遥かなる星々の彼方で
R-15

第55話 コスタンティア、怒る

 レイナートは自分が大尉に昇進した理由を実は正確には把握していなかった。
 ただアレルトメイアから非公式の通信があり、その内容は知らされていたから、おおよそながら理由について想像はついていた、ということにすぎないのであった。

「まあ、そういう訳で少尉として新規任官して半年余りで大尉にされてしまった訳です。
 これには随分と戸惑いました。しかも急に転属にもなったので、RX-175基地に私物を残したままだったし……」

 だがそれを聞いてコスタンティアが怒りだした。

「なんですか、それは!」

 本来であれば確かに勲章一つで済んでしまった案件である。それがアレルトメイアの「横槍」で大尉にまで昇進した。それが「表向き」の理由だったからコスタンティアが怒るのも無理はない。

「どれほどの功績があったのかと思えば!」

 同期の一般科出身のレイナート。確かに一般科候補生としては稀有の成績だったが、全体から見ればごく平凡なもの。それなのに任官した年に大尉に昇進。だったらもし自分がレイナートの立場だったらどうなっていたか。今頃自分は少佐になっていてもおかしくないではないか。
 軍は実力重視の組織ではなかったのか。これのどこに公平な人事考課があるというのか。
 コスタンティアの怒りはそこから来ていた。
 だからもしもコスタンティアが中央総司令部や第七方面司令部の人事部のゴタゴタを知ればその怒りはさらに増したことだったろう。

「でも国家元首の娘、皇女を助けた訳だから……」

 クローデラが恐る恐るそう言った。
 だがコスタンティアの怒りを鎮めることは出来なかった。

「それが何! じゃあ、イステラ連邦最高評議会議長や大統領の娘を助けても同じように出世するって言うの? ありえないでしょう! アレルトメイアのしたことは内政干渉と同じじゃない!」

 コスタンティアは目が釣り上がり、怒髪天を衝く勢いである。

「確かにありえないことですよね」

 レイナートもおずおずと言う。
 コスタンティアがレイナートを睨んだ。そうしてサイラを振り返って食って掛かった。

「こんなことってありなんですか!?」

 聞かれた保安部長のサイラも答えようがなくて困惑していた。

 各艦艇の保安部は元々司令部の監察部や公安部の出先機関のようなものである。そうしてそれら部門の役割といえば、当然、軍内部の不正を暴くことで軍の綱紀を正し公正を期す、というものである。
 それからすればこの案件は当然内部監察の対象になってしかるべきものだろう。
 だがサイラはレイナートに関して内部監察の対象者となったという情報を得ていない。したがってそのような事実はなかったと思うしかなかったのである。

「私は絶対に認めないわ!」

 コスタンティアは肩で息をしながら叫ぶように言ったのだった。


 だがこの話にはもう少し裏があった。
 この当時、既にアレルトメイアには国家転覆を企むクーデターの懸念があった。そうしてその首謀者は皇帝の第二皇女、すなわちエメネリアの腹違いの妹と目されていたのだった。

 アレルトメイアの国法で彼女が帝位に就くには実兄の皇太子と腹違いの姉エメネリアが即位を拒否するか死亡するか、もしくは廃嫡されなければならない。だがその可能性は非常に低いものに思われた。
 そこで妹は帝政反対派にクーデターを起こさせて実父の皇帝、実兄の皇太子とエメネリアを殺害させて一旦帝国を打倒させる。そうしてその後の政情不安を煽らせて、今度は自分が貴族らを使って革命政府を打倒し政権を奪取するという、要するに己の手を汚さず、どころか自分が英雄となって国を私するという計画を早くから立てていたのである。

 この当時皇帝はもう既にこのことに薄々気づいていた。だが第二皇女はその勢力を皇帝の想像以上に広げており、気づいた時には第二皇女に協力しない貴族の方が少ないくらいであった。もちろん老獪な貴族の中には年若い第二皇女を逆に利用しようという目論見があったのはもちろんである。
 いずれにせよ事を荒立てれば国内が混乱することは目に見えていた。
 これは最早抜き差しならない。皇帝はそう判断した。
 そこで第二皇女派の切り崩しを行うとともに、エメネリアの将来を安泰とするために色々と画策したのであった。

 皇帝はエメネリアの母を心の底より愛していた。繊細でたおやかだった彼女は皇妃になることに不安を覚え、挙句の果てに自ら命を断ってしまった。その娘をなんとしても守りたかった。ミルストラーシュ公爵家へ養女に出したのも、軍人にさせたのもその思いからだった。
 そうして皇帝は国内の再結集を密かに進める一方でエメネリアを国外に一時的に避難させようと考えた。そこで周辺国の中からイステラを選び連邦政府に協力を要請したのだった。

