遥かなる星々の彼方で
R-15

第49話 ガールズ・トーク?

「士官席はプランターの向こう」と言われたモーナはトレイを手に士官席へと向かった。
 異動が正式決定し職場で離任の挨拶に回った時、過去に宇宙勤務経験ありの同僚 ― 同僚とは言っても皆階級が下の先輩だが ― が色々とアドバイスをくれた。それもあって初めての宇宙勤務、初めての (ふね)でも、さほど困った状況にはなっていなかった。
 とは言えど、周囲は皆初めて見る顔ばかり。心細さで打ちひしがれるほどヤワな性格ではないからいいが、それでも多少の心細さを感じることは否めない。

 食堂の士官席は5人掛け丸テーブルが5つ。そのどれにも誰かしら座っていた。
 その内2つは士官と下士官が同席するそれぞれ3人と4人のグループ。仕事の打ち合わせなのか、食事をしつつも皆難しい顔で話し込んでいる。
 残りの3つの打ち1つはやはり4人のグループだが全員が女性、しかもその中の2人はイステラ軍の軍服ではないし、さらに1人は少女とも呼べるような年頃に見えた。そうしてその少女以外の3人はなんだか酷く落ち込んでいるかのようで、テーブル自体の雰囲気が非常に暗かった。
 残り2つのうち、1つは2人が座っているが、離れて座っていて会話もない。そうして残る1つは1人だけ。しかもその男性中尉は食事を終えて立ち上がった。それでモーナはその席に着くことにした。

 着席し改めて食堂を見回してみると、何とも不思議な光景に見えた。
 モーナがいた中央総司令部はイステラ連邦の主星、イステラ星系第3惑星のトニエスティエの首都郊外にある。一方そのトニエスティエを中心とする第一管区を統括する第一方面司令部はトニエスティエ第二の都市にある。すなわち中央総司令部は第一方面司令部とは完全に独立しているのである。
 そうして中央総司令部は全イステラ宇宙軍を統括するため、高級将校を始めとし一兵卒に至るまでそこに勤務する者の数が途轍もなく多い。
 当然ながらその利用する食堂も階級ごとに細分化されている。モーナが利用出来る食堂は当然尉官専用で100席はゆうに用意されていた。設えはそれほどお粗末ではなく、まあ、普段利用する基地外のミドルクラス・レストランと同等くらいの質だった。
 ちなみに将官用の食堂は高級レストランの特別室並みだという噂だったが、実際に目にしたことはないのでよくわからない。
 それからすると宇宙艦艇の食堂は、区切られているとはいえ、佐官から二等兵までが同じ所を利用するので随分と新鮮に思えたのである。

 そんなことを考えながらトレイの上のクリームパスタに手を付けようとしたら声を掛けられた。

「貴女、新任のキャリエル少尉でしょう? ここよろしいかしら?」

 別のテーブルで落ち込んでいるように見えた目の覚めるような美人の大尉だった。直接の面識はないが見覚えはあった。
 モーナが返事をしようとすると、同じく人形のように整った顔立ちの中尉と、イステラ軍のではない軍服の2人も一緒で、要するに向こうのテーブルの全員がこちら移動してきたのだった。

「失礼するわ」

 モーナが一瞬唖然として返事をし損ねている内に大尉は席に着いていた。残り2人もである。ただ1人少女だけがオロオロしながら、無言のまま着席してもいいかを目で聞いてきた。

「どうぞ」

 モーナが返事してから座ったの少女だけだった。

「私は作戦部のコスタンティア・アトニエッリ。一応、貴女の上官になるわね」

 大尉はそう名乗った。だが名乗られずとも直ぐにわかった。中央総司令部の伝説を知らない訳ではない。
 広報部制作のコマーシャルに出演して以降、軍への志願者を倍増させた美人士官。広報部で活躍しいわば軍の顔になりながら、新規任官1年で転属を願い出て「生意気な女だ」と老提督達の反感を買い、リンデンマルス号に「左遷」された上昇志向に固まったエリート意識の強い女。コスタンティアの評判は中央総司令部の中で決していいものではなかった。ただしその実力を認めない者もいないが。
 直ぐに顔を合わせることになるとは思っていたものの、ここでこういう形というのは少し意外だった。

「私は船務部のクローデラ・フラコシアス」

 そう名乗られてこちらにも驚かされた。
 外交委員長の孫娘で官僚一家の出身。なのに何故か軍人になったという変わり種。「こんなところにいたの?」というのが実感だった。
 毎年4千人近く新規任官する士官候補生だが、その中でもただ優秀というだけでは話題になることは少ない。その点コスタンティアもクローデラも知名度という点ではその期の中では随一と言っても過言ではないし、当然ながら同期のみならず他校や他期の候補生の中でも十分知られていることが多い。

