レイナートがひとりで、そこそこ多忙な「お留守番」をしている間、VOL隊の女性たちは広報部棟での撮影に臨んでいた。 広報部棟に到着すると直ぐに楽屋に通された。 「お待ちしてました!」 と、明るい声で出迎えたのは広報部のメイキャップ・スタッフである。 「さあ、どうぞ! こちらにお掛け下さい」 と皆を壁際の鏡の前の席に促す。 さすがに何をされるのかわかったコスタンティアは「必要ないわ」と首を振るが、スタッフらは納得しない。 「ですが、やはり広報用の撮影となると必要ですよ?」 そこで皆を案内してきた中尉も言う。 「申し訳ありませんが、時間もありませんし、順序よくお願いします。まず大佐殿から」 と、コスタンティア、クローデラ、セーリアに言う。 「あら、私もなの?」 とセーリアが言えば中尉は頷く。 「ええ。お三方は中心に立っていただきますから」 確かにこの中では大佐が一番の上級である。 「では、お願いしようかしら」 と、セーリアはさっさと腰掛けた。さすがに年の功というのか、一番年かさだけあって物怖じしなかったし、無駄に時間を費やすべきではないという判断からだった。 「大佐殿はどちらから?」 スタッフがセーリアの軍服をケープで覆いながら尋ねる。 「第二方面司令部だけれど……」 「地上勤務でいらっしゃいましたよね?」 セーリアの答えにスタッフはそう重ねて聞いた。 「ええ、そうだけど……、わかるのかしら?」 「はい」 訝しげなセーリアにスタッフははっきりと頷いたのだった。 そもそも、宇宙勤務の女性はほとんど化粧をしない。してもごく薄いナチュラル・メイクで、大半は眉を描き口紅を塗る程度、というのが多い。 宇宙艦艇も基地であっても、内部で消費される水は空気と並んで最重要「物質」である。 「どうせヘルメットで隠れるし、敵に見せるために化粧しても仕方がないだろ!」 というわかったようなわからないような理由からである。 旧リンデンマルス号の女性たちも地上勤務になってからは以前よりも化粧はするようにはなったが、それでもまだ薄化粧と言える範囲なのである。 スタッフは手早く女性たちの顔を作っていく。 「お気に召しませんか……?」 メイキャップ・スタッフは恐る恐る尋ねる。 「あまりお化粧自体が好きではないの。あなたのせいではないわ。だから気にしないで」 そう気遣うコスタンティアである。 広報部に限らず、いわゆる理美容スタッフは軍に少なからずいる。そうしてその多くは兵長やせいぜい伍長という下級兵士である。 いわゆる勉強嫌いのハイ・スクールの生徒は卒業後の進路に進学を選ぶことはまずない。したがって就職するのが大半だが、理美容職のように資格を取ってからでないと就けないという職業はいくらでもある。 通常、宇宙基地での兵の任期は特殊な場合を除いて1年単位である。その間は基本的に基地から離れることは出来ない。だがそうなると1年間髪を伸ばし放題、ということになりかねない。 この広報部のメイキャップ・スタッフも全員が宇宙に勤務できる資格を有しているので、階級こそ兵長や伍長だが、皆、真面目な努力家であるということが言える。 「ごめんなさいね。お化粧をする手間が面倒だから、つい簡単に済ませてしまうのよ」 「そうなんですか。でも何だかもったいないですよ、大佐殿はこんなにお美しいのに……」 「ありがとう、褒めてくれて」 「いいえ、とんでもない! それで髪の方はどうなさいますか? 結い直しますか?」 「そうね……。せっかくだからお願いしようかしら」 そう言って髪も任せることにしたコスタンティアである。 「でも、珍しいですね。宇宙勤務で髪を長くされる女性は少ないのに……」 解いた髪にゆっくりとブラシを入れながらスタッフが言う。 「そうね。でも髪の毛が首元に触れるのが嫌なのよ」 それこそショートカットにでもしない限り、毛先が首元に触れるのは仕方ないだろう。コスタンティアはそれが嫌いなので髪を長くして結ってアップにしている。 だがスタッフは女性だけあって、納得、という顔をした。 「あっ、それ、わかります」 「そう? わかってもらえる?」 「ええ。暑い夏なんか特にそうですもんね」 そこでコスタンティアは苦笑する。 「申し訳ありません……」 「いいのよ、気にしないで……」 スタッフはその後無言でコスタンティアの髪をブラシで梳いていく。 「どうしたの?」 「いえ、美しい髪の毛だなと思って」 「そう? ありがとう」 「特別なお手入れをされてるんですか?」 