遥かなる星々の彼方で
R-15



艦載機発進バレル(右舷側)

第17話 救援準備

 第3種配備に移行した艦内、レイナートは MB(主艦橋)の艦長席でワープ準備完了の報を待っていた。

 緊急の第3種配備が発令され、一時騒然となった艦内は落ち着きを取り戻していた。
 ワープ準備の整った部署は一時的な休憩を許可したのである。これによって急な艦内体制の変更で食事の途中だった者、食事をする直前だった者などは、配布された非常携帯食で腹を満たすことが出来た。また艦内工場も生産設備の変更が進められる。
 ただし寝ていた者、これから寝ようとしていた者は、まさか第3種配備中にベッドで寝る訳にいかないから持ち場でついウトウトしている。
 いずれにせよ現在は観測部のワープ到達目標地点の安全確認待ちである。

「済まない、誰か……」

 レイナートは言いかけた言葉を途中で切った。

「何でしょうか、艦長?」

 作戦部長兼副長のクレリオルが振り返った。

「いや、なんでもない」

 レイナートは首を振った。
 実は手持ち無沙汰でコーヒーを飲もうと思い誰かに頼もうとしたのだがMB内は皆が忙しく立ち働いている。つまり自分だけが手が空いているのであるから、誰かにやらせるのは悪いと思って取りやめたのである。

 レイナートは立ち上がり自分でコーヒーサーバーへと向かう。何人かがそれを目で追っていてレイナートがコーヒーサーバーの前に立つと女性士官が何人か立ち上がった。

「艦長、私が……」

「いえ、わたしが……」

 それを見ていたコスタンティアの表情が険しくなる。

―― 何よ、この忙しい時にいい気なものね。

 坊主憎けりゃ、ではないのだろうが、どうにもレイナートは虫が好かないコスタンティアである。
 レイナートを睨みつけていてふと顔を上げたレイナートと目が合った。だが目を逸らすでもなくそのまま睨んでいたので、レイナートは決まりの悪そうな顔をしてそそくさと艦長席に戻った。

 MB内にはコーヒーや紅茶が飲めるようにサーバーが用意してある。しかも食堂のと違って本物のコーヒー豆や紅茶葉が使われているという贅沢なものである。
 艦内倉庫には限度がありとてもではないが3000人の1年分の食材を保管出来るスペースはない。したがって食堂の食事はほぼ完全に合成食である。そうしてこのMBで使用済みのコーヒーの豆殻や紅茶葉はその合成食品の原料に回されることになっている。佐官を始め各部の主要スタッフが多く集まるMBだからこその優遇措置である。


 コーヒーをすすりながらレイナートは準備が整うまでじっと待っている。というか待つことしか出来ない。

 そうしておよそ第3種配備から2時間後、ワープ目標地点の安全確認が済みワープが実施された。通常よりかなり短い時間での確認作業である。その分観測範囲が狭いので乗組員の顔に緊張が走る。

重力場形成装置(ワープエンジン)作動」

「秒読みを開始。ワープ開始まで1755秒。秒読み継続」

 MBのスタッフの声が飛び交う中、レイナートが声を発した。

「観測班、ワープ終了後は本艦の位置特定よりも飛来する物体の有無の確認を最優先せよ」

「了解しました」

 観測スタッフの責任者が応じた。次いでレイナートは戦術部長に声を掛ける。

「戦術部長、ワープ終了時、直ちに戦闘準備。本艦に損傷を与える可能性のある飛来物に備えよ」

「了解」

 さらに緊張が高まるMB内。

「ワープまで1500秒」

「時空歪曲率上昇」

「重力による影響なし」

 ワープ実施までのこの時間は誰にも緊張を与える。前回うまくいったからといって今回もうまくいくという保証はない。もしも時空が正しく歪められなかったら。意図した所と別の所へつながったら。それを考えると神経がまるで目の粗いヤスリでこすられたかのようにすり減っていく感じがする。

―― まだかよ……。

―― 早くして!

