『……次のニュースです。 ニュース番組を映すテレビの画面はアナウンサーのアップから中継に切り替わる。 『……こちらは、イステラ連邦の主星トニエスティエの首都郊外にある、連邦宙軍中央総司令部の宇宙港です。 画面がクローズアップする。 『現在、壇上で挨拶しているのが連邦宇宙軍総司令長官のフェドレーゼ元帥……』 元帥のアップが映し出される。そうしてアナウンサーの声に合せてがカメラが移動する。 『その後方、右側がこの艦の所属する作戦部の部長、シュラーヴィ大将。左側は運用責任者のシュピトゥルス大将です。 画面がさらに移動する。 『そうして段の下、女性が並んでいるのが見えますでしょうか? 画面がスタジオに切り替わる。 『女性だけの新艦隊、ぜひとも頑張って欲しいですね。 記念式典の報道はそれにて終了した。 軍の装備は、それこそ靴下の1枚までも国家予算、すなわち国民の血税によって賄われている。まして開発から建造まで莫大な予算を投じている新型戦艦である。そのお披露目はきちんとするべきであるのは当然だろう。 国防に関する国民の意識は多種多様である。 それはともかくただひとつ難があるとすれば、それは画面に映ったレイナートの左胸が至極寂しくて見栄えがしないものだった、ということである。 最新鋭のリンデンマルス級戦艦の引き渡しが告げられた際に、レイナート以下VOL隊は第一種正装で記念式典に臨むよう命令された。これも当然のことではある。 第一種正装は飾緒と勲章を付ける。勲章に関して言えばセーリアは6つ、コスタンティアやクローデラが5つも授与されており、これ以外にも士官学校卒業者の徽章が下がっている。アニエッタの場合は4つの勲章、士官学校の徽章以外にも航空パイロットとしての徽章も下げているのでやはり見栄えはいい。 なので式典の前に正装姿で本部に集合する前から、すなわち通達があった時点で女性たちはかなり気まずくなった。 「まあ、今更気にしてもしょうがないんだから……」 レイナート本人はあまり気にもしておらず、逆にレイナートの方が気を使う始末である。 したがって式典の前、総司令長官のフェドレーゼ元帥、シュラーヴィ大将、シュピトゥルス大将と顔を会わせた際には怪訝な顔をされてしまった。 「そうだったな……」 「いや、済まない……」 「今更ですから……」 レイナートはここでもそう言うに留まった。 ところでこの記念式典にはVOL全隊員はもちろんだが数多くの来賓や関係者も列席した。 そうして記念式典後はレセプションが催され、これらの要人とともにレイナート以下VOL隊の全参謀と艦長も出席したのである。 とは言うものの士官学校を優秀な成績で終了、任官後も順当に昇進してきた女性たちだが、こういった席には慣れていないせいか全員が緊張気味だった。なので軍・民、様々な人々との会話ではとにかく失言に気をつけ、かと言って固くなりすぎないように努めるのに精一杯だった。 否、大学生時代に一族に強制的にこのような場に引っ張り出されていたコスタンティアは至極落ち着いていた。 「いやあ、しかし、君は相変わらず美しいね。 コスタンティアの実家の一族が経営するアトニエッリ・インダストリー社、そのライバル企業の会長の言葉にも微笑を返す。 「相変わらずお上手ですわね、会長。 会長が苦笑する。 「いやいや、軍きっての切れ者と言われているそうじゃないか? ご両親もさぞ鼻が高いことだろう」 「さあ、どうでしょう」 コスタンティアはとぼける。 「にしても、あれから何年になるかな……。当時君はまだ大学生だったが……」 「あら? 女性の年齢を勘ぐるのですか?」 「おっと、これまた失礼だったね」 「いいえ、構いませんわ」 他愛のない会話に辟易しつつも、笑顔だけは忘れないコスタンティアだった。 だがその彼女も、さすがに父親に面と向かうと表情がこわばった。 「久しぶりだね、元気にしているかい?」 コスタンティアの父親は整った顔立ちに微かな笑みを浮かべてそう話しかけてきた。 「ええ、お父様」 笑みを浮かべつつ落ち着いてそう答えたコスタンティアだが、明らかに背後には冷たさが漂っていた。 「忙しいのだろうが、たまには連絡してくれないか? お母さんも寂しがっている」 「そうですね、わかりました。以後、気をつけます」 最早、慇懃無礼といった感がある。 「お前には済まないことをしたと思う。あんな風に、ただ笑って愛想を振り撒け、などということをさせていたのだから」 だがコスタンティアは微かに首を振る。これも浮世の義理、とばかりに。 「いいえ。お父様はあの時はまだ数多くいる役員の一人に過ぎませんでしたから、決定に逆らえなかったのだと理解しています」 取り付く島もないとはこのことかと思うほどコスタンティアの言葉は事務的な冷たい響きに満ちていて、言われた父親は当惑顔だった。 「コスタンティア……」 イステラ連邦を代表する巨大コングロマリット、アトニエッリ・インダストリー社は同族経営である。すなわち創業者の血縁者によって脈々と経営が受け継がれ、「外様」の人間が経営の主導権を握ったことはない。 この巨大なファミリー企業は、外部からは非常に結束が強いと見られている。 そうしてその巨大企業のCEOがわざわざ記念式典に出席したのには理由がある。それは単に娘が乗組員の1人ということではない。確かにそれも理由の一つではあるかもしれないがそれが主ではない。父親とはいえそこまで私情には流されない。 もっともコスタンティアもそれはわかっているし、自分に会うことが一番でないことに拗ねているのではない。そこまで子供ではない。 困ったコスタンティアがふと視線を泳がせたところでレイナートと目が合った。 「司令、紹介します。