遥かなる星々の彼方で
R-15

第72話 戦闘開始

「現時点をもって後続アレルトメイア艦隊を敵性勢力と認定。総員戦闘配置。対艦隊戦用意!」

 レイナートの声がMB(主艦橋)内、そうして拡声器を通じて全艦内及び全艦載機に達した。

 リンデンマルス号艦内は元々、第4種配備が敷かれていた。第4種配備とは総員24時間戦闘配備体制である。と言うことは改めて戦闘準備を言う必要はないはずだが、レイナートは敢えて宣言した。それは艦内乗組員の注意を喚起するためであった。

 そうして戦闘配置の宣言は専守防衛から攻撃に転ずるという合図である。

「主エンジン始動、全速前進。
 艦体転倒180度。左舷(Port)荷電粒子砲発射準備。目標、(アレルトメイア)艦隊、D1(駆逐艦1)D2(駆逐艦2)

 レイナートの指示にMB内が活気づく。

「主エンジン始動、全速前進」

「艦体、180度転倒」

「デルタ1の回収を急げ!」

 そこへドルフィン1から戻ったクローデラが姿を表した。帰投報告をレイナートに行おうとするもレイナートはそれを軽く手で静止した。

「中尉ご苦労様、だが今は時間がない」

 クローデラはそれでいささか消沈しながら自分の席に着いた。

「お疲れ様です。お陰でだいぶ助かりました」

 小声で同僚にに迎えられ、それでようやく気分を盛り返したクローデラだった。


 その時アレルトメイア艦隊に右舷側を向けていたリンデンマルス号は、艦体をぐるりと半回転させて左舷側を向け終えた。

「荷電粒子砲発射準備。
 左舷、前方(Bow)下部甲板(Bottom Deck)3番砲塔、目標、D1。
 左舷、後方(Stern) 上部甲板(Top Deck)2番砲塔、目標、D2」

『PBBD3、了解。目標捕捉。エネルギー加速率91%、発射準備良し』

『PSTD2、発射準備良し』

 CIC(戦闘指揮所)からの指示に各砲塔からの返答が届く。
 回転型砲塔がゆっくりと旋回し砲身をアレルトメイアの駆逐艦に向けた。
 荷電粒子砲はエネルギー加速率にその威力と射程距離が左右される。エネルギー加速率90%ならば、実際には最大性能の8割程度にしかならない。それでも距離1000km程度ならば最大性能と同じ破壊力を発揮しうるし、180cm2連荷電粒子砲の威力は他の艦艇のものを著しく凌駕する。


「主砲発射!」

 レイナートが命令した。
 その瞬間、MBのメインモニタに映る2隻の駆逐艦が突然爆発した。
 荷電粒子砲を正面から受けたD1は艦首から艦尾まで貫通、凄まじい爆発を起こしていた。
 一方D2はリンデンマルス号の後背を取ろうと旋回していた。そのため側面から砲撃を受ける形になった。しかも着弾したところが悪い。ミサイル格納庫を直撃され激しい誘爆を起こし、隔壁で守られていた艦体の後ろ半分が、その爆発を推進力にいきなり後方に向けて移動を開始し始めていた。

「D1、D2、大破! D2は猛スピードで戦域を離脱し始めました」

 メインモニタに映る祖国の艦の被害にエメネリアの顔が青ざめる。だが顔を背けることは出来ない。アレルトメイア艦隊との交戦が不可避となった時、覚悟していたことでもある。エメネリアはメインモニタを食い入る様に見つめていた。

「敵、C3(巡航艦3)A1(空母1)、戦線を離脱。D2を追っていきます」

 おそらく被害を受けたD2の回収のためだろう、2隻に後を追わせたアレルトメイア艦隊司令だが、これは結果的には軽率な行為と言わざるをえないことだった。
 もしも全艦を以ってリンデンマルス号の包囲網を形成し、息の着く間もない攻撃を続ければ勝機はあったかもしれない。だがアレルトメイアの艦隊司令はそこにまでは思い至らなかった、というか気づかなかった。故に僚艦の救助を優先させたのだが、これを一概には責められないだろう。

