遥かなる星々の彼方で
R-15

第4話 出発前

 第七管区主星ガムボス上空の宙空ドック入りをしていたリンデンマルス号の乗組員は、艦長の後任人事が決定されるまで地上にて待機を命じられていた。だがそれが解決したということで緊急招集を受け、本艦への復帰を命じられた。
 本来であれば総員を1箇所に集め艦長の着任式を行ってから乗艦すれば良さそうなものだが、どういう訳か着任式は行われなかった。もっとも前艦長は急性宇宙線症候群で緊急入院したからこちらも離任式は行われていない。
 いずれにせよ召集がかかったので、乗組員達は第七方面司令部本部に隣接する宇宙港に三々五々集合した。
 方面司令部本部の基地自体はやはり大規模で多くの兵舎を有するが、これは基地に勤務する兵員や駐留艦隊の乗組員用が主で、一時寄港のリンデンマルス号の全乗組員を収容するほどの空きはない。
 とにかく3000名にも及ぶ一団である。したがって基地内の宿泊施設のみならず一部は軍が契約した民間のホテルなどに分泊していたのである。
 これらが宇宙港の指定された出発ゲートに集合したのであるが、全員一度にという訳でもない。上空100万メートルの宙空ドックまでは小型シャトルか大気圏外を航行出来る輸送機を使って移動する。ただし小型シャトルでは効率が悪いので実際には輸送機である。しかも3000名を一度に運べる訳ではなく、数十人ずつに分かれて乗艦するのだから時間が掛かる。したがって1度に全員が集合しても意味はないのである。

 出発ゲートではまず本人確認を行い搭乗手続きをする。これは軍の宇宙艦艇に乗り込む際に義務付けられていることである。脱走や命令を無視しての逃亡、または許可のない私的利用を防止するための措置として実施されているのである。また民間の船舶と同様簡易手荷物検査を受けるが、これは危険物のチェックではなく、本艦への持ち込みが禁止されている物品を所持していないかの確認である。

 軍人である以上武器の携行はごく普通のことだが、リンデンマルス号のような艦艇乗組員は基本的には艦内では武器を身に着けていない。艦内に外敵が侵入し白兵戦のような状況になれば話は別だが、そうでなければ銃を下げている必要がないからである。したがって常時武器を携帯しているのは保安部所属の憲兵と警備兵だけである。
 だが艦を降りる時には武器 ― 正確には拳銃 ― を腰に下げることが義務付けられている。艦艇乗組員は基地の駐留艦隊の者なども含め休暇中は基地の外へ出るのが普通である。その際何らかのトラブルに巻き込まれた場合、もちろん安易な銃器の使用は厳禁であるが武器がないので対処出来なかった、などということにならないようにするためである。

 イステラ軍の宇宙艦艇内は完全禁煙、喫煙は全く認められていない。健康への影響もさることながら空気浄化システムへの負担軽減がその最大の理由であって、限られた空間内の空気はどれほど貴重なものであるか。生死に直結するとまではいかなくとも最優先されるべき問題だからである。
 次いでアルコール飲料。基本的に艦内は飲酒禁止ではないが制限がある。アルコール摂取量は24時間あたりアルコール度数3%以下のものを200mlまでとされている。緊急時に酩酊状態で職務が遂行出来ないということがあってはならないからである。
 もちろん麻薬を使用することは重罪である。
 これらの物品はしたがって艦内への持ち込みが一切認められていないのであり、それを持ち込もうとしていないかが調べられるのである。
 そうして手荷物チェックが終了すると、自分が搭乗する輸送機のピア番号を告げられる。複数の輸送機が往復するので一機に集中するなどの混乱を避けるためである。これが済むと今度は輸送機までは地上車で向かうことになる。

