遥かなる星々の彼方で
R-15

第50話 嵐の前

 それは異様な光景だった。
 長いテーブルにずらりと並んだ男女。軍服を着ている者もいればスーツ姿の者もいる。 明らかに記者会見というに相応しい光景である。では何が異様なのか。
 それは彼らの背後のスクリーンに人が銃殺されるのが繰り返し映し出されているからだった。

『我々、アレルトメイア人民解放戦線はここに宣言する。
 おぞましき階級差別を増長させ人々を苦しめてきた帝政をここに打倒し、新たなるアレルトメイア国家民主主義人民共和連邦の樹立を!
 見よ諸君、我々の背後を! 憎き皇帝は我々の手によって既に糾弾された。
 人民諸君、立ち上がれ! 我等とともに新時代建設に邁進しようではないか……』

 アレルトメイアから全宇宙に向けて放送されたその映像は、MB(主艦橋)前方頭上のモニタに映し出されていた。緊急の第3種配備でMBにいたエメネリアはその光景を見て、声にならない悲鳴を上げて意識を失いその場に崩れ落ちた。

「担架を!」

 MBスタッフの1人が叫ぶ。
 それまで唖然としていた陸戦兵が、MB内の壁に格納されているストレッチャーを取り出してきた。だが誰もエメネリアを遠巻きにするだけであった。うら若き女性将校に直ぐ触れることは出来ないのだった。

「何をしている!」

 レイナートは怒鳴りつつ人の壁をかき分けエメネリアに近づいた。そうして意識を失い床に横たわっているエメネリアを抱き上げるとストレッチャーにそっと下ろした。

「艦内病院に急いで運べ!」

 そう怒鳴りつけたレイナートに船務部の通信士官が大声を張り上げた。

「艦長、シュピトゥルス少将から緊急通信です!」

「つなげ!」

 怒鳴りつつレイナートは立ち上がる。前方頭上のモニタが少将の姿を映し出すとレイナートは起立し背筋を伸ばして敬礼した。
 敬礼を返すと直ぐにシュピトゥルス少将が言う。

「今の放送を聞いたか?」

「はい」

 レイナートが頷く。

『そうか、ならば話が早い。
 アレルトメイア人民解放戦線を名乗る輩どもから連邦政府に緊急通信があった。
「旧・帝政アレルトメイア公国宇宙海軍とイステラ連邦宇宙軍において行われている士官交換派遣プログラムの即時停止と派遣士官の即刻の帰国を要請する」とな。
 現在我軍はその要請に基づきアレルトメイア士官の帰国に動き出している。貴官においても善処されたい。
 以上だ。通信を終わる』

 シュピトゥルス少将はそう言うと敬礼して画面が消えた。こちらが敬礼する暇さえも与えずに……。

 真っ暗な画面に敬礼をしていたレイナートはMBスタッフに大声で命じた。

「何をしている! 本艦は現在、行動計画A-441を遂行中である。これに全力を尽くせ! それ以外の瑣末事に気を取られるな!」

―― 2ヶ月どころか1ヶ月も経ってないじゃないか!

 レイナートは内心の怒りと己の見込みの甘さに忸怩たる思いであった。
 一方、目の前で繰り広げられた光景はとても瑣末事とは思えなかったが、艦長の命令には従わざるを得なかったMBスタッフ達は急ぎ持ち場に戻ったのである。


 イステラ連邦宇宙軍の辺境基地はその用途と規模によって幾つかに分類される。最も多いのはTY型と呼ばれる小型通信中継基地で、イステラ連邦政府の支配する宙域全体に超光速度亜空間通信ネットワーク網を構築するために設置されている。

 次に多いのはRX型と呼ばれる中規模探索基地である。RX型は元々イステラの支配域に接近する外敵に対する警戒から設置されたもので光学、電波の両望遠鏡、重力波検出器、超高感度レーダーなどの広域・精密探査システムを備える。何処とも戦争状態にない現在はこれら設備の長所を活かし、探査基地兼宇宙天文台として軍・学共同で運用されている。
 それ故RX基地への補給は教育・文化・科学省からの予算も投じられており、ほとんどが正規部隊によって行われている。

