遥かなる星々の彼方で
R-15

第19話 新情報



イステラ連邦宇宙軍階級章:中将

 辺境警備基地TY-358への補給を終えた後、リンデンマルス号は同じ第6管区内の惑星ロッセルテへ向かった。ロッセルテには旅団規模の艦隊が駐留しており、ここで補給を受ける、という名目でリンデンマルス号の乗組員に休暇を与えるためである。

 レイナートは補給活動後、中央総司令部のシュピトゥルス少将に超光速度亜空間通信で許可を得たのだった。

「今回の作戦で対艦弾道ミサイルと液体水素、液体酸素を消費しましたので、その補給を受けたいのですが……」

「補給というが、たかだか10発ではないか」

 シュピトゥルス少将は渋い顔である。
 リンデンマルス号に搭載されている対艦弾道ミサイルは250発を越える。確かに10発使った程度では直ぐに補給が必要というほど差し迫っている訳ではないから、シュピトゥルス少将が渋るのも無理は無い。

「そうは仰いますが、今回のような緊急事態の場合、荷電粒子砲は使えません。となると対艦弾道ミサイルの使用頻度が増えますから十分なストックは不可欠です。それに対艦弾道ミサイルをそれだけ使えば当然……」

 リンデンマルス号の艦内工場は通常では想像もつかないほど多種多様なものを製造出来る。だがそれでも当然限度はあり作れないものも多数存在する。例えば艦載機の実機や対艦弾道ミサイルなどもそれに含まれる。
 これは能力的な問題というよりも製造に必要な設計図を一艦艇内に保管するということが機密保持上許されていないからである。したがってミサイルなどは使った分だけは補充されなければいずれは在庫が底をつくことになる。それは艦載機も同様で、何らかの理由で失われれば補充されないかぎり部隊は正規の組織を維持出来ないことになる。

「わかった、わかった。補給を許可する」

 シュピトゥルス少将は諦めたように手を振りつつ言った。自分も実働部隊での艦長や幕僚としての経験がある。レイナートの言わんとすることは最後まで聞かなくてもわかったのである。

「ありがとうございます」

 その遣り取りを見ていたMB(主艦橋)スタッフは感心するやら呆れるやら。

―― よくもまあ、提督相手にあれだけ強気で言えるもんだ……。

 対艦弾道ミサイルの追加速用ロケット燃料の液体水素と液体酸素は乗組員の排泄物を浄化・分解したものを使っている。だがそれで間に合わない場合は飲料水や空気用の備蓄を使わざるを得なくなる。それは全乗組員の死活問題に繋がるのもまた確かであるから艦長とすれば譲れないところでもあった。
 それでもなくても前回のドック入りから既に4ヶ月が経っているから飲料水用と空気用もかなり消費が進んでいる。ついでにこちらも補給を受けておきたいというのがレイナートの本音である。


 ロッセルテに到達したリンデンマルス号は上空120万mの周回軌道上で補給を受けた。地上に降下出来ない以上当然のことではある。
 わずか10発のミサイルと液体水素と液体酸素の補給ではあるがロッセルテ駐留艦隊の補給部隊は嫌な顔ひとつせずに補給任務を遂行してくれた。それはリンデンマルス号が同じ第6方面司令部管内の基地の危機を救ってくれたからに他ならない。
 TY-358からの緊急支援要請が第6方面司令部に入り、それから最寄りの駐留艦隊司令部に連絡が入った。だが小天体の衝突予定時刻までに救援部隊を派遣することが出来ない。だからリンデンマルス号に救援要請が入ったのである。それは最悪の場合、自分達は指を咥えて見殺しにするしかなかった仲間を救ってくれたことに対する感謝であった。

