遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第98話 それぞれの決意


 軍服の交換も終わり、再び廊下を歩いてもと来た入り口へと向かう。電動車のところへ戻るのはそれが一番近い。

「申し訳ありません」

 イェーシャが済まなそうに言う。

 車を回すと言ったのだが、セーリアがそれには及ばないと言ったのである。

「それにしてもさすがに中央総司令部は大きいわね」

 歩きながらそう言うセーリアと頷くエナ。

 それはそうだろう。
 イステラ軍全軍を支配し統括するためもあって部署が多く、必然的に建屋も多くなる。
 そうしてその建屋はおよそ100年を目処に建て替えられている。これは建物自体の耐用年数ということもあるが、電気や通信といった内部設備の老朽化に対処するためである。
 特に通信に関しては、有事も含めいかなる状況においてもこれを確保するために無線のみに頼らないということで有線の配線もなされているが、これは時とともに進化してより高速化するので設備が時代遅れになりやすい。
 だが低速で使い物にならなくなったといえ、壁やら天井を剥がして配線し直すのは大工事になる。それならいっその事、建物ごと新しくしろ、ということである。その為最近では100年を待たずに新築されることが増えている。

 そうして建て替えの際は緑地化されている土地に新しく建ててから古いのを取り壊す。古い建屋は取り壊されると更地にされ、樹木や芝が植えられ緑地にしておくのである。これは基地に勤務する将兵の憩いの場としても利用されている。
 そういうこともあって中央総司令部の基地の敷地は広く、部署によっては歩いて行こうとは思わないほど離れているということもあるのである。


「それにしても広いわ」

 セーリアが緑地を眺めつつ独り言のように呟く。
 方面司令部も基地の敷地は決して狭くはない。だが周囲を宇宙港で囲まれているというレイアウトの故に、敷地を今以上に広げることができないという問題がある。したがって建屋は高層化し、新規の建築用に確保している土地は少しずつ減っている。
 それからすると中央総司令部の建造物はどれも低層ビルと言ってよく、しかもそこかしこに緑地があるのだから本当に広々としている。


 イェーシャは電動車を自分で運転し正面ゲートへと向かって走らせている。

―― あら、本部は基地の敷地外なの?

 と思うほどゲートに近づいたところでハンドルを切った。今度は千台が停められる駐車場の脇を通っていく。

「随分と端の方にあるのね」

 セーリアが尋ねるとイェーシャは「ええ、まあ」と言葉を濁す。

 これだけたくさんの建物があるのに本部として与えられたのは古い消防機庫。それが情けないやら恥ずかしいやらだった。自分で運転しているのもそのためで、音声認識装置に「第13消防機庫」と言いたくなかったからに他ならない。

 やがて駐車場の先にその消防機庫が見えてくる。確かに周囲の大きな建物と比べ、遠目には掘っ立て小屋である。
 そこに近づいていくのだからセーリアももしやと思った。

「もしかして、アレ?」

「アレ、です」

 憮然とした表情でイェーシャが言う。

 駐車場を通り過ぎ、緑地の脇の奥にそれはひっそりと建っている。
 1階部分は消防車の駐車スペース。大型の消防車が2台は停められるから、近くで見れば決して掘っ立て小屋というほど小さくはない。
 そのシャッターは開けられており、シャッターの上には部隊の名が手書きしてある。まあ、見ようによっては微笑ましいが、情けないものにしか見えないのも確かである。

 電動車は音もなく機庫の中に入って停まる。
 セーリアとエナは自分で扉を開けて降りてくる。助手席に置いてある機密パックをイェーシャが手に持って階段へ向かう。

「こちらへどうぞ。オフィスは2階です」

 消防隊員の緊急出動という観点から消防機庫にはエレベータもエスカレータもない。どころか扉は全て手動。自分で開け閉めしなくてはならない。
 階段を上るとイェーシャは手に持っていた機密パックを一つ下ろし扉を開けた。

「到着されました」

 分隊員控室の中に向かってそう言って道を開ける。
 セーリアとエナが入っていくと、中の女性らが一斉に振り返って立ち上がった。
 奥の当直室 ― 今はレイナートのオフィス ― の入り口脇にデスクを構えるモーナも立ち上がり、当直室の中に声を掛けた。