 輸送機そのものはギュウギュウに詰め込めば一度に100人以上は乗れるだろうが、仮にも大気圏外の無重力空間まで飛ぶのであるから一応は着席しベルトを締めない訳にはいかない。但し旅客機のような座り心地の良いシートではなく簡易ベンチである。
 しかも乗機の際は宇宙服の着用が義務付けられている。万が一航行中に事故があって機外へ放り出されたら、もしくはそこまでいかなくとも、空気漏れが発生したらという状況を想定しているのである。

 この宇宙服は軍服の上から着用するもので、宇宙開発の初期に用いられたものと比べれば格段に進歩向上している。リンデンマルス艦内に備え付けの通常型はかなり体型にフィットしていて動き易いものとなっているが、この移動用のものは汎用型と呼ばれるタイプで、腰に銃を下げた状態でも着ることが出来るというように、ある程度の体格差に対応出来るようになっている分、着るとかさばって動きにくくなるのは致し方無い。


 コスタンティアはかなり早い順番で輸送機に乗り込むこととなった。艦内において尉官クラスというのは実質的な現場責任者というポジションが多く、それ故、早くに乗艦することが求められているという実態を反映してでのことである。
 だが同じ地上車に乗り込む顔ぶれを見て「誰が組み合わせを考えたのか」といささか憮然となった。というのは皆、同じ尉官クラスで各部の次席もしくはそれに準ずるポジションの士官だったのだが、全員が若い女性ばかりだったのである。
 別に女性だからということで気分を害する訳ではないが、それでも組み合わせが問題だった。何故なら全員がリンデンマルス号の中でも美人と目され、何かと男性兵士の話題に乗る人物ばかりだったので、意図的に誰かが仕組んだとしか思えないようなメンバーだったからである。

 コスタンティア自身は己の美貌を誇るつもりもなければ、家柄を自慢する気持ちもさらさらない。だがその生まれと容姿、さらには類まれな聡明さ故に幼少の頃から注目され続けてきた。学生時代にはマスコミの話題にもなったし、任官後は広報部でそれこそいやというほどマスコミに顔を晒すことを余儀なくされた。そういう意味では中央総司令部広報部勤務時代も、本艦作戦部に転属となってからも注視され続けていると言っても過言ではない女性である。

 他方同乗者はといえば、一人目は外務大臣の孫娘でありながら何故か軍人の道を選んだ船務部船務科のクローデラ・フラコシアス中尉。その艶やかな銀髪と抜けるような白い肌、人形のように整った顔立ちはコスタンティアと並んで連邦宇宙軍の双璧と言われている美人だが、やはりコスタンティア同様見た目ばかりの女性ではなく、その高い情報分析能力は船務部内でも一、二を争うという才色兼備の士官である。

 戦術部航空科第一航空隊のエース、アニエッタ・シュピトゥルス中尉は燃えるような真っ赤な髪、深い海のような青い瞳、艦載機乗りに多い小柄で起伏の少ない体型。だがそのキツメの顔立ちは間違いなく美人に類されるもの。しかもそれ以上にきつい性格でも知られている。
 また彼女の父親はリンデンマルス号の実質的な監督官であり運用責任者でもあるシュピトゥルス少将である。そういう意味でも注目されているが、本人はそれが全くお気に召さないらしい。

 かと思えばアニエッタのライバル(そう言われると二人とも烈火のごとく怒る「あんな女と一緒にしないで!」と)で、同じく戦術部航空科のこちらは第二航空隊のミュリュニエラ・エベンス中尉。これまた明るいブロンド、碧色の目。ズケズケと相手の弱点をえぐるようにきつい言葉を投げつけるので有名な美女である。

 この二人とは打って変わって物静かで穏やかな笑みの故に「リンデンマルスの聖母(マドンナ) 」と呼ばれる管理部人事科のアリュスラ・クラムステン少尉。人事労務管理が主任務のため管理部からほとんど外へ出ることがない。したがって彼女と食堂などで偶然出会えた時など、男性兵士達は舞い上がってうっとりと見つめてしまうという。