 ロッセルテ上空で補給を受ける間に乗組員は交代で地上に降下して24時間の休憩を取る手はずになっていた。
 宇宙艦艇が宇宙空間を航行中、乗組員全員が1度に休暇を取るということは事実上不可能である。周囲の警戒に当たる当直士官は配さなければならないし、食堂なども閉鎖する訳にはいかない。といって交代で休暇を取るとなると通常の第1種配備、すなわち3交代勤務と何が違うのかということになってしまう。
 そこでレイナートはシュピトゥルス少将に補給を願い出て、その間、乗組員に休暇を取らせることにしたのであった。

 リンデンマルス号の補給作業は全て宇宙空間において行われる。
 この場合輸送艦が出来る限りリンデンマルス号の艦底部分のハッチに近づいて物資を搬入することになる。リンデンマルス号が宙空ドック入りしている時は、宙空ドックの鋼管を組んだ「やぐら」の分だけは離れなければならないし、しかもびっしりとソーラパネルが並べられている。それを迂回するとなると相当面倒であり、かえってこの方が距離は短く、搬入に掛かる時間は短く済むのは間違いない。
 物資は搬入カートと呼ばれる平たい板状の運搬機に載せられておよそ500mの距離を運ばれる。さすがにこれ以上艦同士を接近させるのは危険がありすぎるからである。
 そうして空になった搬入カートはリンデンマルス号の乗組員を乗せて輸送艦に戻る。いくらなんでも宙空ドック入りした時のように小型シャトルで行き来していたら、時間がかかり過ぎるし輸送艦まで宇宙遊泳をさせることも出来ない。このようにして補給と乗組員の地上での休暇のための移送を行ったのである。

 但し艦長のレイナートだけは多目的シャトルで降下した。基地司令官を表敬訪問するためである。
 急な補給を受け入れてくれたのであるからそれに対する謝意を表さなければならない。それも直接会って口頭でないと相手の心証を悪くする。あまり礼を失するといざというとき助けてもらえない。別段そういう下心の故ではないが、軍という組織も所詮は人の集まり。感情抜きで全てが行われている訳ではないのである。

 レイナートはドルフィン3に乗り込んで地上の宇宙港に降り立った。レイナートには随員がおり作戦部からコスタンティア、船務部からはクローデラ、そうして戦術部を代表して第1航空隊のアニエッタ・シュピトゥルス中尉の3人である。
 これは副長のクレリオルの進言だった。

「艦長には副官がいらっしゃいません。それでは体裁が悪いので各部から士官を同行させます」

 レイナートはそれまで副官を必要とすることがなかった。そのために人事に副官を要請することなしに来たのだった。だがイステラ軍の場合、大佐は通常艦体司令、もしくはより大きな艦体司令官の幕僚もしくは参謀である。したがって副官がいるのが普通、というよりもいない方がおかしい。一戦艦の艦長とはいえやはり大佐、副官ぐらいいるべきだろうという考えの故であった。

 だが選ばれた3人は「何故自分が?」という思いが強かった。特にアニエッタはそうだった。

「何でアタシなのよ? アタシはただの戦闘機乗りよ? 護衛という意味なら陸戦隊の奴にすればいいじゃない!」

 燃えるような真っ赤な髪にも劣らないほど顔を赤くして怒りを表し戦術部航空科長のアロン・シャーキン少佐に食って掛かった。

「まあ、我慢しろ。それにドルフィン3の様子も見といてくれ」

 多目的シャトルのドルフィン3はまさに本来の目的である兵員や物資の輸送用に運用されている。そうしてドルフィン1とドルフィン2が同じ戦術部でも航空科が実質管理しているのに対し、ドルフィン3は陸戦科の管轄である。
 陸戦部隊は別名「重装機動歩兵」と呼ばれ揚陸艦もしくは強襲艦で運用される部隊である。だがリンデンマルス号は単独行動の艦であり、主任務も辺境警備基地への補給支援である。したがって本来陸戦隊は必要のない部隊なのだが、リンデンマルス号はあくまで「戦艦」であって「補給艦」ではない、という理由から陸戦部隊が配備されているのである。
 そうしてドルフィン3はその陸戦隊の輸送機とされているので、陸戦科が運用管理しているのである。