「閣下、到着しました」

 するとレイナートがのっそりと姿を現し入口の前に立った。新艦長と副官たちはその両側に整列する。
 分隊員控室はそこそこの広さで、そこに折りたたみ式の簡易テーブルを幾つか並べただけなので余裕はある。

 セーリアとエナはレイナートの前に進み、姿勢を正し敬礼した。

「セーリア・リディアン中佐、着任しました」

 エナも続けて着任報告をした。
 返礼したレイナートが2人に向かって言う。

「両名ともご苦労」

 そうしてモーナに目配せする。
 するとモーナが何物かを手にレイナートの脇に控える。

「リディアン中佐、本日只今を以って貴官を大佐とし、Valkyries of Lindenmars隊、主席幕僚に任ず」

 レイナートがそう言うとセーリアは驚いたように目を見開いた。
 人事部でごたついていたのは実はこのためで、既に人事部には大佐として登録されていたのである。
 セーリアは直ぐに再度敬礼した。

「拝命します」

 レイナートはセーリアが敬礼から直ったところで、モーナの持つ小箱から階級章を取り上げ、左右の肩に1つずつ追加する。
 セーリアの両肩に金色の日輪が3つずつ並んだ。
 これで押しも押されぬ、正々堂々の大佐である。

「栄えある部隊に呼んでくださったこと、また昇級までしていただいたこと、感謝に堪えません。
 今後、粉骨砕身、部隊に貢献する所存です」

 セーリアが力強く言った。

「期待している。大尉もよろしく頼む」

 レイナートはそうエナにも告げた。エナも敬礼して「かしこまりました」と頷く。

「さて、全員揃ったことだし、皆の自己紹介も兼ねて、現在までの状況説明をすることにしよう」

「はっ!」

 全員が一斉に声を上げた。


 テーブルをぐるりと取り囲むように簡易椅子に座る。最高幕僚部のオフィスに比べると備品類がいかにもチャチで安っぽい。とても尉官や佐官、まして将官のいるオフィスとは思えない。

「現在のところ、旧リンデンマルス号の乗組員たちは現在の所属部隊で引き継ぎ中とのことで、最短2週間後には異動が始まるものと思われます」

 アリュスラが報告していく。この手の案件はやはり管理部門が長かった彼女の独壇場である。

「新規徴兵の新兵は現在、最終訓練段階とのことで残り1ヶ月で訓練終了。漸次、配属の予定です」

 今回の新兵は形の上では志願兵だが、実質は徴兵に近い。
 そうして通常の志願兵の場合、志願した時点では仮入隊、2週間に渡る初期訓練と称する入隊選抜試験を経ると正式入隊扱いである。
 だがそれで直ぐ部隊に配属されることはない。3ヶ月間の基礎訓練を受けて正式に部隊に配属となるのである。宇宙勤務はそこからさらに1年の地上勤務を必要とする ― その間に宇宙勤務に必要な能力開発プログラムを受講しておく ― というのが大まかな流れである。
 だが徴兵の場合は最短だと、基礎訓練を6ヶ月間行って部隊に配属、という過去の事例があった。つまり1年間かけて身につける宇宙勤務に必要な知識とスキルの内、必要最小限度のものだけ叩き込んで現場に送り出すという、まさに促成栽培形式である。
 そこで今回の新兵もこれに倣い、6ヶ月と2週間で配属されてくることが決定されていた。しかも実戦部門である。それでも以前の徴兵制度の折は徴兵された兵は後方勤務だけだった。宇宙基地勤務になった者も中にはいたが、戦艦や空母が何隻も入港できる大型の要塞基地の後方部門であって直接戦闘部門ということはなかった。
 今回のはつまり、ろくに訓練もできていない人間を宇宙で実戦部隊に配属するという、戦争末期のかなり深刻な、全く後のない最悪の状況を想定しているのであった。すなわち「最悪以下=敗戦」で、これより悪くなりようがないということからである。