「艦体転倒、180度。右舷(Starbord)主砲、発射準備!」

 レイナートが次の指示を出す。

 リンデンマルス号が速度を増しながら再びぐるりと艦体を回転させた。

「右舷、主砲、発射準備!
 SBTD1、目標、C1。
 SBBD3、目標、C2。
 SSTD2、目標、B1(戦艦1)
 SSBD1、目標、A2」

 左舷側はいまだに1度も主砲を撃っていない。したがってTY-3051基地救助時から準備完了していた4基全てが発射可能だった。

『SBTD1、了解。エネルギー加速率94%。目標捕捉。何時でもいけます!』

『SBBD3、発射準備良し!』

『SSTD2、準備OK!』

『SSBD1、発射準備完了!』

「主砲、発射!」

 レイナートの号令とともにメインモニタに映るアレルトメイア艦に変化が生まれた。

「C1、中破。C2、中破。B1、A2、被弾するも被害は軽微の模様!」

 アレルトメイアの巡航艦はぎりぎりリンデンマルス号の射程範囲内、戦艦と空母は射程外の距離にいた。それが被害の差に現れた形である。ただし戦艦の方は爆発こそしなかったものの外部装甲に激しい亀裂を生じ、その被害によって戦闘行為を中断せざるを得ない状況に陥っていた。
 一方、空母の方は飛行甲板(フライトデッキ)に被害を蒙り、空母としては無力化された形になっていた。

「追撃の手を緩めるな! 機関減速、艦首回頭、艦首対艦弾道ミサイル発射準備!」

 レイナートは続けて命じた。

「機関減速、艦首回頭!」

「艦首対艦弾道ミサイル発射準備!」

 CIC(戦闘指揮所)IAC(情報解析室)のスタッフがレイナートの命令を復唱する。

 対艦弾道ミサイルは既に燃料の注入も済ませ発射導管に装填済み。いつでも発射出来る状態だった。
 リンデンマルス号は現在、すぐ撃てる荷電粒子砲は左舷側に1基残るのみ。他はまだ粒子加速率が60%を超えた程度で実用をなさない。そのなけなしの1基を撃ってしまうのは後を考えると温存しておくに限る。それ故の対艦弾道ミサイルの選択だった。


『艦首対艦弾道ミサイル発射準備完了! 全門、何時でも撃てます!』

「艦首、対艦弾道ミサイル1番、2番、発……」

「艦首、エネルギー中和シールド、展開させて!!」

 レイナートの声をかき消すようにエメネリアが叫んだ。

「えっ!?」

 誰もが一瞬呆気にとられた。だが船務部のオペレータはエネルギー中和シールドの展開ボタンを押した。レイナートの指示を待たずにである。

 後にこの兵士は調査委員会で執拗にこの件に関して尋問を受けた。「何故、艦長の命令を待たなかったのか」と。それに対して彼は終始一貫してこう答えた。

―― 少佐殿は、同胞であるアレルトメイア艦隊に対して不利となる情報を開示して下さり、リンデンマルス号の勝利に貢献してくれてました。だから絶対にそうした方がいいと判断しました……。