小官の父です」 二人の前に立ったレイナートにコスタンティアが早速言うと、レイナートは自己紹介する。 「部隊司令を拝命しておりますレイナート・フォージュです。以後お見知りおきを」 国内の多方面に強い影響力を持つアトニエッリ・インダストリー社。そのCEOともなれば軍としては粗略には扱えない。 ―― いいか? いつもの調子で言いたいことを言うなよ? レイナートとしてはそうしているつもりはなかったから、その言われ方にはいささか異議を唱えたかったところだった。だがいずれにせよ、言葉は慎重にしておくに若くはないとは考えていたが。 自己紹介の後、コスタンティアの父親は愛想よく言った。 「それにしても、提督は随分と興味深い経歴の持ち主のようですね?」 コスタンティアも類稀な美人だが、父親もどうして、なかなかお目にかかれないような美男子である。 父親の言葉にレイナートが苦笑する。 「別に、皆さんを面白がらせるつもりはなかったんですが……」 確かにありえない経歴の持ち主ではある。 「提督は、この部隊において唯一の男性ですが、やりにくさを感じませんか?」 「それは、ははは……」 父親の質問にレイナートは笑って誤魔化す。命令である以上それを公然と批判していると取られるような発言は控えなくてはならないから何も言えない。 「にしても、どうして提督なのでしょうね?」 コスタンティアの父親は答えにくい質問ばかりぶつけてきた。 「さあ、上層部の決定ですから、小官には理由はわかりません」 などと応える。 レイナートにはそのつもりはないのだが、のらりくらりと答えているかのように聞こえたのだろう。父親がさらに意地悪く切り込んできた。 「この部隊が成功すれば、イステラ軍における女性兵士の立場は大きく変わるでしょうね」 「そうでしょうか? 小官はそこまでとは考えておりませんが?」 だがレイナートが意外そうに聞き返したので、逆に父親の方が驚いた。 「それは一体どうしてですか、提督?」 そこでレイナートは己の考えを披瀝する。 「現在でも女性兵士の前線配置は行われていますから、実働部隊に多くの女性兵士が所属しています。それも直接戦闘部門にもです。それが我が隊の場合、徴兵された新兵の女性にも拡大できるかどうかの試験を行うというものです。 「ですがそれを導いたのも提督の部隊だと聞き及んでいますが?」 「それはどうでしょう。元々そういう機運になってきたところにきっかけとなった、とは言えるかもしれませんが」 「ご謙遜ですね」 父親は興味深そうに言う。 「それと、たとえ徴兵された女性兵士の前線戦闘部門への配置が不可という結果になったとしても、それが部隊の失敗ということにはならないと理解しています」 レイナートはそう付け足した。 シュピトゥルス大将から告げられたのは「今後増えると予測される女性徴募兵の実戦配備。その有用性検証を実艦隊で行う」というものだった。 ところでレイナートは自身の考える部隊の「成功」は、上層部のそれとは必ずしも同じではないと考えていた。 今後確実に起きる徴兵適正年齢の男女数の偏り。軍としては否が応でも女性を徴兵し前線配備しなければならないと考えている。 最新鋭艦の実地運用検証。その試験項目の全てをこなして全員が無傷で生還する。これが理想である。 そうして徴兵された女性新兵の前線配備が所期の目的を達せないという結果になったとしても、それが女性の立場向上を必ずしも阻害するものでもないと考えている。 コスタンティアは父親とレイナートの会話を興味深く聞いていた。 そこで父親が話題を変えた。 「ところで提督はどうして志願されたのでしょう?」 レイナートの胸には数少ない勲章とともに、士官学校卒業者であることを示す一般星十字章も提がっている。すなわち自ら軍に志願したということがひと目で分かる。第一、将官しかも中将である。ディステニアとの戦争中ならば一兵卒からの叩き上げで将官になった人物もいるが、この時には全て退役していたから、この当時の将官で士官学校を経ていない、すなわち志願でない者は皆無だった。父親の発言にはそういう背景がある。 「軍を志願した理由ですか?」 レイナートが聞き返す。 「そうです」 父親が頷く。 だがレイナートの答えは違った。 「私の場合、他に無料で学べるところがありませんでしたので」 レイナートは衒うでなく、卑下するでもなく淡々とそう述べた。だがそれは父親をかなり驚かせた。 「それは……」 あまりの意外さに二の句が継げないとはこのことか。押し黙ってしまった。 「両親が開拓移民ですので、進学はほとんど諦めていたんです。それでもハイ・スクールにいかせてもらえたのはラッキーでした。そうでなかったら今ここにこうしてはいなかったでしょう」 開拓移民の生活ははっきり言って貧しい。 鉱業の場合、鉱山で鉱夫として採掘作業に従事する。現代の鉱業は大昔に比べれば遥かに自動化が進み安全とされるし大抵の物は貸与されるが、健康被害の発生や不慮の事故での失命も多い。いくら通常よりは高めの給与を与えられているとはいえ、まかり間違えば慣れない異郷の地に家族を残してこの世を去るということが現実に起きている。 一方、農業の場合も自然環境や気候を相手にするが、鉱業と違って安全かと言えば必ずしもそうとはいえない。機械は大型化し、不慣れから来る操作ミスによる大怪我も少なからず発生する。 そういう状況下にあってミドル・スクール終了と同時に家業の手伝いをさせられる子供は多い。その意味からすればレイナートはかなり恵まれていたのは確かである。 「そういう訳で軍人になりたかった、ということではなかったんです。 静かにそう語ったレイナート。そこには気負いも衒いもなく、かと言って自信に満ち溢れるのでもない。 |