 心の中で悪態をつきつつ「その時」が来るのを待つ。
 艦艇勤務にはこの多大なストレスがつきまとう。これに耐えられない者は宇宙へ上がることは出来ない。

「時空歪曲率増大」

「ワープまで60秒。秒読み継続中」

「最終確認……、異常なし」

「30、29、28……」

「総員安全ベルト確認」

「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0」

「ワープします」

 ワープの瞬間、それは時空が歪み2点が完全に重なること。だがそれは一瞬のこと。人間の知覚速度を超えて「それ」はやって来る。
 ワープの数秒後になんとも言えない重苦しいとも行き詰まるとも言える感覚が襲ってくる。
 だがそれも慣れてしまうと気にならなくなってしまう。したがってMB内は何事もなかったように秒読みが続き、数字が今度は増えてていく。

「5、6、7、8……」

「艦内各所、異常の確認を急げ!」

 ワープが無事に終わっても気を抜けない。
 まずは艦内設備、機構に不具合が発生していないか、次に艦を取り巻く外の状況。安全確認の範囲が狭かったのである。高速で飛来する物体がないとは言えない。
 観測士がレーダーの画面を見つめて報告する。

「近距離レーダーに反応なし。半径50km以内に本艦に飛来する物体ありません。範囲を拡大。……。100km圏なし……、250km圏なし……、500km圏……。
本艦に向かってくるものはありません!」

「観測士、気を抜くな!」

 船務部長が観測士に注意を促す。

「了解です!」


 一方同じ船務科の別の観測士はリンデンマルス号の位置確認に懸命である。
 宇宙で何が一番怖いかといえば、もちろん空気、水、食料の枯渇などもあるが、自分の現在位置がわからなくなることである。

 かつて夜空を見上げ、頭上の星の配列を神話などになぞらえ星座としていたこともある。だがこれは見る場所、すなわち惑星によって見え方が全く異なるから、どこの星でも同じ「星座」が見えるとは限らない。
 例えばイステラ連邦宇宙軍の7つの方面司令部のある惑星から、同一の恒星を眺めたとしても、その見える高さや方角は全く異なるのである。

 リンデンマルス号の場合ワープをしても「精々」300光年である。大宇宙のスケールからすれば微々たる数字である。
 だが300光年も異なる場所に突然移動するのである。もし万が一艦の向きが変わってしまっていたり ― 実はこれは必ずと言っていいほど起きていることである ― 、最悪、目標地点と異なるところにワープアウトしていたなら、それを正しく補正し新たな進路を確定しないと最終目的地には絶対辿り着けないどころか、そのまま宇宙を漂流し続ける可能性も出てくる。
 そのために時間を掛けて入念な観測を行い現在位置の特定を図る必要があるのである。

「現在位置の特定完了。当初予定地点よりおよそ70kmほどのズレです」

 観測士の報告に全員が安堵に胸を撫で下ろした。
 だがこれで終わりではない。

「乗組員諸君、ご苦労でした。ですが本作戦は始まったばかり。総員、気を抜かずに次の作業に取り掛かって下さい」

 レイナートはそう言って部下を労うと共に気を引き締めるべく訓示したのである。


 リンデンマルス号はその後も含め都合4回のワープでTY-358までおよそ350kmのところへ到着した。余り目標近くに到達点座標を設定するとワープアウトの際に基地と衝突する可能性がある。それ故、安全策を取っているのである。

 ワープアウト後は直ちに主エンジンを点火、最大船速でTY-358基地へと向かう。

「観測士、小天体の速度と方向を確認」

「了解」

 船務部長が指示を出し観測士が応じた。

「船務部長、小天体は艦首対艦弾道ミサイルで破壊する。その破片がTY-358に飛来しないよう本艦の進入角を算定」

 レイナートが命じる。

「了解」

 ただ闇雲に破壊してもその破片 ― しかも大型の ― が雨霰のように基地に降り注いでは作戦が無意味になる。したがってどの方向から小天体に接近し砲撃を加えるかを計算しなければならない。

 艦の主砲は荷電粒子砲である。その破壊力は強大だがこの兵器の欠点のひとつに、重荷電粒子を発生・増殖させ、さらに亜光速まで加速するのに時間が掛かるというものがある。荷電粒子の数が少ないまたは速度が遅いという場合、射程は短く破壊力も低下し求める結果を得られないのは明白である。したがって発射までには少なくない時間を要するのが荷電粒子砲であり、ワープ直後にはほとんど使えない武器なのである。
 したがって今回の作戦では対艦弾道ミサイルを使用することが事前に決定されていた。

