遥かなる星々の彼方で
R-15

第71話 防戦

C2(巡航艦2)C3(巡航艦3) (とも軽巡航艦)砲撃を開始しました。初速、軌道からレールガンの模様。座標点……』

 ドルフィン1のクローデラから次々と通信が入る。それを宇宙服の無線機で聞きながらレイナートが指示を出した。

第4航空隊第1小隊(デルタ1)出撃! 対空迎撃を行え!」

 宇宙服の通信機は精々2kmまでしか電波が届かない。だがリンデンマルス号の場合全長が1kmなので、宇宙服の通信機でも艦内全域で全く問題なく会話が出来ている。


 エネルギー中和シールドを展開中、艦内エネルギーは全て中和シールド発生機に回されておりあらゆる兵器が使用出来なくなる。
 ところが両舷の発進バレルだけは非常用自家発電装置で稼働させられる。したがってこのような状況でも艦載機を発進させることは可能だった。
 しかしながら、そもそも第3航空隊(チャーリー)第4航空隊(デルタ)は共に対艦攻撃部隊であるから、本来こういう場面での出動はない。
 ところが現在右舷側はエネルギー中和シールド展開中で、右舷の発進バレルにて待機中のアルファ1は直ぐに出撃出来ない状況である。
 通常の警戒態勢の時は戦闘機部隊と攻撃機部隊を両方待機させるというのがマニュアル化されている。それが全く仇になった形である。
 またこの場合、艦内の電力不足でフライトデッキから別途アルファ2を発進させる、もしくはデルタ1と第2航空隊(ブラボー)を入れ替えるという選択肢そのものが不可なので致し方ない。

 もっとも艦上戦闘機と艦上攻撃機のスペックには、実はそれほど大きな差はなかった。戦闘機の方が最高速が早い。一方の攻撃機は敵の対空砲火をくぐり抜け、対艦ミサイルを近距離から発射するというのが基本運用パターンなので運動性能重視、要するに小回りが利く。
 もちろん兵装は大きく異なり、共に26mm機銃を備えるが戦闘機が対空ミサイル12基、攻撃機が対艦ミサイル2基である。したがって対空迎撃に向かないということがこのことからもわかるが、それを言っていられる状況ではない。

『いいか! 俺達の対艦ミサイルは敵さんの対艦ミサイルを1発で仕留められるほど強力なんだ。アルファ、ブラボーの豆鉄砲とは違うってことを見せてやれ!』

 デルタ1の隊長機(アップル1-A)が部下をそう励ました。

『了解!』

 こうして左舷の発進バレルからデルタ1が次々と出撃していった。


 それをドルフィン1のレーダーで確認しているクローデラは密かに安堵した。と同時に自分の行為が全くの無駄になっていないことにも満足感を覚えていた。
 だが直ぐに気を引き締める。

―― まだ終わった訳じゃない!

 事実、まだ敵艦が放った荷電粒子弾の無力化が終わっていなかった。

 荷電粒子砲の弾丸とは当然、莫大な数の荷電粒子の集合体である。
 宇宙空間には自然発生した反粒子(反陽子、陽電子)が存在している。荷電粒子弾はこれと反応し着弾までに少なからず減衰する。したがって荷電粒子砲の射程距離とは、着弾時、荷電粒子弾が一定以上の破壊力を維持している状態の最大距離を指す、と言い換えることが出来る。
 そうしてエネルギー中和シールドとはこの荷電粒子弾を減速させ、対消滅で無力化するものである。したがって荷電粒子の数が多ければ多いほど無力化に時間が掛る。つまりその間反粒子を発生させ続けなければならない。

 事実リンデンマルス号はいまだにシールドを展開中であり、シールドを解除しても艦内が直ぐに元の状態に戻るにも時間を要する。それはわずか数十秒であるが、この間は無防備に近い状態である。もし仮にアレルトメイア艦が連続して荷電粒子砲を撃ってきたらリンデンマルス号は今の状態から抜け出せないことになる。
 したがってドルフィン1は直ぐに帰投出来る状況下にはない。

