遥かなる星々の彼方で
R-15

第56話 レイナートの過去 2

 アレルトメイア皇帝はエメネリア襲撃事件の後、本当にあとがないと考えざるを得なかった。どこに裏切り者がいるのかわからない。誰が裏切り者なのかもわからない。そのような状況下では何事をなすにも計画の成功が見込めないから当然だろう。

 だが娘を託したミルストラーシュ公爵には絶対の信頼を置いていた。そこで皇帝は公爵と何度も密談を持った。
 そこで得た結論は、堂々とイステラの友好関係を推し進めるというものだった。

 イステラは民主主義国家。帝政を敷く自国とは本質的に相容れない。だが手がない訳ではない。現在もアレルトメイアは立憲君主国家である。それを推し進め民主主義の要素を少しずつでも取り入れていけばいい。最終的に皇帝はただの「象徴」となってもいいではないか。クーデターだの革命だのが起きれば、どれほど多くの国民が血を流すことになるか。それを思えば帝政に固執する理由はない。
 そういう結論に達した皇帝は積極的に民主化政策を推し進め、イステラとの関係強化を進めた。これが第二皇女が陰で糸を引くクーデターを遅らせる一因となった。
 クーデター派と言っても内部には様々なグループがある。急進的過激派、穏健派、現実主義派などである。皇帝の施策によってこれらの足並みが乱れたのである。
 とにかく主導権を握るのは皇帝であって第二皇女ではない。今度こそ巻き返しを図ろう、というものだった。

 一方の第二皇女は新たな対応に迫られることになった。
 とにかく自分が表面に出ることは出来ない。あくまで影から糸を操り、皆に望まれて皇位に就く。それが目的だったから、周囲に指示を出して調整させるという、まだるっこしい手順を踏まねばならない。ちっとも先へ進まないことにイライラとしながら日を送ったのだった。


 ところでこれによって時間が稼げた皇帝は、次に士官交換派遣プログラムを立ち上げようと考えた。そうしてエネメリアを交換士官としてイステラに派遣させてしまおうと考えたのである。
 他国の士官がいるところで軍事クーデターを起こせばその後処理に困るはず。また愛娘は遠くイステラに逃がしておける。一石二鳥とはまさにこのことだと考えたのだった。
 そうして皇帝の意を汲んだミルストラーシュ公爵は陰に陽にエメネリア吹き込んだのである。

―― 他国の軍隊から得られるものは、実は多いのではないか。

―― イステラには身分制度がない。したがって身分差という目には見えない溝がない。

―― こういうものに実際に触れて我が軍に取り入れるというのはどうか。

 エメネリア自身、身分制度というものに大きな疑問を感じていたから、養父の言葉には納得出来るものが多かった。
 自分は士官大学校を出てわずか5年で少佐になっている。もしも平民の生まれ、とまではいかなくても下級貴族出身だったら絶対にありえないだろう。それもこれも身分制度という何ら必要性を認めない旧弊の故だとしか思えなかったのである。
 それに海賊船から救ってくれたイステラ軍の少尉にもいつまでも興味があったのだった。

 ところでエメネリアは国内に於いてクーデターが計画されているということに全く気づいていなかった。もしも気づいていたなら皇族の一人として皇帝のために働き、イステラに来ることもなかったかもしれない。
 だがエメネリアは何も知らず、結果として、士官交換派遣プログラムの実現に尽力したのだった。

 数年を掛けて状況が整いつつあった。そこでエメネリアは参謀本部内でイステラとの士官交換派遣プログラムを提唱したのである。
 これは直ちに検討に移された。何せエメネリアは少佐という立場にあり、しかも現皇帝の娘で皇帝位継承権第2位。その養父は近衛長官であるミルストラーシュ公爵である。言葉の重みが他とは全く違う。

 そうして2国間で士官交換派遣プログラムが実施されるに至ったのである。
 そうしてエメネリアは提唱者として真っ先に志願した。今後のためにも自らが経験しておく。その理由からであった。
 そうして当然ながら派遣先はレイナートの元がいい。そう考えてレイナート・フォージュ「大尉」の任地への派遣を希望したのである。

 ところが打診されたイステラ連邦宇宙軍では困惑した。レイナート・フォージュ「大尉」なる人物は現在のも過去のものにも記録上存在しなかったからである。そこで全兵士の、それこそ膨大なデータの中から探す羽目になった。それでも見つからない。
 見つからないのも当然の話で、レイナートはこの時既に大佐になっており、しかもその経歴は一切アンタッチャブル。普通に人事部で探したのでは見つかるはずがなかった。