 とは言っても、まさか国内にクーデターの恐れがあるからなどと言える訳がない。
 そこで「世間知らずの娘」に色々と教えてやりたいが、アレルトメイア国内だとその身分や生まれの故に誰もが一線を画して接してしまう。それでは真実が見えてこないだろう。それで、他国の手を煩わせるのは心が引けるが恥を忍んで協力をお願いする、という皇帝直々の通信が非公式の外交ルートを通じてイステラの外務省にもたらされたのである。
 この時のイステラは友好和平条約を結んでいたもののアレルトメイアとはほぼ没交渉だった。工作員ですら潜入させていなかったのである。したがってアレルトメイアの内情については全く疎かったのである。

 そこで協力を要請されたイステラとしては即答は出来なかった。
  既に友好和平条約を締結しているとはいえ、今までは全くの没交渉だったアレルトメイアである。そこの高位貴族 ― 実際には皇女 ― を私人として、例えば観光で来るならまだしもだが、公人としてすなわち皇女もしくは軍人としてとなるとそれは極端に難しくなる。そんなことをすれば野党や左翼勢力、人権団体など、アレルトメイアの身分制度を快く思わない組織から猛反発が起きるに違いない。そうなると国内世論が収集つかなくなりかねない。
 そう言う意味では極秘裏に迎えて入れてくれというのは、イステラ側としても受け入れやすいものではあった。

 だが一方でアレルトメイアの要請を聞き入れる必要があるのか? という意見があったのも当然である。

―― 何が理由かは知らないが、どうしてイステラがアレルトメイアに協力せねばならんのだ? 皇帝だ、貴族だ、とふんぞり返っている奴らの力になってやる必要はあるまい?

 もっともな意見だった。だが積極的にアレルトメイアに協力すべし、と主張したのは実は軍部である。

―― ディステニアとはまだ停戦合意のまま。今後も和平条約の締結には至らないだろう。どころか何時再戦になるかもわからない。であるならば、アレルトメイアには恩を売っておくに限る。


 外交委員会の委員長兼外務大臣であるクローデラの祖父は、判断に困り国防委員長に相談した。
 「表立っての観光でイステラにやって来るのではないから、どう協力すればいいかがわからない」という外交委員長に対し、「相手が国境付近まで出向いて来るのであれば、あとは軍の方で何とか出来るだろう」そう国防委員長は請け合ったのである。
 そうして極秘の内にアレルトメイアと外交委員会で細部の詰めが行われ、最終的に国防委員会から軍務省、中央総司令部を経て通達が出されたのだった。

「アレルトメイアとの国境の哨戒を強化せよ」

 但しこの通達はいわば隠れ蓑である。宇宙船が現れる予定の区域のみに勧告すると言うのは後々問題になりかねない。何せ第七方面司令部を飛び越えて直接中央総司令部からの通達だからである。
 そうして特にその日の警備艇による定時巡回は絶対に履行せよ、との追加の通達があった。それでRX-175基地では腹下しの艇長の代わりにレイナートが指揮を取って出動したのである。


 一方エメネリアは、自家用高速クルーザーで休暇を使って辺境観光クルーズを楽しめ。それを皇帝から養父を通して半ば強要されたのだった。
 そうして筋書きではこのクルーザーが異常を起こして漂流、それをイステラ軍が助けるというものだった。そうして何か理由をつけてイステラにしばらく滞在させる。これならば正規の手続きなしに、しかも極秘裏にイステラに行かせられる。それが皇帝の描いた本来の筋書きだった。

 それで何も知らされていないエメネリアは、不審に思いつつも何もない、まさに辺境を観光するという不毛な休暇を過ごすことになったのだった。
 だが宇宙船の船長を始め、船員たちは肝をつぶすこととなった。本来ならエンジントラブルのフリをしてイステラの警備艇の巡回を待つだけのはずが、突然海賊船に襲われたからである。それで泡を食って逃げ出すことになったのだった。

 この海賊船は第二皇女派貴族の配下で、内通者である皇帝の侍従の1人から情報を得た貴族が仕向けたものである。すなわち海賊を装いエネネリアの船を襲撃させたのである。しかも追い打ちを掛けるようにこの貴族は自らの私設艦隊をも差し向けたのである。
 「宇宙船襲わるる」の急報を受けた皇帝は臍を噛んだ。どこで計画が漏れたのか。裏切り者は誰なのか。それを探らせる一方で、腹心の貴族でしかも彼女の養父である近衛長官ミルストラーシュ公爵に命じて救援部隊を急行させたのである。
 公爵は万が一に備えて、腹心の部下の部隊を事前に近くまで派遣していたのは言うまでもなかったから、手遅れにならずに済んだのだった。