 ドルフィン3内部でも司令部の建物に向かう地上車の中でもアニエッタはずっとご機嫌斜めだった。おかげで車内は重苦しい沈黙に包まれていた。

―― もういい加減にしてほしいものだわ。

 コスタンティアは内心辟易していた。

―― お父様はどれほど立派な提督かは知らないけれど、てんで子供じゃない。

 確かにアニエッタの場合、性格はともかく体型は少々子供っぽいのは否めない。そうしてそれはコンプレックスでもあった。

 艦載機のパイロットには身長を始め体型に制約がある。余り大柄だとコクピットに収まらないし、逆に小さすぎるとベルトに固定されると手や足が必要なところに届かなくなる。
 アニエッタは小柄ではあるがそれは、パイロットとしては、であって女性としてもそれほど背が低い訳ではない。
 ただ一緒にいるのが「これでもか!」というくらい有無を言わさぬ美人のコスタンティアとクローデラ。しかもこの2人は如何にも女性らしい見事な曲線を描く体型の持ち主である。
 一方のアニエッタは顔では負けず劣らずだが、如何せん起伏に乏しい体つきである。それがアニエッタにとっては気に入らないことでもあった。

―― 何だって、こういうのと一緒にするのよ! 比べてくれって言うようなものじゃない! アタシに一体何の恨みがあるのよ!

 ついついコスタンティアやクローデラを睨みつける。

 睨まれたコスタンティアは内心はともかくどこ吹く風と知らん顔をしているし、クローデラはまさに人形のような感情を見せない表情である。
 地上車の内部は険悪な空気になってきていた。

 その時のレイナートといえば穏やかな表情を取り繕ってはいたが、こちらも内心はヤレヤレと思っていた。

―― 副官代わりと言っても何故3人なんだろう?

 普通副官は1人であり、副官を何人も持つ士官はいない。それは将官であってもそうである。

―― 何か企んでいるのだろうか?

 真面目で感情をあまり表に出さない副長、クレリオルの顔を思い浮かべたりもする。

 そのクレリオルは実は企んでいたのである。とにかく過去の経歴が一切不明のレイナートである。その一端が垣間見られればということでコスタンティアを副官代わりに着けることにしたのだが、同じことを船務部長のキャニアン・ギャムレット中佐も戦術部長のギャヌース・トァニー中佐も考えていたようだった。

「抜け駆けは感心しないな」

「ここはひとつ、恨みっこ無しでいこうじゃないか」

 それで、結局3人の美人士官がレイナートのお供になったのである。


 惑星ロッセルテ駐留艦隊司令部に到着するとすぐに基地司令官室に通された。

「リンデンマルス号艦長、レイナート・フォージュ大佐であります」

 司令官に敬礼したレイナートは開口一番に言った。

「この度は急な補給願いを聞き入れていただき、誠にありがとうございます」

「いや、こちらも今回は、いや、何度も世話になっている。改めて礼を言う」

 基地司令官はシュテスキア中将という、50代半ばの中々強面の人物だった。

「ところで後ろの3人は貴官の?」

 女性が3人、しかも目の覚めるような美人だからか、シュテスキア中将が尋ねてきた。

「はあ、まあ、お目付け役といいますか……」

 言葉を濁すレイナートである。

「そうか……。まあ、貴官であればそれも納得ではあるな」

 シュテスキア中将の言葉にそれまでなんとか憮然とした表情をしないようにと努めてきた3人の顔付きが変わる。この提督は艦長の過去を知っているのかも、その思いが頭をよぎったからである。
 3人共各部長から何か言い含められて来た訳ではない。だが目の前の謎の人物については、人に言われずとも興味が有るのは一緒だった。
 ただし今度は完全なポーカーフェイスを装い、如何にも興味津々です、という表情は当然ながら全く見せていない。

「にしても貴官は若いな。士官学校を出て4年半か。それで大佐とは畏れ入る。私は任官して4年だと中尉になったばかりだったな」

「恐縮です」

「それでどうだ、宇宙勤務は確か1年ぶりだったはずだが?」

 早速の新情報に3人の耳がピクついた。にしてもこの中将閣下、口が軽すぎないか?

