遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第108話 準備


 試験航行を終えた最新鋭リンデンマルス級次期主力戦艦は記念式典をつつがなく終えてVOL隊に引き渡された。

 中央総司令部に隣接する宇宙港に停泊するその独特の姿見たさに、一時的に宇宙港を訪れる兵士が増えたほどだが、ターミナルビルから眺めるだけで近づくことはおろか、まして中に入ることなど不可である。


 各昇降口の歩哨に立つ新兵らは、緊張の面持ちでヘルメット、防弾ベストを始め、各種防護装備を身にまとい実弾入り自動小銃を背負っている。そうして艦に出入りする人物のチェックを入念に行っている。
 そうして現在は野営テントから艦に居を移す兵士らで各昇降口は長蛇の列ができている。
 最初の乗艦に際し様々な本人確認を実施されているためで、これが少なからず面倒だったのである。

 イステラ連邦宇宙軍の宇宙勤務者は例外なくプロテクトスーツの着用を義務付けられる。このプロテクトスーツの両袖にはマイクロチップが埋め込まれ、これをセンサーにかざすことで本人確認となる。すなわち艦に登録されている人物、すなわち乗組員か否かがわかるのである。

 ところが初めて乗り込む艦艇の艦内データベースにはまだ名前しか登録されていない。乗組員当人であることの確認・登録はその当該艦でしか行えないのである。これは全軍の全艦艇で同様であり、敵対勢力の工作員が潜入することに対する防御策として取られている措置である。
 したがって初めて艦に足を踏み入れる時には当人登録が済んでいないから、その事前段階としての本人確認が必須なのである。

 指紋、虹彩を測定し乗組員の人名データベースと照合する。ここでその人物が艦の乗組員であることの確認が取れてようやく艦内に入ることができる。
 すなわちその人物が確かに連邦宇宙軍の兵士であること、そうして艦の乗組員として登録されていることとを照合するのである。
 そうしてそれは、いくら高性能の機器でも膨大なデータベースと照合するのだからそれなりに時間を要するのである。。
 したがって搭乗口では少なからず列が出来るのは当然であり、兵士ら ― それは各部長級の佐官クラスでも ― は待たされることになるのである。


 古参兵の中には新兵らの、その杓子定規な対応に怒りを露わにする者もいた。
 通常の異動の場合、一度に大量の人間がこのように手続きをすることはないので、ここまで時間がかかることはないからで、全くの新造艦であることの所以である。

「中で登録手続きする時に本人かどうかはっきりするんだし、ここでは簡単に済ませばいいじゃないのよ!」

「ですが規則ですので……」

 新兵も譲らない。

 最初に異動してきた新兵らは艦隊主席参謀セーリア・リディアン大佐の洗礼を受けており、その情報を共有して任務にあたっている。したがって相手の階級の如何にかかわらず決められた通りに職務を遂行している。
 一人として古参兵の勢いに押されセーリアからの厳命を違えようという新兵はいなかったし、結果的に古参兵の方が引かざるを得なかった。

 こうして野営テント住まいだった兵士たちは艦内に居を移したのだった。


 艦内で一番最初にすること。それは本人登録もだが、貸与された情報端末を艦内サーバーに接続することである。

 情報端末は艦艇または基地の備品である。したがって尉官以下の場合、そこへ異動となり実際に着任後、艦内に保管されている物を借用するのが原則である。
 これは艦内見取り図など重要機密に属する情報が端末内に存在するからで、これを外部に漏洩させないという機密保持上の理由からである。

 ところでイステラ軍の兵士は情報端末なしでは行動ができないと言われるほど公私共にこの機械に頼っている。
 したがって移動の際、旧職場から離れる時にそれまで使っていた端末を返却する。

 ところがこれだと、異動が同一基地内程度ならいいが他惑星等の場合、異動のための連絡艦に乗艦することすら難しくなる。
 そこで本来のものとは別の臨時携行用小型端末を借用する。これはメールやスケジュールの確認、さらに移動中の娯楽 ― 音楽や映像を楽しむ事ができる ― に利用するのである。
 そうして着任手続き後正規の情報端末と交換する形で返却するのが原則である。
 そうして貸与された新たな情報端末に使用者登録をする。そうして艦内サーバーに照合、登録された乗組員であることが確認されて初めて情報端末が使用可能となる。そうしてようやく任務に着けるのである。
 端末で艦内見取り図を表示させつつ、まずは私室に向かい私物を置き、それから持ち場へ出向く。
 そうやって全員が持ち場に着くのだが、だからと言って直ぐに出航という訳にはいかない。