 とは言うものの、何も荷電粒子弾を完全に消滅させなければならないという話でもない。
 ある程度まで減速させ荷電粒子同士の結束力を低下させれば、いわばただの宇宙線と何ら異ならない。であればリンデンマルス号の外壁パネルで吸収してしまえる。つまり敵からエネルギー供給を受けているようなものになるのである。したがってある程度までシールドを展開していればいいという話になる。
 だがその見極めが難しい。大事を取りすぎて長く展開させているのは無駄以外の何物でもない。かと言って早くに見切りをつけて艦に被害が出ては元も子もない。

 だが今ここで厄介なのが、アレルトメイア艦がレールガンを使用してきたことである。
 レールガンは原理的には電気伝導体の弾丸を2本のレールで挟み、弾丸上の電流とレールの電流に発生する磁場の相互作用により加速して発射するものである。実態は電磁気力で撃つ大砲という認識で先ず間違いない。
 今となっては古典的兵器に分類され、特にイステラでは荷電粒子砲が実用化されてからはすっかり主力兵器からは外れてしまっている。
 それは射出速度を稼ぐために砲弾は可能な限り軽量化されているため姿勢制御用推進装置を持たない。すなわちその軌道は等速直線運動であり、しかも荷電粒子砲に比べ弾速が遥かに遅いという点から、回避も迎撃もし易い兵器と結論付けられたからである。
 これは兵器としては致命的な欠点であるため現代のイステラにおいては、レールガンという基本システムは残されているものの、砲弾を単なる弾頭から弾道ミサイルに変えることで、今では全く別の兵器という認識である。

 ところが現在の状況だとレールガンの欠点が欠点とならない。
 レールガンに対する迎撃方法は、最も有効な手段は炸裂ミサイルによる弾幕の展開である。砲弾は完全な等速度直線運動であるからこれだけで十分撃破出来るのである。
 ではこの砲弾を防御シールドやエネルギー中和シールドで無効化出来るかと言えば答えは否である。
 中和シールドでは、炭素を始めとする様々な元素を含む化合物(砲弾を構成する素材)を中和シールドが発生させる反粒子と対消滅させるのは事実上不可能である。
 では防御シールドの磁力ではどうかと言えば、いくら軽量化されているとはいえ砲弾の質量が大き過ぎるため、着弾を阻止出来るほど大きく軌道を逸らすことが出来ない。
 したがってシールド類による防衛というのは全く現実的ではない。
 ところがリンデンマルス号はエネルギー中和シールドを展開中のため、迎撃ミサイルも撃てず主エンジンを始め姿勢制御用イオンブースターも作動させられない状況である。要するに全く防戦も回避行動も取れないのである。つまりレールガンによる狙い撃ちなどという、近来ありえない状況下に置かれてしまっていたのだった。


デルタ1各機(アップル)、敵の対艦ミサイルだけに気を取られるな! 大砲(レールガン)の弾も撃ち落とせ!』

『了解!』

 アップル1-Aが部下に指示を飛ばす。

 迫り来るアレルトメイアの対艦ミサイルは自機の対艦ミサイルで自動追尾させて迎撃出来るが、レールガンの砲弾を撃ち落とすとなるといささか厄介である。
 砲弾には自動追尾装置などという洒落たものはついていない。文字通り「ただ飛んでくる」だけである。という事は自動追尾装置の放つ電波を捉え自動照準で撃ち落とすという方法が採れない。したがって照準合わせもレーダーで捕捉した砲弾を照準器で捉えて機銃で撃つことになる。となれば砲弾に対する進入角度、進入速度を計算しなければならない。
 これが迎撃部隊すなわち戦闘機乗りなら朝飯前の事柄だが、雷撃部隊すなわち攻撃機乗りだと時折の訓練でしかやってないことである。すなわち精度という点で若干の不安があるのである。

 だが当のデルタ1はまるで無邪気な子供のようにこの撃墜作業を楽しんでいた。

『2つ目!』

『こっちなんざ3つ目だ!』

 宇宙服の無線機にははしゃぐ声が聞こえてくる。
 だがそれを一喝する怒声が響いた。

『デルタ1! 見落としがある! レーダーを確認しなさい!』

 ドルフィン1のクローデラである。
 クローデラはドルフィン1のレーダーでレールガンの砲弾とデルタ1の挙動全体を俯瞰的に見ていた。そうして2発の砲弾がリンデンマルス号に迫っていることに気づいていた。そうしてデルタ1各機の現在位置ではこれを撃墜出来ないということも瞬時に理解していた。