「いいえ、何も。2in1しか使ってないわ」 「え? リンスインシャンプーだけなんですか?」 「そうよ」 「それでこんなにきれいだなんて、羨ましい……」 スタッフはコスタンティアの光輝くブロンドを見てさらに溜息を漏らしていた。 「でも金髪碧眼なんて取ってつけたみたいな、世の男性が思う典型的な美人、でしょ? そのせいか、わざわざ金に染める人がいるの見るとね……」 コスタンティアの顔が険しくなった。 一方、その隣の席ではクローデラがやはりお化粧をされていた。 「大佐殿もお化粧はされない方なんですね」 「ええ。私の場合、しっかりお化粧すると人間に見えないみたいだから……」 「えっ!?」 意外な言葉に至極驚かされるスタッフである。 クローデラはよく「人形のように美しい」と表される。それはそれほど整っているという意味の裏側に「まるで作り物のようだ」という悪意が含まれていることを知らないクローデラではない。それでお化粧をしっかりすると、益々「人形じみてくる」と思っているから化粧は口紅程度で、他はほとんどしないのである。 さすがにそう言われたスタッフは、どうクローデラをフォローしていいかわからず無言のまま黙々と「作業」を続けた。 「髪の毛を……」 「ええ。お願い」 クローデラが表情を変えずに頷く。 「きれいですねぇ……」 「そうかしら?」 「ええ、とても。これだけきれいだとやはり伸ばしたくなりますよね?」 「そうね。特にそういう訳でもないけど、私、髪を短くしたことがないから……」 「そうなんですか?」 「そうなの。物心ついた頃から肩より短くしたことなかったわ」 別段良家のお嬢様の証、ということもないのだろうが、コスタンティアもクローデラもショートカットにした経験がなかったのだった。 「でも、よく白髪だと思われて、子供の頃のあだ名が『おばあちゃん』というのヒドすぎるとは思わない?」 「そうですね……」 本気なんだか冗談なんだかよくわからない表情でそう言われて、益々フォローしにくくなってスタッフは再び黙々と作業に徹したのだった。 ところでエメネリアは皆の様子を興味深そうに見るだけで決して腰掛けなかった。スタッフがどれほど勧めてでも、である。 「お嬢様のことはわたくしがやります」 そうネイリも譲らなかったということもあった。それで急いでいるということで後回し、というと言葉は悪いが、最初の1人が終わったところでスタッフがエメネリアに再び声を掛けた。 「中佐殿、どうぞ」 だがエメネリアは首を振る。 「いえ、私は結構よ」 「ですが……」 「そう。では仕方ないわね。あまり固辞して困らせるのも本意ではないし……」 そう言ってエメネリアがようやく腰掛けた。 スタッフはエメネリアの美しさを褒めつつ化粧をしていく。そうして化粧が済み、残りは髪、という段で言った。 「少し毛先を揃えましょうか?」 その瞬間、ネイリがどこから取り出したのか大型のフルタングコンバットナイフを手にしてスタッフの脇に立っていた。 「お嬢様、ご安心下さい。この者が妙な動きを見せる前に排除いたしますから」 言われたスタッフの顔が青ざめる。 「ええ、お願いね」 と、嗜めるどころか頷くエメネリアである。 「無防備なお嬢様の背後に刃物を持って立つのだ。心して掛かれよ?」 いつものネイリとは顔つきも口調も全く別人で、確実にその場の気温が下がったと感じられるほどの殺気を放っている。 「あ、あの……、髪はどうやらいいみたいですね。次の方どうぞ!」 慌てふためいてスタッフが叫ぶように言った。 エメネリアは「一体どうしたのかしら?」と呟きながら立ち上がった。 ―― まったく、この主従は……。 ところでモーナも一悶着あった。 「お化粧はしなくていいわ。この顔でお化粧なんかすると誰もが怖がって近づいてこないから」 と、これまたフォローに困ることを言う。 モーナの吊り目は普段は「ちょっと」だが、少ししかめただけで「かなり」「しっかり」「はっきり」と吊り上がる。しかも三白眼なので、モーナにその気はなくとも、凝視されるた方は射すくめられたように感じてしまうのである。 ―― もう少しまともな顔で産んでくれればよかったのに! 親を恨みたくもなるほど、この顔では不愉快な思いをしてきたモーナである。 「それなら少し柔らかい感じになるように……」 とスタッフが言う。どうやら難敵を前にやる気満々になったようだった。 「ここの部分をこうして……」 と言いながら化粧をしていく。 