 Z型は基地というよりは大規模要塞に近く、したがって数も少ないが戦艦や空母といった大型艦艇も接舷出来るため、正規補給部隊による補給が常時行われている。
 したがってリンデンマルス号の補給支援はTY型をメインに、稀にRX型という状態である。


 ファビュル大尉の後任、モーナ・キャリエル少尉が着任して早3ヶ月。レイナートが艦長に就任して8ヶ月になんなんとしていた。その間4度の第1級の緊急支援要請と20回以上にも渡る第2級支援をこなしている。
 支援活動はほぼ2ヶ月毎に第六方面司令部管内と第七方面司令部管内を移動して行っている。
 1回毎に第六、第七を行ったり来たりでは時間の無駄が多すぎる。そこで管区ごとにまとめてということにしているのである。これだと基地の距離が1万光年以下の場合、移動と基地駐在兵への休暇付与とを合わせても二週間かからないで実施出来る。それだけ数がこなせるのである。

 この間、エメネリアも作戦行動立案にオブザーバーとして参加し、モーナも職務にも慣れ安定した仕事ぶりを見せている。
 コスタンティアは作戦部長次席として不動の地位を確立している。その為レイナートと同一シフトになることが全くなくなってしまっていた。それが本人にはとても寂しいことに思われた。そうして自分の心の中の変化に気づき戸惑ってもいた。
 それまではレイナートに対する反感しかなかったが、今ではそこに別の感情、いうなれば恋愛感情のようなものを感じていたのである。
 エメネリアもモーナも基本はAシフトでレイナートと一緒。クローデラもAシフトが多い。副長のクレリオルは常にBシフトで自分はCシフト。要するにワープの時以外にレイナートと顔を合わせることがなくなってしまったのである。
 これがコスタンティアに得も言われぬ寂寥感とエメネリアやモーナに対する嫉妬心を感じさせずにはいられなかった。

 レイナートは着任直後は艦内各所に姿を表すことが多かったが、最近では極稀に中央通路を走るくらいで、勤務シフト外では艦長室に籠もっていることが多い。
 艦長室はよほどのことがなければ簡単には訪れることは出来ないから、中で艦長が何をしているかは誰にもわからない。寝てるのか、それとも遊んでいるのか。艦長室の扉前には警護の陸戦兵が常に張り付いているから、来訪者の有無は直ぐに確認出来る。少なくとも女性を引っ張り込んでいないことだけは明白だった。

 ただし船務部の通信科は艦長が何をしているかがわかっていた。艦長は中央総司令部のシュピトゥルス少将と暗号化秘匿回線を使って通信中であることが多かったのである。もちろんこれは通信科でも内容に関しては一切把握していなかった。ただ重要な話し合いであろうことだけは容易に想像が出来たのである。


 レイナートは艦長執務室のデスクに置いた情報端末に映るシュピトゥルス少将に向かって確認した。

「……と言うことは、全く予断を許さない状況だということですね」

『そうだ。情報部の得た情報を連邦国家安全保障局及び最高幕僚部によって解析した結果、「Xデイ」はこの2ヶ月以内ではないかと予想されている』

「2ヶ月以内ですか。本当に目前ですね」

『うむ。ただしこれは最重要機密だ。現時点では決して口外しないように』

「わかっています」

『そうしてそうなった場合、貴官及びリンデンマルス号の取るべき方向については、先日話した通りに決定される事となる』

 レイナートは肩を落とす。

「……。まあ、いわば自分が巻いた種、と言えないこともないですから、仕方ないと諦めざるを得ませんが、問題は部下達ですね。彼らを巻き込むのは非常に心苦しい……」

『乗組員に関しては最大限の配慮を約束する。場合によっては一時的な降格や減俸もあるかもしれんが、直ぐに元に復帰させることを約束するし、その後の出世や昇給に影響が出ないことも確約する』

