遥かなる星々の彼方で
R-15

第2話 支援業務



イステラ連邦宇宙軍階級章:大尉

 元々リンデンマルス号は「1隻で1個艦隊に匹敵しうる戦力」として計画された戦闘艦で、泥沼化したディステニアとの戦争の切り札となるはずだった。
 空母並みの艦載能力、戦艦数隻分の強力な火力といった高い戦闘能力。これらを擁する巨大な艦体を通常空間において高速巡航艦並みに動かすための高出力エンジン。
 そうしてその巨大な質量をワープさせるために開発された超強力な新型ワープエンジンは飛躍的に跳躍距離をも伸ばした。またその核心となる最新型の重力制御システム ― 慣性制御装置、反重力発生装置、重力場形成装置 ― は従来のものとは一線を画す。これら画期的な新機構とそれを安定的に稼働させるためのエネルギー変換器・供給システム等々、最先端技術満載の最新鋭戦艦となるはずだった。

 ところが建造途中で見つかった致命的な設計上の計算ミスから、いかなる高性能重力制御装置を搭載しても惑星への降下速度を減殺出来ず、地表に墜落するということがわかったのである。そうしてその場合の被害は少なくとも半径20km以上の範囲で存在する全てを破壊し焼き尽くすほどのものと計算されたのだった。
 そうして周辺国の仲介によって突如成立したディステニアとの奇跡的な停戦合意。リンデンマルス号は一転して無用の長物と化してしまったのだった。
 だが莫大な費用と時間を掛けて作った船である。何とか利用する必要があった。さもなければ政府与党にとって格好の攻撃材料を野党に与えることになる。

 そこでリンデンマルス号には就役直前に様々な改修が加えられることとなった。
 役に立たない大型の重力制御装置(惑星降下用の反重力発生装置)の搭載を見送り、「1隻で1個艦隊に匹敵する戦力」というのも諦めた結果、その巨体内には多くの余剰空間が生まれていた。そこに食料品、医薬品、消耗部品の生産工場と倉庫を設け、医務室という言葉では足りないほどの本格的な設備の整った医療施設、さらにシアター、ライブラリ、ジムといった福利厚生・娯楽施設までも据え付けられたのである。
 これによって、本来であればイステラ連邦宇宙軍の最新鋭主力戦艦として不動の地位を獲得するはずが、辺境警備基地への物資の輸送と慰問という後方支援任務が与えられることとなったのである。

 またリンデンマルス号は就役から20年以上も経っている。本来であれば老朽艦として退役していてもおかしくなかった。それがいまだに第一線級の現役艦であるのは、惑星地表面に降下出来ないという致命的欠点が逆に、惑星重力とそれに逆らう反重力発生装置のせめぎ合いによる艦体の歪みを生まず、これが艦の寿命を伸ばすという皮肉の結果なのであった。

 だがそういった経緯のため、したがってこの艦への移動・転属は一種の左遷と目されているのであった。
 したがってコスタンティアに対する人事異動には大いに疑問が残るものであった。

 それ故転属が認められたコスタンティアは一喜一憂した。広報部からの異動は文句無しに嬉しいものであった。だが同時にリンデンマルス号への異動には失望した。自分の実力はそこまで認められていなかったのか、と。

 だがこれは一部の軍首脳部の嫌がらせにも似た仕打ちだった。

 軍上層部では確かにコスタンティアの才能を高く評価していたがその中にも2つのグループがあった。
 1つはその類まれな才能を本当に惜しみ、新たな部署で遺憾なくその能力を振るって欲しいと思う者達。こちらは新進気鋭の少壮の将官が多かった。
 もう一方はその有能さを認めながらも、コスタンティアが女性であるということを理由に押さえつけようと考える一団。歴戦の勇士、名将と呼ばれていたが、実は頑迷な思想の持ち主の老提督達だったのである。

 男の中には女性が自分よりも上の地位・立場にいることを快く思わない、はっきり言えば許せないという狭量な愚物がいる。だがそういう者であってもコスタンティアの有能さを認めない訳にはいかなかった。やがてコスタンティアは作戦参謀・幕僚として辣腕を振るうのではないかと彼らは恐れたのである。
 だがそれは断じて許せない、認められない。彼女の、女の肩に自分らと同じ十字型四点星(将官の階級章)が光るのは断固阻止しなければならない。
 中央総司令部内で様々な駆け引きが行われたが結局は実績がモノを言う。老提督達の主張通りの人事がなされた。その愚かな差別思想によって決定されたのであった。


