軍服の交換も終わり、再び廊下を歩いてもと来た入り口へと向かう。電動車のところへ戻るのはそれが一番近い。 「申し訳ありません」 イェーシャが済まなそうに言う。 車を回すと言ったのだが、セーリアがそれには及ばないと言ったのである。 「それにしてもさすがに中央総司令部は大きいわね」 歩きながらそう言うセーリアと頷くエナ。 それはそうだろう。 そうして建て替えの際は緑地化されている土地に新しく建ててから古いのを取り壊す。古い建屋は取り壊されると更地にされ、樹木や芝が植えられ緑地にしておくのである。これは基地に勤務する将兵の憩いの場としても利用されている。 「それにしても広いわ」 セーリアが緑地を眺めつつ独り言のように呟く。 イェーシャは電動車を自分で運転し正面ゲートへと向かって走らせている。 ―― あら、本部は基地の敷地外なの? と思うほどゲートに近づいたところでハンドルを切った。今度は千台が停められる駐車場の脇を通っていく。 「随分と端の方にあるのね」 セーリアが尋ねるとイェーシャは「ええ、まあ」と言葉を濁す。 これだけたくさんの建物があるのに本部として与えられたのは古い消防機庫。それが情けないやら恥ずかしいやらだった。自分で運転しているのもそのためで、音声認識装置に「第13消防機庫」と言いたくなかったからに他ならない。 やがて駐車場の先にその消防機庫が見えてくる。確かに周囲の大きな建物と比べ、遠目には掘っ立て小屋である。 「もしかして、アレ?」 「アレ、です」 憮然とした表情でイェーシャが言う。 駐車場を通り過ぎ、緑地の脇の奥にそれはひっそりと建っている。 電動車は音もなく機庫の中に入って停まる。 「こちらへどうぞ。オフィスは2階です」 消防隊員の緊急出動という観点から消防機庫にはエレベータもエスカレータもない。どころか扉は全て手動。自分で開け閉めしなくてはならない。 「到着されました」 分隊員控室の中に向かってそう言って道を開ける。 「閣下、到着しました」 するとレイナートがのっそりと姿を現し入口の前に立った。新艦長と副官たちはその両側に整列する。 セーリアとエナはレイナートの前に進み、姿勢を正し敬礼した。 「セーリア・リディアン中佐、着任しました」 エナも続けて着任報告をした。 「両名ともご苦労」 そうしてモーナに目配せする。 「リディアン中佐、本日只今を以って貴官を大佐とし、Valkyries of Lindenmars隊、主席幕僚に任ず」 レイナートがそう言うとセーリアは驚いたように目を見開いた。 「拝命します」 レイナートはセーリアが敬礼から直ったところで、モーナの持つ小箱から階級章を取り上げ、左右の肩に1つずつ追加する。 「栄えある部隊に呼んでくださったこと、また昇級までしていただいたこと、感謝に堪えません。 セーリアが力強く言った。 「期待している。大尉もよろしく頼む」 レイナートはそうエナにも告げた。エナも敬礼して「かしこまりました」と頷く。 「さて、全員揃ったことだし、皆の自己紹介も兼ねて、現在までの状況説明をすることにしよう」 「はっ!」 全員が一斉に声を上げた。 テーブルをぐるりと取り囲むように簡易椅子に座る。最高幕僚部のオフィスに比べると備品類がいかにもチャチで安っぽい。とても尉官や佐官、まして将官のいるオフィスとは思えない。 「現在のところ、旧リンデンマルス号の乗組員たちは現在の所属部隊で引き継ぎ中とのことで、最短2週間後には異動が始まるものと思われます」 アリュスラが報告していく。この手の案件はやはり管理部門が長かった彼女の独壇場である。 「新規徴兵の新兵は現在、最終訓練段階とのことで残り1ヶ月で訓練終了。漸次、配属の予定です」 今回の新兵は形の上では志願兵だが、実質は徴兵に近い。 「それから現役で我が隊への転属を希望している者は、問い合わせも含め現在371名です」 「371名……、たったの?」 