 アレルトメイア側、と言うかエネメリアにしてみればレイナートがわずか4年で大尉から大佐になっているとは夢にも思わない。そうして軍内部にあって特別扱いになっているなど知る由もない。
 それ故、真っ先に志願したはずのエメネリアの派遣が一番最後に決まったのだった。リンデンマルス号から交換として派遣される士官が出なかったのはそこに理由があったのである。


 またクローデラの祖父がクローデラに対し『艦長のレイナート・フォージュ大佐に興味を持つのはやめなさい』とメールしてきたのも当然のことだった。
 クローデラの祖父はかつて自分達が密かにアレルトメイアから協力を要請された時、実際にその任に当たった兵士がレイナートであることを知らなかった。確かに外交委員長が「作戦」の実働部隊の詳細を知らされることなどない。そこまでの報告は来ないのである。
 また祖父は外交畑専門だったし、軍内部で事の顛末がどうなったかも知らされていなかったから、レイナートの名前など全く耳にしたことはなかったのである。

 それが可愛い孫娘から「新艦長は経歴不詳の謎の人物」というメールが来たのである。それで気になって調べてみることにした。ところがそのレイナート・フォージュ艦長の詳細が何時まで経ってもわからない。業を煮やして国防委員長に食って掛かったらようやく情報が得られた。そうして新艦長は「あの時の男」だということが判明したのである。
 しかもその男はあの事件以降転属を繰り返している。しかもその理由が尋常ではない。

 往く先々で必ず何かトラブルに巻き込まれていた。それも単にトラブルでは済まされない、それこそイステラ軍の根幹を揺るがすような重大事件ばかりである。
 にも関わらず軍部はそれを一切公表してこなかった。全てを闇から闇へと消し去ったのである。
 レイナートはそこに深く関わっていて、結果としてだけ見れば、事件解決に多大な功績を残している。
 だが軍部の秘密主義の故にレイナートは表立って表彰されることもなく、ただ昇進して階級を上げるのみだった。しかも本人の経歴も一切公表されず、機密ランクだけがどんどん引き上げられていた。結果、最高機密ランクにまで押し上げられてしまっていたのである。

 クローデラの祖父は唖然とした。

―― よくもまあ、無事に生きているものだ。

 下手をしたら口封じのため、事故を装って暗殺されていても不思議ではないような経歴の持ち主だったのである。
 そう言う意味では「イステラにはまだ良識が残っている」と安堵したのも確かだったが、反面、国防委員長からは「絶対に秘密を漏らしてくれるな」と釘も刺された。
 クローデラの祖父も頷かざるを得なかった。知らなかったのならまだしも、知ってしまった以上同罪である。もしも最高評議会総会で言及されれば、自分の政治家生命もそこで終わりを告げるだろう。だから他の関係者と同じように自分も墓場まで持っていくことにした。

 だが可愛い孫娘は守らなければならない。だから祖父は孫娘に告げたのである。

『艦長のレイナート・フォージュ大佐に興味を持つのはやめなさい。また、もしも今の職場が意に沿わぬのならなんとかしてあげるから申し出なさい』

 それは大事な孫娘を危険に晒したくないという、純粋なジジ馬鹿の本音だったのである


 この宇宙船襲撃事件以降、レイナートは第六方面司令部の輸送艦隊に転属となった。
 大尉への昇進も結局は手違いと言えるかどうか微妙なものだった。
 確かに本来なら海賊討伐 ― 実際にはそこまではいかなかったが ― であれば勲章一つで済んでしまう案件であった。だが海賊に襲われていたのが国家元首の娘。しかも元々密約があった上に、予想外の展開で生命の危険まであったのを危機一髪で救ったのである。そのことで皇帝からの非公式ながらも感謝までされている。
 したがって上層部は途中で手違いには気づいたものの最終的には追認された形である。

「まあ、2階級特進は確かにいき過ぎかもしれんが、元々一般科だろう? どうせもう二度と出世することもないだろうから構わんだろう」

とまで言われていたのであった。

 いずれにせよ出世させた以上は大尉としてそれなりの仕事を与えなければならない。だが第七方面司令部では色々と面白くない感情があったから、今度は中央総司令部人事部に丸投げにした。その結果、建造中の要塞基地への輸送艦隊勤務というのが新たにレイナートに与えられたのだった。
 この要塞はディステニアとの戦時中に建造が開始されていたが、停戦に至り不必要になってしまったものである。とは言え、まさか建設途上で放棄も出来ない。そんなことをすれば野党に格好の攻撃材料を与えることになる。そこで厳しい予算削減の中、細々と建設が続けられているのであった。