『リンデンマルス号、2発着弾します! 予測ポイント、右舷(S)後方(S)下部甲板(BD)!』

「馬鹿野郎! 撃ち落とせ!」

 宇宙服の無線機にアロンが怒鳴るがその声は現在展開中のデルタ1には届かない。だが聞こえなくともクローデラの言葉に既に何機かが反応し砲弾に機首を向けていたが確かに間に合わない。

『チクショウ!』

 フルスロットルで機体を飛ばすが何時まで経っても機銃の射程内に砲弾を捉えることが出来ない。その間、砲弾はリンデンマルス号に肉迫してくる。

「SSBD区域にいる乗組員は着弾に備えよ!」

 レイナートも怒鳴る。

 3層構造の外壁部分の内、最も厚いのは一番内側となる装甲部分で、これが艦体の本来の外壁である。このすぐ内側は多くは居住区や倉庫なので現状、戦闘配備中そこに人がいるということはまずない。だが主砲塔が甲板に飛び出す形で装着されているから砲塔内部の兵士らは一旦砲塔から退避せざるを得なかった。レールガンのとはいえ砲弾の直撃を受けたら砲塔は無事ではすまないからである。

「耐衝撃防護!」

『砲弾接近! 着弾します!』

 アレルトメイア艦の放ったレールガンの内、2発の砲弾がリンデンマルス号に着弾した。

「SSBD、エリア81、エリア88,被弾!」

「被害状況は!?」

「保護板と外壁パネルが完全に逝きました! 外壁装甲も傷ついてますが内部までは達してません!」

『エネルギー変換率、94%に減少!』

「クソッタレ! 」

 アロンがコンソールに握りこぶしを叩きつける。部下の体たらくは上官として許しがたい。

「荷電粒子弾、間もなく無力化が済みます」

「エネルギー中和シールド解除後は迎撃ミサイルからエネルギー復帰を優先させろ!」

 レイナートが指示を出す。
 艦内各部のエネルギー復帰は優先順位が定められている。それを防衛部門からにせよということである。

「無力化終了! 荷電粒子弾による被害なし!」

「右舷、迎撃ミサイル発射管全門、炸裂ミサイル装填。準備整い次第、全門発射せよ!」

「了解!」

 MB内の会話も宇宙服から通常の通信装置に切り替わり、したがってドルフィン1やデルタ1各機のコックピットにも、同じ内容が瞬時に伝わり始めた。

『ドルフィン1は帰投せよ』

「ドルフィン1、了解」

 応えたクローデラが主操縦席に再び着く。

「ナビ・コン作動。自動着艦シーケンスに入る」

『デルタ1はドルフィン1に続いて着艦せよ』

『了解』

『右舷、炸裂ミサイル発射』

 通信機は様々な声が入り混じって飛び交っている。

『アレルトメイア、D1、D2、中立緩衝帯突破。イステラ領域に侵入しました!』

『アレルトメイア艦隊に警告を発しろ!』

『アレルトメイア艦隊に告ぐ。貴艦隊はイステラ領域内に越境している。直ちに引き返せ! 繰り返す……』

 自動操縦でゆっくりとフライトデッキに降下しているドルフィン1のコックピット内で、クローデラは通信機から聞こえてくる声に当惑を隠せない。

―― 彼らは本当に戦争する気なの?

 もう既に戦闘は始まっているが、リンデンマルス号は防衛に徹し、こちらからアレルトメイア艦への攻撃を仕掛けていない。だがこのまま行くとこちらも攻撃を開始することになるだろう。そうなれば「両国」の開戦ということにもつながりかねない。

―― 艦長はそこまでするだろうか?

 いつも穏やかな表情と声のレイナートの顔を思い浮かべていたところに新たな声が通信機から聞こえてきた。

『アレルトメイア艦、転進せず』

『現時点をもって後続アレルトメイア艦隊を敵性勢力と認定。総員戦闘配置。対艦隊戦用意!』

 レイナートの言葉、それは眠れる獅子、リンデンマルス号覚醒の鬨の声だった。
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