「それから現役で我が隊への転属を希望している者は、問い合わせも含め現在371名です」

「371名……、たったの?」

 アニエッタが驚きの声を出した。
 集めるべき兵員数は残り5700名。とても足りていない。

「実質、転属希望を出している者の数は?」

 レイナートの問にアリュスラの声が小さくなった。

「53名です」

「何、ソレ?」

 誰もが唖然としている。なんでそんなに少ないの? と。

「メールはきちんと送られたんでしょ?」

 対象となる女性兵士には全員、メールで募集要項を送付してある。

「ええ」

「まさか見てないってことは……」

「ないでしょう。だって将官の名で来た親展メールなのよ? 無視したら大事になるって普通は思うでしょ」

 そこでアリュスラが言う。

「やはり促成栽培の新兵が千人いるというのがネックなのでは?
 問い合わせもそれが本当かどうかを確かめるものがほとんどです」

 確かにそれは考えられることである。
 誰だって「新兵と一緒に戦え」と言われて自らそれを希望する者などいない。
 ましてそれが促成栽培なら素人に毛の生えた様なもの。ともに戦争をするには最も避けたい相手である。

「それで?」

「本当だとわかると皆、二の足を踏むようで、その後志願の申し出はありません」

 アリュスラが申し訳なさそうに言う。
 どうりで部隊発足以来、閑古鳥が鳴いているかのようにオフィスが静かな訳である。

「どうするのよ?」

 どうするもこうするも、これでは話にならないだろう。

「やっぱり志願で集めるのは無理なのかしら」

 そう言う声が聞こえてくる。


 そもそも部隊の新規編成は、その部隊が置かれる部門の担当者会議で編成委員会を結成、それから人事を巻き込む形で行われる。

 基本的に軍隊は専門色の強いところである。
 例えばパイロットから歩兵に回すというのは余程のことがなければないし逆は全くない。
 理由は単純明快。飛行訓練を経ていない者に操縦桿を握らせても機体は飛ばせない。つまり全く役に立たないからである。
 法務関係や技術関係が戦闘部門に戦闘員として配属となることも懲罰人事でもなければ滅多にない。戦闘艦内に配属されることはあるが、それはあくまでも法務官や技術者としてであり戦闘員としてではない。
 そうして新設部隊の場合、その部隊の設立趣旨や規模などから大枠が決められるとまずは編成委員会が結成される。これが必要な人員を決定し、それを受けて人事が各部署に割り振っていく、というのが多い。すなわち「入隊年度、経歴、賞罰」などから必要とされる兵員像に近い者が抽出されるのである。

 もちろん志願者を募るということも行われる。だが部隊員全員を志願者で集めるというのは小規模の特殊な部隊の場合だけで、1個艦隊のおよそ2/3を全て志願者でという方が普通ではない。

 それはもちろんVOL隊の全員がわかっていたことなのだが志願に拘った。
 それは女性が自らの意志で選ぶ、ということを重視したからである。

「発想は悪くないとは思いますが……」

 話を聞いていたセーリアが言う。
 自分も女性であることを理由に前の職場では不遇をかこっていたと思う。否、自分だけではない。多くの女性士官はその経験を1度や2度はしているだろう。
 だが部隊は士官だけで構成されるのではない。圧倒的大多数は兵である。そうして兵が一番現場を知っているのである。

 確かに自分の部署に補充で新規に人が配されてくることはある。だがそれでも古参兵なら問題はない。また後方部門ならまだいい。
 だが前線の戦闘部隊は新兵を嫌がる。それは自分の足を引っ張られる可能性が高いからで、それは言葉を返せば、戦死する可能性が高くなるということである。
 そんな新兵が山ほどいる部隊に誰が志願などするものか! ということだろう。

「それについては誤解があるようだな」

 レイナートが言う。

「いきなり最前線で戦闘をする訳じゃないんだ。最新鋭次期主力戦艦の実地運用試験をしつつ新兵は訓練していく予定なんだが……」

 シュピトゥルス大将から「最優先されるべきは最新鋭艦の実証試験」という言質を取っているので嘘ではない。

「問い合わせの際にそれはきちんと説明はしてるんですが……」

 アリュスラが申し訳なさそうに言う。
 それなら行く分かは誤解も解けるだろうが問い合わせすらなければ誤解したままだろう。否、問い合わせ後に志願しないのであればやはり誤解したままの可能性が高い。もしくは……。