アニエッタが驚きの声を出した。 「実質、転属希望を出している者の数は?」 レイナートの問にアリュスラの声が小さくなった。 「53名です」 「何、ソレ?」 誰もが唖然としている。なんでそんなに少ないの? と。 「メールはきちんと送られたんでしょ?」 対象となる女性兵士には全員、メールで募集要項を送付してある。 「ええ」 「まさか見てないってことは……」 「ないでしょう。だって将官の名で来た親展メールなのよ? 無視したら大事になるって普通は思うでしょ」 そこでアリュスラが言う。 「やはり促成栽培の新兵が千人いるというのがネックなのでは? 確かにそれは考えられることである。 「それで?」 「本当だとわかると皆、二の足を踏むようで、その後志願の申し出はありません」 アリュスラが申し訳なさそうに言う。 「どうするのよ?」 どうするもこうするも、これでは話にならないだろう。 「やっぱり志願で集めるのは無理なのかしら」 そう言う声が聞こえてくる。 そもそも部隊の新規編成は、その部隊が置かれる部門の担当者会議で編成委員会を結成、それから人事を巻き込む形で行われる。 基本的に軍隊は専門色の強いところである。 もちろん志願者を募るということも行われる。だが部隊員全員を志願者で集めるというのは小規模の特殊な部隊の場合だけで、1個艦隊のおよそ2/3を全て志願者でという方が普通ではない。 それはもちろんVOL隊の全員がわかっていたことなのだが志願に拘った。 「発想は悪くないとは思いますが……」 話を聞いていたセーリアが言う。 確かに自分の部署に補充で新規に人が配されてくることはある。だがそれでも古参兵なら問題はない。また後方部門ならまだいい。 「それについては誤解があるようだな」 レイナートが言う。 「いきなり最前線で戦闘をする訳じゃないんだ。最新鋭次期主力戦艦の実地運用試験をしつつ新兵は訓練していく予定なんだが……」 シュピトゥルス大将から「最優先されるべきは最新鋭艦の実証試験」という言質を取っているので嘘ではない。 「問い合わせの際にそれはきちんと説明はしてるんですが……」 アリュスラが申し訳なさそうに言う。 「他に広報活動は行ったのですか?」 セーリアが問う。 「いえ。おそらく大佐も受け取ったであろうメール以外には……」 「そう……。 この点は意見の割れたところだった。 「そこで、アトニエッリ大佐……」 セーリアがコスタンティアに問いかける。 「貴官が以前出演していたCMの利用は考えなかったのかしら?」 「そう言えばそうじゃない! あんなにいいのがあったじゃない!」 アニエッタも同意した。 「アレを? 全然考えなかったわ……」 「どうして?」 セーリアが再び問う。 「軍への新規志願者を倍増させたという実績があるのですもの、利用しない手はないと思うのだけれど?」 「……」 コスタンティアはそれには答えなかった。過去の自分の汚点、とまでは言わないものの、それは自分にとって名誉なことではなかったからである。 「小官もそれは考えました。ですが、本人が言い出さなかったので気が進まないのかと……」 そこでそれまで黙っていたクローデラである。 「でも大佐の仰る通り、あのCMは効果があると思います。 それを聞いて全員が驚きの表情に変わった。 「実は自分もそうなんです」 すると、コスタンティアの顔がみるみる赤く染まっていった。そうして恥ずかしそうに俯いてしまったのである。 「どう? 広報部に協力を要請してみたら?」 「えっ、嘘! まさか……」 コスタンティアが焦ったように顔を上げた。 「私はイ……」 「イヤとは言わせないわよ? あと半年で5千人以上、ううん、6千人近く集めなきゃならないのよ? 四の五の言ってられないわ!」 というアニエッタの意見が採用され、コスタンティアは副官のリーデリアを伴って広報部棟へと行く羽目になったのである。 