「はあ……、いえ。現職の前に3ヶ月ほど第5方面司令部に在籍しており……」

 耳がさらにピクピクと動く。

「そうか、そうだったな。それで大佐になったのだったな」

「はい」

 聞き耳を立てるどころか、直ぐ目の前まで行ってじっくりと聞きたいという衝動に駆られる3人である。

「それでは感動は薄いか」

「いいえ、そんなことはありません。やはり地上勤務に比べると宇宙勤務は充実しています。それはまあ、さすがにリンデンマルス号は居心地の良い(ふね)ですのでそのせいもあるでしょうが、あの艦に乗れて幸運だと思っております……」

―― 艦長は地上勤務の経験あり?

「まあ、そうだろうな。後にも先にもあんな艦はあれ1隻だからな。
 だが乗ってみたいと思う奴はいても、あれに勤務したいというのは少ないと思うが、やはり貴官は変わっているな」

 そこに異動になることが左遷と目されるような艦である。確かに自ら進んで乗りたいと思う者は少ないだろう。余程の変人でもなければ。

「そうでしょうか……。自分は極めて普通の人間だと思っておりますが」

「極めて普通の人間がわずか4年で大佐になどなるものか!」

「はあ……」

「まあ、いい。貴官は特別だしな」

―― どう特別なのよ?

「まあ、今更言うまでもないが、あの艦だからこそ今の様な支援体制が取れているということもあるしな」

―― ちょっと、特別という話はどこにいったの?

「もっとも、もう少しあのような艦があれば、支援業務も楽になるのでしょうが」

「まあ、そうかもしれんが、あれだけの艦になると作るだけで大変だ。政府が金を出さんだろう」

「はい」

 当たり障りのない会話に3人が内心腹を立てる。聞きたいのはそんなことじゃない! とばかりに。

「ところで聞いているか?」

「何をでしょうか?」

「帝政アレルトメイア公国軍との士官交換派遣プログラムに関してだ」

「いいえ。中央総司令部にいた時に、そのような話が持ち上がっているということは耳にしましたが」

 さらなる新情報に耳がピクピクと忙しなく動く。
 地上勤務が中央総司令部? となればかなり優秀な人物ということになるはず。もっとも自分達とは1~2歳しか違わないのに既に大佐なのだから優秀であることに間違いはないだろう。それより一体どこにいたのだろうか?
 だが疑問をよそに会話は進む。

「それが双方合意に至り、いよいよ実行に移されることになった」

「それはまた……、随分と画期的なことですね」

「そうだな。少なくとも第7管区方面に対する警戒レベルを下げられるだろうからな。
 ところでうちには既に派遣要員の人選の話が来ているが、そちらにはないのか?」

「いいえ、ありません」

「そうか、それはおかしいな。貴官のところに話がないはずはないのだがな……」

 何故、艦長のところに帝政アレルトメイア公国軍との士官交換派遣プログラムの話が来ないはずがないのか。新たな謎の登場に期待が高まった。

「まあいい、とにかくご苦労だった。リンデンマルス号乗組員の休暇に関しては基地も協力する。揉め事を起こさない程度に羽根を伸ばすがいい」

 だが予想に反して会話は終わりを迎えたのだった。

「ありがとうございます」

「うむ。ご苦労、下がってよし」

「はい。では失礼します」


 こうしてレイナートは頭に疑問符を浮かべる3人の美女とともに司令官室を後にしたのだった。
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