「いかがですか?」 「いいわね。今度からあなたを指名するわ」 と、町の美容院と勘違したような会話まで飛び出したのだった。 アニエッタは化粧を進んでする方ではないものの、特に抵抗もなくスタッフに任せていた。 「少佐殿、ここをこうするといい感じだと思いませんか?」 スタッフの言葉に、鏡に映る自分の顔を眺めつつ満更でもないアニエッタだった。 「そうね。いい感じだと思うわ」 真っ赤な燃えるような髪、澄んだ海を想像させる蒼い目。色白の肌と相まったアニエッタは、やはり美人に類される顔立ちである。ただしモーナほどではないにしろ、きつい目つきで言葉も強いから相手 ― 特に男性 ― を萎縮させることも多いが、女性に対してはそれほどでもない。 「髪の毛はどうされます?」 そう聞かれて素直に要求した。 「少し毛先を揃えてもらえるかしら?」 「はい」 そう返事してスタッフがハサミを使う。 「きれいな赤毛ですね。まるでルビーみたい」 「そう? 色は父親譲り、髪質は母親譲りなのよ」 アニエッタの父シュピトゥルス大将は赤毛の直毛、母親は金髪のくせ毛である。 「逆だったら良かったのに……」 肩までの髪は、ソバージュとは言うほどではないが、かなりウェーブがきつく、全体に広がっている。 「美人でああいうきれいな髪はいいわよね。ホント、ズルいんだから」 などとぶつくさ言っているアニエッタにスタッフが言う。 「でも、少佐殿も美人じゃないですか」 「そう? ありがとう。でもこの体型じゃあねえ」 そう言って自らの胸元に視線を落とす。ぺったんこ、とは言わないもののその膨らみはかなり慎ましやかである。 「こういうところは母親に似なくてもいいのに……」 そうして、これまたフォローの出来ないセリフにスタッフの顔を引きつらせたのだった。 その後「化粧なんて必要ない!」と駄々をこねるエレノアは、逆におもちゃにされて、もう塗りたい放題、描きたい放題だった。 「プッ」 するとエレノアが立ち上がった。 「貴様!」 腰の拳銃は座りにくいからと外して膝の上に置いていた。それを手にしている。 「ちょッ、センパイ!」 「何がセンパイだ! その頭吹き飛ばしてやる!」 楽屋内は一気に修羅場と化した。 その後どうにかエレノアをなだめ、次は副官たちの番だったが、彼女らは特別なことも言わず、静かに座って化粧をしてもらい髪型を整えてもらっていた。 上官である佐官たちは自分たちの出世の遅速にも関係があるのだろうが、選んだ副官は士官学校を出て数年程度で大尉というのが多かった。そうでなかったのはエレノアとアリュスラの2人だけである。 そうして士官学校時代はとにかくいい成績を得ようと座学に訓練に必死である。しっかりと化粧をして成績が振るわなかったら何と言われることか。なので化粧なんてしようという気にもならない。 ところがビーチェスのような古参兵も同じようにスタッフのアドバイスを聞いていた。 「最近、目元の小じわが気になるのよ」 ビーチェスはレイナートやアリュスラより歳上。ということはもうそろそろ40歳に手が届く。 「それなら、良いコンシーラーがありますよ、准尉殿」 そう言ってスタッフがビーチェスの目元をコンシーラーで塗っていく。 「この新製品は今までのもの以上に自然に仕上げられるんです」 「あら、ほんと。そうみたいね」 「でしょう?」 などと楽しげに会話しながら顔を仕上げていく。 だが当然、会話が弾めば時間がかかる。 「マズイッ!」 先に済んだ上官を待たせたことになる。 スタジオでは上官たちがイライラしながら待っていた、ということもなく副官らはホッと胸をなでおろした。 上官たちはスタジオ内に運ばれてきた椅子を取り囲むように佇んでいたのであり、その椅子を見た瞬間に彼女たちは息を呑んだのだった。 「これは実際にアレンデル級戦艦で艦長席として使われていたものです」 中尉がそう説明した。 「その艦が退役の時、撮影用の大道具として我が部で譲り受けたんです」 使い込まれたそれは歴史を感じさせるものだった。その戦艦の歴代艦長がここに座り、命令を出していたであろうその椅子には風格すら感じられた。 ことにコスタンティア、クローデラ、アニエッタの表情は感慨深いものだった。 彼女らは作戦部長、船務部長、戦術部長として、艦長のレイナートがシフトに入っていない時には艦長の代理としてその任務を代行していた。と言ってもそれは各部からの定時報告を確認し、緊急事態に備える、と言うだけのものであったが。 