 だがこれは老提督達にも、そうして当の本人であるコスタンティアにとっても大きな誤算だった。
 何故ならリンデンマルス号はその特殊な任務の故に他の艦には存在しない組織を有していた。
 それは「作戦部」である。


 辺境警備基地の後方支援艦として運用されるリンデンマルス号の行動計画は全て自らが策定することとされていた。それはリンデンマルス号が独立艦であり、中央総司令部直属でありながら各方面司令部の要請に基いて行動するからであった。
 具体的には、各方面司令部から中央総司令部を経て辺境基地への支援要請が入るというのが正式な手順で、この要請を遂行中の行動計画の進捗状況と要請された補給活動の緊急度を忖度して随時行動計画を立案、それを実行するというものであった。そのためリンデンマルス号には他の通常艦艇には存在しない「作戦部」が設けられているのである。


 そもそもイステラ連邦宇宙軍の通常艦隊は目的によって編成が変えられているが、基本は戦艦ないし空母が3、巡航艦もしくは駆逐艦が3、の合計6隻で1個艦隊を構成する。この通常艦隊は単独で行動することもあるが基本は部隊行動である。
 そうしてイステラ連邦宇宙軍の基本部隊編成は、この通常艦隊6個艦隊で1個大隊、5個大隊で1個連隊、4個連隊で1個旅団、5個旅団で1個師団となる。つまり1個師団は3600隻からなる大艦隊である。実際には作戦ごとに補給艦隊や必要に応じて揚陸部隊、強襲部隊、特殊工作部隊などが追加される。
 そうして艦隊、大隊、連隊、旅団、師団ごとに各司令官が存在し、それぞれ専用の幕僚チームを持つが、個別の艦艇ごとの幕僚チームというものは存在しない。
 通常艦隊を指揮する司令は大佐相当職とされ、最大3名からなる専用の幕僚チームを持つことが許されていた。
 したがって通常艦隊の作戦行動は上からの命令に従うのはもちろんだが、戦場における具体的な艦艇運用は幕僚チームが立案し艦隊司令の命令によって実行に移されるのである。

 ところがリンデンマルス号にはこの幕僚チームに相当する「作戦部」というものが設けられていた。それは各方面司令部から次々と入る支援要請を効率よくこなすために必要だからである。

 各方面司令部からの要請はその重要度、言い換えるなら緊急度によって3段階に分けられていた。
 第1級支援要請は、最大限可能な限り可及的速やかな支援を要するもの。具体的には現在の作戦行動を中止してでも最優先で実行されることが求められるもので、遅れた場合にはその基地設備や駐在する兵員に重篤な被害が発生すると予想されるというもの。
 第2級支援要請は、可能な限り速やかな支援を要するもの。但し状況によっては現在の作戦行動を中止するまでの措置を必要としないというもの。
 第3級支援要請は、速やかな支援を要するもの。具体的にはリンデンマルス号が作戦行動中、その基地の近くを通過するなどの状況の時に支援をするというもの。

 これらの支援要請の内、最も緊急度の高い第1級支援要請の数は予想以上に多く、全体の3割を超えるものだった。


 辺境警備基地は文字通りポツンと、何もない宇宙空間に設置されている。そこで各種望遠鏡による天体観測 ― これは自分の現在位置を確定するためにも不可欠 ― を行いつつ、レーダーによる索敵、重力波の検知も行い超光速度亜空間通信によってそのデータを送信している。
 だがその施設としては想像以上に小さいもので、小型のものは直径がおよそ10m、長さ25m程度の円筒であり、その内部に天体観測機器、索敵機器、通信設備がぎっしりと詰まっているのである。
 そうしてその保守と運用のために25~40人ほどの兵員が駐在している。本来であればこの駐在員のための補給が主任務となるが、「設備や駐在する兵員に重篤な被害が発生する」というのは、具体的に言うならば、戦闘によって破損した艦艇の破片や稀には隕石が衝突するというものである。