「他に広報活動は行ったのですか?」

 セーリアが問う。
 セーリアもメールは受け取っているが、佐官の募集は数名程度だったし、船務や戦闘指揮の士官ということで、自分には関係ないものとしてしか見ていなかった。どうせ志願したところで上司に潰されると思っていたし……。

「いえ。おそらく大佐も受け取ったであろうメール以外には……」

「そう……。
 あれは確かに情報としては必要にして十分なものだったと思います。ですけど新たな部隊の魅力については何も感じられなかったわ」

 この点は意見の割れたところだった。
「もっと熱く訴えるべきでしょ!」と主張したアニエッタに対し、「感情に訴えるだけではダメよ!」というコスタンティア。どちらにも理があるように思えた。そうして折衷案、という訳でもないが、最終的には無難なものになってしまったのである。
 セーリアが言いたいのは、新部隊の魅力をもっと打ち出さないと新兵の多さだけが気になって志願する気が失せてしまうのではないか、ということだった。


「そこで、アトニエッリ大佐……」

 セーリアがコスタンティアに問いかける。

「貴官が以前出演していたCMの利用は考えなかったのかしら?」

「そう言えばそうじゃない! あんなにいいのがあったじゃない!」

 アニエッタも同意した。
 だがコスタンティアは首を振る。

「アレを? 全然考えなかったわ……」

「どうして?」

 セーリアが再び問う。

「軍への新規志願者を倍増させたという実績があるのですもの、利用しない手はないと思うのだけれど?」

「……」

 コスタンティアはそれには答えなかった。過去の自分の汚点、とまでは言わないものの、それは自分にとって名誉なことではなかったからである。

「小官もそれは考えました。ですが、本人が言い出さなかったので気が進まないのかと……」

 そこでそれまで黙っていたクローデラである。
 その人形のように整った顔が静かに言う。

「でも大佐の仰る通り、あのCMは効果があると思います。
 小官もあれを見て士官学校を目指した1人ですから……」

 それを聞いて全員が驚きの表情に変わった。
 政治家・官僚一家の娘が何故軍人を目指したのか不思議だったが、アレが理由だったとは!
 そうして副官たちからも同じような声が聞かれた。

「実は自分もそうなんです」

 すると、コスタンティアの顔がみるみる赤く染まっていった。そうして恥ずかしそうに俯いてしまったのである。
 美人の恥らう姿はとても可愛らしかったが見とれている訳にはいかない。

「どう? 広報部に協力を要請してみたら?」

「えっ、嘘! まさか……」

 コスタンティアが焦ったように顔を上げた。

「私はイ……」

「イヤとは言わせないわよ? あと半年で5千人以上、ううん、6千人近く集めなきゃならないのよ? 四の五の言ってられないわ!」

 というアニエッタの意見が採用され、コスタンティアは副官のリーデリアを伴って広報部棟へと行く羽目になったのである。


 ゆっくりと走る電動車に乗るコスタンティアとリーデリア。
 リーデリアは横目でコスタンティアを窺う。

―― やはり気が進まれないのだろうか? あんなに素敵なのに……。

 実はリーデリアもコスタンティアに憧れて軍を目指した1人だった。


 小さい頃からお勉強はできたリーデリアは、ごくごく平凡な容姿の女性である。

 ハイ・スクールは首席入学。新入生総代で挨拶もした。
 教師は「3年間頑張れば連邦宇宙大学も夢じゃないぞ」と言ったがリーデリアは全くそういう気なかった。

―― 別に頭なんて良くよくなくてもよかったから、もっとかわいく生まれたかった……。

 年頃の女の子にはよくある悩みだった。

 クラスの中では浮いていた。
 いわゆる地味系のグループの女の子たちからは「頭が良すぎてとっつきにくい」と避けられていた。
 いわゆるカワイイ系、キレイ系などからは歯牙にも掛けられなかった。「ヒドすぎて引き立て役にもならない」として。
 1人ぽつんと過ごす毎日。だからハイ・スクールはつまらなかった。

