遥かなる星々の彼方で
R-15

第18話 辺境警備基地TY-358救援作戦



発艦後、急上昇するドルフィン

「TY-358基地との距離200。進路修正、仰角マイナス0.3」

「対艦弾道ミサイル、艦首1番から6番、発射準備完了」

「第3、第4航空隊全機発進準備完了」

「ドルフィン1、発進準備完了。ドルフィン2、発進準備急げ」

 MB(主艦橋)内は喧騒に包まれている。

 一方リンデンマルス号上部飛行甲板(フライトデッキ)に多目的シャトル機がスタンバイしている。
 この機はレイナートやコスタンティア達が乗艦した時の多目的シャトルと同型機で、リンデンマルス号には3機配備されている。
 コックピットには正・副パイロットのシートの他に2人分のシートが備わっており、様々な任務を遂行するオペレーター用である。そうして隔壁の後部は基本は何もない空間である。
 1番機、コードネーム「ドルフィン1」はその部に様々な索敵・観測・通信機器を搭載し哨戒機として運用されている。
「ドルフィン2」は移動用医療機器を搭載し傷病人の移送・治療用病院船、「ドルフィン3」はまさしく本来の使用方法、すなわち多目的機として兵員や物資の輸送に運用されている。
 そうしてそのドルフィン1のオペレーター席には船務部の情報解析士官が2人、今や遅しと発進許可を待っていた。ちなみにドルフィン1を操縦するのは戦術部航空科のパイロットだが、機体の運用責任は船務部が掌握している。

 艦長席のレイナートが指示を出す。

「ドルフィン1、発進」

「ドルフィン1、発進せよ」

 船務部オペレーター、今はクローデラがその命を伝達する。

『オール・クリア。テイクオフ』

 機体がたちまちリンデンマルス号を後にする。


 基地に接近する物体を破壊する場合、基地と物体との間にリンデンマルス号が回りこんで攻撃する、というのが理想的である。これであれば照準も合わせやすいし撃ち損じが少ない。
 ところが今回はそれだけの時間的余裕が無い。リンデンマルス号が回り込む前に小天体が基地に衝突してしまうのである。
 そこで本作戦ではリンデンマルス号は側面からこの小天体にミサイル攻撃を加えることにしている。荷電粒子砲も十分な破壊力を持つまでに重荷電粒子を加速する時間的余裕が無いからである。

 ミサイルには自動追尾装置が備わり、標的から発せられる電波をトレースして自らを誘導する。これは艦艇の場合、必ず敵味方の識別信号を発しているからそれを捉えるのである。そうして一旦標的をロックしてしまえば、自動制御で燃料が続く限り目標を追い続ける。
 ところが天体の全てが電波を発しているとは限らない。今回の小天体もそうである。この場合小天体が発する ― に限らず全ての物体が発している ― 赤外線を捉える赤外線追尾装置で誘導させる事ことが考えられるが、その装置はミサイルには搭載されていない。これはミサイルが対艦戦闘用であるため不必要とされているのである。
 そこで本作戦のような場合、ドルフィン1の出動が不可欠となる。
 ドルフィン1の任務は、リンデンマルス号と目標物体と三角形を形成する位置に着き、目標物体の赤色偏位量を測定しリンデンマルス号に送信することである。いわば三角測量の原理を応用し目標物体の位置、速度、進行方向をより精密に観測、それを基にIAC(情報解析室)で着弾させる空間座標を決定、その地点にミサイルを誘導するのである。
 但し今回の場合、目標物体はもちろんリンデンマルス号にドルフィン1まで高速移動している。さらに発射されたミサイルは加速しながら ― しかも等加速度ではない ― 小天体に向かうのである。したがって設定項目の変数が非常に多い。それはより複雑な計算を必要とするということであり、僅かなミスが作戦の失敗につながりかねない。
 そこで情報解析のエース、クローデラがIACのメインコンソールの前に陣取り、情報解析スタッフを総動員して艦の観測装置およびドルフィン1からもたらされる全ての情報を分析、それを基にミサイルを誘導することになっている。
 通常のミサイル攻撃ではIACがそこまでミサイルの誘導制御を司ることはなくCIC(戦闘指揮所)が全て行う。それは今回の作戦はそれだけ精密な誘導が頗る短い時間で必要だということである。

チャーリー(第3航空隊)デルタ(第4航空隊)両隊、発進」

 次いで雷撃機隊の出撃命令が出された。両舷の艦載機発進バレルから次々と雷撃機が発艦する。

 本作戦において、小天体を対艦弾道ミサイルで攻撃、その際に発生する破片は基地に飛来しないよう計算上ではなっている。だがそれはあくまでコンピュータでのシミュレーションによるもので必ずその通りになるという保証はない。そこで雷撃機部隊が基地に接近する破片がある場合、これを破壊するという二段構えの作戦である。
 目標となる小天体は長径およそ1kmという大きさである。したがって艦に配備されている対艦弾道ミサイルでは荷電粒子砲のように粉々にまで破壊出来ないのは予想の範囲内である。
 そこであくまでその軌道をずらすということに本作戦の主眼が置かれている。とにかく基地に被害が及ばなければよいので完全に粉砕する必要はなく、そのために無駄にミサイルを浪費する必要はないということである。
 だが当然、細かい破片 ― それでもおよそ数十メートルはあるだろう ― は発生することも100%予想出来る。そのための対応策である。