「私は帝政アレルトメイア公国宇宙海軍統合参謀本部所属、エメネリア・ミルストラーシュ。階級は少佐、よろしくね」

「こちらこそ」

 モーナが応える。アレルトメイアとは士官交換派遣プログラムが実施されているから「多分そうだろうな」と思っていたらまさにそうだった。

「私は少佐殿の従卒です。ネイリ・リューメールといいます」

 ネイリが自己紹介をしたところでコスタンティアが口を開いた。

「少尉は記録部だったということだけど、記録部というのは具体的には何をするところなの?」

 一体何が目的の質問なのかと訝しんでいるモーナだったがコスタンティアの表情からは何も読み取れない。それもそのはず純粋な興味で聞いただけだからである。
 モーナは警戒しつつも喋り出す。

「記録部は過去の戦闘記録はもちろん人事、経理、兵器開発等の記録を一元管理しているところです」

「あら、そうなの? 戦闘記録だけかと思っていたわ」

「いいえ。例えば情報端末でも閲覧出来る士官、兵卒の記録も記録部が管理しているものです。実際には記録部の外部アクセス用データベースの内容を見ていることになります」

「そうなんだ……」

 クローデラも興味深そうに口を挟んだ。

「はい。各員の現在の所属は人事部のデータベースでも見られますが、そこに過去の記録まで全て入れておくとデータベースの肥大化が避けられません。そこでそうなっています」

「なるほど……」

「その他、過去の経理データもです。中央総司令部、各方面司令部、駐留艦隊基地の総勘定元帳、貸借対照表、損益計算書等です。さすがに日々の出納帳までは無理ですが。これは会計監査院による過去の会計監査用に経理部と記録部で保管しています」

「バックアップということ?」

「そうです。兵器開発等の場合は議事録まではありませんが、重要事項決定通知書は全て保管されています。それを見れば、例えば本艦の建造決定当初からの計画や変更などの変遷も全て確認することが出来ます」

「面白そうね。それで貴女は何をしていたの?」

「小官は戦術分析された戦闘データの整理です。具体的には最高幕僚部で分析された過去の戦闘記録をカテゴリー別に分類していました」

 そこでエメネリアが怪訝そうな顔をした。

「失礼なことを聞くようだけど、それって士官学校を出てまでする仕事?」

 モーナは首を振った。

「いいえ多分違うと思います。実際記録部には尉官は私ともう一人だけ、一時期を除いて佐官もいませんでした。スタッフはほとんど下士官クラス以下でした。記録部長は准将閣下でしたけど」

「じゃあ……」

「何で?」とエメネリアが聞こうとするところでクローデラが言った。

「我が軍も官僚化が進んでいます。特に中央総司令部はその傾向が強いようです」

「そうね。だから士官学校出は、特に事務系部門に配属となった場合、将来の軍官僚幹部候補として数年毎にジョブローテションがあるの。要するに色々なところを回って経験を積ませるということのようね。だから仕事内容は『?』と思うようなことがないではないわ」

 コスタンティアがあとを受けてそう言った。もっとも全てがそうであることもない。これは部署によるとしか言いようがない事柄である。

「それだけ少尉は期待されていると言ってもいいのかもしれないわね」

「それほどでも」

 モーナは素直に照れた。キツイ顔立ちだけに女性から見ても可愛らしく見えた。

「ところでその『一時期いた佐官』と言うのは艦長のことかしら? どのくらい一緒だったの?」

 コスタンティアがいきなり切り込んだ。だがモーナは平然と返した。

「レイナート・フォージュ大佐に関して、知っていることは一切口外しないよう指示を受けています。お答え出来ません」

 そこでコスタンティアはニヤリと笑った。

「そう。ごめんなさい、変なことを聞いて」

 コスタンティアは素直に引き下がった。だがそれで自分の仮説が一つ実証されたと確信した。モーナの経歴を見て任官以来記録部から動いていないのは明白だった。そうして『知っていることを話すな』と言われた以上、その『一時期いた佐官』は艦長のことに違いないと考えたのである。

「あ……」

 コスタンティアの意図に気づいたモーナはしてやられたと思い、コスタンティアを睨みつけた。会ったこともない人物のことなら、わざわざ口外禁止だと言う必要はない。初めから知らないと言えば済むことなのだから。
 モーナはつり目の三白眼だけに、睨むとかなり凄んでいるようにみえる。だがコスタンティアは全く動じる気配はない。

「ところで貴女、恋人は?」

 コスタンティアが再び切り込んだ。

「何故そういう個人的なことを聞かれなければならないんですか?」

 モーナも全く負けていない。どころかさらに表情が険しくなった。

「だって宇宙勤務になるとお付き合いは大変だから……」

 何せ年に数日しか一緒に過ごせないのである。恋人を地上に残しての宇宙勤務ならほぼ99%破局すると言われている。
 だがモーナはきっぱりと否定した。

「お気遣い結構です。そういう相手はいませんから」

「あら、それは残念ね」

 コスタンティアが微笑む。
 モーナがコスタンティアに食って掛かった。

「一体どういうおつもりでしょうか? 何故小官はこのように尋問されなければならないのでしょうか?」

コスタンティアは笑顔を崩さずに言った。

「ごめんなさい、尋問しているつもりはないの。気に触ったのならごめんなさい。
 ただ貴女は正式に私の部下になることが内示されているの。それで事前に為人を知っておこうと思って」