―― 学校、辞めちゃおうかな……。

 だが成績の良い娘が自慢の親は絶対に許さないだろう。それに学校を辞めて何をする?
働く? ミドルしか出てないんじゃ給料なんてたかが知れてる。

―― つまんないなあ……。

 そう思いながら学校には通った。

 リーデリアは成績が学年3位より下に下がったことがなかった。だがガリガリと勉強した訳ではない。普通に授業を聞いてテキストを読めば大体なんとかなった。

 2年生を目前にしてそろそろ進路を考えなければならなくなった。
 2年生で進学コースと就職コースに分かれるのはどこのハイ・スクールも同じ。必ずどちらかを選ばなければならなかった。

 ハイ・スクールしか出ていない両親は勤め先において色々と待遇面で不利なことが多いらしい。だから大学へ行け、と言う。

「大丈夫だ、ちゃんと学資は積み立ててるから」

 決して裕福ではない家計から少しずつ自分のために準備をしてくれている。それを思うと進学しかないのだが、でもそこに魅力はあまり感じていなかった。

―― どうしようかな……。

 結局、親を悲しませたくないからという理由で進学コースを選んだ。

 成績は相変わらず常にトップ3内だった。
 寡黙な優等生、そういう立ち位置がいつの間にかでき上がってしまっていた。

―― ま、いいか……。

 いじめられたりしないだけマシ。そう自分に言い聞かせて灰色の高校生活を続けた。

 そうしていよいよ3年生になるという時、今度は理系か文系かの選択で悩んだ。

―― どっちでもいいんだけどな……。

 別に進学するつもりで進学コースを選んだ訳ではないから本当にどうでも良かった。

 そんなある日のこと家族揃っての夕食の時だった。
 テレビに映った一人の女性に釘付けになった。

 この時代になってもテレビはマス・メディアの代表としてマスコミの王者として君臨していた。

 ところでリーデリアの見たのはあるCMで、重苦しい、不安を掻き立てるようなBGMに軍服姿の女性が一人映っていた。
 美しい横顔の女性は驚いたように急に振り返ると駆け出した。
 長い廊下を駆けていく女性。
 画面が切り替わるとヘルメットを小脇に抱え体にピッタリとフィットした服に着替えた女性が飛行機に乗り込んだ。
 今でこそ、それがパイロット用の飛行服であり、艦載機 ― 正確には艦上戦闘機 ― であると知っているが、その当時はそんな風にしか思わなかった。
 そうしてコックピットに乗り込んだ女性は合図をして機体を発進させ急上昇していく。

―― カッコいい……。

 つい、そう思った。
 だが父親も弟もそうは思わなかったようだった。

―― なんか作り物みたいな女だな。

―― こんな美人なんていないよ!

 そう言われてみるとあまりに美しすぎてCGかなとも思え始めた。

 その後その女性の出ているCMを何種類か目にするようになった。
 野戦服で泥だらけになりながら行軍する姿。
 油まみれになって機械を整備する姿。
 オペレータとして様々な指示を出す姿。
 いずれもその女性の魅力を十分に引き出していると思える出来映えに思えた。

―― ほらやっぱりCGじゃん。同じ人間がこんなに違う部隊にいる訳ないじゃん!

 弟はそう言って得意顔だった。

 いよいよ進路を決める締切が近づいたある日、リーデリアは進路相談室に足を運んだ。相談したからと言って決まるとも思えなかったが。

 そこで1枚のポスターを目にする。
 ポスターは薄いフィルム内にいくつかの画像を記憶させ、一定時間を置いてそれを切り替えて表示するというごく普通のものだった。
 そうしてそこにあの美しい女性が映っていた。
 その女性は制服姿で左足を前に右足を少し引いて少し身体をひねり顔を正面に向けて立っていた。

―― あの人だ!

 父親や弟が作りものと言ってた女性は実在の人物だった。それが何だか嬉しかった。

 そうしてその画像には本人の名と所属が記載されていた。
 すなわち「コスタンティア・アトニエッリ少尉。第470期士官学校卒。中央総司令部広報部勤務」と。

 リーデリアは帰宅するとコスタンティアのことをネットで調べてみた。すると出てくる出てくる。
 それは彼女の美貌と優秀さを称える記事がほとんどだった。

『アトニエッリ・インダストリー社、新製品発表記者会見に謎の美女!