 クローデラはコンソールを操作し着々と作業を進めた。

「予定着弾空間座標設定終了」

 クローデラからのデータは直ちにCICに伝達されミサイル誘導システムに入力される。ミサイルの発射まではさすがにIACでは行えないから、その点に関してはCICに委ねるしかない。

「データ入力完了」

 CICのオペレーターが報告する。
 レイナートが命ずる。


「艦首対艦弾道ミサイル、1番、2番、発射」

「1番、2番、発射!」

 レイナートの命令にCICの砲雷科長エネシエルが怒鳴る。

「1番、2番、発射……、ロケット点火!」

 直径およそ3m、長さ22mの対艦弾道ミサイルはおよそ700mに及ぶ発射導管内で大電力によって加速される。さらにミサイル内部のロケット燃料にも点火され一気に速度を上昇させる。
 艦首から2機のミサイルが飛び出した。

「ミサイル誘導システムの制御をIACに移行」

 ここから先がクローデラの本番である。

「制御切り替え、完了」

 ミサイル誘導の制御を掌握したクローデラは、モニターに映るミサイルの二つの光点とその進行方向、速度変化、さらに飛来してくる小天体の進路を見ながらミサイル誘導に細かな修正を加えていく。

「着弾まで20秒、19、18,17,16……」

 そうして開始された秒読み。
 リンデンマルス号艦橋頭上の巨大モニターには赤外線暗視望遠鏡で捉えたその模様が映っている。
 誰もが固唾を呑んで事の成り行きを見守っている。だがその間にも次の作業は進む。

『1番、2番、再装填完了』

「6、5、4、3、2、1、0。1番、2番、着弾。爆発を確認」

 対艦弾道ミサイルは弾頭に遅延信管を用いている。これは敵艦に突き刺さった状態で爆発させて大きな損害を与えるためである。だが今回はその必要はないので直ぐに爆発させた。
 船務部の観測班は一斉にその結果を確認する。大小様々な大きさの破片が飛び交うと同時に、本体の小天体の軌道がどの程度ずれたか。これをまさに細大漏らさず捕捉して次弾の誘導をしなければならない。

「目標の進路変動、2.6度」

 やはり1回目の攻撃だけでは所期の目的が達せられなかった。計算上、小天体の進路が当初より6度ずれると基地を直撃しなくなる。但しそれでは基地の直ぐ目の前を通過するから、ズレは大きければ大きいほどいいのはもちろんである。

「次、着弾ポイント、設定急げ!」

 ミサイルをただ当てるだけならさして難しくない。だがミサイルの爆発の衝撃によるズレ、さらに破壊されて出来た破片の飛散方向、これを無視しての再度のミサイル発射はありえない。

「雷撃機隊、ポイント5、15、9に移動せよ!」

「3番、4番、設定完了、何時でも撃てます!」

「3番、4番、発射」

 ミサイルが再び発射される。ロケット推進による航跡が美しく伸びる。

 宇宙空間において単純に物体を動かす推進力としては、液体酸素と液体水素による化学ロケットは効率が悪い。事実、辺境警備基地の姿勢制御用にはイオンスラスタと呼ばれるイオンエンジンが搭載されおり、推進剤と酸化剤を持つ化学ロケットではない。だがこれでは大きな推進力が得られない。基地が自ら移動して小天体の軌道から外れるという方法が取られなかったのもそこに理由がある。
 その点、短時間に強力な推進力を得るということではこの化学ロケットの右に出るものがない。それで対艦弾道ミサイルの追加速用に搭載されているのである。

「3番、4番、着弾」

 だが4番は爆発したものの、3番は爆発しなかった。

「不発!?」

 そう思った瞬間に3番が爆発した。どうやら遅延信管の設定の確認不足だったようだ。3番は小天体に突き刺さった状態で爆発したため表面での爆発より発生した破片の数が多い。

「何やってるのよ! 計算が狂うじゃない!」

 クローデラが眼尻を釣り上げてCICに怒鳴る。
 エネシエルがさらに大声を出した。

「馬鹿野郎! 整備班、何やってる!」

 それでも淡々と報告がなされる。

「目標の進路変動、1.18度増加。次の座標点設定完了」

「小天体の破片多数。雷撃機隊にさらなる注意を喚起せよ」

「5番、6番、発射!」

「3番、4番、再装填完了」

「5番、6番、着弾まで10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0。5番、6番の着弾を確認! 爆発!」