 コスタンティアはそう説明したが本音は噂の確認である。すなわち「モーナは艦長の(元)彼女」というあの噂である。

「そうですか。では小官からも質問をよろしいでしょうか?」

「ええどうぞ、何かしら?」

「大尉は何故、本艦からの転属を希望されないのですか?」

「どういうことかしら? 何故私が転属を願わなければならないの?」

「それは、広報部で活躍されていたのに本艦勤務になったからです」

「それは『左遷されたのに』ということ?」

「まあ、正直に言えばそうです」

「あら、では貴女はどうして?」

「それは……」

 ここでモーナは言葉に詰まった。記録部長から「リンデンマルス号艦長が貴官を名指しで要望している」と聞かされたからだが、それは言えない。それを言えば過去のつながりを言わざるを得なくなる。モーナはコスタンティアにうまく誘導されていた事に気づいた。
 モーナは唇を噛んで一層コスタンティアを睨んでいる。だがコスタンティアは素知らぬ顔で答えた。

「まあ誰にも言えない事はあるからいいわ。
 それで私が転属願いを出さないのはここでの仕事にやりがいを感じているからよ。少なくとも現時点でここを動きたくはないわ」

「あら、それじゃあいずれはどこか別に行きたいところがあるの?」

 エメネリアが横から尋ねた。

「ええ。でもそれは今直ぐじゃないわ。ここでやりたいことはもうない、やり残したことはない、と思えるまでは転属はしたくないわ。命令されたら仕方ないけれど」

「まだやり残したことなどあるんですか? もう十分活躍して大尉にまでなっているのに?」

 今度はクローデラだった。心底驚いたように、人形のような顔に「意外」という表情が現れていた。

「ええ。だって私、まだファビュル大尉のようには出来ているとは思えていないもの」

「ファビュル大尉?」

 モーナが聞くとコスタンティアは頷いた。

「ええ。貴女の前任者、私の先任。私は大尉に補給を含めて後方支援のなんたるかを全て教わったわ。でもそれが実現出来ているとは思えないの」

 そこでコスタンティアはモーナの顔を真剣に見詰めた。

「だから私は貴女に要求するわ。足を引っ張ることのないように、と。
 本艦の任務は辺境基地への補給支援。僅かな失敗や計画の遅れは基地駐在兵の士気はもちろん、最悪の場合、生命の安全にまで関わってくるの。
 だから貴女がもし艦長のコネとか、艦長のいい人だから、ということで本艦に配属になったのなら私は貴女を認めない」

 厳しい口調だった。だがモーナは臆せずに言った。

「艦長が小官を選んで下さった理由はわかりません。ですがそこに個人的な理由は無いはずです。少なくとも小官は艦長と職務を離れて個人的な関係を持ったことは過去も現在もありません」

 モーナはきっぱりと宣言した

 それを聞いてコスタンティアは満足げに笑顔を見せた。コスタンティアの発言は作戦部長次席としての本音であり、満足な回答が得られたからだった。ただし、コスタンティア自身気づいていなかったことだが、モーナがレイナートと過去に恋人関係になかったということに安堵したからでもある。
 一方のエメネリアもクローデラも笑顔で頷いている。こちらは純粋に噂が否定されたからである。


 だがもしもモーナがファビュル大尉の後任に決定した経緯を知ればこのようなことも、そもそも噂自体がなかったことだろう。

 シュピトゥルス少将とレイナートのその時の会話は以下の様なものだった。

『で、後任に関して何か希望があるか?』

「希望と仰いましても、小官は優秀な人材であれば別に誰でも……」

『おいおい、ただ優秀と言われてもこちらでは「現場にとっての優秀な人材」と言うのはわからんぞ? 記憶力がいい、論理的考察に長けている、それこそ、身体能力に優れている、のどれも優秀だろうが』

「そう言えばそうですね。まあ例えて言えば……」

『例えて言えば……?』

「そうですね、過去の様々な案件に少なくない知識を持っていること。突発的な事態にも冷静に対処で出来ること、ということでしょうか。これに経験豊か、ということが加味されれば申し分ありませんが」

『あまり贅沢を言ってもらっては困るな。そういう人材はどこでも喉から手が出るほど欲している』

「でしょうね」

『それで、具体的に誰かいるか? 個人名を出してもらえれば、当人は無理でも似たような人物は探せるかもしれん』

「そうですね。でしたら記録部のモーナ・キャリエル少尉でしょうか。彼女は中々肝は太いし、物怖じしませんから。それに積極的で向上心に富むと言うか勉強家ですし」

『そうか、意に止めておこう』

 これが巡り巡ってレイナートがモーナを指名したということになったのだが、真相を知る者は誰もいなかったのである。
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