 去る15日、国内最大の複合コングロマリット、アトニエッリ・インダストリー社の新型水陸両用車の発表記者会見に謎の美女が経営者の末席に並んでいた。この女性は同社の経営者一族の女性で、今年、連邦宇宙大学経営学部に入学したコスタンティア嬢19歳と判明……』

―― 連邦宇宙大学って、この人、頭いいんだ……。

『コスタンティア嬢、社交界に華麗にデビュー

 アトニエッリ・インダストリー社経営者一族のコスタンティア嬢が政財界の主要人物の集まる年末恒例のパーティーに出席し注目を浴びた……』

 写真付きの記事は探すといくらでも出てきたのである。そうしてどの記事の写真でもコスタンティアは輝いているように見えた。

 だが検索ページをたどると否定的、というより悪意に満ちた記事もあった。

『今日のバケモノ』

 そう題された記事はキャンパス内でのコスタンティアの姿を捉えたものだった。それは髪を無造作に束ね、化粧もせずニキビだらけの顔にかなり太っている姿で、まるで別人のようだった。

『最近、ガリ勉してる経営学部のコスタンティア。どうやら飛び級を狙っているらしい。どうせ無理なんだからそんなことに時間を無駄にしないで、美人は美人らしく愛想良く笑っていればいいのに(笑)』

―― ヒドイ!

 思わず端末に向かって怒鳴りそうになったリーデリアである。

 だが何と言っても極めつけは飛び級のニュース記事だった。

『連邦宇宙大学創設以来初の快挙!

 同大学経営学部2年のコスタンティア・アトニエッリさん(20)が、イステラ連邦設立と同時に開校した歴史と伝統を持つ同大学を2年飛び級で卒業するという史上初の快挙を成し遂げた。この偉業に対しては教授陣を始め学長も最大限の賛辞を送っており、卒業後の進路が注目されている……』

 リーデリアが知らなかっただけで彼女は超有名人だった。

―― スゴイなあ、憧れちゃうなあ……。

 頭脳明晰、成績優秀、美人で良家のお嬢様。あまりに自分と違うことに嫉妬すらせず、逆に魅了されていた。

―― こんな風になれたらなあ……。

 記事はその後、コスタンティアが士官学校に入学したことで一旦終わっていた。さすがに士官候補生の日常を追うのはマスコミには無理だったようだ。
 再び記事が出てくるのは軍に配属となって半年後から。特に新兵募集の広告には必ず彼女の姿があった。

 特に目についたのは電子雑誌のページを抜き出したと思われるもので、アップの顔写真と彼女との一問一答が載っていた。

問『大学を史上初でスキップ卒業、士官学校も首席卒業ということですが、その秘訣は何でしたか?』
答『秘訣なんてないと思います』
問『ではどうやって?』
答『努力しただけです』
問『才能ではない、と?』
答『才能という言葉はあまり好きではありません。多くの場合それは努力しないことの言い訳の言葉だと思うので』
問『どういう意味ですか?』
答『どういう意味? そうですね。よく「自分には才能がない」と言う人がいますけど、そんな言葉で努力することから逃げているだけではないでしょうか』
問『手厳しいですね』
答『そうでしょうか? 才能をどうこう言う前に、まず努力してみればいいのではないでしょうか。少なくとも小官はそうしてきました』
問『それが現在の結果につながっていると?』
答『ええ、そうです』
問『それは謙遜ではなくて? つまり才能ではない、と?』
答『何故、謙遜する必要があるのでしょうか? 努力することは恥ずかしいことではないと思います』
問『でも、若い人の中には楽をしていい思いをしたいという人も多いと思いますが?』
答『それは認めます。そうして努力は必ず報われるとも言いません。ですが努力したことは決して自分を裏切りません。そうしてそれは自分にとっての大きな財産だと思います。
 そうして、もしも自分に才能があるとすれば、それは飽きもせずに努力し続けられる、この一点だけだと思います』

 そうして動画サイトで検索するとコスタンティアの出演する軍のCMがいくらでも見られた。
 その笑顔の虜になったリーデリアは将来の進路として漠然と軍を意識し始めたのである。
 ネットで情報を集め、傍らコスタンティアの記事を読み耽る。
 そうして決心した。

―― そうだ、士官学校へ行こう!