 頭上の大型モニターに映る小天体はミサイル攻撃で変形し始めている。その分周囲には砕けた破片が散乱している。

「目標の進路変動、2.7度。都合6.46度動きました!」

「やった!」

 歓声が上がった。これでとりあえず小天体のTY-358への直撃は避けられるはずであるから当然だろう。
 だが直ぐにレイナートの声が響いた。

「まだだ! まだ終わってないぞ! 観測班、目標への次弾誘導準備。1番から4番まで一度に発射させる」

「ええ?」

「艦長、それでは本艦への危険が……」

 リンデンマルス号において対艦弾道ミサイルを発射する場合、1度に2発というのが基本である。これは無駄弾を撃たないという故もあるが、ミサイルを加速させるために膨大な電力が必要なためである。もし艦首ミサイル6発全部を1度に発射するとしたら、わずか数秒とはいえ、艦内のほぼ全ての電力を発射導管に回すことになる。ということは艦内の主要システムが休止することになる。4発の場合そこまでにはならないまでも、艦はほぼ無防備状態になるから、決して進んで取るべき方法とは思えないのは一目瞭然である。

「構わない。1番から4番発射準備。雷撃隊は多数の飛来物に注意。ドルフィン1の護衛にも数機を回すように。
 あんな巨大な物体が、目の前をかすめるように通過していくというのは心臓に悪いと思わないか?
 1番から4番、発射準備」

 何ともわかったようなわからないような説明をしたレイナートである。そうして命令に変更はなかった。

「1番から4番を同時に発射する。各部署は一時的な停電に備えよ!」

 エネシエルが館内放送用集音器に怒鳴った。
 MB、CIC、OC3(作戦室)、IACおよび主コンピュータへの電力供給は止められないから、その分他の部署への送電が止まることになる。

「フラコシアス中尉、頼みます」

「お任せ下さい」

 4発のミサイルを予定通り正しいポイントに着弾させるのである。難易度は倍以上に上がっていた。だがクローデラは気負うことなくレイナートの言葉にコンソールに目を向けたまま返事をした。

「1番から4番、発射」

「1番から4番、発射!」

 4基のミサイルが射出される。後方から噴射されるのは水素と酸素の化合物、すなわち水である(実際には水蒸気)。これが宇宙空間の摂氏マイナス270で冷やされ氷の柱となる。その白い4本の柱が小天体に向かって伸びていく。
 そうしてその白い柱が小天体にまで届いた時爆発がおこった。

「全弾、命中! 爆発を確認!」

「目標、進路を11度変えました。もうTY-358基地に近づくことはありません!」

「小天体の破片も基地に接近するものなし!」

 観測班から次々と報告が入る。
 クローデラは「ふう」と大きな溜息を吐いた後、立ち上がって振り返りMBを見上げ、船務部長に向かって報告した。

「無事作戦を完遂しました。本艦およびTY-358に被害はありません」

 それを聞いて船務部長が艦長席に振り返る。
 レイナートは満足気に頷き立ち上がった。

「乗組員諸君、艦長です。本艦は無事に作戦を終了しました。諸君らの努力に感謝します。ドルフィン1および第3,第4航空隊の皆さんもご苦労様でした。無事に帰投して下さい。以上」

 艦内放送を終えると作戦部長に告げる。

「本艦は第2種配備に移行」

「本艦は艦内配備を第2種に移行」

 クレリオルが復唱し、艦内体制変更の指示を出したところで通信士がレイナートに報告する。

「TY-358より着信」

「繋いで下さい」

 図上の大型モニターにイステラ連邦宇宙軍の宇宙服を着た若い士官の姿が映し出される。

『TY-358司令、ボーデリン少尉であります。本基地への救援に対し感謝申し上げます』

 そう言って敬礼する。

「リンデンマルス号艦長、レイナート・フォージュです。間に合って良かったです」

『ありがとうございます』


「さて、ボーデリン少尉。ついでと言ってはなんですが、物資の補給も済ませましょう。そちらの皆さんは本艦で休養、および健康診断も受けてもらいます。第6方面司令部にはこちらから連絡を入れておきます」

『お心遣い感謝します』

「では準備が出来次第補給活動に入ることとします。質問は?」

『ありません』

「では、通信を終わります」

 レイナートの言葉にボーデリン少尉が敬礼した。それに敬礼を返したところで通信回線が切られた。
 そこでレイナートは新たな指示を出した。

「本艦はこれよりTY-358に対する補給活動に入ります。皆疲れているでしょうが事故の無いよう作業を進めて下さい。
 それが終わり次第24時間の特別休暇を全員に与える予定です」

「よろしいのでしょうか?」

 目を丸くしたクレリオルが尋ねた。

「それくらいはいいでしょう。どうせ当初予定は変更になってしまって、新たな行動計画を立案し直さなければならないし、艦にも無理をさせました。もちろん我々もね。ちょっとくらい休憩をとってもバチは当たらないでしょう」

 相変わらず何を考えているのかわからない、乗組員達にはどうにもとらえどころのないレイナートだった。
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