 艷やかでゆるやかに波打つ漆黒の髪に浅黒い肌、引き締まった肉体を持つ美女は戦術部陸戦隊のエレノア・シャッセ中尉。射撃の腕も確かだが高周波ブレードを遣わせたら右に出る者がいないという。寡黙でぶっきら棒な物腰にも関わらずファンが多いことでも有名である。

 そのエレノアの後輩で同じく陸戦隊のイェーシャ・フィグレブ准尉。鼻っ柱が強くて喧嘩っ早い。男より女の方が好きなのでは思えるほど相手の性別で態度が変わる、かなりクセのある人物であるが黙っていれば確かに美人ではある。

 そうして医監部看護科のアニス・ルクルス准尉。くすんだ赤毛、ふっくらとした丸顔、ぱっちりとしていながらタレ目気味、ぽってりした唇。もう少しのところで不細工になる寸前、それでいて可愛げがあって味わいのある顔つき。多分におっちょこちょいのところもある男性兵士のアイドル看護師である。


「随分と少ない人数で飛ぶのね。まだいっぱい残ってるでしょうに」

 コスタンティアが地上車のドライバーである下士官に尋ねた。地上車は50人は乗れそうな大型バスだった。だが乗っているのは10人にも満たないにもかかわらず昇降口が閉じられたからである。真冬で車内の温度を下げないため、というのでもないから発車のためだろう。だがこのまま飛ぶというのは効率が悪すぎるのではないか。
 だがコスタンティア別に是が非でも理由が知りたい訳ではなかった。ただ作戦部の人間として常に情報収集を心がけている。そのいわば職業病というか癖のようなものだった。
 だが問われた下士官は真剣に困ったように答えた。

「ええ。でもコンピュータの割り振りなので……」

―― 実際は誰かが仕組んだんじゃないの?

 そう思わないでもないが余分なことは何も言わない。己の言動は常に人の耳目を引いているということを知っているコスタンティアである。
 世の中には噂好きな人間はゴマンといる。悪目立ちするようなことをすれば、確実に話題を提供することになる。そう考えているのである。だからいつでもニッコリと笑って話題を打ち切るのだった。

「そう、わかったわ。余計なことを言ってごめんなさいね」

 言われた下士官は顔を赤くして俯く。これほどの美人に間近で微笑みかけられてその顔をしっかり見続けられるほど、心臓の強い男は滅多にいないのである。

「さあどうぞ、車を出していただいて構わないわ」

 同乗者の中では自分が一番階級が上。軍という縦型の組織の中ではとにかく階級がモノを言うから、この場では自分が指示を出すのが順当だろうと思ってそういったコスタンティアである。
 だが続け様にそう言われた下士官の顔は更に赤くなっていた。それは照れた羞恥のためか、それとも他に理由はあるのか。そこまではどうでもいいので車外に目を向けた。


 地上車は音もなく滑るように輸送機へと向かっていく。
 宇宙港はとにかく広い。特に方面司令部のある惑星の場合、師団規模の艦隊が幾つかに分かれるとはいえ、着床していることもあって広大な面積なのである。しかも艦艇同士の間も十分に距離が取られているから、どうしても宇宙港は大きくならざるをえない。そうしてこれら艦艇が地上に見渡す限り並んでいる光景はまさに壮観である。

 それを横目で眺めつつ搭乗する機に到着してコスタンティアは驚いた。それは輸送機ではなく小型多目的シャトルだったからである。
 そのシャトルはコスタンティアの実家、アトニエッリ・インダストリー社製の多目的シャトルであり、このサイズの多目的シャトルとしてはベストセラー機で、軍用だけでなく民間用にも多く販売されているものだった。リンデンマルス号にも同型機が3機配備されている。そのせいもあってコスタンティアは心中誇らしい物を感じその美しい顔に我知らず笑みが浮かんでいた。


 さて、女性士官達はシャトルに足を踏み入れたところで動きを止めた。
 それは自分達が一番乗り、というか他に同乗者はいないと思っていたので先客がいたことに驚いたためであった。
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