 なにせこの最新鋭艦、いまだイステラには1隻しか存在しない。2番艦以降の建造は実地運用試験の完了、もしくはその見込みをもって開始されるのだから当然である。
 ところで艦内機器、装置の操作方法は従来艦とは大きくは違わない。これは操作に戸惑うことがないようにという観点からだが、だからといってまったく同じということはありえない。

 特にこの最新鋭艦、名前のごとくリンデンマルス級戦艦で、初代リンデンマルス号のコンセプトの多くを引き継いでいる。
 だが30数年前に建造された艦と最新鋭艦とではあらゆるものが新しくなっており、その全ての操作方法を同じにするなど不可能である。
 したがって少なくない習熟作業が必要である。
 そこで6週間に渡ってこの艦を実際にここまで航行してきた初期試験部隊の乗組員、兵器研究所の研究員、さらに機器を製造した兵器メーカーの技術者たちからレクチャーを受ける予定である。
 何故6週間もかけるのかというと、艦内体制はすぐに3交代制になっている。そうしてレクチャーはAシフト、すなわち午前8時から16時までの間でしか行われない。したがってBシフト者、Cシフト者にはAシフト者が教わった内容を伝えなければならないのである。
 そうしてシフトは1週間毎に変わる。すなわち全員が2週間は直接レクチャーを受けられるように配慮されているのであり、最新鋭艦の運用を滞りなく遂行できるようにである。
 そうしてその監督役が船務参謀のクローデラである。


 ところでその間、他の部隊員は何をしているかというと、いまだ医療機器の搬入・調整が行われている後方支援艦とリンデンマルスを除く全てが出航している。

 ガラヴァリ級空母には空戦参謀のアニエッタが乗り込み、惑星トニエスティエの2つの月の周回軌道上まで上り、艦載機部隊の訓練が行われている。
 そうしてそれをアレンデル級戦艦に乗ったセーリアが査閲を行っている。

 イステラの艦載機はすべて複座機、パイロットとナビゲータがコンビを組んで乗り込む。この両者が長らくコンビを組んでいればいいがそういうのはごく稀である。
 とにかく全軍から女性搭乗員をかき集めて編成された艦載機部隊である。士官学校の空戦課程を終えたばかりのペーペーから、そろそろ機体を降りようかというベテランまで千差万別で、初対面というのが大半である。
 したがってまずコンビを組んだ2人が互いに慣れるということが必要である。

 そうして2機がチームを組み、6チームで1個小隊を編成する。4個小隊が1個中隊を構成し4個中隊が1個大隊を構成する。その搭乗員の総数は384名。そのほとんどが初めてコンビを組むのだから当然、訓練は必須である。
 各機体ごと、チームごと、小隊ごと、中隊ごとに飛行訓練を行う。そうしてセーリアがその査閲を行うのである。

 最新鋭艦の実地運用試験が部隊の主任務とはいえ、他の艦艇はどうでも良い訳ではない。どころか、いささか古くなってはきているが現行主力艦で構成された部隊である。通常艦隊と同等の動きができなければならない。
 したがって空母が本来の任務を遂行できないのでは話にならない。
 故に艦載機部隊の練度は空母にとって最重要課題である。

 またいくら空母の攻撃力の大半は空母そのものの性能ではなく、搭載する航空戦力の規模や力量に左右されるとはいえ、空母は艦載機を運ぶためだけの輸送艦ではない。
 艦載機の運用は敵艦隊との距離が一定以内でないと行えない。いくら慣性飛行ができる宇宙空間とはいえ、遠距離から出撃させると迎撃される可能性が高くなる。
 と言って、艦載機を出撃させられるまで後方で待機というのではただの輸送艦になってしまう。
 故に艦隊砲撃戦にも参加し、艦載機部隊を運用できる状況を自ら作り上げる能力も与えられている。巡航艦と同程度の火力を有し、戦艦並みの装甲と機動力を備えているのである。
 したがって艦の運用を行う乗組員の訓練も必要不可欠である。


 これは強襲揚陸艦にも同じことが言える。
 強化外装甲を身に纏った重装甲機動歩兵は、宇宙空間における敵艦や地上における敵重要施設の制圧を目的とした部隊である。
 特に宇宙空間の艦隊戦は常に一定距離を保っての戦闘である。ところが何かの拍子に敵味方の距離が急接近することがある。そうなると自艦への被害を避けるために、艦砲射撃も艦載機による攻撃も避けざるを得ないという状況が発生することがある。
 それではと言って、ただ見過ごして距離を取ろうとすることも難しい。下手に離れると近距離からの艦砲の打ち合いとなって多大な被害が発生しかねない。
 ならば睨み合ったまま何もしないか?
 それでは戦況は膠着し、最悪の場合、増援の来着を待って局面を打開することになる。

 だが自軍の援軍が先に到着すればいいが、もしも敵軍が先だったら?