 そうしてレイナートは2年間この輸送艦隊にいた。そうしてそこでは大規模な組織ぐるみの物資の横領、横流しがあったのである。レイナートはそれに気づき、時間を掛けて自ら調査してその横領事件を解決してしまうという事態が起きた。これは公になれば軍上層部だけでなく政府高官にも逮捕者が出るというものだった。なんと軍はこれを隠蔽し、極秘の内に関係者に処分を下し事件そのものを無き物にしたのである。
 レイナートはそれを知って唖然としたが、少佐に昇進とされ、代わりに事件に関して一切口外しないよう強要された。そうしてこの時からレイナートの経歴が単なる閲覧禁止から機密扱いとなったのだった。
 そうしてレイナートは中央総司令部統合作戦本記録部に転属となった。レイナートがモーナと出会ったのはこの時である。
 これはレイナートが危険人物なるが故に監視下に置く、という中央総司令部監察部の決定なのであったが、そこでもレイナートは古い記録から巧妙に隠されていた組織犯罪を見つけ出してしまったのであった。
 これを直ちに監察部に報告したが上層部は以前と同様、この事実を隠蔽したのである。
 そう言う意味ではイステラ軍自体かなり腐敗していると言えるだろう。

 そうして今度は中佐として第五方面司令部に転属となった。だが今度は意図的に問題のあるところへ送り込まれたのである。
 何らかの不正があるが監察部や公安部が内偵しても僅かな痕跡も見出だせない。そこへ送り込まれ、本人はただ真面目に与えられた職務を遂行していたが、気づかない内に監察部の思惑通りに働かされたという訳である。
 結果、ここでも監察部の期待通りに不正を暴き出して、その功績で大佐に昇進、それでリンデンマルス号に転属となったのだった。

 この時何故リンデンマルス号かといえば、単純に他に艦長のなり手がいなかった、それだけである。
 それに一艦艇内であれば軍組織の根幹を揺るがすような不正事件に遭遇することももうないだろう。もちろん不正があってはならないし、あればあったで正しく糾弾されなくてはならない。だがこいつのいくところ、重大問題が必ず起きている。もう勘弁してくれ。というのが上層部の本音だった。要するに誰もが叩けばホコリの出る体だったということである。
 それに一応輸送艦隊で指揮をした経験もあるから、リンデンマルス号の艦長も務まるだろう。何せあそこには優秀な作戦部がある。艦長はお飾りであってもいいくらいだ、という身も蓋もない理由からだった。
 もっとも監察部としては都合のいい手駒を奪われることになるから、この人事に反対だったが結局人事部に押し切られ異動が行われたのだった。
 レイナート本人からすれば、なんの因果でこうなるのか、と愚痴の一つもこぼしたいところだった。
 いくら昇進して給料も上がったからと言って「過去の経歴は最高機密扱い。見知った事件については口外罷りならん」と言われ、禁を破れば軽くて一生重禁錮、最悪なら銃殺、などという人生のどこが楽しいものか。と言って除隊は絶対に認めてもらえない。「やってられるか!」と怒鳴り出したいところである。
 だが騒げば余計に身に危険が増える。結果レイナートはただもう、穏やかに、静かに職務に徹することにしたのだった。


 そうしてエメネリアがリンデンマルス号にやってきたのである。
 初めて会った時には皇女だということを知らなかった。だがその後皇帝からの通信で彼女が皇帝の娘だということを知った。だがそれで終わりのはずだった。2人の人生がその後交わるなどということはないと持っていた。否、レイナートは彼女の事自体忘れていたと言ってもいいだろう。
 それがリンデンマルス号の運用責任者シュピトゥルス少将から「彼女が名指しで指定してきた」聞かされて困ったのだった。

 皇女殿下が一体自分にどんな理由があって指名してきたのだろうか?
 あの時はそれこそ二言三言会話しただけだった。相手は他国軍とはいえ中尉で自分より階級が上だったからそれなりに接したつもりだった。それがまずかったのか?

そうしてその後聞かされたクーデター計画とそれの現実化。

 その時初めてレイナートは「自分は嵌められたのではないか」という考えに至ったのだった。
inserted by FC2 system