 だがこれは、多少の出遅れはあったが結果として幸いした。敵空母の撃った荷電粒子砲がリンデンマルス号に着弾したのである。

「左舷、格納庫付近に被弾!」

「被害状況は!?」

「保護板と外装パネルはダメです! 外部装甲もかなり深手を負ってますが内部にまでは到達してません!」

「エネルギー変換率91%に低下!」

 元々距離があった上、アレルトメイア艦の荷電粒子砲は口径が小さい。しかも艦体に固定の砲なので照準合わせが難しいという欠点がある。それでエネルギー中和シールドが完全に展開仕切る前にもかかわらず致命的な被害にはならなかったのだった。
 それでも外装パネルによる宇宙線取り込み、エネルギー変換に関する被害は決して楽観出来るものではなくなっていた。
 リンデンマルス号は、全外装パネルによるエネルギー変換率が92%以上を維持出来れば通常通りにワープが可能である。また55%以上を維持出来ればワープ以外の艦内全ての機能が正常に作動する。ただしワープが出来ないのでは話にならないので、通常は変換率95%を目処に修理作業を行うことが定められている。
 それからすればエネルギー変換率91%という数字がどういう意味を持つかは容易に想像出来るだろう。これ以上攻撃に晒され、エネルギー変換率の低下を招くのは絶対に避けたいところである。
 そうして荷電粒子砲弾が着弾した以上、いつまでもエネルギー中和シールドを展開させていても意味はない。直ぐにシールドは解除された。


「艦首、対艦弾道ミサイル発射」

 荷電粒子砲を持つ敵艦艇を無力化しないことには、何時先手を取られるようになるかわかったものではない。そこでこれらを優先的に攻撃するのは間違った選択ではない。
 そうして優先順位としては、つい先程荷電粒子砲を打った空母は次弾発射までしばらく時間が掛るだろう。重巡航艦は中破状態。攻撃出来る状態にはないと思われる。
 だが敵艦隊の旗艦、戦艦は外壁に損傷を与えたもののまだ完全に無力化出来たとは思えない。したがってこれを最初に叩くのは必然である。

「1番、2番発射。目標、B1」

 艦内電力の大部分を費やして艦首対艦弾道ミサイルが発射された。全長700mにも及ぶ発射導管内の電磁レールに大電力が流され、レールガンよりは遥かに遅いが、化学ミサイルとしては予想もし得ない速さで射出された対艦弾道ミサイルは、ロケット推力を得てさらに加速しつつアレルトメイア艦に迫る。

「3番、4番、発射。目標、A2!」

 次なるミサイルが航跡を残しつつアレルトメイアの空母に迫る。

「1番、2番、迎撃されました。B1に被害なし!」

 やはり距離があるとミサイル攻撃では決定打とならない。

「3番、4番もやられました!」

「やはりこの距離ではミサイル攻撃では無理か……」

 レイナートが呟くように言う。

 リンデンマルス号が建造された時、イステラは大艦巨砲主義に陥っていた、と言えるかもしれない。
 超強力な荷電粒子砲を20基40門も備え、しかも高速発射出来る対艦弾道ミサイルがあれば敵なしだろう。その巨体を活かし分厚い装甲で守れば簡単には沈まないだろう。設計者や軍上層部がその思いに囚われていたと言われても否定は出来ないだろう。
 だが現実的には、確かに超小型化に成功したとはいえ荷電粒子砲は連射に時間が掛り過ぎる。初速がいかに早くとも距離があればミサイルは迎撃されてしまう。分厚い装甲に寄り掛かり過ぎて対空迎撃システムはおざなりになった。
 結果として決め手に欠けているということが露呈されてしまっていた。

 今現在、撃てる荷電粒子砲は1基のみ。2連砲だがそれぞれ別個の目標を狙うことも出来ないではない。だがそれでは威力は半減し射程も短くなる。
 最高速は他に劣らないリンデンマルス号だが回頭性能は巨大な艦体故にそれほど良いものではない。したがって縦横無尽に宇宙空間を駆け巡って砲撃を加える、という事は得意技ではない。
 こうなると迎撃されるのを覚悟で対艦弾道ミサイルを撃ち続けるか、それとも艦を敵艦隊に接近させ艦載機(攻撃機隊)を発進させるかしか有効な手がない。

―― どうするか?

 そこでレイナートが選んだのは「後退」である。

「微速後進。距離1500まで下がれ!」

「艦長?」

 不審げなクレリオルの表情に対し、レイナートの言葉に変化はなかった。

「艦を下げよ! 敵艦隊との距離1500を維持」

 それはいかにも戦術に自信のない士官学校一般科出身者、と言える判断に見えたのだった。
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