 そこで重装機動歩兵部隊の出番となるのでああり、敵艦へ突入、これを制圧することで無力化するのが部隊の主任務である。

 重装機動歩兵の運用は、したがって宇宙空間が主であり、これは経験の浅い兵士にやらせることはできない。
 それは無重力の空間から、人工重力の発生している艦内への突入のためである。急に重力下に身を置いたことで一瞬でも動きを止めた時に攻撃を受けたらどうなるか。
 強化外装甲は宇宙服とは比べ物にならないほどの強度と防御性能を誇る。だが万全ではない。

 こちらの突入時には当然、艦側でも防衛手段を講ずる。
 艦隊の分厚い装甲を破っての突入というのは被弾している艦艇でもなければありえないし、逆に人質の救出等でもなければあえてそういう艦への突入は行わない。
 したがって突入口は多くの場合、エアロックや昇降口であり、防衛側もそういうところへは当然兵を配置する。したがって一歩足を踏み入れた瞬間に手厚い歓迎を受けるのが普通である。
 そうして強化外装甲がいくら耐爆性能や防弾性能に優れているとは言っても、対物ライフルで使用されるような大口径弾を至近距離から受けたら強化外装甲とてひとたまりもない。
 したがって突入時には一瞬の隙きもない動きが求められると同時に、突入後直ぐに銃撃戦を開始するのも当然のごとくにある。
 そういう状況に対処するには経験が物を言う。そのために兵員の練度を上げるべく訓練は繰り返し行われるのである。

 ただしいきなり宇宙空間での訓練はやはり危険が伴う。その一方で、宇宙空間においては地上降下訓練などは当然ながら行えない。
 そこでVOL隊の陸戦部隊は、強襲揚陸艦に乗り込んで第一方面司令部に隣接する演習場での訓練に臨んでいる。この演習場で地上降下演習を行っているのである。
 こちらには陸戦参謀のエレノアが同行し部隊の実働能力の把握に努めている。

 またセーリアの副官で、やはり元査閲官のエナがこの陸戦部隊に同行し査閲を行っている。
 ただしこちらは部隊そのものよりも、部隊運用の鍵となる強襲揚陸艦の操艦を中心に見ている。

 強襲揚陸艦は空母と同様、単に陸戦兵を移送する輸送艦ではなく、やはり戦闘艦である。
 同じ戦闘艦でも戦艦や巡航艦、駆逐艦、空母等は、基本的に惑星大気圏内での戦闘を考慮していない。もちろん降下の際に地上制圧目的での砲撃は行えるよう、艦底部分にも攻撃兵器を備えている。だがこれら艦艇は基本的に大きすぎ、重すぎるので、重力制御装置によってもその巨大な艦体を惑星大気圏内では自由に動かすことができないのである。

 ところが強襲揚陸艦は陸戦部隊を地上へ降下させる目的から、惑星大気圏内をかなり自由に動けるよう作られている。
 殊に部隊を地上降下させる場合、低高度を維持したまま支援砲撃も行うことが普通である。
 また部隊を回収する場合も、強襲揚陸艦自体が地上に着床して、ということは少ない。
これは敵軍の施設がイステラ軍の艦艇と規格が合うということはまずないからである。
 よって、強襲揚陸艦の乗組員は他の艦艇よりも繊細な艦のコントロールを要求されるのであり、これまた十分な訓練を必要とするのである。

 残るアレグザンド級巡航艦も出航している。
こちらは特別な任務はなく完全なる航行習熟訓練で、主として新兵を対象としたものである。

 実は1000名の新兵は各艦に均等に割り振られた訳ではない。
 空母と強襲揚陸艦は戦闘艦艇としての乗組員以外に、その特殊機能、すなわち艦載機の搭乗員と陸戦部隊を載せている。そうしてそれらが用いる装備の整備要員もである。したがってこの2隻は総乗組員数が他に比べてずば抜けて多い。したがって艦内には全くと言っていいほど余裕がない。

 そこへ200名近くもの新兵を押し込んだらどうなるか?