 対艦弾道ミサイルは基本的にはレールガン、すなわち電磁投射砲の原理でミサイルを発射させるのだが、特に艦首から発射される6門の対艦弾道ミサイルの発射導管内のレール長はおよそ700m。この間非常に大きな電流を流し続けることでミサイルを加速 ― もちろん荷電粒子砲のように亜光速までは無理だが ― させるのである。
 さらにミサイルにはロケット燃料が積まれている。これは射出後の追加速と姿勢制御が主目的だが、今回の目標のように速度も進行方向も急に変わるおそれの少ない物体を攻撃する場合、発射導管内でロケットを噴射させ速度をさらに上げることも可能である。この場合燃料を消費する分ミサイルはどんどん軽くなり電流による加速を一層促すという相乗効果が発生する。そうしてミサイルも速度が上がればエネルギーを増すことになるからさらなる破壊力を期待出来るのである。


 レイナートが続けて言う。

「戦術部長、全雷撃機隊発進。TY-358に接近する破片があればこれを破壊せよ」

「了解」

 元々、対艦弾道ミサイルも破壊力は決して小さくはない。だがそうは言っても荷電粒子砲のように目標を粉砕するまでには至らない。大きな破片が残る可能性は否定出来ない。そこで破壊した小天体の破片が基地に飛来する場合に備え、雷撃機でこれらを破壊するという2段構えの作戦である。


 リンデンマルス号の艦載機の内、戦闘用の機体は対艦載機用のF-118艦上戦闘機と同じくF-119艦上戦闘機の2種、艦艇攻撃用はA-110艦上攻撃機とA-111艦上攻撃機の2種である。
 F-118とF-119は対空ミサイルと機銃で武装し対空防御と敵艦載機掃討に運用されている。一方のA-110とA-111は対艦ミサイルを装備する雷撃機である。

 艦艇から直接発射される対艦弾道ミサイルは、その気になればいくらでも弾頭を強力化出来る一方、どうしても遠距離からの攻撃となるため迎撃されやすいという弱点を持つ。それを補うために追加速と姿勢制御用に大量のロケット燃料を積んでいるので、必然的にかなりの大きさになってしまい、余計に艦艇からでないと発射出来ない兵器となっている。

 一方、雷撃機に積まれる対艦ミサイルは弾頭も小さく、ロケット燃料を僅かにしか積んでいないため小型で、1発で艦を沈めるほどの破壊力はない。
 だがそれは機体の運動性能を損なわないようにするためで、雷撃機は敵の対空防御をかいくぐって敵艦体に接近、推進エネルギー噴射口やレーダー、艦載機離着艦装置などの重要設備にピンポイント攻撃を行うのである。
 今回の作戦の場合、対戦闘機用の迎撃ミサイルしか持たないF-118、F-119では火力不足も懸念されるため、対艦ミサイルを積むA-110とA-111が投入されることとなったのであった。

 なおF-118もA-110も惑星大気圏内を飛行出来る機体であり、大きな主翼、尾翼や垂直尾翼を有しているため通常の航空機と同様の形状をしている。またロケット燃料の増槽タンクを主翼の下に追加されている。その点が宇宙空間専用のF-119とA-111とは異なっている。
 そうしてリンデンマルス号にはいずれもが配備されているのである。

 そうして今回出撃する雷撃機隊は全機、すなわちA-110で構成される第3航空隊第1小隊(チャーリー1)第3航空隊第2小隊(チャーリー2)、A-111で構成される第4航空隊第1小隊(デルタ1)第4航空隊第2小隊(デルタ2)の4部隊計48機である。


 格納庫ではこれらの発進準備が忙しく行われている。
 リンデンマルス号の艦載機、特に戦闘用機体は両舷端の発進バレルから射出される。これは6発式の回転式拳銃の弾倉(シリンダー)のような形状をしている。そうしてその弾丸を装填するスリーブ部分に、主翼を折りたたんだ機体が装填され圧縮ガス式カタパルトで射出されるのである。
 1機発進するごとにこのシリンダーが回転し次の機体が発進する。その間、空いたスリーブ内に次の機体が装填され、発進の順番待ちの間にカタパルトのガス圧が上昇するという具合である。これはリンデンマルス号における艦載機部隊の展開を迅速に行えるよう開発された機構で、1機発進するのにおよそ15秒とういう驚異的な速さ(これは機体のスリーブ内装填に掛かる時間である)で、他のイステラ艦艇には見られないものである。


 こうしてリンデンマルス号はTY-358警備基地の救援準備を着々と進めたのである。
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