それが自分にも許されるようになった。確かに今はまだ撮影だけである。だがいずれ部隊に艦が配備されれば、自分は艦長席に座るようになるのである。感慨を覚えても不思議ではないだろう。 そうして中尉は遅れて来た副官らに言った。 「下だけ着替えて下さい」 実は全員に撮影用の軍服に着替えてもらうつもりの中尉だった。それは着古した普段着ている物と違い、撮影用に仕立てられた特別製で、カチッとしたラインが特徴だった。 「部隊章が着いてないわ」 イステラ軍において、部隊に部隊章が与えられるというのは滅多になくとても名誉なことである。そうしてそこに配属されるということは兵士にとっても勲章を貰うのと同じくらい名誉なことだと認識されている。 「仕方がない。大至急アイロンを!」 中尉はスタッフに命じ、彼女らの軍服にアイロン掛けさせることにしたのである。 「それと皆さん、下はズボンに履き替えて下さい」 宇宙勤務の場合、女性のスカート着用は認められていない。宇宙艦隊の人員募集という観点から、被写体となる全員にパンツを履くように中尉は要請したのである。 そうして準備ができたところで撮影を開始。 「続きは午後にしましょう」 中尉はそう言ったのである。 それで皆して食堂に向かうことになった。 「え~、広報部棟に食堂ってないの?」 と言ったのはアニエッタ。 「こんなに大きな建物なのに何でないのよ!?」 それに対してコスタンティアはにべもなかった。 「建物が大きいのは大スタジオや大道具の倉庫があるからよ。広報部棟は広報部でしか使用していないから食堂は設けられてないのよ」 これはコスタンティアの言う通りで、1部署のためだけに食堂を作るのも、そこに人員を配するのも無駄と判断されたためである。 ということで一番近い管理棟に向かうことになったのだが、管理棟は一番近いと言っても歩けば5分以上は掛かる。そこで電動車で移動するのだから、食事のためとはいえ御大層なことである。 「変に歩いて汗を掻かれたら、またお化粧を直さなければならなくなるので」 という中尉の説明に「まあ、楽できるからいいか」と納得したVOL隊の女性たちである。 管理棟は基地の正面ゲートから一番近い建物である。 そうして管理棟と広報部棟の間には次期建設用地の広い緑地があるので、一番近いと言ってもかなり離れているのだった。 管理棟は細長いH型の建物で、各階級ごとの食堂の他に、業務で訪れた民間人が利用できる一般食堂も用意されている。VOL隊が向かったのはこちらである。 軍人専用食堂に比べ民間人も利用できる一般食堂の方が料理の味が落ちるとされている。 そこにぞろぞろと列をなして入って行ったのだから当然のごとくに注目を浴びた。 「なんだ? あの美女軍団は?」 元々、人目を引く美人揃いの上にしっかりとお化粧までしている。注目されて当然だろう。 さらに言えば一番目立ったのはコスタンティアとクローデラである。 セーリアのように40歳に手の届く年齢で大佐というのは士官学校出のエリートだと多くはないが珍しくもない。 そういう一団が現れれば誰もが目を奪われても仕方ないだろう。 「なんか、注目されてイヤね」 そういう声がコスタンティアの口からポツリと漏れる。 ―― それはアナタ、いえ、アナタたちのせいんなんですけどね……。 と、モーナは心の中でツッコミを入れる。 自分の場合、きつい顔が少し柔らかくなったくらいで取り立てて美人だとも思ってないから、自分ひとりだったら注目をあびることもなかったろうと思っているのである。 そうして心の中に我が上司を思い浮かべる。 ―― 誰なら相応しいのかしらね……。 レイナートは端正な顔立ちの好青年、という雰囲気の男性である。したがって十中八九の人が「整った顔」と言うだろう。 女性をその気にさせる甘いマスクというのではないし、いい意味で男臭い精悍な感じでもない。学者然とした真面目風でもないし、見た目そこそこのどこにでもいる普通の人、という言い方が一番近いのではないか。そんな失礼な風に上司を評しているモーナである。 ―― 人は見た目ではないというけれど……。 それでもやはり釣り合いというものがある。 ―― もう少しその有能さというか優秀さが表面に現れてればね……。 まあ、軍服を着ていればそれは階級章に現れるけれども、私服だったら目も当てられないだろう。 と、そんなおせっかいなことを考えながら食事をしていたモーナである。 |