ゆっくりと走る電動車に乗るコスタンティアとリーデリア。 ―― やはり気が進まれないのだろうか? あんなに素敵なのに……。 実はリーデリアもコスタンティアに憧れて軍を目指した1人だった。 小さい頃からお勉強はできたリーデリアは、ごくごく平凡な容姿の女性である。 ハイ・スクールは首席入学。新入生総代で挨拶もした。 ―― 別に頭なんて良くよくなくてもよかったから、もっとかわいく生まれたかった……。 年頃の女の子にはよくある悩みだった。 クラスの中では浮いていた。 ―― 学校、辞めちゃおうかな……。 だが成績の良い娘が自慢の親は絶対に許さないだろう。それに学校を辞めて何をする? ―― つまんないなあ……。 そう思いながら学校には通った。 リーデリアは成績が学年3位より下に下がったことがなかった。だがガリガリと勉強した訳ではない。普通に授業を聞いてテキストを読めば大体なんとかなった。 2年生を目前にしてそろそろ進路を考えなければならなくなった。 ハイ・スクールしか出ていない両親は勤め先において色々と待遇面で不利なことが多いらしい。だから大学へ行け、と言う。 「大丈夫だ、ちゃんと学資は積み立ててるから」 決して裕福ではない家計から少しずつ自分のために準備をしてくれている。それを思うと進学しかないのだが、でもそこに魅力はあまり感じていなかった。 ―― どうしようかな……。 結局、親を悲しませたくないからという理由で進学コースを選んだ。 成績は相変わらず常にトップ3内だった。 ―― ま、いいか……。 いじめられたりしないだけマシ。そう自分に言い聞かせて灰色の高校生活を続けた。 そうしていよいよ3年生になるという時、今度は理系か文系かの選択で悩んだ。 ―― どっちでもいいんだけどな……。 別に進学するつもりで進学コースを選んだ訳ではないから本当にどうでも良かった。 そんなある日のこと家族揃っての夕食の時だった。 この時代になってもテレビはマス・メディアの代表としてマスコミの王者として君臨していた。 ところでリーデリアの見たのはあるCMで、重苦しい、不安を掻き立てるようなBGMに軍服姿の女性が一人映っていた。 ―― カッコいい……。 つい、そう思った。 ―― なんか作り物みたいな女だな。 ―― こんな美人なんていないよ! そう言われてみるとあまりに美しすぎてCGかなとも思え始めた。 その後その女性の出ているCMを何種類か目にするようになった。 ―― ほらやっぱりCGじゃん。同じ人間がこんなに違う部隊にいる訳ないじゃん! 弟はそう言って得意顔だった。 いよいよ進路を決める締切が近づいたある日、リーデリアは進路相談室に足を運んだ。相談したからと言って決まるとも思えなかったが。 そこで1枚のポスターを目にする。 ―― あの人だ! 父親や弟が作りものと言ってた女性は実在の人物だった。それが何だか嬉しかった。 そうしてその画像には本人の名と所属が記載されていた。 リーデリアは帰宅するとコスタンティアのことをネットで調べてみた。すると出てくる出てくる。 『アトニエッリ・インダストリー社、新製品発表記者会見に謎の美女! 去る15日、国内最大の複合コングロマリット、アトニエッリ・インダストリー社の新型水陸両用車の発表記者会見に謎の美女が経営者の末席に並んでいた。この女性は同社の経営者一族の女性で、今年、連邦宇宙大学経営学部に入学したコスタンティア嬢19歳と判明……』 ―― 連邦宇宙大学って、この人、頭いいんだ……。 『コスタンティア嬢、社交界に華麗にデビュー アトニエッリ・インダストリー社経営者一族のコスタンティア嬢が政財界の主要人物の集まる年末恒例のパーティーに出席し注目を浴びた……』 写真付きの記事は探すといくらでも出てきたのである。そうしてどの記事の写真でもコスタンティアは輝いているように見えた。 だが検索ページをたどると否定的、というより悪意に満ちた記事もあった。 