 この小型基地には姿勢制御と方向転換のためにエネルギー噴射機構が備わっている。また迎撃ミサイルも4基配備されている。それは衝突の恐れのある大型の物体を破壊して基地への被害を食い止めるためである。
 だがこれらを駆使しても衝突が避けられないとなった場合、基地自体では手の施しようがない。そこでリンデンマルス号へ支援要請が出されるのである。

 リンデンマルス号は反重力発生装置こそ配備されなかったが、高性能ワープエンジンは当初計画通りに備えている。これは他の通常艦艇とは比べ物にならないほど長距離跳躍が可能で、1回のワープで最大300光年を跳ぶ。最新鋭のアレグザンド級高速巡航艦がようやく100光年に達したところだから実にその3倍である。
 リンデンマルス号に支援要請が出される最大の理由は実はここにある。


 イステラ連邦はとある棒渦巻銀河の腕の一つの先端1/4ほどをその支配下としている。この棒渦巻銀河の直径は約10万光年であるが、腕の長さは渦を巻いているだけに相当長いものでほぼ8万光年もある。その先端1/4とはいえ、したがって長さにして2万光年はあり、腕の太さは最も太いところで約4万光年にも達する。
 この支配区域のほぼ中央にイステラ星系があり、イステラ連邦政府はそこを中心とした区域を第一管区とし、ここに連邦宇宙軍の中央総司令部と第一方面司令部が置かれている。腕の先端部分は第四管区、第一管区を取り囲むように第二、第三、第五管区があり、第六、第七管区は第一管区と隣接し、それぞれディステニア民主人民共和連合、帝政アレルトメイア公国と境界を接する。特にディステニア民主人民共和連合とは長く戦火を交え、4半世紀ほど前に停戦合意したものの、いまだに緊張感を伴う2国間関係である。

 したがってこの第六管区においては過去に大きな戦闘が何度もあり、その際に破壊された艦艇の残骸が多く漂っている。
 艦砲の直撃を受けても大型艦の場合、粉々になるまで破壊されるということはまず無い。大抵は推進装置が破壊され機能しない、または外壁に大穴が開いて空気の流出が止められない。指揮所が破壊されて艦の制御が出来ない、などの理由で放棄されるのである。しかしながら細かい破片は当然周囲に飛び散り、それが長い年月飛び続けるということはありうることである。

 辺境警備基地は常に外部に目を向けているからこれらの物体が飛来することを把握出来ている。それが自分達に直撃するか、はたまた何事も無く通り過ぎるか、それは計算で直ぐに導き出せる。したがって支援を必要とするか否かも事前に判断出来るし、必要とあれば直ちに要請を行うのである。


 その支援要請を受け取ったリンデンマルス号では直ちに検討に入る。
 現在地点と目的地点の距離。途中に存在する天体の影響。到達までに必要とする日数。これらを考慮して予定航路を策定する。そのためには艦の運行の実務を握る船務部と技術部機関科の協力が不可欠である。
 現在支援行動を実行中である場合、そちらはどうするか。次の予定をどのように変更するか。様々な事柄について十分かつ慎重な検討を加えなければならない。
 それを一手に引き受けるのが作戦部である。

 第1級支援要請の場合は急行することが最大目的だが、通常支援すなわち第2級や第3級の場合は食料や医薬品、消耗部品の補給がメインであるから艦内の在庫と照らし合わせ、不足の場合は技術部製造科に必要数を知らせストックを用意しておかなければならない。
 また到着時には基地の駐在員の健康診断も実施するから、医監部にその予定も告げてスケジュール調整もしておく必要がある。
 すなわち作戦部の任務は艦全体の運用計画を立案・策定するのと等しいのである。

 この作戦部でコスタンティアは、文字通り水を得た魚のごとくに、その才能を遺憾なく発揮させたのは言うまでもない。
 リンデンマルス号に配属された当初は気落ちしていた彼女も任務の実態を知って直ぐに立ち直った。そうして積極的に計画立案に関わった。時には絶対に実行不可能と思われる支援要請も彼女の立案で成功させたことも一度や二度ではない。

 結局彼女はここでも頭角を現し、気がつけば士官学校卒業後わずか4年にして大尉に昇進、リンデンマルス号作戦部長次席の座を掴んでいたのである。
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