 おそらくは本来の機能を正しく発揮させることも難しくなるだろう。その判断からこの2隻には新兵は50名ずつしか配されていない。それでもほぼ一杯一杯になっているのである。

 では残りの900名は? と言えば、ごく一部は後方支援艦に割り振られたが、大半は旗艦リン デンマルス級戦艦とアレンデル級戦艦とアレグザンド級巡航艦に配されたのである。
 後方支援艦は病院機能と工場機能を併せ持つ艦である。したがって艦内には様々な設備を有するし、原料や製品を保管する倉庫も大きく取られている。
 その為兵員の生活用設備は必要最小限度に抑えられている。それは他の戦闘艦艇以上にである。したがって新兵を多く載せることが物理的に不可能だったのである。

 だが残りの3隻も艦内空間に余裕を持て余している訳ではない。したがって新兵及を含む兵全員は私室を共用しているのである。
 すなわち3交代任務であるのでベッドから何から全て一つのものを3人で使い回しているのである。

 だがこれはさすがに不評だった。
 食堂の利用時間まで指定されている上にベッドまでとなったら窮屈この上ないのだから当然だろう。
 だがこれはイステラ連邦宇宙軍創設当時はごく当たり前のことだった。当時の技術ではそこまで艦を大型化できなかったからである。
 そんな百数十年前と同じことを要求されたのだから兵も堪ったものではないだろう。

 しかしながら当初は旗艦への新兵の割り振りをもっと少なくしてはどうかという声があったほどである。
 旗艦は艦隊の頭脳、中枢である。
 そこへ「役に立たない」新兵を300人も載せたら旗艦が司令部として機能しなくなるのではないか? それを恐れる意見があったからである。
 だがそうなるとアレンデル級とアレグザンド級2隻で400名も抱えることになる。さすがそれは不可能であるとしてこれは見送られた。その結果である。

 結局のところ、引き渡し中のリンデンマルス級戦艦に配された新兵は何をしているかというと、地上港に停泊中の艦の警備任務である。
 後方支援艦も建造こそ惑星上空の船渠でなされたが、艦内設備、すなわち工作機械や各種医療機器の設置は地上で行われているので、やはり地上港に停泊中なのである。


 ところで、各艦と参謀たちががそれぞれの業務を遂行している間、レイナートは何をしているかというと、連日連夜の会議に忙殺されていた。
 艦隊が正式に出航後、どのように旗艦の実地運用試験を行うか、新兵を含む女性だけからなる部隊の訓練をどのように実施するか。
 これに関しての会合である。

 だがこの会議、どうも必要以上に多い気がするレイナートだった。

―― まさか彼女たち目当てじゃないだろうな?

 会議にはレイナートの副官モーナはもちろんだが、艦隊次席参謀のコスタンティア、対アレルトメイア戦術作戦参謀のエメネリアが同席している。
 何せこの2人、並んで立っているだけで絵になる。言葉を失って見とれてしまう。
 そのせいかどうか、はともかく出席者も多く会議時間がやたらに長い。
 会議には兵器研究所、中央総司令部の戦術部、作戦部、最高幕僚部、装備部、総務部、管理部、人事部、経理部など、多岐に亘る部署から人が派遣されてきている。これらの担当者が一堂に会しての会議であり、作戦計画案に対し意見を述べるのである。

 それは確かに重要かつ必要な作業ではある。だがその進捗はもう少し早くできるのでは? と思えるほどゆっくりとしたものだった。

―― まあ、時間は6週間もありますから……。

 担当者たちは引き渡し期間中一杯に時間を掛けるつもりがありありだったのである。

 だが会議は回を重ねるごとに、中身の濃い白熱したものになった。それはやはり2人の女性参謀の故である。

 たしかに2人共息を呑むほど美しい。だが彼女らは見た目だけの女性ではない。
 その聡明さ、有能さに関しては類まれとも言えるほどで、太刀打ちできるのはクローデラぐらいか。そんな彼女たちが会議に華を添えるだけの存在に甘んじる訳がない。担当者たちにズバズバと切り込んでいったのである。
 そうなれば担当者たちも鼻の下を伸ばしているだけではいかなくなる。
 元々、中央総司令部の統合作戦本部に身を連ねる者たちである。やはり優秀な人材であることに変わりはない。となれば当然、彼らにしても負けてはいられない。
 説明に対し切り替えされしどろもどろにでもなれば笑い者になり、査定にも影響する。
 結果として会議は有意義なものにはなった。
 だがそれによって会議時間が短くなることはなかった。したがって中身の濃い議論を朝から夜遅くまで繰り広げたのであるから、参加者は日々一様にグッタリとして家路についたのである。