『今日のバケモノ』 そう題された記事はキャンパス内でのコスタンティアの姿を捉えたものだった。それは髪を無造作に束ね、化粧もせずニキビだらけの顔にかなり太っている姿で、まるで別人のようだった。 『最近、ガリ勉してる経営学部のコスタンティア。どうやら飛び級を狙っているらしい。どうせ無理なんだからそんなことに時間を無駄にしないで、美人は美人らしく愛想良く笑っていればいいのに(笑)』 ―― ヒドイ! 思わず端末に向かって怒鳴りそうになったリーデリアである。 だが何と言っても極めつけは飛び級のニュース記事だった。 『連邦宇宙大学創設以来初の快挙! 同大学経営学部2年のコスタンティア・アトニエッリさん(20)が、イステラ連邦設立と同時に開校した歴史と伝統を持つ同大学を2年飛び級で卒業するという史上初の快挙を成し遂げた。この偉業に対しては教授陣を始め学長も最大限の賛辞を送っており、卒業後の進路が注目されている……』 リーデリアが知らなかっただけで彼女は超有名人だった。 ―― スゴイなあ、憧れちゃうなあ……。 頭脳明晰、成績優秀、美人で良家のお嬢様。あまりに自分と違うことに嫉妬すらせず、逆に魅了されていた。 ―― こんな風になれたらなあ……。 記事はその後、コスタンティアが士官学校に入学したことで一旦終わっていた。さすがに士官候補生の日常を追うのはマスコミには無理だったようだ。 特に目についたのは電子雑誌のページを抜き出したと思われるもので、アップの顔写真と彼女との一問一答が載っていた。 問『大学を史上初でスキップ卒業、士官学校も首席卒業ということですが、その秘訣は何でしたか?』 ―― そうだ、士官学校へ行こう! リーデリアは進路調査票に連邦宇宙大学数理学部と記入して提出したのである。 ―― でも、経営学部はどうもなあ……。 いくらあの人と同じところとはいえ経営学部では周囲を納得させるいい口実が見つからなかったということもあるし、そもそも会社経営になど全く興味がなかったからだった。 「そっち方面へ進みたいのか?」 「ええ、まあ……」 教師の問にリーデリアは曖昧に答えた。 それからはガムシャラに勉強した。 だがキャンパスライフはタフだった。 ―― 本当にあの人はSばかりだったの? コスタンティアの大学時代の成績はほとんどの科目がS。幾つかA+があるだけという驚異的なもの。さすがに飛び級できる訳だと妙に感心したりもした。 だが大学を2年終えて3年になった時、それまでがんばった分少しは楽ができるかな、と考えていたリーデリアは大学の教務課に呼び出された。 「君、うまくすると3年で卒業できるよ?」 コスタンティア以降、連邦宇宙大学では飛び級する学生が出始めていた。もっともさすがに2年も「飛ぶ」学生はいなかったが、半年や1年だと毎年1人2人はいたのである。 ―― どうしよう……、がんばってみる? だがそれは楽ではない日々がさらに続くということである。それを思うと正直ゲンナリした。 親は狂喜乱舞した。 「オマエ、軍人になりたいのか?」 親は真顔で聞いてきた。だがリーデリアは別段軍人になりたい訳ではなく、ただひたすらコスタンティアに憧れていただけだった。 戦術作戦科ではやはり上位をキープできた。ただし野戦行軍訓練、格闘技、実機飛行演習などは苦手だった。それが総合成績に影響し新規任官で司令部勤務になれるかどうかは微妙だった。 「君、本気かね?」 訝しむ指導教官に対しリーデリアははっきりと答えた。 「はい、肯定であります。 願いは叶えられた。 そうして着任の時、リーデリアは何年も憧れた「その人」にようやく会うことができた。 「作戦部長のコスタンティア・アトニエッリよ、よろしくね」 その美しい顔に湛えられた笑みは想像以上に眩しかった。 ―― 絶対にこの人の役に立つ。立ってみせる! リーデリアは新たな、そうして密かな決意を心に刻んだのだった。 |