 そこでレイナートは押し黙った。しばしの間沈黙がその場を支配した。そうしてレイナートは徐に口を開いた。

「もう一度確認しますが、ミルストラーシュ少佐の処遇は本当に小官が一任されるということでよろしいのですね?」

『そうだ。と言うか、もしも現実となった場合そうせざるを得ない。そうしてそれは軍の意思ではあるが公式には発表出来ないものでもある。
 その時は貴官を切り捨てることになるが、それも承諾してもらうしかない。貴官に全責任を追わせることになることを重ね重ねも申し訳ないと思う。だがイステラを再び戦火に巻き込まぬためにはそうするしか無いだろう、というのが「我々の」一致した見解だ』

「我々」というのが誰か聞いてみたいものだと思いつつもレイナートは言った。

「仕方ないですね。彼女がここへ派遣されてきた時から覚悟はしていましたので……。
 まあ年齢、就役年数に不相応な出世をさせていただいたので我慢しますが、やはり最後が『最悪の場合は銃殺』というのではやりきれませんね」

 レイナートは後半は少しおどけるように言った。だがシュピトゥルス少将は厳しい表情を崩さなかった。

『済まんな。そうならないように可能な限り善処する』

「いいえ、仕方ないでしょう。
 それよりも今後は今まで以上に情報を送っていただきたいと思います。後手を踏みたくはありませんので。
 それと、本艦への補給支援要請を現状より減らしていただけるようにお願いします。全くなくなってしまうのも逆に困りますが……」

『わかっている。その点についても最大限の協力をしよう』

「ありがとうございます」

『他に何かあるか?』

「いえ、差し当たっては……」

『そうか。では通信を終わる』

 レイナートは画面に向かって敬礼し、画面が消えると直った。

「ふう」と小さく溜息を付き、椅子の背もたれに体をどかっと預けた。

―― 大変なことになったな……。

 まるで他人事のようにそう呟いた。
 いや、実際にはまだなってはいないが、確実にそうなることが予想されるのだった。

―― 軍事クーデターか……。今の時代に本当にそれが可能なのだろうか? ただアレルトメイアの話だしな……。今時、身分制を敷いているという事自体が信じられないことでもあるし……。

 初めシュピトゥルス少将から「アレルトメイアにおいて軍事クーデターの可能性あり」と聞かされた時、レイナートには起きるとも起きないとも、どちらとも言えないと思ったのが正直なところである。だが情報部の入手した情報を連邦国家安全保障局と中央総司令部最高幕僚部で分析した結果だというから、信憑性は高いものとも思えた。


 現在のイステラ連邦は350の有人星系から構成されている。その全てに大なり小なりの国家機関と連邦宇宙軍基地があると言って過言ではない。
 イステラにおいて軍事クーデターとなれば国家の中枢機関はもとより各方面司令部、その全てとまではいかなくとも主だった駐留艦隊基地は掌握しなければクーデターは成功とは言えないだろう。そうでなければ必ず反撃を受けて革命は頓挫するからである。

 イステラ連邦は法の定める正当な手順によって選出さた最高評議会議員による立法と、行政諸機関によって運営されている民主主義国家である。
 そうして連邦憲章でもイステラ連邦宇宙軍法においても、軍事力による国家の転覆を認めない。当然のことである。
 したがって軍事クーデターを成功させるには隠密理に軍の中枢のみならず、主だった駐留艦隊基地及び艦隊を完全掌握し、連邦憲章と国家機能を停止させ軍自らが取って代わるということを要する。

 これが大昔の、1惑星上の土地に勝手に線を引いて主権国家を主張し相争っていた時代ならともかく、数万光年にも及ぶ広大な範囲において、革命だのクーデターだのを実行出来ると考える方がおかしいだろう。
 それを実現させるためには先ず通信ネットワークを支配しなければならない。イステラの場合、確かに広大な支配域に於ける超光速度亜空間通信ネットワーク網は軍がそれを維持しているが軍がそれを独占することを国法は許していない。それ故何重にも掛けられたセキュリティシステムが存在する。あくまで通信インフラは連邦国家のものであって軍はそれを守っているに過ぎないのである。

 第一、革命だのクーデターだの、何年もかかって計画することだろう。そのような状況下でクーデター蜂起のための連絡をどうやって取り合うのか? 途中で計画が露見し失敗するのは目に見えている。
 真面目にクーデターを起こそうという人物の気が知れない、とレイナートは思う。少なくともイステラにおいてはありえない話だとしか思えない。