 ところでこの時レイナートが警備艇を指揮したのは全くの偶然である。だが宇宙船がRX-175基地付近に現れたのは偶然ではない。

 イステラ連邦は某渦巻銀河の腕の1つの先端1/4を支配下に置いている。そうして第六、第七管区が他国と境界を接している。すなわちディステニアとアレルトメイアとである。
 過去にディステニアとは戦火を交えていたから、第六管区のディステニアに近いところに位置する惑星には連隊や旅団規模の駐留艦隊が置かれており、大隊規模の艦隊が駐留する大型の要塞衛星もある。要するに大規模作戦を迅速に行えるようにという配慮からである。
 そうしてこれらの基地の通信を確保するために小型のTY型基地、通信ネットワーク構築用の辺境基地が置かれているのである。

 ところがアレルトメイアとの関係はそれまでほとんど没交渉であったため、第六管区ほどには設備の充実が図られていない。もちろん艦隊を駐留させている惑星はそれなりにあるが、いずれも境界となる中立緩衝帯からは遠い。
 そうして警備艇を配備している基地となるとX型以上となり、これは主目的が天体観測や索敵のことが多く、故に辺境も辺境、ほとんどが銀河の外縁近くに配されているのである。
 したがってアレルトメイアの宇宙船がエンジントラブルのフリをしてイステラの警備艇を待つ、ということになると向かう先が限られるのである。
 そこでアレルトメイアと協議の結果RX-175基地周辺が選ばれたのだった。


 そうしてエメネリアの乗った宇宙船は予定通りにRX-175基地付近に現れたが、海賊船というオマケを連れてきたのである。それでレイナートの指揮する警備艇が海賊を装った駆逐艦を攻撃、足止めさせたのであった。
 まさかそういう事態になると思わなかった第二皇女派貴族の私設艦隊は、駆逐艦の正体がバレるのを恐れ口封じのために攻撃したのだから、仲間に攻撃された駆逐艦こそいい面の顔だったことだろう。そうして私設艦隊はエメネリアを本国へ護衛すると見せかけて途中で亡き者にしようとしたのである。
 そこへ間一髪、イステラの宇宙艦隊と皇帝が差し向けた近衛艦隊が間に合い同一宙域に集合、というのがあの事件の顛末だったのである。
 これは当初予定とは随分と違う展開どころか全く予想外の方向へ進んだ訳だが、皇帝としてはエメネリアが無事に帰還したのでとりあえず胸を撫で下ろしたのであった。


 そもそもエメネリアを載せた宇宙船がやってくるというのは、イステラでは政府高官と軍の上層部のごく一部でしか知らないことであった。しかも海賊船に襲われるなどという台本はどこにもなかったので、イステラ側も皇女が無事に帰還出来たことに安堵した。

 一方の皇帝は己の見通しの甘さに忸怩たる思いだった。そうして娘を助けてくれたイステラの士官になんとしても謝辞を送りたかった。そこで再び非公式の外交ルートを通じて娘を助けてくれた士官の情報を得、改めて感謝の意を表する通信を行ったのである。
 だが末端の辺境基地の一少尉など、数千万人もいるイステラ連邦宇宙軍人の中で直ぐに見つかるはずもない。結局皇帝の謝辞がレイナートに届いたのは事件ご数週間を経ってからであった。

 そうしてこれは再びごく限られた関係者の間でのみ処理されるはずが、レイナートに対する恩賞を弾ませたいと考えた皇帝の思惑から、イステラ政府や中央総司令部はもとより、第七方面司令部にまで事の詳細が知れ渡ることとなったのである。
 そうしてそうなった以上、あとは第七方面司令部で処理しろ、と中央総司令部では丸投げに近い形にした。

 だが第七方面司令部は堪ったものではない。自分達が知らない間にそのような一幕があり、その功績でレイナートを昇進させろ、と言われたからである。
 元々その件はレイナートに勲章を与えたことで解決済みのはず。それが実はアレルトメイアとの密約があって、それが予想外の展開となってレイナートはとてつもない武功を挙げていたというのだから、面白くないのは当然である。
 とは言えど方面司令部を統括する中央総司令部の命令である以上逆らえない。しかも昇進させたらさせたで今度はRX-175基地の人員配置に手を入れる必要が出てしまった。

 第七方面司令部はやる気のないことこの上なくなり、それがレイナートの転属先の選定に時間が掛かり、結果として中央総司令部との二重の昇進という事態に至ってしまったのだった。
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