 ところでレイナートを始めVOL隊の参謀たちはいまだ居を最新鋭戦艦内に移してはいなかった。その方が職・住間の移動は楽だったが、そうはしなかった。それはやはり狭い艦内と他に借りている家とではリラックスできる度合いが全く違ったからである。

 艦内暮らしとなれば食事、シャワーは自分の都合に合わせ自由にという訳にはいかず、艦内スケジュールに従わざるを得なくなる。いくら他よりは優遇されている佐官、参謀とはいえ我儘が許される訳ではない。
 まして艦内暮らしは休日であってもスケジュール通りの生活を強いられる。
 朝ゆっくりと起き出してシャワーを浴び、朝食も好きな時間に摂るなどということは絶対にできない。
 一度出航すれば嫌でも毎日そういう生活になるのであるから、限られた時間内で少しでも窮屈さを避けたい。そう考えるのはおかしくはないだろう。
 確かに艦内に移り住んだ者たちからすれば不公平に見えるかもしれない。特に艦長として異動してきた佐官らはいきなり艦内で生活させられている。だが彼女らは自ら望んで今の立場を得たのである。さらに言えば艦長は特別扱いであるから他の士卒と同じではないということもありさほど不満はなかった。
 何れにせよ、いい思いをしたいなら出世しろ、ということであり、ピラミッド式階級型組織であればそれは官民を問わず同じであり、出世すれば責任はそれだけ重くなるということも同様である。

 それはともかく、コスタンティア、エメネリアとその副官たち、レイナートとその副官のモーナの6人は、会議が終われば中央総司令部の本部棟会議室から部隊本部の元の消防機庫へと戻り、それから帰宅の途に着く必要がある。面倒ではあるが会議室からそのまま帰るという訳にはいかなかったのである。

 それで6人がぞろぞろと本部棟の廊下を歩いていた。明日は日曜日。会議の疲れはあるものの気分は明るかった。

「そろそろアパートは引き払わないとならないし、そうなると色々と大変ですね?」

 リーデリアは自らの上官コスタンティアに小声でそう話しかけた。

「そうね……」

 コスタンティアが頷いた。

 リンデンマルス級最新鋭戦艦の引き渡し後の移管作業は残り3週間を切り、作業は大詰めを迎えていた。
 と同時に、それまでは艦外に居を構えていた参謀とその副官たちも艦内へ移動する日が迫ったことを意味する。

「大佐殿、私の方で大佐殿のアパートの解約手続き等を行いますが……」

 リーデリアはそうコスタンティアに告げる。

「そうね、その時になったらお願いしようかしら?」

 コスタンティアは素直にそう返した。民間のアパートを借りているコスタンティアの場合、エメネリア・ネイリ主従のような軍の借家住まいと当然手続きが異なる。
 軍の提供する住居に住んでいる場合は、その管理を担当する管理部厚生局に申し出ればいい。あとは厚生局が必要なことを全てやってくれる。
 だが民間の物件を借りている場合はそうはいかない。
 借り主が物件の管理会社と直接やり取りする必要がある。もっとも高位の軍人の場合は副官にやらせることが普通で、管理会社側もそこは心得たものでそれでよしとするところは多い。それでも厚生局に全て任せるのと同じようにはいかないのである。

 そこで二人の会話を聞いていたモーナがレイナートに申し出た。

「提督。提督の手続きは小官が……」

 だが、なんとレイナートは首を横に振ったのである。

「いや、いいよ。解約するかどうかまだわからないから……」

「えっ?」

 モーナの目が一瞬見開かれた。

 VOL隊は様々な課題について検証する部隊である。したがって通常艦隊とはその行動が著しく異なる予定である。
 新兵を多く乗せるということから、ほぼ3~4ヶ月に一度は、地上港に降下、停泊するというのもその一つである。だがそれは必ずしもこのトニエスティエの中央総司令部の宇宙港とは限らない。それが行動計画案作成の煩雑さにもつながっているのだが、いずれにせよ1度出港すると最低1年はトニエスティエには戻ってこない予定である。したがってアパートを借り続ける理由が思いつかないからである。
 確かに将官、しかも中将ともなればかなりの高給取りだろう。だが使わない部屋の家賃を1年間無駄に払うほど金が有り余っているとは思えない。

―― どういう理由なんだろうか?

 モーナはまじまじとレイナートの横顔を見つめるのだった。

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