―― エメネリアにも話しておくべき事柄だろうな。だがなんと説明するか。イステラがアレルトメイアにスパイを潜り込ませていることを認めることになるからな……。下手をすると最重要機密事項を漏らした罪でこちらが銃殺になりかねないし……。

 レイナートは真剣に頭を抱えて悩んでいた。


 士官学校卒業時の進路希望調査で、レイナートは辺境基地勤務を希望した。
 いくら本科一般科としては常識はずれの好成績であっても他の専修科候補生のような出世は見込めない(と思っていた)。同じ士官学校出でも専修科と一般科の確執は候補生時代から先輩から聞かされ知っていた。だから下手なところに配属になれば「生意気な野郎だ」と上官から思わぬイジメに遭う可能性がないとも言えない。何も好き好んで神経をすり減らす必要はないだろう。
 専修科卒で辺境基地勤務になると1~2年で転属、直ぐに中尉になって栄転出来るが、その点一般科卒で辺境警備基地に配属になれば少なくとも5年、うまくすれば10年は安泰である。その間出世もありえないが、気楽に勤務しながらわずかずつでも実家に仕送りが出来る。そう思ってのことだった。
 ハイスクールへ行かせてもらっただけでも両親には感謝している。それが士官学校へ行かせてもらえた。本当ならどんどん出世して実家により多く仕送りする方が良いのかもしれないとは考えた。
 開拓移民は名前からでは判断はつかないが、要するに他に行く宛のない社会の落伍者が奴隷ギリギリで上を目指すというものに近い。事実、受刑者が出所後に開拓移民になることも多かった。

 それからすればレイナートは自分が恵まれた状況にあるということを実感していた。そうして自分ひとりがいい思いをするのではなく家族にも、特に年の離れた弟妹にも教育の機会が与えられることを願っていた。
 開拓移民は最低でも18年間はその地で農業か鉱業に従事することが求められる。鉱業の場合農業に比べ大金を得られる可能性が高い。その代わり金を得て終わりである。
 ところが農業の場合、最終的に土地や家畜を己のものと出来る可能性が残されている。要するに将来は農場主になれるかもしれないのである。ただしそこへ至るまではひたすら働き続けなければならない。弟妹がハイスクールへいけるのは五分五分、大学はおそらく無理だろう。だが自分が仕送りをして家計を助ければその可能性が見えてくる。
 ただしがむしゃらに働く気はなかった。何事も続かなければ意味はない。細く長く無理もなく、がレイナートの信条だった。


 レイナートは希望が叶い士官学校卒業と同時に辺境探査機地RX-175への配属が決まった。
 当時の基地司令は40歳を越えたばかりの中尉。驚いたことに士官学校出であった。完全に出世コースから外れた独身の中年男。地上勤務になった後、お情けで大尉にはなれるだろうが運が良くても佐官は無理だろう、という完全な「負け組」だった。
 レイナートはこの中尉の後任ということで配属になったのだった。したがって新任少尉ながら基地の副司令という肩書がつき、中尉が離任後基地司令となることが内示されたのである。

 果たしてこれは喜ぶべきことか否か。

 専修科卒ならこれは絶対に受け入れられないことに違いない。そこで出世の芽が潰されてしまうのだから。だが一般科なら退役までの間に「司令」という肩書が着くかどうかも微妙なところである。
 とは言うものの新任の少尉に、軍・学合わせて200名以上も駐在する基地の副司令というのはいささか荷が勝ち過ぎるだろうと誰にも思われた。
 ところが蓋を開けてみれば、レイナートはそつなく役目を務めた。元々基地内には確固たる既存システムが出来上がっている。それにうまく乗ればいいだけの話である。要領良く、というよりも出来るだけ早く急所を見つけそこを押える、ということに徹したのだった。
 それによって特に疎まれることも、反感を持たれることもなく、日々の任務をこなす事が出来ていた。


「あの日」もしも基地に所属する警備艇の艇長が腹痛を起こさなかったら。もしも「話の種に一度くらいはいいだろう」と臨時の艇長を仰せつかることがなければ。
 レイナートの現在は今とは全く違っていたものになったであろうことは想像に難くない事だったのである。
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