 リーデリアは進路調査票に連邦宇宙大学数理学部と記入して提出したのである。

―― でも、経営学部はどうもなあ……。

 いくらあの人と同じところとはいえ経営学部では周囲を納得させるいい口実が見つからなかったということもあるし、そもそも会社経営になど全く興味がなかったからだった。
 ただし連邦宇宙大学の数理学部は法学部、医学部と並んで最難関とされている。少なくともハイ・スクールの数学や物理の教師になりたい程度で選ぶところではない。末は天文学者、理論物理学者や数学者を目指すためのものである。ネット上では士官学校の特に戦術作戦科は数理学部が有利、という情報から選んだのだったが、真相を知らない周囲にはかなり驚かれたのであった。

「そっち方面へ進みたいのか?」

「ええ、まあ……」

 教師の問にリーデリアは曖昧に答えた。
 軍の士官学校へ行きたい、というのは相当変わってるように思われるかもしれない。その恐れからだった。

 それからはガムシャラに勉強した。
 元々優秀だった生徒が本腰を入れて勉強したらどうなるか? あえて結論を言う必要はないだろう。
 リーデリアは所期の目的を達成し連邦宇宙大学数理学部に合格したのである。

 だがキャンパスライフはタフだった。
 とにかく授業についていくのに精一杯。しかも授業のコマ目一杯に科目を選択したから遊ぶ暇はまったくなかった。
 それでも成績はなんとかAをキープできた。幾つかはギリギリでA-。冷や汗モノだった。逆にA+も多くはなく、まあ優秀な学生の1人というポジションだった。

―― 本当にあの人はSばかりだったの?

 コスタンティアの大学時代の成績はほとんどの科目がS。幾つかA+があるだけという驚異的なもの。さすがに飛び級できる訳だと妙に感心したりもした。

 だが大学を2年終えて3年になった時、それまでがんばった分少しは楽ができるかな、と考えていたリーデリアは大学の教務課に呼び出された。

「君、うまくすると3年で卒業できるよ?」

 コスタンティア以降、連邦宇宙大学では飛び級する学生が出始めていた。もっともさすがに2年も「飛ぶ」学生はいなかったが、半年や1年だと毎年1人2人はいたのである。
 別段講義のレベルが下がったということはなく、「我こそは!」「自分も!」というそれだけ優秀な学生が増えたということだった。
 そうしてリーデリアもその一人に入れるかもしれないと示唆されたのである。

―― どうしよう……、がんばってみる?

 だがそれは楽ではない日々がさらに続くということである。それを思うと正直ゲンナリした。
でも一日も早く追いつきたいという気持ちが勝った。
 そうして連邦宇宙大学を3年で終えたのである。

 親は狂喜乱舞した。
「瓢箪から駒」「鳶が鷹を産む」と自分たちから言うほどだった。
 その娘が卒業後は軍の士官学校へ行くと言って驚かされた。

「オマエ、軍人になりたいのか?」

 親は真顔で聞いてきた。だがリーデリアは別段軍人になりたい訳ではなく、ただひたすらコスタンティアに憧れていただけだった。
 だがその気持を理解してもらうのは難しい。結局「そうよ」と言って士官学校を受験した。
 もちろん第四管区方面司令部付属士官学校。あの人と同じ第四士官学校だった

 戦術作戦科ではやはり上位をキープできた。ただし野戦行軍訓練、格闘技、実機飛行演習などは苦手だった。それが総合成績に影響し新規任官で司令部勤務になれるかどうかは微妙だった。
だがリーデリアはまったく意に介さなかった。
 どころか希望として調査票に書いたのはリンデンマルス号作戦部。誰もが首を捻る希望配属先だった。

「君、本気かね?」

 訝しむ指導教官に対しリーデリアははっきりと答えた。

「はい、肯定であります。
 小官は心からそれを願っております」

 願いは叶えられた。
 そこへの配属が左遷とみなされるような艦に自ら志願する相当の変わり者、という烙印を押されながら。

 そうして着任の時、リーデリアは何年も憧れた「その人」にようやく会うことができた。

「作戦部長のコスタンティア・アトニエッリよ、よろしくね」

 その美しい顔に湛えられた笑みは想像以上に眩しかった。

―― 絶対にこの人の役に立つ。立ってみせる!

 リーデリアは新たな、そうして密かな決意を心に刻んだのだった。

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