろうとしたエメネリアを制して、モーナがネイリを呼んだ。 「ネイリ・リューメール准尉、入ります」 そう言ってネイリも入室した。 「では、全員が揃ったので始めましょう。 「はっ」 レイナートの背後に立ったモーナが情報端末を手に説明を開始した。 「正式な辞令の交付は再来週初めとなりますが、皆さんは新設される、最高幕僚部戦術・作戦局戦術研究所第101研究室に新規配属となります」 それを聞いて集められた女性たちの顔が一瞬唖然としたものになり、そうして最後には嬉しさのあまり堪えきれない笑みに包まれた。 正式名称を、イステラ連邦宇宙軍中央総司令部統合作戦本部最高幕僚部戦術・作戦局戦術研究所戦術研究室というその部署は、文字通り、過去の戦術研究や新規作戦の立案研究を行うところである。 ディステニアと戦火を交えていた際は、ここで立案された作戦が多数実行され、また、実際に行われた戦闘について戦術研究や総括を行ってきた。それが記録部の発行する戦闘レポートという形で公開されているのである。 しかしながら停戦後、新たな作戦立案や戦術研究の題材が減ったことで、この研究所の各研究室の存在は有名無実化してしまった。だが廃止や縮小されることもなく、むしろ年々その数は増えている。それは老提督らの最後の花道として残されているからである。 イステラの将官の内、中将以上には定年制度がない。すなわち本人の意志で引退するまで軍籍にあり続けられるのである。 ところが、アレルトメイアと開戦したことによって、再び戦術研究室は本来の役目を取り戻すとともに質的・数的充実を図る必要に迫られた。 だが、老提督の名誉職と化した二桁番号の戦術研究室では役に立たないのは明白だった。「新たな戦術研究の成果だ」と得意顔で出された作戦案が検討にも値しないものでは仕方がないだろう。 そこで新たに三桁番号の研究室が新設されるに至った。こちらもその本来の目的の研究室である。 「貴官の研究室の目的は、今後増えると予測される、徴兵による女性兵士の前線配備を支障なく、かつ円滑に遂行するため、事前に問題となり得る点の洗い出し、及びその対策である」 徴兵制が復活すれば、最初に徴募されるのはベビーブーマーである。そうしてベビーブーマーは女性比率が異常に高い。 「そのために、貴官には有能な女性士官を確保しておいた。皆、余所から渇望されていた人材だ。存分に使うがいい」 それで蓋を開けたらこの人事である。 ―― 確かに優秀なんだがな……。 だが、優秀であればいいというものでもないだろう。リンデンマルス号においての日々から、絶対に波風が立たないとは言えない顔ぶれである。 退役までの穏やかな日々。それこそがレイナートの望む全てである。もっともアレルトメイアと開戦した今日、安穏とした日々を求める方が間違っているだろう。 ―― それなら早期終戦、いや、せめて停戦に向けて頑張ってみるか……。 だが己1人が粉骨砕身努力しても、国家間の戦争を終えさせることなど出来ようはずがない。 ―― そういうことをやらせないでほしいもんなんだが……。 溜息の一つもこぼしたいところだが、そんなことをすれば副官は吊り目の三白眼をさらに吊り上げるだろう。 ―― それでもまだ毒舌でないだけましか……。 全く、ヤレヤレである。 そんなことを考えながらレイナートは、モーナの皆に対する説明を聞いていたのだった。 |